※界境防衛機関とキャラの設定に捏造あり。
※単行本未収録分、ジャンプ51号・122話までのネタバレあります。
以下、ご注意下さい





 秋が終わり冬の訪れ、師走も迫った頃。
 出水の「大学のレポートと次の遠征に必要な書類、提出しました?」から「おまえは俺の母親か」「うえ、やめて下さいよ。そう思うんだったら、おれと柚宇さんと唯我に大学の時間割覚えさせないで、さっさと単位とって下さい!」「とりたいに決まってるだろ!? 忍田さんが『単位ひとつでも落としたら遠征の許可を出さない』とか理不尽で意味分かんないこと言うんだぞ。鬼だろ! いや、あの人昔から鬼だった…虎だけど、鬼でもあった…」「どっちなんすか…というか、落とさないのが最低限ですよ」「大学生になるとなまけるんだ。おまえもあと2年で分かる」「いや、太刀川さんは高校の時から成長してないって聞いてますから。あと、真面目に単位とってる大学生に謝って!」なんて一悶着あった後のこと。楽しみな遠征と嫌で嫌過ぎるレポートと書類の狭間でぐずっていた太刀川の携帯電話に、メールより簡単に複数の相手と会話が可能なアプリケーションソフトウェアから通知ひとつ。
 現実逃避で起動すると、減りに減った同輩の戦闘員で構成されたグループ――ちなみにグループ名は年齢を取って『今期ではたち』とついている――からのメッセージで。基本職場内で見つけて話せるし、太刀川からレポート云々で泣きつく以外メッセージの応酬がないグループだからこそ、他の誰かからの切り出しに驚いた。

 界境防衛機関『ボーダー』の戦闘員は、高校卒業を境に減少する。
 太刀川の代は、発足して数年足らず、軌道に乗る前の年齢枠で、元々多くない。加えて、年齢を重ねると体内のトリオン器官が徐々に緩やかな右上がり、成長しにくくなる。追い打ちを掛けるが如く、同輩に個人総合の頂点を争う太刀川や二宮の存在。現実の厳しさを目の当たりにしたり、限界を感じたり、将来を踏まえて辞めたりしていくからだ。
 反対に、心折れまいと残った者もいて。減ってもまだ、実力もしくは精神の図太い戦闘員が片手程の人数――良くも悪くも、我の強い面々が残った。
 同理念を持つ組織在籍の為、似た価値観もあるが、やはり圧倒的に食い違う。仲が良いとは言いがたく、大切な枠に入らない、優先順位だとだいぶ低い。それでも不思議なもので、命をかける重さの認識か、界境防衛機関『ボーダー』特有の切れない縁に引っ掛かったのか、見捨てもしない。構いもしないが無視せずにいる。
 なんとも言いがたい均衡で成り立っていた。


 閑話休題。
 そういう同輩たちからのメッセージである。後先考えず、携帯電話を弄ってみれば、1ヶ月以上前のメッセージ以来の一言は加古からで――

【 相談にのって欲しいの 】
【 明日の21時過ぎ、空いてる? 】
【 待ち合わせ場所は本部のラウンジ 】
【 来馬くんは支部からで申し訳ないんだけど、検討して貰えるかしら 】

 一括送信の時点で甘美な誘いではない。基本何でも自身でやりこなす加古の相談なんて、経験上嬉しい気持ちなく。何の相談か不明だけれど、強制のメッセージとしか思えず、嫌な予感ばかり増す。
 しかも太刀川の記憶にある限り、明日は夜勤だ。同配属誰でも勤務予定の閲覧可能、出勤を知れる。本部内で逃げても見つかる――に賭けれた。女の勘は男の勘を越えるので、中々侮れない。
 正直、詰んだ。
 前向きの要素を捻出するなら、太刀川以外に後犠牲者が3人いる。なんだかんだ全員逃げ切れない展開が多いけれど、人数が大いに越したことはない。
 未来視がなくとも予測可能な明日に動揺する。返信したくない拒絶をしていると、来馬から
【 本部に書類を持っていくから、気にしなくて大丈夫だよ。21時に行けます 】
の返信メッセージと共に、笑顔らしきイラストのスタンプを受信した。
「来馬すごいな…」
 本当に書類提出があるのか、嘘の優しさか。太刀川と違い、好感もとい大人の対応の来馬が支部から参加となれば、殊更断る言い訳が思いつかず。無理矢理拒んで、ひとりだけ参加もさせられない。

 真っ当な人の即対応によって、袋小路に入ったのは太刀川だけでなく。あとふたりほど、携帯電話片手に頭を抱えていた。



***



 飲酒のない待ち合わせで、21時過ぎは遅い。けれど、日勤と夜勤が交代する時刻、帰り際と出勤際、丁度良い時間帯だった。
 無論任務内容によるが、夜勤は基本待機で本部の防衛を軸に、臨機応変していく。本部にいてすぐ動けるのであれば、何処にいても良い。もう諦めを通り越してやさぐれた太刀川は、勤務開始時刻の少し前ラウンジに到着するなり、食事を優先した。補足だが、食堂に隣接するラウンジでの飲食は可能、規律を破っていない。
「またうどん?」
 太刀川より前から待ち合わせ場所で待っていた加古が、中身のない声を上げる。
「今、俺の好みと、うどんを悪く言ったろ」
「被害妄想ね。思ったまま、深い意味はないから」
 大学で使用するもの多数か、他にも色々入れ過ぎているだけか、太刀川の鞄の中は乱雑らしい。中身をテーブルの上に置きながら、探していた。子供っぽい行動が残念だけれど、加古は慣れから呆れも少しだけ。それより何か紛失して面倒に巻き込まれた過去あり、失くさないようにして欲しい思いの方が強い。
「お、発見」
 筆箱、タオル、菓子、キーケース、携帯電話、そしてやっと財布を発掘する。財布以外を再度鞄に詰め込んだのち、太刀川は食堂へ向かうべく、席から立ち上がった。
「いってらっしゃい」
 荷物をカムフラージュに逃げるなよ、な雰囲気で見送られた――と解釈するのは、被害妄想か。
 会話の流れから内心そんなことを思いつつ、太刀川は好物に気持ちを切り替え、またも現実逃避をした。


 時間の刻みは無情なもので。太刀川がうどんを完食した頃には21時を過ぎ、待ち合わせ時刻となっていた。
 退勤の防衛隊員が増え、隅っこの物珍しい集まりは、悪目立ちしている。けれど、声を掛ける勇気かつ無謀、愚か者もいない。面識、仲の良い戦闘員ですら逃げるように視線を逸らし、立ち去っていく。
 全員揃ってから相談事を話し出すと分かっていた太刀川は、誰も絡んで来ないことにより、暇を持て余していた。それでも出水に催促された大学のレポートや遠征に関する書類を制作する気も起きない。結局、餅を頬張りながら、同じく静かに待つ加古へ話題を振った。
「なあ、加古」
「なあに?」
「おまえの睫毛って自前?」
 幼馴染みの月見に、師匠の忍田本部長補佐である沢村、林藤経由で小南――と、誰もが羨むような綺麗どころと縁深く、太刀川の女性基準になっていた。そんな高水準でも、加古の瞳を彩る睫毛の長さは目立つ。多めの本数に量感、綺麗かつ長い、天が与える程の質で、偽物とも捉えられる。
「いきなりどうしたの。そういうの気にするなんて、何かあった?」
 身だしなみに目敏い人間は多数いても、太刀川が属していると思えない。不思議そうな口調で、加古は微笑んだ。
「んー別に。長いなーて思っただけ。マツ…エク、だっけ? 月見が持ってた雑誌に載ってた」
「そういうことね」
「長いのはパチもん多いって…誰だったか…国近だな、言ってたし」
「まあ化粧は化けるものだけど、パチもんはないでしょ。綺麗になる、するための技よ」
「ふーん。物は言い様だな」
 餅美味い、の気持ちが強い表情で相槌をしている。太刀川から話題を振った割に中身空洞な反応で失礼極まりないが、どちらも全員揃うまでの時間潰しだ。興味なくとも、なんとなく疑問だった女の裏側を聞ける相手として選んだと理解している加古は、嫌な表情をしない。
 余談ながら現在頬張る餅は、太刀川が忘年会の企画景品『本部の栄養士さんに食堂のメニューリクエスト(検討してもらうものであり、叶わないかも)券』を手に入れた結果だ。食材の餅は他に利用出来ると難なく突破、大好物を通年メニューにさせた。
「ふふ、自慢させて。上下どちらも自前なの、えっへん」
「女の子みたいだから、えっへんとかやめろ」
「だいぶ余計ね。素直に褒めなさい」
 ふっくらとした唇が緩やかに動き、くすぐったそうに笑って。わざとらしく瞼を瞬かせ、睫毛を主張する。自身の武器を知る加古だからこそ、嫌味、自慢、あからさまでも様になった。
 整った顔立ちに、申し分ない頭脳で、物理的にも強い。腰のくびれの為に全身鍛え直す、そんな努力も惜しまない性格なので、引き締まった筋肉をつけながら柔らかい細身の体型。可愛いとは無縁でも、綺麗を欲しいがままに持っているような存在だった。
 こういう美人系に憧れる同性はいて、国近もそのひとりだ。「どうやったら、月見さんや加古さんみたいなプロポーション、綺麗な女性になれるかなー」なんて恐ろしい発言をするので、振り回される太刀川は「そのままでいいだろ」と返せば、ぞんざいと感じたようで、八つ当たりを食らった。ちなみに唯我から育ちの良い真面目な「色々な綺麗があって、国近先輩には国近先輩の綺麗さがあります」と茶化さず、出水が「きもい!」と蹴り飛ばしていたけれど、異口同音、先に言われた憂さ晴らしだろう。
 何にせよ太刀川からすれば、見た目云々置いといて「加古に騙されちゃダメだ」や「おまえの身体はエロくて可愛いから誇って良い」とか思う――が、前者には今後レポートの助けを考えて黙秘、後者にセクシャルハラスメントだと感じて喉元で止まった。
「じゃあ、太刀川くん。私からもひとつ聞いて良い?」
「んー?」
 同じく微妙に失礼な話題で暇潰しをして良いか、と問い掛けられた。
 断らせる気ないのに、段階は踏むらしい。先に遠慮しなかったのは太刀川なので、断れる訳もなく、ゆるく視線だけ向け次を促した。
「じゃあ遠慮なく。太刀川くん、いつ恋人できたの?」
 薄っぺらい話題を振られると思い込んでいたのもいけない。さくっと核心をつかれ、微かに眉を顰めたのが失態で。驚き以外の表情を見せた太刀川に、加古は緩やかに笑みを零す。
「できた、ていうより恋人になった? ていう方が良いわね」
 相手を特定し、当たっているか、それに近しいと確信した発言だった。
「あー…なに、根拠は?」
 同輩だけでなく、周囲に表立った態度を見せていなかった。言い広める内容でもないし、大切にしたい感情だったからもある。
 だが、隠したい訳ではない。場を設けて報告する考えもなく、何かの流れで言う機会があれば――程度の適当な予定だった。
 加古なら容易く踏み込まれたくない太刀川を踏まえ、確証を持って動く。根拠のない発言をしない、と想定して返す。
「雰囲気や言動は前から感じてたことだけど…進展したと思ったのは、ついさっきね」
 未熟な思春期を知る同輩だ。相手の好みや感覚を、なんとなく把握する程、遠くも近くもない距離で、一緒に進んできた。
 故に、あえて相談せず、言動や雰囲気だけで読み取らせた。都合良く気持ちを汲んで貰い、黙っているようにと願い、あまえた。
 結構良いこともある。けれど今は、上手く転がっていかない。
「家の鍵をなくすこと数回。ずぼらで適当さに呆れた隊員から、鍵用にって鈴付きキーホルダー貰う太刀川くんよ? 大事に鍵を、キーケースを持ってる。ほら、確信になるわ」
 見た目の黒革からして上等なキーケース、キーホルダーを貰うのとは格が違う。
 中身の鍵を貰ったから、キーケースを用意したのか。相手が太刀川の性格を理解した上で、キーケースを渡したのか。本体、中身、どちらの可能性もあるし、どちらにせよ『大切な人がいる』と彷彿させる。
「キーケースで、か…」
 勘付く要素としておかしくないが、いつ見せたか。太刀川は一瞬悩む――も、夕飯のうどんを買いにいく際、鞄の中身を広げた記憶を掘り起こした。加古の「ついさっきね」も理解すると、間抜けさに頭を抱えたくなる。
 微妙な間合い、太刀川から明解な答えはないが、否定らしきものもなく。応答として十分なもので。
「おめでとう、太刀川くん」
 少し踏み込んで真実の欠片を見出し、また様子見に戻る。ある程度の距離で思うように把握出来た加古は、緩やかに微笑んだ。
「……加古、やばいな」
「あなたの『やばい』は色々な意味合いがあるけど、今の褒めてるように聞こえないわ」
 女の子は恋話が好きな傾向にあり、加古もそのひとりだ。食い付くのは知っていたし、それ絡みで色々振り回されてきた。だからこそ、太刀川なりに反撃を兼ねて加古の恋愛で弄りたい――が、経験上、成功したことも少なく。反撃の計画は一瞬で水の泡となり、「やばい」としか返せなかった。


「おい。時間過ぎても始まらないのなら、帰っていいか。いや、帰らせろ」

 5人集まるからと、椅子がU字型に並んだ大きめのテーブルを選んだのは正しい。ただ最初に到着、待っていたら次が来て横にずれたのがいけなかった。いつのまにかU字の真ん中、一番奥の誕生日席に座る羽目になっていて。左右封じられ、動けずにいた二宮がとうとう切り出す。
 もっと早く割り込みたかったが、女性の一部分や恋愛話で間合いは難しく。太刀川と加古が二宮を放置して話すので、無視に苛立つなんて容易く通り越し、割り込む気すら面倒になっていた。結局、待つのも苦痛で、強引に入ったが。
 他者の乱入でやっと、二宮から見て左右に座る太刀川と加古が視線を向けた。正直「いたの?」くらいの態度だが、彼らの場合「あ、話題に入る努力はするんだ」と、二宮の性格を知っているからこそ振らなかっただけだ。
「何言ってるの、あなたも夜勤じゃない」
 言外に『帰れないでしょ』を含まされる。隊の作戦室か仮眠室に戻る――だけだが、気持ちの問題による言い方なので、指摘されてもあえて無視した。
「おまえは日勤明けだがな」
「お疲れさまの一声もないの?」
「むしろ俺に労りはないのか」
 加古なりに配慮し、本部配属4人が出勤する日を指摘している。抜け目がなく、太刀川の「あ、これ逃げられなくね?」と同様なことを二宮も感じたのだろう。彼にしては珍しく逃げず、参加していた――けれど、限界も早い。もはや顔を出した、程度だった。
 一番無難かつ安心する場所で、加古から防御、これから起こり得る面倒ごと全て避けたい。左右どちらか退けろ――を態度で示そうと、二宮は自動販売機で買った紙コップの飲み物を持って腰を上げた。左右が塞がれてもテーブルの下から逃げないのは、二宮の矜持。そもそも、はたちでこれは情けない。
 左右どちらも見上げるが、「おまえ今頃逃げる気かよ」と「今更ねえ」の視線だけ、二宮の気持ちを汲み取る気配なし。自発を促すも効果なし――は予想範囲内だ。次の手、左側の加古が動く筈もないから、右側の太刀川を押し出すことにする。
「どけ」
「やだよ。もうすぐ堤と来馬も来るって」
 どちらもやや細身型だけれど、太刀川の方が引き締まった筋肉を持つので、容易く優劣はつく。悔し混じりで眉間に皺を寄せる二宮と、譲らない太刀川と、問題元の加古に至っては静観のみで参加すらしない。
「俺この後、忍田さんと模擬戦付きの稽古こぎつけたんだよ。早期解決しかない。二宮、離さないから」
「やめろ、気持ち悪い」
 声色を意識した演技口調で更に冷めてしまった結果、隙が生まれる。その一瞬を見逃さない太刀川により、また座り直された。二宮はどうしようもないところで機会を逃す。

「本部長と稽古て、珍しいわね。久しぶりに聞いたけど」
 上層部の地位と人数不足から時間を根こそぎ持っていかれる為、余裕の隙間を見つけるのも苦労する。手合わせの回数が減少傾向と把握している加古は目を丸くした。
「遠征前は融通利かせてくれるんだよ」
 どれほどの強い相手でも倒せるよう、遠征に向けて鋭く、緻密に、整える。なんら殺戮と変わりない遠征に対しての不安より師弟の酔狂さを感じるのは、太刀川が輝かしい瞳で嬉しそうな笑顔を見せるからだろう。
「それじゃあ、忍田本部長待たせてるの?」
「そうだったら良かった…良かったんだけどな……」
 流石に本部長を待たせている、となれば加古も諦める。けれど、時間を捻出するような相手との約束、そう上手くいかないもので。
「仕事長引くから、終わったら連絡するって。深夜だろこれ…」
「夜勤の待機で良かったわね」
「夜勤だから生身での訓練ダメなんだよ。基本は生身で覚えて動け、て言うくせに。あーもー忍田さん早く終わんないかなー…」
 のんびり暇潰し継続、加古の「何教わるの?」から逸れ、師弟歴の長い太刀川が「なあ二宮、師匠自慢しよう。俺負けないから」と言い出すのは案外よくあること。隊長の中では隊員をあまやかすより厳しめ、実力と単独も多い太刀川だが、愛情もいっぱいあって。『ウチの出水』と『流れ弾当てられそうになる使えない唯我』と『俺ぐらい強い男じゃないと嫁にいかせない国近』の我が子もとい我が隊員可愛い自慢に流れていく。
 何処でも誰にでも言ったりせず、案外同輩ぐらいにしか言わない辺り、本当に自慢だし、話す手を間違えているようにも感じる――が、二宮も自身の隊員に伝えたり伝えなかったりするので、人のこと言えなかった。
 結局この師匠自慢、太刀川が言うなら『師匠の忍田を自慢』、二宮のを聞くなら『隊員である出水の賞賛』に繋がるので、太刀川しか得をしない。ぞんざいに断ると、「そう言うなよ。あいつ二宮のこと尊敬…? 高く評価してたから色々複雑みたいで、弟子を取るよう折り合いつけさすの大変だったんだぞ。しかもいつのまにか部下から『二宮は良い弟子』自慢されるし。俺の功労讃えて付き合え」と何故か深い部分も一瞬、「意外ね。二宮くんの師弟の件、放任だと思ってたけど…あなた聞いた時、ビックリしてたじゃない」「おまえあれは、土下座とか金積んだとか、貞操とか言うから」「失礼ね。私が言ったんじゃなくて、異なる風の噂聞いたから、そんな内容になるなんて日頃の行いどうなの? て言っただけよ」などとあっさりどうしようもない話題、別の意味で聞き捨てならない方向に落ちていた。
 太刀川と加古の流れがさっぱり読めない。慣れたつもりでいたが、あまい認識だった。二宮は内心微妙に動揺しつつ視線をずらせば、ラウンジ内を見渡す堤を見つける。端まで行き届いておらず、探している様子だ。
 太刀川が折り合いつけさせた事柄、他諸々の噂や詳細は、酔った時にでも吐かせるとして、現状保留。二宮から軽く手を挙げ、堤に気づかせ、招く。

「堤くん、お疲れさま」
「お疲れさま。遅れた…けど、最後じゃないのか」

 加古は声を掛けたが、太刀川は餅を食べながら軽く手を挙げ、二宮に至っては招く仕草だけだ。これでも通常の愛想なので、堤からとやかく言わず、慣れた調子で挨拶をした。
 いつでも席順は適当かつ隣が誰でも、要するに決まっていない。来馬が来ていないのを確認してから、堤は太刀川の隣に陣取る。最終的に加古の隣のみ空席、来馬の分だ。
「……二宮? どうかしたか?」
 堤が腰を下ろす際、二宮の顔色を窺いながら名を呼ぶ。重要な話題を雑扱いしていた太刀川と加古も不思議そうに二宮へ視線を向ける。
「何もない」
「そうなら良いけど…」
 二宮は、堤が気に掛かる程の顔色、雰囲気の原因を理解していた。自身から見て左右ふたりの暇潰しな会話で精神が擦れたし、疲労した。思い返せば、師弟になった後、突然太刀川がやってくるなり「どっちが食った?!」と聞いてきた。意味不明過ぎて無視、忘却していた事の始まりが『男なのに貞操とか色々な噂』だったなんて、説明したくない。
「堤、遅いぞ。俺を待たせるな」
 続けたくないので、無理矢理内容逸らし、睨んだ。待たされた八つ当たり、もしくは不都合故と熟知する堤は平然としたまま、逸らされた方向に付き合う。
「悪い。諏訪さんたちと明日のランク戦の作戦錬ってたら、時間過ぎてた」
「次、荒船隊とか。諏訪隊とは違い過ぎて相性良いとい…あ、俺夜勤明けに、午前解説するんだった。ええー…誰だ、この勤務予定くんだの」
 今年最終のランク戦も後半に突入している。何位に着地するかで次、年明けのランク戦初期ポイントが変動する為、傾向から丁寧に錬った。
 付け足すと、諏訪隊の作戦室は雀卓や本などあり居心地良好だが、乱雑かつ綺麗から遠い空間なので、話し合いに向かない。本末転倒だが、作戦などはラウンジで行う。終わった後、全員で作戦室に戻り、堤だけ軽く掃除していたら約束の時間を過ぎていただけだ。作戦に長引いたが、それで遅れた訳ではない。
「太刀川が解説なのか。試合後、解説のまとめ楽しみにしとくよ」
 半分真実、半分しらばっくれたまま、話を進める。戦い関連となれば姿勢から良くなる戦闘馬鹿の太刀川が食い付く――と、堤の中で上手く流れる確証はあったし、実際目論み通り進んだ。


→02/後編



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