セレナーデ
赤リコ/未来捏造/恋人設定






 強くまばゆい瞳でじっと見つめてくる、いつもの真っ直ぐな姿も好ましい。でも、微かに震え、怯え、苦しそうに、それでも優しく微笑む――征服欲を掻き立てる弱い姿も愛おしい。肌を重ね、いつにない態度を見せる貴女も狂おしいほど惚れ込んだ。

 掠れ、ほとんど声になっていない。けれど、何もかも曖昧でも、想いが溢れ、止むことはなく。短く啼いた声だけで、僕はただただ滾った。
 涙が目尻から流れ、頬を伝いながらも、僕に縋り付く。触れて伝わる熱さがこんなにも良いものだと、貴女から教わった。
 貴女は僕を壊していく。毒のように、じわじわと広がり、しびれて、心を奪われる。縋り付く貴女も、快い戸惑う貴女も、堪らない。視覚だけでもお手上げなのに、五感全てが持っていかれる勢いだ。
 貴女は本当に、僕を壊していくのが上手い。

「あか、し、くん、」

 こんな時ですら僕を名前で呼ばないのは。呼びたいと願っていない、現状の呼び方に満足している証拠で。
 もう少し焦がれて、僕に寄りかかって欲しい。どうにかしないと。そう思いながら、名を強制する余裕もないので、後回しにした。
「……はい、」
 呼ばれた反応として、僕は貴女と額を合わせ、まじかで見つめる。この動作で深くなり、貴女の吐息が耳朶をくすぐった。それだけで熱さが増す。
 僕はこんなにも単純だ。内心苦笑混じりに、止まらない涙を舌で拭うと、少し驚いた表情をされる。そして、嬉しそうに微笑んだ。
「だいすき」
 溶けるように、想いを声にしてーー僕の瞼にキスをした。いつも言ってくれない想いの欠片を、こんな時にあっさりと。しかも一度だけだったりするから、僕は躍らされてばかりだ。
「あの、ね」
 ふたりしかいないのに、それでも何かに聞かれたくないのか、耳朶に口を寄せて。貴女にしては珍しく、可愛い、お願いを、紡いできた。
 それは僕にとって、お願いではなく、喜ばせるものでしかなくて。貴女は僕のものなのに、僕が貴女のものに感じられてしまう。
「リコ、さん」
 そして僕は、たただた、貴女の名前しか紡げなくなる。
 貴女のことだけを想う。愚かしいほどに。貴女と溶けてしまいたいと、願う。

僕は、情けないくらい、
貴女を愛している。





「おはよう、赤司君」
 僕は目覚めが良い方だ。そう認識していたが、僕の名を呼ぶ貴女曰く「それはない」とのこと。釈然としないが、貴女は僕よりクリアに目覚め、すぐ行動するから、張り合えなかった。
「……おはようございます、リコさん」
「起こしてごめんね。でも、そろそろ起きる時間でしょ?」
「ああ…寝ていたいですね」
 朝の陽が目障りな程、眩しい。起き上がる気すら失せ、重たい瞼だけ開き、見下げる貴女と目を合わせる。ベッドに腰掛け、僕の髪を梳きながら笑う貴女を、僕は堪能したい。
「なに、ぐうたらしたいの?」
「結果そうなりますね」
 僕は男として真っ当に、惚れた人と爛れた朝を望んでいるだけなのに。貴女は許してくれないだろう。朝からきちんと行動する人だから。
 ああ、嫌な朝だ。
「……ちょっと、なに? 何かあった?」
 驚く貴女に、僕は説明しても抵抗されるだけと思い、身を起こす。そして、寄りかかるように貴女へ抱きついた。肩口に頭を乗せると、「くすぐったい」と笑われる。
「不思議ね、朝が一番可愛い」
「おかしなことを言わないでくれますか」
「そう? 私、今の瞳、可愛いと思うけど」
 少しばかり身を離し、僕の瞼に、軽く唇を寄せてくる。貴女にしては珍しい、朝から可愛い、キスを。
 昨夜は久しぶりの逢瀬だったからかもしれない。貴女は楽しそうだし、やけに与えてくる。こういう貴女も悪くないが、僕は与えられているという感覚を拒む。年上の矜持やら態度を、どうにか崩させ、対等にさせたい。
 けれど、今は包むように触れてくる貴女に満足しよう。僕はなんだかんだ、貴女を許してしまっていた。
「今とは」
「いつもの気高い強さも良いけど、こう朝の緩い瞳も可愛いと思うわよ? あ、男の子みんなそうなのかな…本能に近い時って言うの? 食いちぎるような強い瞳も、好きよ。いやね、私欲張りになってる…」
 貴女は元々ある特定の事柄に対し、欲張りだ。少し前なら、バスケの、誠凛の優勝。その位置に僕はやっと辿り着いたのだろうか。
「……近い、といえば何です?」
 先は読めていたが、あえて問う。貴女から、その答えを、直接声にして欲しい。そうすることにより、僕は堪らなく気分が良くなるし、僕の望みに移せる隙が出来る。
「試合の時かな。すごい強くて怖さすらあるけど、男女問わず格好いいもの。あと、昨日……なんでもないです」
 語尾が丁寧語になっている時点で、流せていないけれど、言質は十分取れた。
 よく怯えているのに、何処か望んだように捕食を待っていた理由が判明する。あの時の僕は何にも抗うことなく、欲が駄々漏れるだけの瞳だろうに。試合時と一緒にして良いものか。否、彼女が好んでいるならそれで良い。
「昨日の、なんですか?」
 親指の腹で柔らかい唇を押す。少し撫でてから離すと、八つ当たりの睨みを食らった。
「好きなのでしょう? 朝の緩い僕も、貴女に惚れ込んだ僕も」
「今の話は、瞳だからね?」
 分かって言ってやがる、という感想が、顔からありありと分かる。
「一緒ですよ。貴女に惚れ込んで想う時程、僕は何にも抗わないし、貴女の好んだ瞳になる」
 リコの後頭部を支えながら、倒す。先がベッドでも、衝撃を減らす為に、そっと。
「リコさん、」
「なによ」
 多分僕は今、貴女がお気に召す瞳になっている。鋭く、捉えようとする、強すぎた視線に。
 見つめると、貴女の瞳に僕が映る。僕だけを見て、愛おしそうに包み込んで。
「…駄目ね、ちょっと弱い」
「弱点を白状するのは、余裕ですか?」
「そうねー…赤司君が意識してこっち見るかなって意図はある」
 確かに、貴女が弱いと知れば、僕は何度でも使用するだろう。貴女も弱いと悔しがりながら、好んだ瞳が一点を見ることに満足する。どちらにも利点があった。
「え、わ、ちょっと!」
 腰から手をすりこませ、撫で上げる手前で、その腕を掴まれる。もう片方の手は、僕の額を軽く叩いて来た。
 避けても良かったのだが、そうすると触れている部分が減る。抱きしめたままでいたいから、そちらを優先にしたら、痛みを生じた。僕を叩くなんて、貴女くらいだ。
「良いでしょう、たまには」
「もー…30分だけ二度寝を許してあげる」
「……そうですか」
「なんで不満そうなの」
 爛れた朝を望んでいたし、上手く移せたと思っていたが、そう事は運んでいなかったらしい。もう気合いも失せ、次で良いかと投げやりにすらなった。
 駄目だ、朝は貴女とゆっくりしたい。それで良い、もう、今日はそれで。
「おやすみなさい」
 身を投げるように寝転がり、貴女を抱き寄せてから瞼を閉じる。貴女が笑っている気配を感じ取れ、僕は少しばかり腕の力を強めた。





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