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紫荒/未来捏造/恋人設定






「まさ子ちん、ポッキーしよー」

 フローリング直座りで、ローテーブルの上に広げた資料と睨めっこしていたら、緩やかな声が落ちてきた。考え事の途中とあって邪魔だが、無視する態度も良くない。雅子は一旦中断、首だけ動かし、見上げる。
「しよう、て何がだ…」
 いつもの気怠げよりは、やや嬉しそうに。けれど、笑顔とまでいかない表情で、意味不明な誘いを受けた。脈略がなさ過ぎて理解出来ないと思うのも一瞬、紫原の手にある赤いパッケージの菓子に気付き、ひとつ読んだ。
「ポッキー…ああ、ポッキーの日か」
 ここ最近、陳列棚の上に置かれていた、大手メーカーの菓子。てっきり冬も近く、チョコレート類を推していると思っていたが、違ったらしい。
 本日11月11日。菓子のスティック形状を数字の1に見立て、4本並べ11月11日。数年流行っている、または販売元が力を入れている、メーカー側の商売戦略だ。とりあえず、雅子が学生時代の頃は盛り上がっていない。気付いていないだけかもしれないが。
「そこからなんだ」
「そこからだろ…」
 菓子ではしゃぐ程、若くない。
 あと、雅子は世の中の流行ものに疎く、自身が気まぐれに買って帰る図すら想像付かない低次元である。
 雅子は紫原の提案をようやく理解して、頷く。
「そうか」
 時期的に追い込み段階、12月のウィンターカップまで近く、丁寧に練っているところだ。視線を再度テーブルに戻し、中断していた部活の練習スケジュールを組み立て直す。
「ちょっとちょっと、まさ子ちん」
 隣に座り込む紫原に、雅子は背後のソファからクッションを引っこ抜いた。
「この上でも座っておけ」
 座椅子に近い平べったい丸型のクッションは雅子が使用している。現状、雅子しか利用しないのでひとつしかない為、代用だ。
「女の子じゃないから冷えても…じゃ、ないから!!」
 気にする相手が違う、とツッコミを入れてしまった。むしろこういうこと出来たのか。紫原本人ですら驚いている。
「マジあぶねーし…まさ子ちんのノリにのまれた…」
「私の所為か」
 受け取ったクッションを軽く叩いて、やり切れない気持ちを吐き出すこと数秒。紫原は無駄に長い溜め息を吐いてから、雅子と目を合わせる。

「ポッキーゲームしよ、まさ子ちん」
 諦めていなかったらしい。

「私とか」
「まさ子ちん以外とやって何が楽しいの」
 王様ゲーム辺りで楽しめるものかもしれないが、紫原には何の魅力もなかった。いつだってしたい相手は決まっていて、不特定多数が良いと思ったことすらない。
 はっきり返答すると、雅子でも気恥ずかしいまたは対応に困るようで、視線が落ちる。逃げられてしまった。
 女性の中でも高身長の雅子ですら、腕の中に収まってしまう程、紫原の身体は大きい。下げられると、表情が見えなくなり、ひとつも良いことない。
「まさ子ちん」
 感覚で雅子の顎に手をつける。そこからは知り尽くした身体だ。ゆっくり撫で上げ、閉ざした唇に親指を乗せる。
「ねーまさ子ちん」
 少し押して摘まむと、雅子の視線が上がった。
「弄るな」
 歯で軽く噛んでくる辺り、苦情が苦情になっていない。とりあえず紫原からすれば、お誘いにしか思えなかった。
「ポッキーゲームして」
「そんなにしたいのか」
「なんでそんなにしたくないの」
 意地になって、譲れなくなる。口元を尖らせ、不満の表情を作りながら、噛まれた指を口腔に入れ、舌を押す。
「…んっ」
 やや眉間に皺を寄せ、不快そうな雅子が、紫原の身体を叩く。止めろ、と言外に含まれていた。
 しつこいと、提案を飲んでくれなくなる為、すぐ引く。唾液のついた指を軽く舐めれば、雅子の皺が更に増えた。
「いまさらじゃん」
 指なんてむしろ健全な方、と思い声にしたら、呆れられる。
「……ポッキーゲームは良いのか…」
 お前は何がしたいんだ。
 雅子も短く溜め息を零してから、床に置いたポッキーの箱を開け始めた。
「なに。してくれるの?」
「お前はこういうの嫌いだと思っていた」
「なんで?」
「菓子への冒涜、とか言いそうだ」
「あー…まあ、うん、そうだねー」
 お菓子に対して、礼儀もって食べるべし。
 よく分からない力説を、氷室ほか元チームメイトにしていた男だ。確かに遊ばず、ちゃんと食べなさいとも言いたい。
「まさ子ちんなら別?」
「そうか」
 腹を括ったのか、呆れで思考を捨てたのか。先程より相槌が適当になっていた。その合間も、手は止まることなく、動いている。箱の中に小袋がふたつあり、ひとつ取り出して開封した。
 なんだかんだしてくれることに嬉しく思いながら、紫原から小袋より1本取り出し、雅子の口に向かって差し出す。

「あ、口か」
 すると、咥える前に、予想外の返答がきた。

「あ、あー…悪い、悪かった。これくらいなら冒涜じゃないな、ああ、うん…いや、私の周りが駄目なのか…あーそうか」
「まさ子ちん? あ!」
 差し出すポッキーを噛み折る。勘違いに気恥ずかしいのか、知識を植え付けた友人を恨めしく思っているのか。正直痛々しいくらい、豪快な食べ方だった。
「なんだ、口と口か」
 咀嚼しながら、納得している。
 せっかくのタイミングを、みすみす逃したような。そんな空気全く出してくれたなかった雅子に恨むべきなのか。紫原は内心唸った。お互い、ただのゲームで複雑な心境と化す。
「……もー…口と口以外何があるの」
 紫原は、スティック形状の菓子の両端を咥え、互いに齧って短くしていくゲームだと認識していた。
「知らないのか」
「知らないというか、そういう遊びじゃないの、これ」
 雅子相手だと、上手く進まない。慣れきった自身にがっかりするし、それだけ一緒にいるようで嬉しくなる。
 紫原は折れたポッキーを口に放り投げてから、問い掛ける。
「胸に挟むんだ」
 でもあれ、内側によった胸か、大きくないと出来ないな。
 冷静な分析まで加えてきた。

「えええ…まさ子ちん、挟めないじゃん」
 本人以上に知り尽くしているつもりだ。夢もロマンも挟めないことをよくよく知っている。紫原は拘りもなく、気にしていなかったからこそ、この発言に驚いた。

「そうだな…て、腹立つから言うな。……で、なんだ。そう思っていたから、お前の提示に呆れていたんだ」
「はー…なんていうか、大人ってゲスいねー」
「ゲスいというか、馬鹿だな」
 食べる物を口に咥えるのではなく、別のところに挟んだ状態で、待つ。互いに齧っていくのではなく、片方が齧るだけ。『お菓子の冒涜』の意味を、紫原は理解した。
「まさ子ちん、したことあるの?」
「お前ケンカ売ってるな?」
「まさ子ちんはすぐ買おうとするー」
 ポッキーゲームでそこに行き着く意味が分からない。経験したからこそ、と思えば腹立たしく、確認するだけで、喧嘩と捉えるから困る。
「出来る出来ない以前に、するわけないだろ。興味あると思うか」
「ないと思う」
 紫原としては趣向も楽しみたいけれど、本人が望んでいなければ、面白みに欠ける。よくよく理解しているので、断言出来た。
「だろ? 久しぶりに食べると美味いな…」
 小袋から1本取り出した雅子は、ひとりで食べ始めた。待つ、誘う、ではなく、ぼきぼき折って咀嚼している。ただ菓子を食べる、という行動だった。
「やっぱしてくれないし…」
「食べた物が入ったままキスするのはヤだろ?」
「まさ子ちん、これ、齧り続けて、最後キスしなきゃいけないルールないから」
「そうなのか」
「さっきから誰に知識受けてるの…ていうか、まさ子ちんの周り何してんの?」
「馬鹿しかいない」
「あーうん……じゃなくて、あのねー…恋人とか関係なく、キスしない相手とも遊ぶ訳。そういう相手とは触れられないでしょ。どっちが先に根気負けするか、てゲームなの」
 雅子が紫原の口に1本咥えさせる。ゲームしよう、でなく食べろと与える素振り。諦めて一緒に食べた。
「ああ、そういうのなら分かるが。私とお前、好意を持っている同士なら必要ないだろ」
「なんで断言するかなー」
 こう、キスするかもしないかも、というドキドキを楽しんだりするものではないのか。
 ポッキーゲームをしてくれない発言に、拗ねる気持ちと、そうなると予測していた気持ちがあって、複雑だ。紫原は飲み込んで、口に残る僅かなチョコレートを噛み締めた。
 あまさはすぐ掻き消えてしまう。現状のようで、殊更切ない。
「まどろっこしくないか?」
「じれったいのが良いんじゃないの」
「したいならすれば良い」
 雅子の手が、紫原の太腿に、触れた。何かと視線を追った隙に、雅子から身ごと乗り上げてくる。
「え、あ、まさ子ちん?」
「ん?」
 する時は平然と動くのに、される時は困惑する。可愛らしい部分を見ると、雅子は「年下も悪くないな」と思え、努めて優しく、わざとらしい笑みを作ってしまう。

「このゲームは、キスを強請るものじゃないのか」
 ゆっくりと、軽く。けれど数秒かけて、唇に触れる。舌で優しく唇を掠めれば、紫原が息を飲む。

「ひ、やくしすぎ、でしょ」
「単純にゲームがしたいだけと」
 乗り上げてきた相手をみすみす逃すつもりもない。紫原は雅子の腰に腕を回し、引き寄せる。
 長い髪を指に絡め、巻く。やはり切るのは勿体ないと思うが、今ここで言える訳もなく。お気に入りの一部で遊びながら、零れてきたあまい空気を満喫する。
「確かに。キスするための口実かも」
「だろ。それなら、まどろっこしい」
 誰よりもあまい存在と、仲良くする為に、菓子を利用する。きっかけや、序盤の入り口としての可愛い行為すら、彼女にはいらないようだ。
「まさ子ちんみたいに欲しいて言えない子のためのゲームなんじゃない? 誘ってる、みたいな?」
「ああ…そう思うと、可愛いな」
 図太いことに怒るかと思いきや。そういう意図を持った人を想像し、ゲームの主旨を理解したらしい。口元を緩め、もはや他人事の感覚で意見を述べてきた。
「まさ子ちんには向いてないね」
 ひとつ諦めることになったが、ひとつ期待していたものが転がってきた。零さない、むしろ掻き抱くように、貰う。紫原から顔を寄せ、一度唇を重ねる。
「向かないな」
 離れた際、吐息が触れる距離で、肯定の返答。同時に、雅子の腕が紫原の首元に回った。望まれている気がするし、誘導されている気もする。
 何にせよ、嫌味も全く通じない相手、向こうの方が上手で、及ばず。いつのまにスイッチが入ったのか、分からなかった。
 悔しい気持ちもあるけれど、抗わない。紫原は引き寄せられるがまま、わざと開いた雅子の唇の隙間に舌を差し込めば、あっさり絡まれた。
 重ねたまま、雅子から身体を押され、押し倒される。力は強くない。紫原も望んで、合わせただけのこと。平素では見られない積極的な部分に、嬉しさと、いつも気持ちよくないのかと不安になる。加えて、こういう手並みに、何人の相手としたのか、不穏な気持ちも湧く。
 ばきり、と割れた音が下から聞こえてきた。倒れた際、どちらかの身体の一部が菓子に触れ、折れたのだろう。確認する意味もないので、見もしない。

「で、敦はこのゲームで、何がしたかったんだ?」

 溶けるような声で問われる。雅子の思考に答えは出た。紫原はどうか、こんな時に聞かれて。
「せっかくだ、望んだものをしよう」
 もっと健全に遊んで、ドキドキしたいだけ。それを提示したら、叶えてくれるらしい。
 多分、次はないと分かっていた。けれど、どんな望みでも、違うもので覆い被さる。場に、飲まれる。紫原の答えは、ひとつしか出なかった。





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