※過去に発行した本「Kaleidoscope」のおまけ小話を加筆修正したものです。中身の簡易説明をすると【リコは進学先で偶然赤司と出逢い、恋に落ちた…後の話】本文、大学生らしくなかったので(笑)その世界観の大学話を書いてみました。賢いので揃うと楽しそうだなって





 うららかな日和で過ごしやすいが、ほんの数時間しか寝ていない大学生にとっては、意味をなさない。陽射しが、そもそもキツかった。
「おてんとさんは鬼畜やな…諏佐」
「お前、何も考えずに言うな」
 けたたましく繰り返す着信音で起こされた今吉は、恨みがましく隣を歩く諏佐を見るも、長年の慣れか、無視される。むしろ「馬鹿か」と呆れられた。
「俺はお前の女じゃない。自分で起きろ」
 桐皇の三年間部活が一緒で、仲も良い方、大学の進路まで被った腐れ縁――だとしても、女同士の距離感などない。自分のことは自分でしろ、の精神が男の基本。しかも諏佐は、世話焼きでなければ、大半の人間と距離を取る。
 誰が好んで、野郎にモーニングコールなどするか。否、したくない。
「当たり前やろ、ワシかて彼女選ぶわ」
「次からはしないからな」
 だが、他の学部に留まらず他大学も混ざった面子と、陽が昇る手前まで雀荘にいた。翌朝、十一時に教授と会う約束をしていたので、別れる間際、電話をすることになったまで。
 眠たくて適当あしらい、頷いてしまったのがいけない。朝から不機嫌な今吉の声を聞かされ、教授の「揃って来なさい」に恨みすら湧いた。
「まって諏佐ー堪忍してーワシ起きれへんて」
 諏佐が邪険に扱うと、今吉からうざいくらい適当な弁解を受ける。だらりと凭れ掛かり、ぶつくさうるさい。
「早く来すぎたな」
 張り付く今吉を引きはがしてから、諏佐は腕時計を見て、時刻を確認する。
 徹夜明け、雀荘帰りだから即寝落ちの可能性高く。雀荘特有の煙草臭さを落とす意味でも身支度は必須で、早めに起こしたけれど。とんとんと事は進み、裏目に出た。
 現時刻、教授との約束まで数十分の余裕がある。
「そやなー…今日は何曜…あーおるやろ。時間潰すで」
「あー…もうこの日か。一週間早いな」
 図書館にある私語禁止の学習室ではなく、机と椅子があって、なるべく早くから開いている場所知りませんか――と、今年度始めに後輩から問われ、今吉が教えた場所へ。そこに毎週決まった曜日、必ず、問い掛けてきた後輩たちがいる。


***


 広いキャンバスなので、幾つかある食堂のひとつ。少し古く辺鄙な位置にあるが、朝から開いており、作業や遊び開けの徹夜組のたまり場。時間帯の理由もあって、閑散とした静かな空間である。
「やっぱ、おった」
 食堂の入り口とカウンターから遠い、窓際の六人掛けテーブルを使用する組に目がいく。遠くからでも目立つ赤色の髪と、巨躯――目安としては十分だ。
「今吉さん、諏佐さん。おはようございます」
「おはようございます」
 最初に気付き声を掛けたのは、分厚い書とノートを開き、何か書き込んでいる木吉だった。その斜め前の赤司が少しだけ遅れ、挨拶をする。
「おはよさん」
「おはよう」
 軽い挨拶を返されてから、赤司はすぐ視線を正面に戻し、机に突っ伏して唸る相田へ手を伸ばす。撫でるように叩き、「リコさん」と名だけ呼んだ。相田の隣の木吉も「おーい」と声をかけ、挨拶を促している。いつもなら、すぐ対応の相田らしからぬ態度に、ふたりが気を掛けた。
 年上を立てる理由もあるが、最優先事項ではない。初見ですら分かる、過保護というか、あまやかし故の言動である。


 沢山の学生が通うキャンバスでも、巨躯は目立つ。まず初めに諏佐が木吉の存在に気付き、今吉へ伝わり、ふたり揃ったタイミングで木吉に声を掛けた。そこからは芋づる方式で、相田が釣れ、そして赤司まで登場する。
 よくあるようで、ありそうにない、きっかけ。
 桐皇最強を崩し、敗北を味わされた元敵二校の選手で、今は後輩の三人――木吉と赤司と相田。高校の頃から名と顔を覚えていたが、大学の後輩になったと気付いた時、諏佐と今吉は相当驚いた。縁の糸がぐしゃぐしゃに混じれば、おかしなことも起こるものだ。

 それから一年後。講義の不明点もあるからと、木吉と相田が勉強場所を探し始める。先輩だからこそ情報はないか今吉に場所を聞き、この食堂が選ばれた。
 毎週集まる――木吉と相田にとっては、高校時代の、部員みなで昼食を取る感覚に過ぎない。ふたりの延長線上がここまで来ていた――ようになってから、赤司も加わり、現状に至る。
 授業もないのに朝から大学に来て勉学やら座談をする後輩に苦笑あり、可笑しくあり、嫌な後輩と思わなかった。だから、今吉は場所を教えてからも、たまに顔を出している。

「なんや、また負けたんか」
「またとか言うな、今吉」
「諏佐の方がえげつないやろ」
 赤司と相田を挟んで、チェス盤が置かれている。
 磁石の付いた携帯用ではない。木製で何処か薄っぺらい、軽くて安いチェス一式は彼らの定番遊具だった。
 女子としてどうかと思う態度を見せる相田だが、この光景を何度か見ている今吉と諏佐は、気にしない。むしろ、駒の配置を読み、ふたりの思考が合致する。
 空いた椅子の内、赤司とひとつ席を空けて今吉が、木吉の隣に諏佐が、腰を据える。
「…またって言わないで下さい! おはようございます、諏佐さん、今吉さん。挨拶が遅れてすみません」
 敗北に打ち拉がれるも、苛立ちを抑えたのか、相田が起き上がった。短くもふわりと揺らす髪からほのかな匂いが香る。雀荘翌朝な今吉と諏佐には、清く感じた。無論、相田の彼氏である赤司と、誠凛の門番筆頭で双璧の片割れである木吉の前で、声にしないが。
「赤司君、次は勝つわよ」
「リコ。次こそ、だろ」
「鉄平、黙って」
 赤司への啖呵に、訂正される。悪気の有無すら分かり難い木吉だが、相田には読めているようで、笑顔を見せ、御した。
「相田もよくやるな」
 赤司の好む将棋で勝負を持ちかけたのは、相田から。けれど、どう考えても分が悪い。得意なもので打破した気持ちを汲みたいが、難関過ぎると諏佐が「将棋ではなく、チェスで挑戦したらどうだ」と提案したのだ。
 赤司は「なにでも構いません」と余裕綽々、相田の挑戦を嬉しそうに乗り、今も続いている。
 余談だが、今吉は「麻ー」まで発し周囲から叩かれ、木吉の「花札やろうぜ!」に相田から「しつこい!」と怒られた。
「悔しいじゃないですか、負けるなんて。勝ってもまた挑戦しますけど」
「いいますね、リコさん」
「もちろん」
 相田の負けん気、揺るがない意思、真っ直ぐな瞳が、赤司のお気に入りなのだろう。そこまで仲良くなくとも、勝負をするふたりを見て、分かってしまう。
 何処から惚気だったのか。そんなことをぼんやり思うも、答えが出ても意味などない。諏佐はすぐ思考を捨てた。
「飲み物買ってくるわ。今吉さんと諏佐さんも何かいります?」
「ワシらはええよ、気にせんといて」
「教授に呼ばれてるから長居はしない」
「分かりました。赤司君と鉄平は?」
 相田が先輩に問い掛けてから席を立ち、木吉と赤司にも聞く。すると木吉は緩やかに笑って「おう」とだけ返した。何の応答か分かり難いが、頷く相田からして、正しい読解をしているようだ。
「僕はいらないが、一緒に行こう」
「もう、ひとりで買えるわよ。赤司君は座って待ってるの。戻って来たら、もう一回やるからね!」
 立ち上がろうとした赤司に、相田が手だけ前に出し、止めさせる。ひとりで買い物くらい出来るよ、と子供のように口を尖らせ、少し拗ねていた。
「……はい、いつでもどうぞ」
「くそう…次こそ勝つんだから」
「リコは、ビショップの使い方がいまひとつだからなあ」
 ビショップは将棋だと角にあたるもので、斜めに何マスでも進める駒だ。赤司と相田の勝負を横で見ていた木吉が助言すると、信憑性は高い。
「え、嘘!? うーん…あ、鉄平、それ以上はいいわ、自分で考えるから。ありがと! …ビショップねえ」
「よろしくなー」
 木吉が相槌と共に、相田へ小銭を渡す。どうやら先程の応答は『いる』のようだ。

 軽やかな足取りの後ろ姿を見送った男四人だが、今吉から静かな空気をぶった切った。
「なんや、帝王も意外やな」
 薮から棒に、今吉の口からでる『帝王』は『鉄心』以上に嫌みでしかない。諏佐は「始まった…」と呆れ面だし、木吉は分からなそうな顔をしているが実際不明だし、赤司に至っては何ひとつ表情を変えない。今吉の揺さぶりに、誰ひとり乗らず、出方を待っている。
 桐皇の後輩、若松や青峰のような単細胞、やや黒いながらも反応が敏感な桜井とは異なる。上手く行く訳がない面子だ。仕方なく今吉は、再度言葉を紡ぐ。
「言葉に、名前に、価値を見いだす男やと思っとったわ」
 遠回しすぎて、分かり難い。けれど、元々聡い集団だ。気付いていた、気にしていた、そんな感情が一度は掠めた部分とあって、みな意図を理解する。
 赤司君??相田は赤司を、そう呼ぶ。今は木吉も一緒にいるので、ことさら目立つ。
「意外ですか」
「相田は拒むように思えへんし」
 名前で呼んで下さい。
 頼めば、相田から反論しないだろう。実際、今吉や諏佐を『先輩』と呼んでいたが、ふたりから訂正され、すぐに『さん付け』に変えている。
 今吉がほんの少し口元を上げて赤司を見た。けれど、赤司に変化はなく、淡々とした「そうですね」の相槌ひとつ。若干、微妙な空気が流れた所で??
「んーまあ、赤司の考えはよく分からないが、」
気の抜けるような、木吉の声が乱入する。
「俺は、リコが赤司を名前で呼ばないのは、らしいと思うな」
 ぺかー、なんて軽い効果音すら付きそうな、そんな緩い笑顔で言い切った。
 やや無理矢理だが、嫌気のない、木吉独特のもの。慣れていない今吉と諏佐は目を丸くし、赤司ですら、チェスの駒を戻そうとしていた手が、止まった。
 各々珍しい態度だが、分かっていない木吉はただただへらりと笑っている。
「俺には赤司が特別だと思えるぞ? 赤司、大丈夫だ!」
 日向なら「なにがだ! ダアホ!!」、リコなら「あのねえ…」くらいありそうだが、この場にいない。
 別の意味で微妙な間があった。
そこから少し、赤司が数秒木吉を見た後、先程と同じように「そうですね」と肯定する。嫌みではなく、意地ではなく、賛同という雰囲気の。
 なんとも言い難い空気が流れる。
 喧嘩腰ではない。けれど手を取り合って笑顔、みたいな仲良しの感覚もない。これは??

「はい、鉄平、お待たせ…て、どうしたの?」

??不思議な空気に、戻って来た相田が、首を傾げた。
 剣呑な空気でもないので、自然と入ってきたものの、よく知る赤司と木吉から違和感を感じ、気付いたらしい。何か、までは分かっていないが。
 相田は答えを聞けると思っていないようだ。木吉にひとつ渡し、自分の席に座ってひとつ置き、そして赤司に差し出して??
「勝者への景品。受け取って?」
 いらないと宣言していたが、ここで拒むような男でもない。好みを理解した上での飲み物に、尚更手を引くことなど出来ず。
「……いただきましょう」
 赤司が受け取ると、相田は「再戦を申し込むわよ!」と声にしながら、満足そうな笑みを零した。








春の憧れ
-Fruhlingssehnsucht-








「なーワシそんな雑魚い?」
 後輩たちと軽く話して時間を潰し、教授の所へ向かう途中。ちょっと凹んだ今吉が諏佐に投げ掛ける。
「あー…お前、木吉以下だったな」
 何を言いたいのか、諏佐も分かっていたので、薄ら笑いを零してしまう。
「しかも中途半端なことして…あれに引っ掛かるの、若松くらいだぞ」
 ふたりとも桐皇とは縁深いので、その後輩が話題に上がりやすい。中でも馬鹿と評価するのは若松と青峰だ。
 後者は本能と野生の勘か、鋭いところも多く、案外引っ掛からない。前者は先輩を立てる忠犬なので、信頼を持ってあっさり乗っかる。
 後輩ふたり馬鹿だけど、馬鹿の分類が異なる。その微妙な差を出され、今吉は苦笑を滲ませた。
「いやー眠い時に、あんな甘ったるいの見てみ? 腹立つやろ」
 日頃気になっていた要素を、憂さ晴らしを兼ねて問い掛けるも、相手は無表情で。濁されているとも、はっきり応答とも言えない態度を取られた。そして、赤司を上げているのか落としているのか微妙な木吉の一言にだけ、反応を示される。どう考えても、今吉より木吉に懸念、用心深くしていた。
「まあ、木吉には一本取られたな」
 相田が、赤司を『君付け』で呼ぶ。それを相田らしいと断言している。
「あれ、危険やで」
「赤司も危険だろ」
「せやな」
 恋人でもない、高校からの友人を、名で呼び捨てしているのに。恋人に対し、出逢った頃と変わらない呼び方が、彼女らしいなど。その意味が、今吉と諏佐には分からない。
 赤司の肯定も、理解している様子だった。野次馬が根拠を探る手前で、打ち切る辺り、木吉に揺さぶられても余裕あり。
 短い時間ながら有意義な展開だった。
 一癖も二癖もある大学の後輩に、面白さはある。嫌いでもない。けれど、深入りしたい気持ちなどない。あの三人の関係に対し、程々が丁度良いと正しく理解出来ていた。
 そこまではっきりしているのに、今吉が腹立たしく思う理由は、三点、もある。
 ひとつは、木吉以下を気にされないこと。
 ふたつめは、場を引っ掻き回せなかった自身が許しがたい。
「女、欲しいか」
「そりゃ欲しいわ」
 みっつめ。結局そこへ行き着く。
 全部削ぎ落として、単純に「相手欲しいわ、あまやかして欲しいわ、あまやかしたいわ!!」だ。恋人を作れば、面倒くさいことになったとぼやく男が言えたことでもないが。いないといないで他者、特に後輩を見ていると思うようだ。
「選り好みするのやめたら良いだろ」
「選り好みせんと続かん」
「まあ、そうだな」
「諏佐も、なんも考えずに言い過ぎやで」
 先程、同じく外で、同じようなことを、話した気がする。ふたりは気付き、見合って、露骨に嫌な顔をした。
「あかん、陽射しがきつい…」
「若松と酒が飲みたい…」
「あかんで、それ単純を見るだけの現実逃避やて。諏佐、あかんて」
「二度も言うな」
 ぐだぐだと歩くも言われた時刻、教授のいる部屋に着くまで。ふたりからすれば実のない会話は続くのだった。



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