keep only one love
ふじ様より頂きました ※未来設定赤リコ結婚してるよ家族パロ
明日に備えて早々にベッドに潜り込んだは良いのだけれど、一大イベントのことを考えると眠気なんでどっかに飛んでいってしまって、あーだこーだシミュレーションしながら狭いベッドで右に左にせわしなく寝返りをうっているうちに、いつの間にかカーテンの向こう側はすっかり明るくなっていて。 「まじで…」 愕然としながらヘッドボードに置いてある目覚まし時計を引き寄せると、アナログ表示の時計の針は、ベルが鳴るまであと1回転。全然寝た気にはなれないけれど、だからといってもう一度、瞼を閉じても眠気が降りてくる予感なんて微塵もなくて、赤司しんのすけは欠伸を噛み殺しながら、のそりベッドを抜け出した。 部屋を出るとキッチンからドリップコーヒーの良い匂いが漂っている。赤司家の朝は母の方針で基本的に米食なので、珍しいなと思いながらも、 「おはよ、おねいちゃん」 「おはよう、今日は早いのね」 「ん、まぁね」 瞼をこすりながら洗面所ですれ違った姉に挨拶して、彼女は既に完璧な制服姿でもういつでも登校できます状態で自分とは大違いだなとぼんやり思いながら、しゃんとしない顔を冷たい水でバシャバシャ洗って、タオルに手を伸ばして、あぁそうだ、 「おかーさん、僕今日…」 床に水を滴らせながら、廊下に顔を出して母親に声をかけようとすると、姉のひまわりにパジャマの裾を引っ張られた。 「今はだめよ、しんのすけ」 「へ?」 「邪魔しちゃダメ」 いつもなら、唇の前に人差し指を当てる姉のジェスチャーですぐに察することが出来たのだけれど、なにせ今日は起き抜けだったので、頭がいまいち回ってなかった。 「邪魔って何の…」 「お父さんとお母さん、いちゃいちゃしてるから」 「あー」 皆まで言わせるなと渋面を作る姉の顔がふっと遠くなる、思わず意識を失って、よろめいて頭を壁に激突させるところだった。子どもたちが起きてくる前の、嵐の前の静かな空白の一瞬を、どうやら夫婦2人だけで仲睦まじく過ごしているらしい。足音を立てないように、そっとリビングの様子を窺ってみると、母と父が額を寄せて何やら話し込んでいる。 「なんだか頭がぼーっとするんだ」 「熱はないみたいだけど…風邪のひき始めかしら?」 体温を計るために額と額を合わせていたようだが、一瞬、キスしているのかと思っておいおい新婚かよとツッコミを入れそうになった。 「プリンくらいなら食べられそう?」 「あぁ、そうだな。そして君が淹れてくれたコーヒーと」 「はいはい」 餌をねだる雛鳥のように、無邪気に口を開けてテーブルで待っている父親の姿には正直、父親の威厳なんて欠片もなくて、鼻の下をデレデレに伸ばした残念なおっさんにしか見えないのだけれど、母は大きな子どもみたいねと苦笑しながら、冷蔵庫から取り出したプリンを銀の匙で掬うと、父の口元に運んでやる。 「いかがかしら?」 「あぁ、とても美味しいよ。君も食べるかい?」 父は母を実にスマートに、かつエレガントに左腕で抱き寄せると、彼女の手から匙を外して自らが持ち、プリンを彼女に与える。 「んー、ぷっちんプリン久しぶりに食べたけど、びっくりするくらい甘いわね」 「僕はいつだって、君となら何だって甘く感じるよ」 「やっぱりあなた熱があるんじゃない? 心配だから一応、帰りに病院に寄ってきてね」 「あぁ、そうするよ」 父は空っぽになったプリンの容器を名残惜しそうに見つめながら肩を竦めると、映画のワンシーンみたいに母の両頬に音を立ててキスをして、椅子を引いて立ち上がる。 「いってきます」 「いってらっしゃい」 明るく送り出す母とは対照的に、離れがたいんだろうなということが良く伝わってくる、実に感傷的な父の背中だった。 「うちのおとーさんとおかーさんって、いい年して本当ラブラブだよねー」 隣の姉にだけ聞こえるように、こっそりと囁いたはずだったのに、 「聞こえているぞ、しんのすけ」 「げっ」 「ピーピングトムなんて感心しないな」 玄関で靴を履きながら振り返った父親が、優しい口調できっちり釘を刺す。 バレてたのなら仕方ない、全てまるっとお見通しの父親には言い訳しても無駄なので、ここは素直に謝ろう。 「おはようおとーさん、立ち聞きしてごめんなさい。声かけたら悪いかなって思って」 「悪いわけないだろう、何も恥ずかしいことなんてしていないのだから」 あれが恥ずかしいことに入らないのなら、父の羞恥心は限りなくゼロに近いんじゃないだろうか。 「えー」 この人と血が繋がっているという事実に打ちのめされて、思わず絶望の呻き声を上げたしんのすけに代わって、 「充分恥ずかしいことです。そう思ってるのはお父さんだけです」 ひまわりがこほんと咳払いをしながら苦言を呈すると、父は驚いたように目を軽く見張らせて、「そうか」と重々しく呟き、 「分かった。以後、気を付けよう」 「そうしてください。いってらっしゃいませ」 「あぁ、いってくるよ」 母にそっくりな愛娘の言葉は流石に堪えるらしく、父は自重を約束すると、家を出て行った。 「いってらっしゃーい」 ひらひらと手を振りながら、ドアが閉まる音を聞いて、たっぷり5秒、これなら大丈夫だろう。 「ねぇ、おねいちゃん、うちのおとーさんとおかーさんって、超ラブラブだよねー」 先程の質問をもう一度、姉に投げかけると、彼女は肩にかかった髪を物憂げにかき上げながら、 「えぇそうね、よくもまぁ毎日毎日、いい加減飽きないのかしらって不安になるくらいラブラブね」 「ちょっと感動するよねー」 父・赤司征十郎にとって母・相田リコという人は、初めてを教えてくれた運命の人なのだそうだ。母に出会うまでの父は、あらゆることにおいて負け知らずで、勝つことが当然という気持ち悪いくらい偏った人生を歩んでいたらしいが、母に敗北したことで、その歪みに気付かされた。 他者に期待することもなく、全ての可能性を閉ざし、世界を自分だけで完結させていた父に、母はバカみたいに真っ直ぐに挑んできて、父の世界を粉々に打ち砕いたそうだ。あの衝撃は今でも忘れらないと父は言う。 つまり父にとって母は、世界を暖かく光に満ちた慈しむべきものへ変えてくれた救世主で、今となっては出会わなかった未来なんて考えられないくらい大切な人で、最初で最後の恋なのだと、お酒が入っていても素面でも、常にそう誇らしげに惚気ている。 父が母に首ったけなのは充分に分かったけれど、それを子どもじみた態度でいつも全面に押し出しているのはどうなのか。正直、ちゃんと社会に適応できているのだろうかと、父と母の愛情の結晶である自分たちでさえ若干、不安になってくる部分があるのに、「ほんと困った人ね」母親はおおらかな一言で、父親の全てを笑顔で受け止めるのだから、ラブラブ状態は今日も明日も明後日も続いていくに違いない。 世界はなんて上手くできているのだろう、驚きと羨望が複雑に入り混じった溜息を吐きながら、 「…じゃあね、うちのおとーさんとおかーさんの次にラブラブなのって、誰だと思う?」 「うちのお父さんとお母さんの次に?」 「うん、僕たちが知ってる人の中で」 姉は眉を顰めて、軽く考え込む素振りをみせるが、 「それはやっぱり…」 訊くまでもない決まりきった答だった。分かっていたけど、予想通りの回答に自分で傷ついていれば世話はない。 「だよねー」 強張って上手く笑えない顔に、しんのすけはタオルをぎゅっと押し付けた。 初恋はこじらせると面倒なことになると、物心ついた時から父親を見て思っていた。重たすぎる父の想いは、母が受け止めてくれたから成就したけれど、そうじゃなかったら父はただのストーカー予備軍になっていたのではないだろうか。外見は母に良く似ているにも関わらず、本質的な部分は父に似てしまった不憫な姉の片思いを、意図せず一番近くで見守りながら、振り向いてくれない人を好きで居続けることはなんて辛いことだろうと胸を痛めた。自分はそうはならないと強く心に決めていたにも関わらず、気が付けばしっかりこじらせているのだから、これは赤司家のDNAに刻み込まれた因果なのかもしれない。 それはしんのすけが小学校にあがった年の出来事だった。家族みんなで近所のショッピングモールに買い物に来て、うっかり母の手を離してしまい、雑踏の中にひとり取り残されてしまったあの日。早足で行き交う大人たちの群れに逆らうことも出来ず流されて、どっちに向かっているのか方向すら分からなくなって、 「おかーさん! おとーさん! おねいちゃん!」 迷子になった、自覚したら途端に両の眼から涙がどっとあふれた。どうしよう、お家に帰れない、不安がぐるぐると渦巻いて胸がいっぱいになる。闇雲に走り出したくなる衝動をぐっと堪えて、ズボンの裾をぎゅっと握りしめる。涙で滲んだ視界の端に、母ではない女の人が駆け寄ってくるのが見えた。その人はしんのすけの前でしゃがみこむと、 「もしかして赤司さんところの弟くんかな?」 「はいそうです、赤司しんのすけです、6さいです」 知らない人だけど、優しい声と笑顔に励まされるように、鼻水をすすりあげて自己紹介すると、 「よく言えました、えらいえらい。じゃあ、あなたもしんちゃんだね」 頭に置かれた暖かな手、そしてびっくりするくらい柔らかな響きで愛称を呼ばれてどきっとした。 「あのね、わたしの大事な人もね、しんちゃんっていうんだよ、同じだね」 とても大切な秘密を打ち明けるようにそう言われて、思わず頬が赤くなる。 さっきまで迷子になったって、情けない顔でべそかいてたのに、なんだろうこれ? 両手で頬を抓っていると、彼女は黒い目をぱちぱちと瞬かせて、心配そうに首を傾げながら、 「しんちゃんは1人かな? パパとママは?」 「はぐれちゃったんだ」 「それは大変だね」 彼女はしんのすけの頭をよしよしと撫でると、 「じゃあわたしと一緒にパパとママ探そうね」 「おねいちゃんも」 「うん、お姉ちゃんも」 当たり前のように繋がれた手から伝わった温度は、しんのすけの心までしっかり届いて、何にも心配いらないよ、大丈夫だよって言われてるみたいで、嬉しくなって白い手をぎゅっと握り返した。 「しんちゃんは今日、家族みんなでお買い物に来たのかな」 「うん、おじーちゃんの誕生日だからケーキとお寿司買って、プレゼント何にしようかって喋ってて」 メンズフロアを散策している時に、ショーウィンドウに飾られたサングラスに目が留まって、思わず母の手を離して駆け寄ってしまった。 「おじーちゃんこの前、サングラス壊したって言ってたから、これがいいんじゃない?って言おうと思って、振り返ったら…」 そこに居るはずの母の姿はなく、父も姉も見えなくて。パニックになって右往左往して、人混みに流されてそのまま迷子になってしまったというわけだ。 「そっか。よく1人で我慢したね、えらかったね、しんちゃん」 はぐれてしまった状況をまとまらないままダラダラ説明すると、彼女は大きく頷いて、「ちょっと待っててね」肩にかけていたバッグから携帯電話を取り出した。ボタンを操作して、誰かへ電話しているようだ。大きな呼び出し音がしんのすけにも聞こえている。彼女の斜め後ろから、背の高い眼鏡の男が、慌てたように走ってきた。 「どうした? 随分と長いトイレだったが、腹でも下したのか?」 知り合いっぽいけれど、公共の場で女の人に声をかけるなら、もっと他に言い方があるんじゃないだろうか。子ども心になんてデリカシーのないことを訊く人だろうと本気で驚いたしんのすけをよそに、彼女はぱっと顔を輝かせて、 「あ、真ちゃん!」 しんのすけをしんちゃんと呼んだ時よりも、うんと甘い声。たとえば砂糖をふりかけて蜂蜜に浸してチョコレートでコーティングしたような、胸焼けしそうになるくらい甘ったるい響き。だから瞬間的に分かってしまった、彼女にとって大事なしんちゃんは、この人なのだと。 「お腹は大丈夫だよ。あのね、赤司さんとこのしんちゃん、迷子になっちゃったんだって」 「なに? 赤司の息子だと?」 メガネのフレームをすいと押し上げながら、真ちゃんと呼ばれた男はしんのすけに顔を近づけてくる。 「ほぅ、随分と大きくなったのだよ…緑間真太郎だ、覚えているか?」」 「ちょっと真ちゃん顔近いって! 赤司のしんちゃんびっくりしてるよ!!」 「しんたろう…くん?」 どこか記憶に残る名前と目の前の顔は、確かに父親の友人のもので。幼い頃に遊びに来た彼に肩車をしてもらったこと、あまりの高さに怖くて泣き出してしまって、強く頭部を握り締めるあまり、彼の髪の毛を何本か毟り取ってしまったことまでセットで思い出されて、反射的にごめんなさいと謝罪の言葉が口をついて出た。 「? 何を謝るのだよ?」 「真ちゃんが威嚇してるように見えたんだよー、ほらスマイル、スマイル!」 「む、そうか、分かった」 緑間は携帯を耳に当てた彼女に言われるがまま、ぎこちなく口角をあげて、友好的な表情を浮かべようと試みる。それがあまりに下手くそすぎて可笑しくて、しんのすけはつい、吹き出してしまった。 「どうだ? 見たか千鶴! 笑ったぞ!」 「うんうん、良かったね、真ちゃん。それで赤司さんに連絡しようって思って、電話してるんだけど繋がらなくて…あ、もしもしリコさんですか? こんにちは、千鶴です。お久しぶりです」 ようやく繋がったラインの向こう側にぺこぺこと頭を下げる彼女の名前は千鶴というらしい、その名前を忘れないように、噛みしめるように何度も何度も口の中で呟いた。 迷子事件から始まったしんのすけの初恋は、始まったと同時に終わりを告げた。だって仕方ない、こればっかりはいくら努力してもどうしようもない。彼女には既に決まったパートナーがいるのだから。諦めなくちゃと思いながらも、会えばやっぱり胸は素直にときめいて、名前を呼ばれたら嬉しくて。延々と初恋を拗らせている父親と姉のことを笑えない。自分の方がよっぽど不毛じゃないか。何度も何度もシミュレーションしたけれど、やっぱり渡せそうにないプレゼントをカバンの中に押し込んで、ファーストフード店の片隅で、揚げたてのポテトがしんなりしていくのをぼーっと眺めていたら、 「どしたの赤司。なんか暗くない?」 ずずずとシェイクをすすりながら、だるそうに紫原が尋ねてくる。 「腹でも壊したのか?」 失礼なことを言いながら、さり気なく隣に座った青峰の手がチーズバーガーに伸ばされようとしていることに気付いて、「壊してないよ!」ぺちんと叩き落とす。 父親同士が元チームメイトな紫原と青峰は、通っている学校と年齢も近いため、約束をしているわけでもないのに、放課後こうやってなんとなく顔を合わせることが多い。 「実は僕、好きな人がいるんだけどね」 頬杖をつきながら、はぁと溜息をつくと、ものすごく興味なさそうな「へー」という返事が双方から返ってきた。 「果てしなく絶望的な恋なんだ。だって彼女は僕よりずっと年上で、おまけに人妻だし」 「なんでわざわざそこに行くんだよ、マニアかよ、さっさと諦めろよ」 青峰の正論が耳に痛い。しなしなポテトを音もなく齧りながら、 「さっさと諦められたら苦労してないよ、だってそれでも好きなんだもん」 「面倒くさい奴だな」 「年上の彼女と付き合うのって、色々大変そうだよー」 ホットドックをもしゃもしゃと咀嚼しながら、紫原が自分の両親を例に出す。 「ケンカの時とか『もーこれだから昭和生まれはー』って父さんいつもブツブツ言ってるし」 「そうなんだ」 いわゆるジェネレーションギャップというやつだろうか、育ってきた環境も時代も違う相手と一つ屋根の下に暮らすということは、簡単なことではないだろうが、ケンカをしながらでもぶつかり合って互いに理解しようとする姿勢は、素直にいいなぁと思う。 「てか人妻とか超えろくね?」 「語感がえろいよね」 「んー、えろいっていうか、超かわいいよ。頭のてっぺんから爪先まで、すごくかわいい」 「まじかよ、写メとかねーの?」 「あるわけないじゃん。そんなのあったら僕が欲しいくらいだよ」 諦めようと言い聞かせながらも、思わず本音がダダ漏れて、そんな自分にうんざりして、溜息が出る。 「よう、てめーら、ガキのくせに色気づいた話してんじゃねーか」 「祥吾くん!」 高校生男子3人がだべっているソファ席に強引に割り込んできた胡散臭い男は、父親の中学時代のチームメイトの灰崎祥吾だ。相手のモノを自分のモノにする能力に優れていて、しんのすけの人生の師匠である黒子テツヤに言わせると、『奪うに長けた男』らしいのだが、手放しで称賛している風でもないと子ども心に微妙なニュアンスから察していた。 確かに灰崎は柄が悪いし、素行も悪い。彼と一緒に歩いていると、目を逸らされるか、ガンを飛ばされるかのどっちかで、たまに街で見かけるたびに露出度とヒールの高い女の人を、まるでブランド品を見せびらかすように連れて歩いている。しかも同じ人は二度と見かけなくて、相当遊んでるんだなと眉を顰めてしまうけれど、炒飯を作るのがびっくりするくらい上手で、しんのすけにとっては兄貴分のような存在だ。テスト前には頼んでもないのにカンニングの仕方のコツとか教えてくれて、ひまわりから「弟を悪の道に引きずり込むのはやめてください祥吾さん」とよく怒られているけれど、全然堪えた様子もない。 今も灰崎はボトムのポケットから潰れた煙草の箱を取り出すと、禁煙席と書かれた文字が目に入らないはずもないのに、何の躊躇いもなく一本咥えて手慣れた仕草で火を点ける。 「祥吾くん、煙草やめたら?」 「お前も毎回しつこいな、弟」 舌打ちしながら頭を小突かれたが、これくらいで諦めるくらいなら最初から忠告なんてしない。 「だって僕、祥吾くんに少しでも長生きして欲しいんだもん」 「残念だったな、もう手遅れだ」 灰崎は楽しそうに煙をしんのすけの顔に向かって吹きかける。顎を軽く引いて、店員に灰皿を持ってこさせるあたり相当だ。彼がいつも好んで吸っているのは白地に緑でKOOLと書かれた銘柄だが、その名前の由来がKeep Only One Loveの頭文字だと知った時は、さすがに苦笑した。一つの恋を貫き通すだなんて、欲しいものは誰かのもの、強奪してこそナンボの灰崎から最もかけ離れた言葉ではないか。天邪鬼な灰崎はそれを知っていて、嘲笑うかのようにその銘柄のタバコを吸い続けているのだろうか。しんのすけにはよく分からないけれど、 「で、えろい写メとか、何の話してんだ? 楽しそうじゃねーか、オレも混ぜろよ」 「ぜんぜん楽しくないよ! 僕の好きな人は、きっと祥吾くんでも強奪できないよっていう話だもん」 煙に軽く咳き込みながら反論すると、 「なんだ、相手は彼氏持ちか?」 「ううん、人妻」 「マセたガキだな」 「仕方ないよ、僕が生まれた時から彼女は既に人妻だったんだから」 トレイを横にスライドさせて、テーブルに右の頬っぺたをくっつけながら、はぁと溜息をつく。 「そいつは旦那とどうなんだよ?」 左の頬っぺたをポテトで突きながら、灰崎が実に下世話なことを訊いてくる。 「すっごいラブラブ。世界で1番ラブラブなのはうちのお父さんとお母さんだと思うんだけど、その次くらいにラブラブなんじゃないかな」 「まじでー」 紫原が眠たそうな瞼を、ちょっとだけ見開いて、驚いたような表情を見せる。 「赤司んとこの次でも相当やべーだろ?!」 テリヤキバーガーのソースをシャツにぼとぼと落としながら、青峰が大声をあげる。 「なに言ってんだよ、どんなにラブラブに見えても、パートナーに不満のないカップルなんているわけねーんだよ、そこに付け込め」 「うわー」 「なんか生々しい…」 灰崎の経験者らしい発言に紫原と青峰がドン引きしているけれど、しんのすけは窓ガラスの向こう側に、とある人物を見つけて、頭を起こす。 「ごめんみんな、僕ちょっと行かなきゃ」 「赤司?」 「チーズバーガーあげる!」 席を蹴飛ばすように立ち上がると、かばんを掴んで店を出て、信号を無視してガードレールを飛び越えて、反対側の歩道へと急いだ。 秘密にしているわけではないけれど、しんのすけの父親と母親は、ちょっと変わった目を持っている。 父の目はエンペラーアイ。相手の呼吸、心拍、筋肉の収縮を見透かして、相手がこれからどう動こうとしているのか、先読みすることができるらしい。けれど、愛する妻の未来だけは予測不可能らしくて、「先が見えないということが、こんなにもステキで楽しいことだとは思わなかった」とよく嬉しそうに話しているけど、それは単に目が曇ってるだけじゃないだろうかと思っている。 そんな母の目はアナライザーアイ。身体能力を数値化して見ることが出来るらしくて、ゲームのしすぎで夜更かしした時には、HP回復してないわよとあっさりバレてめちゃめちゃ怒られたりする。体重計に乗らなくても、ちょっと痩せた?とか100グラム単位で見抜いてくるのに、自分の健康管理については恐ろしく鈍感で、医者の不養生を絵に描いたようだと父によく叱られている。 そんな2人の間に生まれた、容姿が父親にそっくりなしんのすけには、だからだろうか、時々エンペラーアイみたいな能力が発動することがある。相手がたぶん、こういう風に動くんじゃないかな、っていうのが理屈じゃなくて感覚で、時々見えることがあるのだ。 そしてしんのすけの初恋の彼女も特別な目を持っているらしくて、空間把握能力が高いその目を使って、あの日、迷子の自分を見つけることが出来たのだと後で聞かされた。 「お兄ちゃんの方がもっとすごいんだけどね」 「千鶴ちゃん、お兄ちゃんいるの?」 「そうだよー。ふたつ上で、高校の時は真ちゃんと一緒のチームでバスケしてて、秀徳の光と影コンビって言われてたんだよ。その時の真ちゃんが超かっこよくてね! もちろん今でも超かっこいいんだけどね!」 彼女の話はいつだって、どんな話題でも最後は結局、緑間真太郎という人の話になる。 その度にしんのすけは、もう一人のしんちゃんが羨ましくて羨ましくて仕方ない。 彼女に恋をしていると思うのは、迷子になった時の心細さによる、吊り橋効果的な刷り込みかもしれない。 それでも彼女が笑ってると楽しくて、彼女に名前を呼んでもらえると嬉しくて、 「千鶴ちゃん」 歩道を歩いていた彼女を呼び止めると、 「赤司のしんちゃん? どうしたの?」 「どうしたのはこっち台詞だよ」 いつもなら特別製の目で、しんのすけが声をかけるより早く、彼女の方がしんのすけの接近に気付くはずなのに。 俯いて、涙を浮かべている彼女の視野は狭く閉ざされていて、しんのすけを視認できなかったのだろう。 「何かあったの、千鶴ちゃん」 ハンカチを差し出すと、千鶴は目をぱちぱちと瞬かせて頬に手をやって、あぁと頷く。どうやら泣いていることにすら気付いてなかったらしい。 「ありがとう。赤司のしんちゃんはジェントルマンだね」 父親譲りの目を使わなくても、彼女がゆるゆると微笑むのが分かった。だけど残念ながら分かる未来はそこまで。その先は手探りだから、しんのすけは必死に手を伸ばす。 「話、聞いてもいい? それとも黙って手を繋いでようか?」 あの日、迷子の自分にそうしてくれたみたいに。恋に落ちたあの時のように。 「じゃあ。ちょっとだけ、わたしの話、聞いてくれるかな」 「うん、分かった」 今さっき飛び出したマジバに戻って、灰崎たちにからかわれるのも嫌なので、足を延ばして少し先のスタバまで。 2人でゆっくり並んで歩いていると、あることに気付いた。今日の千鶴はいつもより随分とお洒落な服装をしている。黒のジャケットに、ふわっとした柔らかいグリーンの生地が何層にも重なったワンピース。珍しくヒールのある華奢なパンプスを履いていて、とても綺麗だ。 「どっかお出かけするところだったの?」 「うん、実は今日はわたしの誕生日でね、2人でご飯食べに行こうねって、真ちゃんとずっと前から約束してたの」 「相変わらずラブラブだね」 ちくりと胸が痛むのを気づかないふりをして笑う。 「だからちょっと奮発して、三ツ星シェフがいる有名なスペイン料理のお店を予約したんだ」 「それで今日はドレスなんだね、すごく似合ってるよ」 「えへへ、ありがとう」 千鶴は裾を持ち上げて、おどけた仕草でお辞儀をしてみせる。自分よりずっと年上なのに、そんな仕草が不思議と良く似合う、やっぱり彼女はかわいい人だ。だけど、その瞳は相変わらず濡れていて。瞬きするたびに涙が今にも零れ落ちそうで、 「ずっとずっと指折り数えて今日を楽しみにしてたのに、なのに真ちゃんてば、今日はおは朝のラッキーアイテムが餃子だから王将に行くのだよって」 「餃子…」 どうして今日に限って、そんな無粋なアイテムなのだろう。緑間は敬虔なおは朝占い信者で、中学生の時から占いが告げる通りにラッキーアイテムを用意して、それがどんな無理難題であっても人事を尽くして備えてきたことは、現在進行形の伝説として聞いたことがあるけれど。 「そりゃ王将は早くて安くて美味しいからわたしもよく行くけど、せっかくおめかししたのに王将ってあんまりだよ!」 「うん、あんまりだね」 ドレスアップした千鶴の姿を前にしても、いつも通りの緑間に、しんのすけも思わず頭を抱えた。悪気はない、ブレもない、それが緑間真太郎という人なのだと分かっているけれど、 「真ちゃんがバリバリのおは朝信者なのは今に始まったことじゃなくて、そんなこと最初から分かってるのに、しょうがないなって笑ってキャンセルしたいのに、出来ないの」 苦しそうに顔を歪ませて言葉を吐き出す千鶴の肩をそっと抱いても、彼女は気付かない。 「たまにはおは朝よりわたしのこと優先してくれてもいいのにって、そんなこと考えちゃう自分がすごく嫌で嫌で、頭の中ぐちゃぐちゃになって、真ちゃんのバカって言ってお家、飛び出してきちゃった」 話しているうちに感情がぶり返してきたのだろう、ぽろぽろと涙をこぼす彼女を、人目に付きにくい奥のソファ席に優しく座らせると、 「千鶴ちゃんはここで待ってて。なにか注文してくるから」 ハンカチを握りしめた手を上からそっと包み込んで、席を離れた。 彼女はいつもキャラメルマキアート、しんのすけの口にはただでさえ甘すぎるそれを、さらにバニラシロップをキャラメルシロップに変更、尚且つキャラメルソースを多めにトッピングしてキャラメル感たっぷりにカスタマイズされたものがお気に入りで、スタバに来るたびそればかり注文するから、お供のしんのすけもいつの間にか覚えてしまって、呪文のように長いオーダーもすらすらと言えるようになってしまった。 彼女の分と、自分用にホットコーヒーを注文して、トレイを持って席に戻る。ソファ席に沈み込んだ彼女の前に、甘い匂いのカップを置くと、 「ありがとう」 千鶴は顔をあげて少し微笑むと、のろのろとクラッチバックから財布を取り出そうとするので、慌てて制止する。 「泣いてる女の人からお金なんて貰えないよ」 「もう泣いてないよ?」 「カッコつけさせてって言ってるの!」 コーヒー1杯でさえ奢らせてもらえないのだから、年下は本当につまらない。 「ありがとう、じゃあ遠慮なくいただきます」 千鶴はキャラメルマキアートをぐるぐると、もうすっかりスチームミルクの泡が消えてしまっているのに、いつまでもいつまでもかき回している。 「赤司のしんちゃんは本当に男前だね、モテるでしょ?」 「全然。本命の子には相手にもされてない」 「えっ、そうなの? 見る目ない子だねー」 それは目の前のあなたなんですけれど、そう言いたい気持ちをぐっと堪えて、しんのすけはブラックコーヒーに口を付ける。 「ねぇ赤司のしんちゃん、これから何か用事ある?」 「特にないけど」 「そしたら、わたしと一緒にレストラン付き合ってくれるかな?」 予約待ち3ヶ月って言われたら勿体なくてキャンセルできなくて。そう言って舌を出して笑う千鶴はやっぱりすごく可愛くて、惚れた弱みがなくてもノーと言えるわけがなくて。 「いいよ、付き合う」 「ありがとう」 「このままの格好でも大丈夫かな? 着替えた方がいい?」 制服姿の自分ではドレスアップした彼女と釣り合わないのではないかと心配だったが、 「大丈夫! 赤司のしんちゃんすごく大人っぽいもん。童顔のわたしより大人に見えるんじゃないかな」 少しでも年齢差を埋めたくて、彼女の前では大人っぽく見えるように意識して振る舞ってきたので、その成果を認められて思わず耳が赤くなった。 お店の看板に書かれたアルファベットはARZAK。千鶴はスペイン料理の店だと言っていたけれど、まるで綜合警備保障みたいな名前だ。 「アルサックって、シェフの名前なんだって」 「へー」 三ツ星シェフがいるわりには、随分とこじんまりしたレストランだと思った。店内はアンティーク調の内装で、ウェイターに案内された席に腰を下ろして、周囲をそっと見回すと、他にテーブルは3つだけ。なるほど、需要と供給が一致していなくて、予約3ヶ月待ちということになるのだろう。 スペイン料理なんてパエリアしか知らないしんのすけだけど、多彩なアミューズや、細長いガラスの皿に人参がまるごと一本載せられて鮮やかに飾り付けられたサラダ、潰れた空き缶を容器代わりにして料理を盛り付けたものなど、次から次へテーブルに出される料理は、遊び心に溢れていて、見ているだけでも楽しくて心躍るものばかりで、味わってみると更に驚きに満ちたもので、次は何が出てくるのか、ビックリ箱みたいにステキなものだった。ひとつひとつを、美味しいねと千鶴と笑い合って食べながら、いよいよメインディッシュの魚料理だと告げられた。 白いお皿に載せられた緑色の大きな玉は『アンコウ 緑の占い師風』 まるで占い師が持っている水晶玉みたいな緑のドーム状のものは、岩塩に海草を練り込んで焼かれたもので、フォークで割って崩して、中に隠されたアンコウ料理を楽しむという手の込んだ一品だ。緑と占いというキーワードは、容易くとある人物を連想させて、あぁ彼女はなんてバカなんだろう。 「千鶴ちゃんは真太郎くんにこれ、見せたかったんだね」 「え、なんで分かったの?」 「分かるよ」 せっかくの自分の誕生日なのに、いくらでもワガママ言ってもいいのに、こんな時でさえ彼女は愛しの真ちゃんのことばかり。 なのに千鶴ちゃんの気持ちを知らず、真ちゃんは占いばかり気にして王将だなんて、あぁもう全く。 「千鶴ちゃんごめん、僕ちょっと電話かけてくるね」 ずんずんと大股で店の外に出ると、ポケットから携帯電話を取り出して、電話帳から呼び出した相手にコール。 「もしもし…?」 「もしもし真太郎くん、赤司しんのすけです。あんまり千鶴ちゃん泣かせると、僕がもらっちゃうからね」 言いたいことだけ言って、すっきりしてラインを切った。 アンコウがお皿からきれいに姿を消した時に、それは突然やってきた。 いらっしゃいませと声をかけるウェイターを押しのけて、大きなクマのぬいぐるみを抱えたスーツの男性が息を切らせてテーブルに詰め寄る。 「どうしてここに…」 「すまない千鶴、せっかくのお前の誕生日なのに、オレの都合を優先させた。配慮が足りなかったオレを許せ」 「ちょ、真ちゃん苦しい…!」 勢い余って抱えたぬいぐるみごと強引に千鶴を抱きしめる緑間に、倒れそうになったテーブルのグラスをそっとよけながら、しんのすけはやれやれと溜息をつく。 「あぁ、すまない。だから、そう、王将を貸切にしてきた。店内も花とレースで飾り立てた。真っ白なテーブルクロスを用意して、BGMにバイオリニストを呼んできた」 「でも餃子なんでしょ?」 「あぁそうだ。だが安心しろ、お前の好きな麻婆豆腐も、春巻きも、唐揚げも用意してあるぞ」 「うん、好きだけどね」 千鶴の顔に徐々に笑顔が戻ってくる、どこか呆れたようなその表情は、母が父に見せるものに良く似ていて。 「そして今日のお前のラッキーアイテムのクマのぬいぐるみだ」 小柄な千鶴よりも大きなサイズのぬいぐるみにはリボンがかけられていて、 「なにこれ、こんな大きいクマさん、どこで買ってきたの」 「何を言う、愛するお前の幸せを願うなら、これでもまだ全然足りないのだよ」 緑間は床に片膝をつくと、千鶴の手をとって、 「まだ今日は終わっていない、今からでもお前の誕生日をお祝いさせてくれないだろうか?」 「真ちゃん…」 「愛してる、千鶴」 レストランのスタッフや周りの客からも、ぱちぱちと拍手が沸き起こる。スペイン語でお祝いの言葉もちらほら聞こえてくる。 「良かったね、千鶴ちゃん。仲直りできて」 しんのすけも手を叩きながら、静かに席を立つ。 「赤司のしんちゃん?」 「はい、これ僕からのプレゼント。真太郎くんとかぶっちゃったのは不本意だけど」 緑間に比べると遥かに小さな、ダッフィーとシェリーメイのストラップは、桃井家の姉妹にリサーチしてもらい、こっそり単発のバイトを入れて買ったものだけれど、まさか今日の千鶴のラッキーアイテムがクマのぬいぐるみだなんて予想外だった。 「お誕生日おめでとう、大好きだよ千鶴ちゃん」 「かわいい! ありがとう、大事にするね」 本当に嬉しそうな声をあげて頬ずりする姿に、あぁくそう、やっぱり可愛い、黙って頷くとしんのすけは店を出た。 表をぶらぶら歩いていると、ドレッド頭のピアス男から声をかけられた。 「よぉ、お疲れさん色男」 ニヤニヤ笑う灰崎の表情で、千鶴との一部始終見られていたのだと分かった。どうやってレストランの中にまで忍び込んでいたのだろう。無言で頭を電信柱に打ち付けるしんのすけの肩を友人たちがそっと叩く。 「かっこよかったよ、赤司」 「おう、超いけてた。オレが女だったらキャー抱いて!ってレベルだったぜ」 「うん、まじでまじで」 「何それ」 冗談めかした他愛無い慰めなのに、思わずぷっと吹き出して声をあげて笑ってしまった。 「よし、今から皆でバスケやろーぜ」 「え、今から?!」 「オレ、最近トールハンマー出来るようになったかも」 「まじかよ! すげーじゃん、超見てぇ!」 珍しくやる気を見せる紫原と、目をきらきら輝かせる青峰に、強引にストバスコートへと連れ込まれる。 「…流石にあれはオレでも強奪できねーわ」 風に乗ってしんのすけの耳に届いた灰崎の声。 まるで独り言のように呟かれたそれは、奪うに長けた男にとって、最大級の賛辞だろう。 「当たり前だよ、だって僕の初恋の人だもん」 かわいくて、優しくて、他の男に目もくれない、とても一途で残酷な人。 今はまだどうしたらこの気持ちにとどめが刺せるのか全く分からないけれど、とりあえず、盗んだバイクで走り出したいというか、大人の階段を全速力で駆け上りたいというか、 「ねぇ祥吾くん、いま僕すごく煙草が吸ってみたいんだけど、1本くれる?」 灰崎は一瞬、ぽかんとした表情を浮かべて、それからとても楽しそうに笑って、 「止めとけ。オレが相田に殺される」 「えっ、何それおかしくない? 普通、未成年だろとか身体に悪いとかそういう方向で注意するでしょ? 相田に殺されるって…」 相田というのはしんのすけの母の旧姓で、仕事場では現在もそう呼ばれていることは知っているけれど、この男の口からその単語が出てくるのは初めてで、しかもそれが特別感に溢れているっていうか、殺されるっていう物騒な台詞がこの上なく嬉しそうに響いたのは気のせいではなくて、むしろそれをどこかで待ち望んでいるようにさえ聞こえて。 「それってまるで告白みたいだよ、祥吾くん」 「あー? んなわけねーだろ、バカか」 灰崎は陽気に笑って、飲み屋の名前が入った安物のライターで咥え煙草に火をつける。その煙が流れていく様を黙って見送りながら、やっぱりKOOLなんて煙草を好んで吸っているのは確信犯だったのだ。てっきり素行の悪さが原因だとばかり思っていたが、灰崎を前にすると父親が渋い顔をするのは過剰な防衛本能による反射だろう。 「何してんだよ、赤司ー!」 「さっさと来ないと捻りつぶすよー?」 「あぁ、いいね、それ」 臆病な自分では試合終了のブザーを鳴らすことも出来ない、どうにもならないこの気持ちを、物理的に捻り潰せるものなら、どんなに救われることだろう。3Pシュートはあまり得意ではないけれど、しんのすけはパスされたボールを受け止めると、リングに向かって真っ直ぐに放り投げた。 back |