文化祭準備期間中の僕ら







 少し前まで春を待つ頃に行われていた為、未だ春の高校バレーと通称する大会――への切符、代表決定戦までバレー一筋な訳だが。学生とあってテストや学祭、修学旅行等、合間合間に休みを取らされる。集中力や体力づくりの問題で眉間に皺を寄せてしまうも、学校行事そのものを疎んでいる訳ではない。クラスメイトとも仲良く騒ぎたい気持ちを持ち合わせているし、楽しいのだけれど――毎日の習慣か、バレーボールに触れられず、そわそわしてくる。
「…――のは、王様だけデショ」
「ツッキーそれは言い過ぎじゃあ…」
 文化祭の準備期間二日目。テスト一週間前からの休みに比べれば断然短くも、追試回避の懸念がない所為か、バレーに意識集中するらしい。特にバレー一筋の日向と影山は弱っていた。
 訂正すると日向の場合、今回に限らず、教室でもボールをくるくる回しているので、まだマシな方。バレー、勉強共に馬鹿の影山ひとり、文化祭から遠のくように魂を飛ばしていた。彼もボールを持てば良いのだが、触れるとトス練に入ってうざがられるので、没収されている。
 結局のところ「影山君、戦力外」と昼食時に追い出された影山を見つけた谷地が声を掛け、ふたりで歩いている途中、日向と遭遇し――最後には月島と山口も巻き込まれて部室にて、昼食に至った。
「あ、でもツッキー。影山、放課後は烏養(元)監督のところに行ってるみたいだよ」
「準備してないの、王様…」
 高身長の月島と山口は、嫌でもクラス催しの準備でこき使われている。前者は「嫌(NO)」と言える日本人だが、女子の圧力に歯向かう厄介事から回避するべきと判断したようだ。後者は文化祭の空気が好きで、そこそこ楽しく参加しながら、いつも通り『ツッキーのフォロー、墓穴を掘ることも含む』を行っていた。
「当日頑張ってもらう、とか言われてた。いいよなー影山はー」
 ちょこまかと動く日向も使われているらしく、影山より練習量が足りないとぼやく。
 すると、畳の上で寝転がりながら、ボールをコロコロ動かし「バレーやりてえ…」と零す影山には、理解不能の表情を浮かべた。
「はあ? 当日の当番も面倒くさいだろ」
「当番は何処出も当たり前じゃん」
「当番多めなんじゃない?」
 山口の一声に、日向と月島が「あー…」と微妙な声を上げて納得する。
 黙っていれば――2年に上がった現在でも、バレー関連を知らず、寡黙な印象が強い生徒も多い――イケメン枠の影山なら、クラス催しの看板息子にさせられるだろう。
 日向と山口のように何処を回ろうと練っていないので、文化祭当日やることもないが、終始クラス催しの場にいるのも億劫らしい。前日準備サボれている分働かなければならない原因がバレーだと行き着かず。影山はボールを転がしながら、脱力していた。
「ん、ごちそうさま。えっと…日向のところはお化け屋敷だよね?」
 男4人に比べれば食べるのが遅い谷地は黙々と咀嚼していたが、終わったようで、包みで弁当箱を包みながら参加してくる。
「そーなんだ、月島と山口の4組と合同ー」
 同学年で参加希望項目の被り、譲れないが揉めたくない。被った組の文化祭担当が仲良いのも相まって、形となった。日向と月島は揃って「文化祭委員同士仲良いからってまとまるか…」と思ったが、首も突っ込みたくないので黙って従っている。
「大きい場所借りてたよね。ちょっと見たけど、規模すごくて、楽しみにしてるんだ」
 合同の権限あり、良い場所を取れたと喜んでいるのは多数――だけれど、頑張っても頑張ってもスペースが埋まらない広さに、うんざりしている連中も少数いる。その筆頭、月島が呆れ顔で「教室で良いデショ…ほんと」と不満を洩らす。
「机重ねてるからかな。高さもあったよね! 当日行くよ、絶対!」
 褒める谷地は、楽しみという表情を隠さず、笑った。
 天井の高さを利用し、高く積んだ部分もある。上下の移動すらあるお化け屋敷で、大層気合いが入っていた。繰り返すが、それを喜んでいるのは多数であり、少数は以下略。
「谷地さん驚いた瞬間、こけそうだよね」
「確かに! おれもこけたから、注意した方が良いよ」
「ウッス!」
「……えっと、気をつけてね。階段みたいのもあるから」
 月島の嫌味含む助言も、日向の賛同も、動揺せず頷く谷地に、山口が苦笑しながら補った。

「谷地さんの方は完成、っすか」
 もそりと起き上がるも、ボールに触れたままの影山が次の話題を振る。問いかけより、王様がネタ振ったことにみな驚きの表情を浮かべ、間抜けな声を上げたのは致し方ない。
 完成――とは、谷地のクラス催しである喫茶店の給仕衣装のことだ。谷地くらいの身長なら出来合いの衣装で補えるが、全員分は不可能。無理だった人数分を担当が作ることになり、谷地はその中に入っていた。
 文化祭一ヶ月くらい前から、部活後に縫っている努力をみな知っている。朝練の後からHRまでの時間、眠たそうにしている姿を何度か見ていた。加えて、谷地が望んで参加するから、いつもどおり部活後の自主練に付き合ってもらうも、後ろめたさもあり、完成しているかハラハラしていたのだ。
「へへー完成したよう! 村人Bも頑張るのです」
 ドヤ顔だが、やや疲れた表情をしているのも確かで。みなそこに触れず、ただ「おー」と賞賛の声を上げ、日向と山口は軽く拍手までした。
「私も当日給仕するから、ぜひ来て欲しいですっ」
「ウッス。必ず」
 特にトス練に付き合わせていた影山が強く頷き、日向も妹と重ねているのか指切りで「約束っ!」などとはしゃぐ。谷地も懐かしいのか嬉しそうに「約束!」と重ねて声に上げた。
 3人をよそに、月島はペットボトルの飲み物を口に含み、喉を潤しながら何か思案している。その姿を一瞥した山口なりに思うところはあるが、答えも出ず。月島通訳係みたいな彼でも「最近のツッキーなんか隠してる…」程度だ。
 すぐ結論の出ない疑問は置いておくとして、ぼんやり「谷地さん(衣装も)可愛いだろうなあ…」と零した後、「あっ」と短い声を上げた。
「谷地さん、衣装は?」
「教室にあるけど…?」
「いや、うん…あ、えーっとその…」
「給仕の衣装、見てみたいって」
「ツッキー!」
 不思議そうな面持ちで首を傾げる谷地に、口をもごもごと躊躇う山口を見てから、月島が溜め息と共に答えを出す。慌てて山口が声を荒げるも、声に出てしまったものは取り返せず。谷地に届いてしまったので、山口はそわそわしながら様子見となってしまう。
「衣装…? そういえば、見せてなかったよね…今からは…はっ」
 衣装完成を自慢するなど烏滸がましいと思っていたけれど、見せない方が偉ぶっていたのか。寝不足とはいえ、みんなに心配かけ、マネージャーとして不甲斐なく、役目すら果たせていない。せっかくみな代表決定戦に向け励んでいるのに、何たる驕り。死んで詫びても遅いかもしれない、いや、早過ぎるのではないか。死ぬのではなく馬車馬の如く働ききってから死ぬべきでは。その時切腹はひとりで出来ないし、誰か頼むのも迷惑かかるし、海に飛び込んでも浮いた時に――
「今日は何処まで行くんだろ…」
「死ぬところじゃないの?」
「ミツユは?」
「死なせないっス」
 正座で頭を畳に擦って土下座し、何かぶつぶつ零す谷地の姿も見慣れて来たのか。山口が行き着く先を問うので、月島から一番確率の高いオチを、次の高確率のを日向、そして影山からは考えるのを放棄して『とりあえず大事な部分』を声にする。
「何が一番良いんだろう!?」
 酷い待ち方をされていると気付かない谷地は、がばりと顔上げ、神妙そうな表情で問いかけた。迷惑をかけない死に方――なのだがこの一文では理解出来ない。
「なにが、」
「あれ、わかんなかった」
「死んでないな」
 即、意味不明と発する月島、答えが読めないと日向、安心する影山、三者三様。山口が困り顔で、まあまあと押さえながら谷地を見て笑った。
「当日、行くまで楽しみにしてるね」
「あ、うん。シャッス!」
 男のちょっとムッツリかつゲスかつ欲など上手く察せない谷地が意気込んで頷いている。「やっぱり後ろめたさあるなー…」なんて思っている山口を読んだ月島が薄ら笑い、理解していないながらも月島の表情に日向から「うわあ…」と疎んだ声ひとつ。
 それを機敏に拾った月島は「生意気デショ」と日向の頭を掴み、揉め始めたところで、昼休み終了の予鈴が鳴る。丁度良い、神様は采配を熟知していた。
 文化祭準備期間中くらいなら、チャイムに変更はない。生徒の大半は律儀にこの時間で昼食を取るようにしていて、帰ってくる目安にもなっていた。
「さ、ツッキー、日向、戻ろ戻ろ」
 山口が月島と日向の間に割り込む。揉めていても利益などなく、遅れるとパシられ要素が増えかねないと懸念したふたりは、しぶしぶ止めた。しぶしぶ、しぶしぶ、ガキらしく。
「忘れ物はない? 閉めるよー」
 準備期間中、必要がない限り部室を閉めるよう注意――日頃からそうだが、改めて言い渡されている――されている。
 影山と谷地ふたりだけの時点で、3年主将である縁下ところに鍵を取りに行ったので、返さねばならない。借りた谷地が部室を出るよう促した。
 ぞろぞろと出て行く後ろ姿を見てから、谷地は再度部室を見渡す。綺麗とは言い難いが、昨年度卒業した清水の「汚い…」の一声でまともになり、未だ維持されている部室をぐるり一周。
「お弁当、ゴミ、携帯電話、なし。うん、大丈夫かな」
 扉の向こうから「間に合うかなー」「なんとか完成するよ」「バレーしてえ…」聞き慣れた声が耳に届く。急ごう、と踵を返した瞬間、目の前が真っ暗、加えて頭に衝撃を受けた。
「いたっ……あれ、月島君? わ、すれもの…?」
「そう、忘れ物」
 だいぶ高い身長を見上げるにも慣れて来たけれど、電気を消した部室は、窓から陽が落ちていても薄暗く、表情まで見えない。目をよく凝らしていると、月島が背を屈ませ、更に谷地の身体へ影を落とす。
「谷地さん、」
 名を呼ばれたと同時に、月島から髪をわけ、耳を摘まれる。
「な、なんでしょう…」
 不意をつかれた。
 そもそも慣れた相手だ。怯えることが出来ず、一歩引いて距離を置くほどの勇気もなく、谷地はただ何が起こるか分からない意味合いで震える声を押さえながら相槌を打った。読んでいるのか、月島が可笑しそうに口元を緩め、摘んだままの耳を撫でる。耳へ集中させるように、意図を持って優しく。
「あの、ね? 月島君…」
 さて、ここでひとつ、内緒な話をしよう。
 このふたり、夏休みに入る手前、お付き合いというものを始めた。恋人、の間柄である。だけれど、そこそこの距離で接していても、部員から気を遣われかねない。遠慮しないで――なんてお願い、こちら側の我が儘だ。部活で支障など自身が許せない、と秘密にしていた。
 本当は隠し事なんてしたくない。けれど、言うタイミングを逃して、今に至っている。
 故に、扉を隔てた向こうには内緒にしている、けれど大切な人たちがいて、ハラハラもした。
 好きな人が傍にいるだけでドキドキする。嬉しくなる。もっと触れて欲しいと願う。
 けれど、今は駄目だ。駄目だから、と言い聞かせるように内心唱え、谷地は月島の腕に触れ、押して逃げようとした。が、その手に指を絡められ、窮地へ。
 谷地の身体が震えるのを、絡んだ指先、触れる耳元から感じながら、月島は更に笑みを深くした。
「明日」
「あ、あす?」
 文化祭当日であり、初日。
「終わったら、僕に改めて見せてよ」
 声で落ちる――とは言い得て妙なことだ。谷地は耳から脳へ、そして全身へ駆けていく何かを感じた。しびれるような、鈍るような感覚は、谷地の弱いものであり、月島は意図的に使ってくる。知られた時点でだいぶ谷地は不利だ、ということ。
「……なに、を?」
「わかってるデショ? ひとりで、ちゃんと、整えて、見せてね」
 単語ひとつひとつ区切って、言い聞かせてくる。
 しかも「卑怯だよね」と卑怯の塊がそんな言葉を零しながら、触れていた耳から手を離したのも一瞬、唇を付けた。ワザとらしく、音を鳴らして――優しいキスを落とす。
「え、ええええ。似合わない、ので、それはちょっと…辞退したいのデスガ…」
 仮装やコスプレとまではいかない、そこそこ王道な、まともな、給仕服なので見せられなくもない。文化祭の時間内、催しで見て行く分には問題ないのに。個人的に、改めて、月島に見せるという行為そのものが恥ずかしい。
「衣装、評判て聞いたよ」
「そ、ですけど…も…も!」
 上手く返せないと思った頃には月島が距離を取っており、部室の扉を開けていた。3人に「携帯、見つかった」と零していて、谷地だけの部室に入る要素に抜け目無し。
「谷地さーん、もどろー」
 足が止まっていた谷地に、日向が扉の隙間から顔を出し、声をかけてくる。少し暗闇で谷地の真っ赤な頬も気付かれなかった。ただいつも通りの配慮に、谷地も気を取り直す。
「うん、ごめんね」
 慌てて部室から出て、鍵を閉める。ぐだぐだと歩き始めた4人の後ろに陣取ってから、谷地は乙女心でドキドキしながらも、「そんなに見てみたいものなのかな…」とやはり男心まで到達していない疑問を抱いていた。



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