La Valse
-ワルツの終わりに-



※だいぶ脚色かけた赤リコの家族パロです。『花のワルツ』の対。




「赤司の、誕生日ぃ?」
 運転席から、とてつもなく微妙な反応。予想範囲内なので、僕は害したりしない。運転している修造君を振り向かせる訳にもいかないので、肯定の声を上げると、隣の祥吾君まで呆れ面を見せて来た。
 本当にふたりとも、こういう態度は似ている。母さん曰く「どっちも面倒くさい男」とのこと。僕は慣れたし、ふたり共らしいから気にしていないけれども。

 ある巨躯がイベントへの交通手段に駄々をこね、修造君は7人乗りの車を出してくれた。各々住む場所がバラバラなので、ひとりひとり拾い集め、現地に向かう算段で話はついていて。僕の一つ上、敦君の次男ーー僕は紫原と呼んでいるーーから乗せた。早い者勝ちとして助手席を取られ、今は「お腹空いた…」と彼の兄に用意してもらった朝食を頬ばっている。二番目に大輝君の末息子、僕と同年齢の青峰は一番後ろの列に押し込まれ、早朝待ち合わせのあまり爆睡。三番目と最後に拾われた僕と祥吾君が真ん中の列に座っている。
 祥吾君がいることに、僕は驚いた。面倒くさいとか、いつもの台詞で断ると思っていたから。話によれば、修造君が運転の代役として引き連れたとかなんとか…僕としては嬉しいから、あえて黙っておいた。
 本題からだいぶ逸れたけど、イベント会場へ向かう途中。高速道路の代わり映えしない壁を窓ガラス越しに見ながら、話題提供をしてみたーーら、すごく不評だった。


「母親の祝うとか…ギリギリ母の日だろ」
 修造君は、カーネーションだけ、でも律儀に毎年買っていたと予測出来る。
「あーオレは誕生日と母の日だけ、絶対だったわ。あの女、しねーと機嫌悪くなるし」
「オメーがか?」
 女性の扱いに慣れている祥吾君の基礎は、彼の母親から出来たものだろう。僕なりに会話の一部一部を摘んで合わせた結果、祥吾君は母子家庭、お兄さんと喧嘩しながら支えて来たと推測している。声に出したら、絶対否定するし、怒るだろうから言わないけど。
 気恥ずかしそうにするから、修造君がからかっている。祥吾君も八つ当たりで前、修造君の座席を蹴っていた。
「ボラ吹いてどーすんだ。メシ作って、掃除洗濯、兄貴と分担程度だ」
「物のプレゼントは?」
「そんなの用意してねーよ」
「おーおー男ふたりならそんなもんだろ」
 過剰にからかう癖に、ちゃんと褒めるところが修造君らしい。祥吾君はそれすら腹立たしいとか。母さんは「馬鹿ね」で一刀両断していたけど、それは吹聴しないでいる。
「で、赤司の誕生日はいつだ?」
 運転中なので反撃出来ない修造君が、話題逸らし、軌道修正として問いを振ってきた。僕の相談に乗る気はあるらしい。
「約1ヶ月後。すぐだから、早く決めたい」
「毎年してんのか…」
「姉さんと、ささやかだけど」
 手料理を作ったり、お小遣い出し合って美味しい食べ物買って来たり、みんなで出かけたり。小さなものだけれど、努力している。
 今年はケーキを焼く話になっていて、姉さんは今日、習いに行っている。母さん程ではないが、料理の才能が、その、微妙だから、どうなるだろう。姉さんが上手くいかないと嘆き、悲しまないよう、僕としては別の方向も候補にあげておきたい。
 祥吾君は何も言わなかった。僕や姉さんから相談を受け、「どーでもいいだろ」「なんでもいいだろ」と毎年呆れているからだ。
「十分だ。あーオレもして欲しいな…」
 修造君が自分の子に夢を馳せていた。父さんがいたら「教育の方針次第ですよ」とか冷ややかなコメントを出しているに違いない。
 母さんから「おめでとう、そう言ってあげて」と誘われ、それから毎年恒例になっただけ。強制されていないし、僕と姉さんの意思でしていること。
「虹村さん、気をつけた方がいい。結婚記念日とか」
 紫原家の経験談か、結婚記念日を祝うのが定番なだけか。僕は知らないけれど、助手席の紫原がだるそうに助言して来た。
 光の反射でやっと、紫色が混じっていると分かる黒髪と鋭い瞳ーー外見では一致し難いが、こてんと首を傾げた気怠さは紫原の父に似ている。
 助言に対し修造君から「ガキが生意気言ってんじゃねーよ」とか「あいつ忘れたのか?」とか聞き返したりせず。何故か黙ったまま。
 そうか、心当たりがあるみたい。修造君て、そういうところ馬鹿正直だ。
 祥吾君が吹き出して、笑い始めた。僕もちょっと笑いたかったけど、これこそ生意気だと思って我慢したのに。祥吾君、ずるい。
「うっせえぞ、灰崎!」
 祥吾君の背後に居たら、蹴り飛ばしている勢いだ。修造君曰く「灰崎には未だ手が出んだよ、しょーがねーだろ」とよく分からない言い訳をしている。僕が言うのもなんだけど、修造君、大人になって。
「ふあああ…赤司、悩むことねーって。ふたりきりにしてやれよ」
 後部座席、青峰が大欠伸をしながら意見を述べてくる。
 青峰はここ最近まで、骨が痛いとうるさかったけれど、やっと落ち着き、静かになった。加えて、僕との身長差が10センチ前後にもなっていて、腹立たしくてしょうがない。僕だって父さんを越えるくらいには伸びたのに。
 長い、伸びの良い成長期、とのこと。大輝君とさつきちゃんが嬉しそうに話していた。
 ありえないくらい伸びに伸びた過程で、西洋顔、薄い茶色、白い肌ーーと、『キセキの世代』で誰の息子か一見には理解出来なくなった。けれども、言動は兄弟一、父にそっくりと低評価で一致している。
 その青峰が席から乗り出して、僕の頭を叩いてきた。痛い。祥吾君と修造君がいなかったら、反撃していたくらい、痛い。痛いって。
「赤司、飲みもん」
 喉が乾いたらしい。立ち寄ったコンビニエンスストアで買ったペットボトルを渡せば、奪うように取られる。
 父さんの元チームメイト仲間の子供内で一番近いのが、この青峰だ。
 元々青峰は僕と同様車好きだが、今バスケットボールに夢中である。珍しく今回参加した理由が「お前とバスケしよーと思ってたからなー…あー待ってても寝るだけだし、行くわ」とのこと。そう言われると、僕も断れないもので。僕はイベント後、紫原を道連れに、青峰と他でバスケットボールをする約束をした。慣れてるから良いけれど、この傍若無人、将来大丈夫か。
「若い頃はまー嬉しいもんだろうけど、なんか…直球だろ、それ……」
 微妙というか、大人として未成年にどう反応すれば良いのか悩んでいる修造君が、言葉を濁す。
「大輝はそれ一番喜ぶけど。金かからず、一番楽で良い」
「アイツ男として現役か」
「安直にそこ結びつけるか…つーか、灰崎。ガキの前で言う台詞じゃねえだろ」
「こいつらの前で隠す方がキメえ」
 僕もだけど、紫原と青峰は特に性を恥ずかしがらない。割り切れている。青少年の欲求くらい普通に持ち合わせているけれど、動揺の感覚が湧かないだけ。祥吾君曰く「童貞臭がしねーからツマんねー」とのこと。相変わらず言葉を選ばないけど、繕われても祥吾君じゃないし、僕は構わない。
 人間関係はちょっとだらしなくて、ただれ、揉め事ばかり起こす祥吾君だけど、僕たちをそこそこ男として対等に扱う。こういう態度、祥吾君の良い所だ。聡いけど考えてないだけ、という時も多いけど。僕は祥吾君贔屓だから、これこそしょうがない。
「でも、親のことだと聞きたくねえだろ、普通」
「あーまー分かる、オレも母親の欲なんて知りたくねーわ」
「おら、オレが正しい」
「へーへー。男は所帯持つといきなり歳食うよなあ、弟」
「僕に言われても」
 未成年に所帯云々賛同求められても困るけど、修造君は昔、結構はしゃいでいたのか。今度、父さんに聞いてみよう。
「あ? 灰崎、ケンカ売ってんのか」
「虹村サンはとりあえず事実だろーが。ダイキとアツシはビミョーつーか、ガキっぽさ抜けねーけど」
「あーそれ否定出来ない」
「灰崎サン、それ当たりだわ。大輝ガキだもん」
「父さんも子供じゃないけど、母さんのことになると…」
 修造君の独り身時代を僕は知らないから、なんとも言えないけれど。父さんは一般的お父さん像に当てはめにくい。紫原と青峰も同感なのか、祥吾君に賛同していた。
「おいコラ待て、ガキどもに灰崎。オレの味方はいねえのか、運転やめるぞ」
 祥吾君とひとつしか変わらないのに年寄り扱いされ、苛立つようだ。ぶつくさキレ出す大人げない修造君に、紫原が「高速でいきなり停まると事故る。そもそも、いけないし」と正しいけれど、微妙な指摘を入れた。その後、いい大人同士がどうでもいい口論を始め、僕の相談は掻き消される。
 僕がいけなかったのか。帰ったら、姉さんの状況でまた考えよう。



***



「お邪魔しまーす。あれ? 大ちゃん、ひとり?」
 同じ学校に通い、卒業後の渡米先でもチームのサポート、互いに結婚した後の家も近いーーありえないくらい縁の深い幼馴染みが玄関扉すぐ前にいても、驚かない。青峰はむしろ「どうして出ちまった…」と呆れ、放置してリビングに戻ると、後を着いて来たさつきが周囲を見渡して、そんなことをぼやいた。
「休日出勤と、ガキふたり部活、ひとり遊びに行った」
 愛しい人に叩き起こされ、子供は早々出かけ、ひとりぼっちにさせられた、ともいう。
 しいていうならば、お腹が空いた。けれど、未だ毒を作る腕前のさつきに言うつもりもない。
「そっちは、」
「同じようなものー」
 口を尖らせて拗ねている辺り、相当思うところがあるようだ。愚痴しか吐かれないと予感し、首を突っ込まない。
「…あ?」
 ズボンの後ろポケットに突っ込んでいた携帯電話が震えた。青峰は手に取って確認してみれば、遊びに行った末息子からのメール。
「噂をすれば、て奴じゃねーか」
「なにが?」
 近寄って来たさつきに画面を見せながら開く。短文の『夕飯には帰る』に写真が添付、と簡易なものだった。
 そのファイルには手前から順に、大きく写っている紫原家の次男、赤司家の一人息子、青峰家の末息子、そして一番奥、大人兼保護者兼面倒係の灰崎と虹村が見上げるように写っていた。多分、一番背の高い紫原の次男坊が携帯電話をやや上に持ち上げながら、全員枠内に入れ、撮ったのだろう。野郎の見上げ視線、可愛いどころか後ろ3人、睨みをきかせており。他は、気怠そうなのひとり、見上げているのに見下げられているような強い視線ひとり、だ。一般的感覚だと、物騒な連中の写真だった。
「え、この5人で出かけてるの?」
「おー車のイベントに行くとか言ってたな」
 早朝、息子が中学生のくせに「迎えが来る」とか意味不明なこと言うので、玄関まで見送れば。7人乗りの車から虹村が出て来て、内心驚きーー『キセキの世代』内でも近くない距離だが、昔の感覚は恐ろしいーー即行、財布からガソリン代と面倒よろしく代を渡した。
 青峰は馬鹿なりに本能で「帝王と虹村とサトリには小さな借りすら作らない」という間違っていない思考を持ち、それに従ったまでだ。
 しかも虹村が「相田と紫原から貰って、資金足りてるから」と返されたら、尚更引き下がれない訳で。あのふたりですら借りを作らないようにしている、ここで凡ミスは出来ない。無理矢理面倒くさそうに渡し、早く行けと促したものだ。
「メールなんて珍しいね」
 青峰ですら不精、子供も似たようなものと分かり切ったさつきが、的確な指摘を寄越す。しかも当分先の時間帯のこと、写真付き。ありえない、という表情すら浮かべている。
「赤司のとこのガキが撮って、送らせたんだろ」
「あ、リコさんに送ったのか…」
 手間というか、律儀というか、母親思いの息子だから、こういうのもかかさない。ふたりは気付いていないが、この息子、灰崎が写っているからと姉にも送っている。
「大ちゃんと赤司君のジュニア、仲いいよね」
「不気味だろ。オレは予想してなかった」
「私もしてなかったから安心して」
 青峰は自身と赤司が仲良しを想像し、ぞっとしていた。親と子は違うのに、何を考えているのか。
「なんていうか、さ」
「あ?」
 写真を見ながら、さつきが言い難そうに、躊躇っている。この流れで何が問題だったのかさっぱり訳が分からない青峰は、眉間に皺を寄せた。雰囲気に「話せ」と強制を含ませる。
「帝光中の…1年や2年の、赤司君みたいだなって」
 赤司が後天性虹彩異色症になる前ーー虹村がまだ主将の頃。幼いながらもしっかりとしていて、子供らしくなくて、でも何処か威圧的だった、あの雰囲気に。
「……そんな昔のこと覚えてねーよ。ましてや赤司のことなんて」
 葛藤、苦痛、暗雲、苛立ち、これすらも出来ないのかと呆れ、消化し切れない、あの頃。当時を、ガキらしい悩みだったと思えるくらいには、大人になった。みな、だからこそ集まれるようになって、子供たちが仲良くなった。
 もう、本当に、ずっと昔の話。美化されているか、捏造しているか。青峰は他者なら尚更そういう類いだろうと邪険にする。けれど、さつきがじとっと睨みつけて来た。
「ミドリンとムッ君も同意見だもの」
 赤司と距離が近い緑間や紫原、さつきの懸念は一致していた。
「……バカか。自分とこの心配してろよ」
「だって、」
 誰が見ても、歪すぎる男の息子だ。それを近い位置で拗れ、崩れていった姿を見ているからこそ、懸念は薄れない。青峰の言う通り、昔過ぎても、忘れられないことも、あるから。
「さつきのうざってー悩みは、赤司たちがするもんだろ」
「うざいって……まあ、うん、」
「それに、赤司より、まともだって」
「根拠はあるの?」
「『リコさんの血』もある、でいーだろ」
 さつき風に返す青峰に、目から鱗。すっかり抜けていた。
 さつきはもう一度、携帯電話の画面を、写真を、見る。昔の、見知った赤司そっくりな視線と態度と雰囲気を持ち合わせていながら、寡黙でまっすぐな息子を見て。
「……そう、だね。うん、余計なお世話だった」
「だろ。で、さつき、オマエ何しに来た訳」
 愚痴りに来たなら電話でも良い筈だ。仕事関連は、人の家まで来て話したがらないのも分かっている。ならば何かある、話を逸らすにはちょうど良い。
「あ、そうだ! 大ちゃん、あれは2階のかな? 干してた掛け布団、庭に落ちてたよ。通りかかった時ちょうど落ちてね、」
「おい、今一番大事なことじゃねーか!」
 気付かなかった、放置していた、なんて顛末許されない。せっかく太陽の陽射しが良い日に干したのに、汚すだけ汚したとなれば、「そんなことも出来ないのか、自宅警備員まがい」と怒られる。
「赤司君より布団なの?!」
「決まってんだろ!」
 使えないレッテルを張られるのだけは、避けたい。あと、夕飯が出ない可能性が出てくる。現状お腹が空いているからこそ、死活問題だ。
「こっちの赤司と青峰は仲良くないよね、もう」
「息子がおかしーんだよ!」
 広めの庭に繋がるガラス窓を開ける青峰の後ろ姿だけ見つめ、動かないさつきは、こっそり欠伸をひとつ。眠たそうにしている青峰のがうつってしまった。
「大ちゃんー」
 今も昔も、変わるものと、変わらないものもある。
 住む場所は変わったけれど、この目に映る景色、感覚に変わりなく。さつきにとって慣れ親しむ青峰家の居心地。互いに最愛の人を見つけても、変わらないもののひとつ。怯えていた変化は、杞憂で終わった。だから、先程のことも、なんとかなると、思いたい。
「濡れてねーわ、あぶねー…これは叩いてなんとか…あ? なんだよ」
 庭から布団を拾って戻ってくる青峰に、さつきは「ひとりで生活出来ないとこ、変わってないなあ…」とぼやきながらーー
「大ちゃんが着てる前開きのカーディガン。裏返しだよ」
あまりにも遅すぎる注意を、非道と思わせるほど、さらっと言い退けた。



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