子犬のワルツ』や『感傷的なワルツ』の後。未来捏造/少し子供たちと赤リコの家族話





 娘馬鹿の景虎が毎日毎日時間を合わせ、出来る限り家族三人で食事を取る方針を取っていたからだろう。リコは家族団欒が当たり前に思っており、父と殺伐とした関係の赤司を驚かせた。
 家族像への期待は幼き頃、粉砕している。たとえ、家族団欒が想像上のものでも、嫌と思わなかったし、方針に異論もない。未来図が描けず、上手くいくのかと、他人事のように遠い感覚で思ったくらいだ。
 いつだって、思いを分け与えてくれるのはリコであり、これもそのひとつ。
 始めてしまえば、要は小さな気遣いだけだ。予定を確認すれば良い。例えば朝食なら、後は朝の順序に対し、ひとりでが、リコや家族で、に変わるだけのこと。
 本当に日々が不思議で、愉しく。リコは昔から、そして今も「大げさよ」と笑うが、その無意識の包容が尊く、愛おしい。
 今では赤司の方がひとりでの朝食を拒んでいる。慣れとは恐ろしい。
 本当に、人は、色々なきっかけで変われるものだ。




花のワルツ
-Valse des fleurs-







「おはよう、リコ」
 朝食らしき食材の匂いと、物音を頼りにダイニングへ足を運んでみれば。先に起きていたリコを見つけ、声をかける。
「あら、おはよう」
 女性にしては短めの髪がふわりと靡く。やや薄い茶色の髪が陽射しに反射し、赤司は純粋に綺麗だと思う。相変わらず盲目な視界、愛しているからと開き直っているので質が悪い。
「もう少し寝てても良かったのに」
 赤司は昨日までの数日、出張だった。だからこそ、リコもあえて起こさなかったのだが。いつもの癖で早々と目覚めれば、隣に愛しいリコがおらず。眠気も寂しさで失せ、睡眠時間も少ないながら起きてしまっただけだ。
「おはようございます、お父さん」
 中等部とさほど変わらない、ワンピース型で清楚を意識した高等部の制服のネクタイを整えながら、娘がリビングに入ってくる。頭から足の爪先まで綺麗に身支度した後の姿。リコに似ていて、朝からシャンとしている。
「父さん、おはよう。あとお帰り」
 嫁や娘に比べれ少し鈍るも、世の中の一般からすれば十分目覚めのいい赤司と同種の息子は、顔を覗かせるだけ。丁寧さな対応は父に、律儀かつ真面目はリコにそっくりだ。
「おはよう、早いな」
 基本、赤司とリコは子供ふたりより早く起きる。それなのに今日の朝は、子供ふたりの方が準備万端。どうやらリコの早い起床は、息子の出かける時間に合わせていたらしい。
「うん。父さん、帰ったら意見聞かせて。母さん、行ってきます」
「いってらっしゃい」
 父の返答を待たず、母に頷き、廊下へ消えていく。間を開けず、玄関扉の開閉音が聞こえて来た。
「……リコ、」
「なあに?」
 子供ふたり、どちらも大きくなるにつれ、感情を抑え、言葉数が減った。引っ込み思案ではないと、赤司が自分と重ね、誰よりも分かっている。リコに似てもっと活発になって欲しかったのだが、こればかりはどうしようもない。
 余談だけれど、赤司によく似た息子は、両親より身長がある。それに対しリコは「隔世遺伝とか。ほら、パパに似たんじゃない?」と信憑性のある一言を見出だしてきた。リコのパパ、赤司の義父である景虎は一般的に高身長、赤司の父より体格が良いーーのけれど、男として羨むところをあっさり貰ってくるなど。赤司を戦慄させたものだ。
「楽しそうだが、なにか…」
 思慮深く、表に顔を出さない息子が、楽しそうに出かけた。大いに結構だが、伝えられた意味の意図は掴めない。
「虹村君たちとおでかけよ」
 続いて紡がれたイベント名に、息子が何を言いたいのか、赤司は理解した。
 大雑把にまとめると、自動車メーカー社の新型自動車や関連製品などを集め、催すイベントである。自動車生産国らしい、世界5大のひとつの規模であり、約1週間と長い。息子は最後であり一番長い期間の一般公開に合わせ、今日出かけた。そして赤司は仕事の招待として先日、行って来たばかりだ。
「ああ…そういうことか。どうして虹村さんと…」
「息子に振られたんだって。自我の目覚めよねー」
「はい。それで弟が、誘われたようです」
 娘が軽く聞いた話だと、虹村と青峰家末息子は新型車のボディを、灰崎と紫原家次男は内部機能を、弟は経済の流れを見てくるとかなんとか。イベントを堪能した後、子供たちだけで他と合流し、バスケットボールの約束までしているらしい。リコからすれば、昔を思い出しながら「男の子って本当にタフだし血の気余ってるわよねえ」に尽きた。
 息子は幼い頃から灰崎と虹村に懐いている。それ故よく会しており、虹村から「上の息子が灰崎のとこの姪が良いとか言うし、下の娘がオメーの息子が好きとか言い出しやがった! 早くねえか、恋心! なあ相田!」と叫ばれる程までになった。対しリコは「虹村君と仲良しな血筋じゃない。好みも一緒ね。というか、まだ小学生でしょ、動揺し過ぎ」と呆れるも、「オメー、女は男より成長がはえーんだよ」「そうね。女の子は男の子みたいな年上への憧れなんて過程飛ばして、本気だもの」「くそっ落としやがった! やっぱり娘の方が心配だ」「でも小学生でしょ」など繰り返しが続き、更に心を抉らせていた。
 虹村の発言にひとつ加えるならば、リコは息子の存在そのものが否定されたと思っていない。むしろ「赤司の血は少し…難しいわよね」と、我が子贔屓しても、濁す部分はある。第三者視点を捨てなかったのは、贔屓しすぎる夫を見て来たからだ。これは盲目過ぎる、せめて私だけでも気をつけないと、という懸念が制御になっていた。
「虹村さんと祥吾か…」
 父親らしからぬ、否、父親だからこその心配。
 リコとは全く異なる懸念をする赤司に、嫁と娘が視線を向けてみればーー
「男とばかりいるが…大丈夫か」
 赤司はこういう類いを偏見しない。やっと嫌悪しなくなった『キセキの世代』で一緒くたにされている旧友たちの中には、日本の法だと叶わず未婚のまま同棲、養子を迎えたのもいる。自分たちだけでなく、子も苦労すると反対されていたようだが、赤司は逃げ道として否定しなかった。
 誰が拒もうと、自分と、妻であるリコ、子供ふたりは否定せず受け止めて、抱きしめよう。辛いなら来いと示す。大人だから自分たちでなんとかするーーという思考は正しいが、頼らない発想は間違えだ。
 迷惑をかけない気持ちも必要だけれど。そういうのは当の昔に終わった筈だから。本当に苦しいのならば、辛かったならば。死ぬまで助ける意思はある。それが赤司なりに身内への甘さだった。
「ぶっ…! 征十郎君、それは…ちょっと、おもし…もう、やめてよ」
 赤司は身体を震わせて笑うリコに、じとっと色々踏めた視線を投げるも、「ごめんごめん」と全く謝ってない反応のみ。
「リコ、」
「いや、私は誰をね、好きになっても…良いと思うんだけど……ふ、は…ちょ、もう…やだ、その心配の仕方…予想外すぎて…!」
「リコ」

「父さんの懸念にはなっていません」

 不穏な空気を取り払おうと、娘なりに気遣い、晴らす言葉を選び抜く。効果覿面、赤司のまとう雰囲気が変化し、娘に視線を向けてきた。どういうことだ、と読みやすい瞳も添えて。
「祥吾さんと修造さんと大輝さんに、女の口説き方、扱い方を教わっているようです」
 赤司とリコを見て来た子供ふたり、学生にしてはありえないくらい愛情に理想を馳せている。母を惚れ込む父みたいな恋がしたいと思っていた。
 そして、弟もやっとそれを見つけたのだけれど。姉からしてみれば「ファザコンはともかく、マザコンが問題よね」と、女として大事な論点を浮かべていた。弟は弟で「マザコンやブラコンはともかくファザコンは危険だ」と思っているとは露知らずに。
「また真逆みたいな相手に…あ、だからこその人選、ね」
 リコが反面教師3人揃え、学習しようとしていると察する。
 金銭面と押しの微妙さが浮き彫りの虹村と、奪うに長けるも長続きしない追わない灰崎、そして本能で動く暴君青峰。フェミニストとまでいかないが、父の赤司は勿論、黒子や黄瀬寄りの息子が全く別の方向を学ぶのは、間違えでない。あと、父のようにならない、という反抗概念もあるだろう。
「そうか、恋か…」
 赤司自身、リコに惚れた時は周囲から相当驚かれ、「三大欲求あったのか」と失礼な発言すら受けた。子供ふたり赤司に酷く似て来ており、過去を思い出す機会が増えているからこそ、感慨深い。
「どうしたの、失礼なお父さんね」
 やっと笑いが収まったリコが、からかうように、赤司の顔を覗いてくる。失礼なんて言葉、先程まで笑っていた彼女にだけは言われたくないが。
「リコに片思いしていた頃を思い出していた」
 からかいに食いつく、引っ掛かる、弱みを握られる、そんな失態おかさない。近づいて来たのを良いことに、赤司は手を伸ばし、リコの顎から頬に触れ、撫で上げる。
「ほんと油断も隙もない…」
 いつまでたっても、良い歳してーーが、抜けない仕草だとリコは思いながら、一歩引いて距離を取った。こちらも良い歳して、テレ隠しの睨みを付けながら。
「僕になら、大いに」
 子を前に何てこと言うか、とリコが軽く腕を叩いた。逃げるように「遅くなったけど朝食作るから待ってて」と言い、キッチンに向かう。
「お父さん、やり過ぎです」
「そうだな」
 リコが教育に良くないからと意識しているのを、娘は知っている。そこを前提にすれば、注意がどういう意味合いか、読み取るなど容易い。聡い赤司らしい反応に、父贔屓の娘でも、母を同情した。

「……私もでかけます」
 朝のささやかな時間共有も終わりのようで、娘が置き時計に視線を向けた。上着を羽織り、床に置いていた鞄を肩にかける。
「一日学校か。遅くなるなら連絡を」
 地域や学校により異なるが、娘の通う高校は土曜登校不規則だ。弟は私服だったが、姉は制服なので、本当に小さな問い。
「午前だけ。午後はさつきさんの姉妹と一緒に、敦さんの長男から料理を教わってきます。夕飯時までに帰ってきますので、遅くなりません」
 彼氏か、と野暮を聞けたらどれだけ楽か。紫原の息子と恋人だったらどれだけ安心しただろう。娘の片思い相手が誰か勘づいているからこそ、否定したいあまり、追求したくなる。
 けれど、自分の都合だから絶対に言えないし、心は他者がーー親でも動かせない、本人しか動かせないもの。赤司は身に染みて理解しているので、結局のところ、見守るしかなかった。
「そうか。よくよく教わって来なさい」
 赤司は思い全てを隠し、父親らしい余計な一言を付け足す。
「はい。美味しい手料理のお土産を持って帰ってきます。絶対食べて下さい」
「勿論だ、楽しみにしている」
 出かけ間際に頼んで来た息子といい、まだ家族、親の元に戻ってくる。いつかふたりとも旅立って行くけれど、まだ待っていて良いらしい。
 赤司はそれだけ返すと、娘が嬉しそうに笑った。その柔らかさがリコに似ていて、赤司は愛おしく思う。
「いってきます」
「気をつけて行って来なさい」
 朝から早々と出かける娘の背中を目で追いかけていると、少し離れた場所から、リコの「いってらっしゃい」が聞こえてきた。
 赤司はひとりになったリビングでしばし静寂の空気を実感した後、腰を上げる。このひとりも悪くないが、せっかくのふたりきりだーーと勝手な根拠と共に。キッチンにいるリコに、もう一度、朝の挨拶しに行く。

「ーーリコ、」

 背後から抱き寄せるように、身を寄せる。左右から逃げないよう、キッチンに手をかけ、リコを挟んでから。ゆっくり、声を掛け直す。
 不意打ちに動揺したリコの隙を好機と取り、顎を掴んで振り向かせ。柔らかいその唇に、触れる。
「おはよう、リコ」
 出逢う前の、幼き彼も。出逢った後の、腹立たしい程生意気な年下かつ敵対高の選手だった彼も。恋人になって、低俗なことも好んでする男な彼も。子供が生まれて、家を、組織をまとめる立場になった彼も。色々面倒事を取っ払ってまっさらにしても、核心部分が一致しない、少しずつ異なる赤司。
 誰でも幾つかの面を持っている。喜怒哀楽などの変化もそれに属するだろう。幾つもの感覚があって、時と場合で変えるのだが。
 赤司のはだいぶ歪だ。枠を越えた、幾つのも面がある。本当に一般的、平均の枠組みに入れない男。
 しかも自身の器を理解しているからこそ、赤司は子供ふたり精神の危うさに敏感だ。先程も、ささやかなことで重ねていた。
 本当に心配性だ。楽観的なのかもしれないが、柔に育てていないから大丈夫だと、リコはずっと思っているのに。
「………おはよう、征十郎君」
 リコはとやかく言わず、もう一度、少しだけ異なる彼に紡いだ。
 自然に、どんな彼でも、リコは受け入れる。見つめる瞳は一緒だから。真っ直ぐ見つめる、想いを寄せる瞳は、自信に変わる。気付かせたくないし、優越感に浸りたいから、一度たりとも本人に伝えていない。
「今日の予定は?」
 朝食を作るリコの手に自身のを重ね、止めさせる。
 長いこと料理と向き合って、なんとか、なんとか、なん…くらいまでは来たが、結局そこまで。赤司でもこればかりは愛でどうにもならないと思っており、自然な制御に長けてしまった。
「そっちは休みでしょ?」
「ええ」
「空けたわ」
 予定を合わせなかったらどうなるか、リコは読めている。恋人の頃からだが、結婚してからは尚更顕著になった部分だ。
 面倒くさい部分だが、何処までも付き合ってみせる。こんな歪な男と寄り添うと決めたのだから。リコはしてやったりと微笑む。
「では、久しぶりにデートといこうか」
 慣れあしらった態度だが、朝から何をしてるかなという気恥ずかしさを隠している故と理解している。これだから、赤司はリコをあまやかす癖が抜けない。歳を重ねても、餓鬼くさい部分が残ってしまう。
「デートって…そんな歳でもないでしょうに」
「そんなことはない。夫婦円満は良いことだ」
「自分で言うの…もう、」
 腕の中で、リコが反転、向き合う。軽く手を伸ばし、赤司の頬に触れる。
 皺も増え、若々しさから貫禄を付けなければならない歳になった。
 いつまでも軽いことを言っていられないのだけれど。ふたりきりならば、誰も咎めないだろう。どれだけ浮き足でも、どれだけ馬鹿らしいことでも、どれだけ頭のイカれた愛情でも。
「デートね、うん。子供たちがお土産持って帰ってくるって言ってたから、私たちも選りすぐらないとね」
「ああ、そうだね」
 女であり、妻であり、母であるリコの言葉に、赤司は自然と緩くも柔らかい表情が零れた。



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