ホーム・スイート・ホーム(その後)
ふじ様より頂きました ※未来設定赤リコ結婚してるよ・子ども2人いるよ・火神くん家でお留守番したよ話の続きになります
赤司しんのすけ(4) 赤司夫妻の長男。好きな絵本は『もりのへなそうる』 「たらこのおにぎりといちごジャムのサンドイッチ作ってママ!」 赤司ひまわり(5) 赤司夫妻の長女。好きな絵本は『賢者の贈り物』 「相手を驚かせたい気持ちは分かりますが、サプライズでプレゼントするのは難易度が高いですね」 赤司リコ(夫より+1) しんのすけとひまわりの母。好きな絵本は『にんじんばたけのパピプペポ』 「そうよ、にんじんはビタミンとカロチン豊富で身体にいいんだからちゃんと食べるのよ!」→丸ごと出すみたいな 赤司征十郎(妻より−1) しんのすけとひまわりの父。好きな絵本は『100万回生きたねこ』 「理由は言わずもがなだよ」お父さんロマンチストだねって家族みんなに思われてる。 *** 夕食も済ませてきたので思いがけず遅い帰宅になってしまった。 いくら明日が日曜日とはいえ、いつもだったら幼児2人はもうとっくにお休みなさいしている時間なのに、腕時計の針が示す時刻を見てリコは小さく呻く。 腕の中の長男に、ほらお家ついたわよとあやすように声をかけ、ハンドバックからカギを出そうともぞもぞしていると、娘を背負った征十郎が先回りして開錠する。 玄関の扉を開けて、誰もいない真っ暗な我が家に、ただいまのカルテットが響き渡る。 履きなれないヒールを脱ぎ捨て、抱いていた長男を降ろし、照明のスイッチを次々に入れて回り、そのままの流れで風呂の給湯スイッチを押す。 お湯張りを開始しますのアナウンスが流れたばかりだというのに、子どもたちは待ちきれないように 「ぼく今日はパパと一緒にお風呂はいりたい!」 「しんのすけずるい、わたしだってお父さんと一緒がいいわ!」 「あら、モテモテじゃない」 入れと言っても嫌がって逃げる子どもたちを無理やりバスルームに引きずりこむのが日課なのに、今日はなんて積極的なんだろう。 「よし、じゃあ皆で入ろう」 「わーい」 父親の提案に、子どもたちが歓声をあげる。 「皆だよ、リコ?」 「うん、4人は無理だからね?」 何か言いたげな夫の視線に先手を打ってNOを突きつけると、「わかったよ」返事とは裏腹に、不承不承といった風に小さく肩を竦める。 もしかして彼の頭の中では今ハイスピードで綿密なバスルーム改修計画が考案されているのかもしれないけれど、子どもたちが一緒に入りたいなんて言ってくれるのは今だけなのだ。一瞬のモテ期のために、無駄な投資は出来ない。それが分からない彼ではないと信じているが、「改修とかも要らないからね?」鋭く耳打ちする。 「ねーパパはやくー」 「行きましょう、お父さん」 「あぁ、そんなに慌てなくても、お風呂は逃げないよ」 無邪気に腕を引く子どもたちの意外な力強さによろめきながら、バスルームへ連行されていく夫の姿をリコは手を振りながら笑顔で見送る。 玄関に放り出されたままのカバンをリビングへ運び、道中で脱ぎ捨てられたスーツのジャケットとネクタイを拾い上げ、皺を伸ばしながらハンガーにかける。 浴室のドアの向こうからは、にぎやかな水音に混じって、楽しそうな声が聞こえてくる。 脱衣場に脱ぎ散らかされた衣類を洗濯機の中に入れて、バスタオルとパジャマを3人分用意する。 「ちゃんと10数えてから出てくるのよ」 「はーい」 優等生の返事に深く頷きながら、洗面台の鏡に映った自分の姿を見て、あぁと思い出す。 学生時代の友人の結婚式に招待され、宴を盛り上げるために、頑張って着飾ってみたのはいいけれど。 普段、滅多につけないネックレスとイヤリングがどうにも重たくて肩が凝って仕方ない。 きらびやかなアクセサリを外し、ホームウェアに着替えようとワンピースのファスナーに手をかけて、そこでリコは舌打ちする。 背中からうなじの下まで続くファスナーは、今朝、急いで着替えたから、生地を挟みこんだまま閉めてしまったのかもしれない。 引っ張っても引っ張っても、ぴくりとも動かないスライダーに、どうなってるのかさっぱり分からなくて、伸ばした腕が痛くなってくる。 仕方ない、後で夫が風呂から出たら下げてもらおう。 着替えることを諦めて、上にカーティガン1枚羽織ると、そのままの服装でリビングに戻る。 そういえば今日はまだコーヒーを1杯も飲んでなかったような気がする。 本格的に淹れるのも億劫なので、とりあえずインスタントでいいか。 電気ケトルのスイッチを入れて、食器棚に手を伸ばそうとした時、バスタオルを頭からかぶった息子が後ろから突進してきた。 「ママ、ぼくパジャマひとりで着れたよ」 「すごいわね、えらいえらい」 パジャマが前後ろ逆になっているのは愛嬌ということで、ばんざいさせて直してやる。 全然ふけてない柔らかな赤髪をタオルでごしごしふいてやると、痛いよとくすぐったそうに笑う。 光の加減で時々、片方の目だけが不意に明るく金色に煌めく。 外見は恐ろしいくらい夫に良く似た息子は、だけど夫とは似ても似つかない素直な気性でストレートにリコに甘えてくる。 あの人にもこんな可愛い時期があったのかしら、タイムマシンがあったら見に行きたいな、なんてリコが楽しい想像を膨らませていると、 「お母さん、お水ください」 頬を真っ赤にした娘が、タオルを首にかけて、ふらふらしながらこっちにくる。 「あら、どしたのひまわり、お風呂、熱かった?」 お気に入りのくまさんのコップに冷たい水を半分入れて娘に渡すと、ごくごくと喉を鳴らして一気に飲む。 「しんのすけが大はしゃぎするから疲れちゃった、もうほんとに子どもなんだから」 そういう彼女こそ、まだ小学校に入る前の未就学児なのに、年齢より大人びた小難しいことを言うのは多分、夫に似たのだろう、リコはこっそり苦笑する。 弟と同じ赤髪だけれど、明るい彼女の髪色は陽に透かすと茶色がかって見えて、そこは自分に似たと思うのに、性格はだいぶん夫寄りだ。 「えー、そんなことないよー。おねいちゃんだってアヒルで遊んでたもん」 「あのアヒルはお父さんに買ってもらった大事なアヒルなの。それなのにしんのすけったら」 姉弟はリコを間に挟んで口喧嘩を始める。 今日は1日、子どもたちだけで火神の家で留守番していて、ちょっとだけ大人になったような気がしたのに、家に帰ってきたらいつもの甘えん坊に戻ってしまったようだ。 冷蔵庫から取り出した冷えぴたシートを娘の額に張ってやると、嬉しそうに目を細める。 「ほら2人とも並んで並んで。一緒に髪の毛、乾かしちゃうわよ」 ドライヤーのスイッチをオンにして、きゃあきゃあ声をあげる2人の洗い髪をまとめて一気に乾かす。 「お風呂の次は何だった?」 「歯ブラシ!」 ちゃっかり膝に頭を乗せてきて口を大きく開けるしんのすけの乳歯を磨きながら、自分でブラッシングしているひまわりに、後でチェックしようねと声をかけて。 「お先にいただいたよ」 パジャマ姿の征十郎がリビングに姿を見せた時には、既に子どもたちの意識は半分、夢の中を漂流中。 眠たそうに瞼をこすっている息子と娘を、夫と手分けして一人ずつ抱き上げると、子ども部屋のベッドに運ぶ。 いつもは寝かしつけようとすると嫌がって、本を読めとやかましいほど催促されるのに、今日は簡単に手を離してくれるのが少しだけ寂しくもあり。 表紙が擦り切れた、お気に入りの絵本を本棚に直し、おやすみなさいのキスを額に落として、布団をしっかり肩まで被せると、部屋の電気を消す。 電気ケトルで沸かしたお湯はすっかり冷たくなっていたので、もう1度スイッチを入れて温める。 「そうだ、晩ごはんは? 何か作る?」 冷蔵庫の扉を開けながら、簡単に食べられそうなものを物色していると、 「あぁ、秘書が持たせてくれた弁当を新幹線で食べたから」 「そう?」 高級料亭の幕の内だったらしいが、さっぱり味が分からなかったと零す夫に何故だろうと首を傾げながら、リコはドアを閉める。 「それじゃコーヒー入れるけど、飲む?」 インスタントの瓶を振って尋ねると、征十郎はミネラルウォーターのボトルに口をつけながら、怪訝そうに彼女の姿を見る。 そこで、あぁと思い出して、リコは手を叩く。 「そう、待ってたのよ、ファスナーが下がらないから着替えられなくて、ちょっと見てもらっていい?」 瓶を置いて上に羽織っていたカーティガンを脱ぎ、くるりと背中を向けると、邪魔にならないよう髪をサイドにまとめて流して、分かりやすいように示す。 「なんか挟まってるのかなって思うんだけど…きゃっ」 首筋に触れた冷たい、柔らかな感触に、思わず声が出た。 「ちょ、何するの!?」 素早く身体を反転させると、触れられたと思われる部分を庇うように手を当てる。 「いや、誘惑されてるのかなって思って、つい」 言い訳になってない言い訳を、しゃあしゃあと。唇が楽しそうな形になる。 あれがさっき、うなじに触れたのかと想像しただけで恥ずかしくて顔から火が出そうになる。 「違うわよ、ファスナー下げてって言ったじゃない!」 「あんなにセクシーなポーズで言われたら、誘われてると誤解しても無理はない」 「セクシーって、わたしはただ…」 キスされた首筋が熱を持ったようにじんじんとする。 その温度に困惑しながら、あぁそうかもしれない、 やろうと思えばクローゼットの鏡を合わせ鏡のように使って、頑張ってファスナーを下げることも出来た。 それをしなかったのは、リコの心の中にちょっとだけでも、 「…ううん、違う。征の言う通りね」 さり気なくなんて全然無理で、びっくりするくらい不器用で、どうしたらいいのか正直今でも良く分からなくて。 なのにあっさり看破されると、やましくて恥ずかしくて勢いで否定してしまうけれど、 「ちょっとだけ、誘惑してみようって思ってたかも」 やっぱり慣れないことはするもんじゃない、全然上手くいかない。 赤面した頬を隠すように両手で挟みながら告白すると、征十郎が分かりやすく溜息をつく。 「君は本当に困った人だ。そんなに僕を翻弄しないでくれないか」 「う、ごめんなさい。以後、気を付けるわ」 抱き締められて、そっと耳元で囁かれて、背中のファスナーが静かに下げられていく音がする。 「あれ、征?」 「じゃあ続きをしようか」 難なくワンピースを脱がせると、下着姿のリコをひょいと抱き上げ、寝室に向かおうとする。 「ちょっと待って、わたしお風呂まだ…」 「あぁそうだったね、じゃあ一緒に入ろう」 くるりとUターンして、征十郎はバスルームへ方向転換する。 「何でそうなるのよ、あなたさっき子どもたちと一緒に入ったでしょ? まだ髪の毛ぬれてるじゃない」 「のんびり風呂に入ってる間に、君の気持ちが変わったら大変じゃないか。君から可愛らしく誘ってくれるなんて滅多にないことなのに」 籍を入れて子どもも授かって、もう何年も経つというのに、この人は未だにどこか不安定で危なっかしくてバカみたいに幼い一面を時々見せてくる。 まるで子どもが3人いるみたい、なんて思いながらも、完璧であることを自らに課していた高校時代の彼よりもすごく親しみが持てて愛しくて、 「ごめんね、これからは定期的に誘うように心がけるわ」 腕の中から身体を起こして、あやすように頬っぺたにキスするが、征十郎の足は止まらない。 「嬉しいな。それはそれとして、僕は君とならもう一度風呂に入ってもやぶさかではないと思ってるんだが」 「あら、あなたがそんなにお風呂好きだったなんて知らなかったわ」 「君となら、だよ」 頑なな態度に押し切られるように苦笑いで頷いたのだけれど、そこは絶対に承諾してはいけない場面だった。 数分も経たずして、リコはとてつもなく後悔することになる。 ヒノキの風呂椅子にどうぞとエスコートされて腰を下ろす。 髪の毛を誰かに洗ってもらうなんて久しぶりで、なんだか無性にこそばゆくて。 「どこか痒いところはありませんか?」 ヘアサロンの美容師みたく尋ねてくる夫に、素直に「全部」と答えたら、シャワーのお湯を乱暴にかけられたので、きゃあと子どもみたいに悲鳴を上げて。 「わかった、しんのすけのシャンプーハットを使おう」 「使わないわよ。それにサイズが合わないでしょ」 「そうか」 湯船にぽいと放り投げた時、鏡の中の征十郎と目が合った。 ただそれだけなのに、真剣な眼差しに、どきりとして動けなくて、次の瞬間、後ろからぎゅっと抱きすくめられた。 たぶん、泡だらけになりながら1回と、バスタブの中でもう1回。 指先を動かすのさえ億劫なくらい心地よい倦怠感に包まれて、バスタオルに包まれたリコはベッドの上でうとうと瞼を揺らしている。 喉が渇いた、欲求が形になる前に、征十郎がペットボトルを差し出す。 この人はどうしてわたしが欲しいものが分かるのかしら? 身体を起こして受け取ろうと手を伸ばすと、からかうようにボトルがすいと引かれて、自分で口をつける。 そのままリコに口移しで飲ませてくる。 ぬるい水がなくなっても、征十郎は唇を離してくれなくて、いつの間にかバスタオルが剥ぎ取れていて。 「え、まだやるの?」 もうすっかりおやすみなさいのつもりだったのに、臨戦態勢を解かない夫はけろりと。 「バスケは4Q制だろう?」 「1Qは10分だけどね!」 「10分では短すぎて君への愛を語り切れないじゃないか」 達者な口が憎らしくて、伸ばした指先で唇を閉じさせようとするが、簡単に絡めとられてしまう。 「あなたは畳みかけるように一気に勝負を仕掛けるのが得意なんだと思ってたわ」 「それが有効だと判断した場合はそうするけれど、基本的に僕は長期的戦略に基づいて行動する男だよ」 のしかかってくる赤司を抵抗と呼べない抵抗でやんわり押し返しながら、リコは転がっていた携帯に指を伸ばす。 「その前に、明日の新幹線、何時だっけ? アラームかけとかないと起きれないから」 「いいよ、君はゆっくり寝てたら」 征十郎はリコの手から携帯を取り上げると、ベッドサイドに遠ざける。 「だめよ、そういうわけには…」 唇を塞がれて、言葉ごと舌を巻きとられて、意識がゆっくりと落ちていく。 「絶対に起こしてね、絶対よ。起こさなかったら怒るからね」 「あぁ、もちろん」 甘く目を細めて、約束だという風に大きく頷く。 鋭利な刃物みたいな冷たいエンペラーアイも好きだけど、たまに見せてくれる棘の抜けた柔らかい眼差しも、 「大好きよ」 頭がぼうっとなって、思ったまま、想いが声になって溢れる。 びっくりしたような顔は一瞬で、それから征十郎は複雑そうに顔を歪めた、と思う。 それが残ってる最後の記憶で、小さく震える携帯の振動で目が覚めた。 メール受信のランプが見えたので、ぼんやりしたまま文面を開くと、 『君の寝顔がかわいすぎて起こせなかった』 寝起きの頭ではよく意味が理解できなかったので、そのまま三度、読み直す。 そして書いてある文面が本当らしいと判断し、大きく溜息をつく。どうやら夫は相当なハイテンションのまま出社したらしい。 「何がもちろんよ、バカなんじゃないの」 とりあえず携帯を真っ二つにしなかった自分を褒めて欲しいと思いながら、リコはベッドからのろのろと起き上がる。 「ママおはよー」 寝室のドアが元気よく開くと同時に、しんのすけがベッドにダイブしてくる。 「かめんらいだーはじまったよ! はやくオレンジジュースちょうだい!」 この間までシャバドゥビタッチヘンシーンと叫びながら指輪の魔法使いを目指していた息子は、今は果物を被ったアーマードライダーにすっかり夢中で、一緒にリビングで見ようと、母親の手をさかんに引っ張る。 開いたドアに形式的にノックしながら、ひまわりが礼儀正しく挨拶する。 「おはようございます、お母さん。お父さんはもう出られたのですか?」 「そうなのよ、寝てる間に行っちゃったみたい」 子どもに愚痴っても仕方ないのに、のんびり寝ていた自分が嫌になって、思わずつい口に出してしまう。 「えっ、ママいってきますのちゅー、出来なかったの!?」 それは一大事だと言わんばかりに、テレビから目を離して息子が叫ぶ。 「おかえりなさいの時に、朝の分とまとめてちゅーしたらいいのではないでしょうか?」 心配そうに胸の前で両手を組んでオロオロする娘に、「うん、そうするわ」安心させるようにそっと頭に手を置いて、 「よし、顔洗ったら朝ごはんよ! 玉子は何がいい?」 「「目玉焼き!」」 水くさい夫は帰ってきたら倍返しだと心に誓って、寝室のカーテンを大きく開ける。 窓から差し込む陽射しは眩しくて、今日も洗濯日和の良い天気に違いないとリコは思った。 back |