Twinkle, twinkle, little star-後編』後/未来捏造/家族パロで子供ズが小学生

※だいぶ脚色かけた紫荒の家族ものですので、回覧にはご注意下さい




 短く吐いた咳。ベッドにて気怠そうに身体を丸ませ、小さくなっている、愛おしい人。汗で肌に張り付いた髪を梳き解きながら、話しかける。
「まさ子ちん、ちゃんと寝てるんだよ」
「あたりっ…けほ……当たり、前だ、馬鹿」
 次男が貰って来た風邪を長男も受け取り、ふたりして寝込んだのは数日前のこと。雅子曰く「子供の…特に男は、病気をよく貰ってくる。女はそんなことしない」と断言していて、馬鹿なと思ったけれど、わりと一般的らしい。紫原が実母に聞けば「お姉ちゃん以外、男4人誰かが、外から風邪貰って来てたわよ」と笑われた。
「うん、分かった分かった」
 軽くあしらうも、触れる手は優しく、雅子が不釣り合いだと、くすぐったそうにする。紫原はそれに気付いていたが、止めない。ただただ嬉しそうに、緩んだ表情で、撫でた。
「うつるから、でてけ」
 その手を、雅子が叩く。
 雅子はうつらないよう用心深く、息子ふたりを看病していた。けれど、惨敗。彼女の最後の足掻き、心配は、唯一健康を突っ走る紫原にうつること。
 雅子の体調が良くないと気付いたのは、紫原だ。早朝目覚めた際、抱き寄せていた雅子の身体から感じる体温に違和感があった。大丈夫だと言い張るので一悶着あり、言い負かして、寝かしつけ、今に至る。
 うつるならば、今から慌てても遅い。そう思いながらも、紫原はその文句を返さなかった。
「寂しいくせに」
「おい、なんて言った」
 ちょっと怒ったかな、と思うも、紫原はそれすら無視する。寝込んだ雅子に勝てないほど、弱くない。
「すぐ帰ってくるから、俺がいないところで泣いちゃ駄目だよ」
 自分のことでは泣かなくて。稀に涙を零しても、それはひとりの時だけ。自分は弱いと言い張るも、弱さを逞しさで被せて前進出来る人。
 体調が悪く、心寂しくても、泣かないと分かっている。それでも冗談で声にしたのは、あまやかすため。隣にいる権利を得てから幾分過ぎ去った今でも、傍にいて欲しい気持ちを込め、繋ぎ止める。
「お前なあ……馬鹿、泣くか」
「だよねー」
 腕時計を見て、時刻を確認する。そろそろ出かけなければならない。
「じゃー行ってくるねー」
「ん、いってらっしゃい」
 唇に触れての『いってきます』がしたいけれど、それこそ危険だ。学生の頃は曖昧だったが、一緒に過ごし始めた辺りから、何処が境界線か、断定出来るようになった。今は失態などおかさない。
 紫原は指を自身の唇に付け、そのまま雅子の唇に押し当てた。
「いってきます」
 いつものキスの変わりに。気休めの、偽りのキスを残して。

 寝室を出れば、壁に背を預け待つ息子ふたりと目が合う。
「お母さんは…?」
 紫色に柔らかくて癖のある質感の髪、見た目は紫原似だけれど、仕草や性格、キツ目の瞳、真っ直ぐに特攻する強さが雅子そっくりの長男から不安そうな表情を投げかけられる。
「だいじょーぶ。あの調子なら明日には元気だし」
 あのあまやかしを自分の弱さだと思い込み、覆すように治してくるだろう。本当に逞しすぎて、弱い部分がほんの一瞬しかない。
「よかった!」
「そーだね。で、こっちはー?」
 はっきり頷く長男の頭を軽く叩いてから、その横でじっと黙る次男も叩く。
 こちらは光の反射によってなんとか紫色が混じっていると気付ける黒髪に、固めでまっすぐの質感。やや気怠そうに、緩やかな動きを見せる次男は、風邪を貰って来た自覚と、反省があるらしい。紫原が雅子をどれだけ大事にしているか察しているからこそ、怒られないか不安のようだ。
「うん、わかった」
 いつも通りの父に安心したのか、肩の力が抜いてから、頷いてきた。
「ふたりは完治したし、あまいのお土産に持って帰るから。今日は絶対、問題起こさないことー。あと、遊びの約束も近所でして」
 周囲に比べ身長が飛び抜けて高く、異国人とあって、やけに目をつけられる。しかも、そこそこ短気な夫婦に似たようで、逃げず、売られたものはほぼ買う。あしらいや回避の方法を覚えても、不利でない限り、方針を変えない。更に、幼いながら習い事として武道をかじらせたので、基本姿勢が出来た喧嘩をするから質悪かった。雅子が盛大な溜め息をつく――昔を思い出すと、身に覚えがあるらしい――ので、子供の喧嘩程度なら紫原で対処し、男の約束として隠し事をしているケースもある。
 今日はそれも禁止。ちゃんとご褒美もつけて、頷かせる。
「はーい! おみやげ、ぜったいだよ」
「うん! おみやげわすれないでね?」
「いい返事ー。で、準備出来てる?」
 近隣の小学校へ、今日は紫原が送りに行く。日本と異なり、集団登校をしない部分が面倒くさいけれど、職場まで遠回りでもない。子育て小学校編の初めからこれなので、慣れてしまえば自然に組み込まれた。
「いつでもー!」
「お父さんまち」
「じゃー行くよー」
 紫原は息子ふたりの背を押し、玄関に向かわせ、靴を履かせる。男3人で寝室にいる雅子に向け「いってきまーす」と叫んでから、扉を閉め、鍵をかけた。
 今時エレベーターもない赤司家所有のアパルトメント。元気いっぱいの息子ふたりは、階段を勢い良く駆け降りて行く。1階で管理人と挨拶をしてから、外へ出た。
「もー早いし」
 兄弟喧嘩のない朝なだけマシだが、首輪をつけていないと、すぐいなくなる好奇心旺盛の男の子たちだ。朝から本当に元気すぎて、落ち着いてしまった歳と身体には、別の意味で眩しすぎる。
「お父さんは運動できるって聞いたよ」
「バスケいがいもできる、とも言ってた」
「えーその情報、まさ子ちんから? つーか俺が学生の頃だし、あの時みたいに走り込んでないし」
 適当に教えてるかなーなんてぶつくさ文句を垂れていると、「どうでもいーけど早く!」と進むよう促された。紫原の両手を息子ふたりで掴み、ぐいぐい引っ張る。父のぐだぐだゆっくりの気怠さに慣れているからこそ、強引に急かす。
「あー…」
 生まれたばかりの頃は、本当に紅葉のような手で、触れると壊れるなんて思えた。紫原からすれば今も小さいけれど、当時に比べれば大きくなっていて。もうこんなに強い力があるのかと感じた。
「なに?」
「わすれもの?」
 紫原の一声に、見上げる息子ふたり。
「うーん違うし」
 意味分かんない、と冷たい視線が返って来た。説明する気はないし、言っても分からないと思うから、あえて言葉を継ぎ足さない。
 紫原は、自身の手を掴む子供の手に視線を落とす。
 いつかこの手も掴めなくなる。彼らが手を離し、勝手に駆けていく。それを見送る。この未来を、雅子はどんな表情で見届けるだろうか。想像がつかないし、傍でじっと見ていたいと思う。
「不思議だし、ほんと」
 人を愛して、子供の成長を楽しみにするなど。
 雅子の口癖を、今では紫原も零す。それは誰にも聞かれることなく、空気に混じり、消えた。
「お父さん! ホントおそい!」
「おそい、早く!」
「もーうるさい、怒るよ」
 ぐっと両手を握り返すと、息子ふたりが「いたい!」と怯んだ隙に、距離を詰め、並ぶ。
「歩いて。俺走りたくないし」
 この元気と血が有り余った感じ、自分の幼い頃でも、ここまでではなかったと思う。紫原は「まさ子ちんの血だよね、絶対」と納得しながら、息子ふたりに言い聞かせ、男3人横並びで歩き出した。





The apple of my eye.
-目に入れても痛くないほど、愛しい-














「……なんだ、仕事上がるの早くないか?」
 職場で事情を話し、早く上がって来たのは事実だ。コートでバスケットボールをしていた息子ふたりと合流し、一緒に買い物して帰ってみれば。リビングにて、雅子からのんきな声をかけられた。
「ただいま、まさ子ちん」
「ただいまー!」
「おかあさん、ただいま」
「ん、お帰り」
 柔らかくも何処か勇ましい笑顔と、動きはいつも通り。手を洗ってこい、おやつ用意するか、とか。日常すぎて忘れそうになる、風邪なんて思わせない姿。
「まさ子ちん、」
 フローリングに座る雅子の傍には、畳まれた洗濯物の山が幾つもある。昨日まで雨、今日は久しぶりの晴れ間だった。汚すのがお仕事の子供の分で、洗濯物は溜まる。気になって、動いたのだろう。紫原も気になっていたから、それくらい容易く想像出来る。けれど、
「ん、…おい、離せ」
 腰を下ろし、後ろから抱き寄せると、抗議の一声。紫原は「こっちの台詞だし」と思いながら、苛立つ心を抑える。
「今日は寝てし」
「熱は下がった」
「熱は、でしょ」
 後ろから額、頬、首に手を撫で動かし、体温をとる。いつもの、いや、ほんの少し暖かい程度。
「咳もない」
「うん、そうだね」
 かすれていない。朝に比べれば、格段良くなっている。
「あと少し用事済ませたら、戻る…から、だな、その、敦」
 一応無茶をする気はないらしい。紫原が何を言いたいのか察して、先に言い含んでくる。たどたどしく、紫原の様子を窺いながら。
「から、なに?」
「離れろ」
「俺に、うつる?」
「……そう、いや、あー…」
 自分の行いに説得力が全くないと自覚している雅子は、しどろもどろになる。顔には「良い大人がこんなことで躓いた」と自身を叱咤していて。
「あとは俺がやっとくし。てか、俺に任せられないの」
「そうじゃない」
 理由は分かっている。
 元来なんでもひとりでこなして来たが故、頼る方法が分からない人。完成度が低くとも、自分の腕で成し遂げる、逞しさ。どれだけあまやかしても、この気持ちは薄れない。
 独り身だった頃は、体調が悪くとも、自分でなんでもしていた。止めようと思わない、雑でも決して『やらない』をしない。
「子供にまたうつす気?」
「そうじゃ、ないんだが…その気は毛頭ないし、配慮が足りなかった。だが、待て。お前がそこまで怒る理由が、」
 喧嘩を売られたら即買う夫婦だが、紫原はそれ以外だと割と緩い。四男末っ子とあって、あまやかされ、受け身として生きて来たので、自分のやり方に添わなくとも苛立ちが薄かった。それなのに、ここまで言い責めている。
 子供のことを考えれば妥当だ。だけれど雅子には、他にも含んでいると察していた。否、それしか察しておらず、中身が読めていないが。
「反省してる?」
「え、あ、ああ。勿論。洗濯物より子供の風邪だ」
 雅子の気持ちも汲み取ってやりたい。
 でも、紫原にも方針があって、これだけは譲れなかった。むしろ、この想いが、過去と今を繋ぎ、未来へ連れて行く。紫原が愛したからこそ、世界はまた別のものになった。
 手放さないためにも、強い人をあまやかす。相手が分かっていなくとも。
「じゃあ後は俺に任せて」
「ああ、夕飯悪いが…」
「はーい。あ、ふたりとも、来て良いよー」
 手を洗い終え「またやってるよ」の呆れた面でおやつを待っていた息子ふたりが、紫原の合図により、走り出す。短い指示でも理解出来る辺り、親子というか、子供は親の心を読めているというか。ぼすっと雅子の前から抱きつき、顔をすり寄せた。
 息子と旦那に挟まれた雅子は、驚いて身をよじるも、背後の巨躯から出れる訳がない。うつす云々で説教していた男が促すなど、矛盾している。そう思って睨めば、紫原が緩く呆れた表情を零す。
「子供だって、ママと話したいの」
 その言葉に、雅子は今日初めて子供と顔を合わせたことに気付く。
「かんびょう、しようか?」
「おかゆつくるよ」
 不安げな顔をする息子ふたりの頭を撫でながら、雅子は笑った。いつも手を焼く、はしゃぐ彼らが、大人しいなど。
 食欲は出ていた。多分、粥である必要はない。それでも、息子がそう提案しているし、紫原が休めと強制している。ここは乗る方が、子供にも良さそうだ。
「作ってくれるか?」
「うん! まかせて!!」
「まってて!」
 そう返すと、息子ふたり、口元を緩め、笑った。その安堵した表情に、気が緩む。この隙に、紫原は雅子を抱き上げた。
「まさ子ちんは戻ろ」
「ばっ…か野郎…自分で歩ける」
「知ってるし」
「……あのなあ、」
 若くもない歳で、この抱き上げはどうにかならないか。何度咎めて繰り返しても、巨躯の譲らない応答。外でもないし、もう面倒くさいと思った雅子は、項垂れながらも身を預けた。
 狭いアパルトメントのひとつだ、すぐ寝室に付く。ゆっくりベッドに下ろされ、掛け布団をかけられる。
「……本当に風邪なんて引くものじゃないな」
「その理由はー?」
「子の顔が見れない」
「でしょー? あと、俺も心配だから」
 髪が身体で押さえつけられないよう、梳いて整えながら、本音を付け足す。些細なことでも、そこそこ頑丈で咳すらしない雅子が、寝込むとハラハラする。落ち着かない。こんなにも自分は弱くなったのかと、相手を想えば想う程、怖くもなって。子供たちと一緒にちょっと困りながら、いそいそ帰って来たのだから。
「……ん、」
 紫原の不安を読み取ったのか、雅子がやけにあっさり頷いた。悪い、と謝らなかっただけ上出来と言えよう。そう思いながら、紫原は額にかかる前髪を少しだけ払い、唇を寄せる。
「待っててね」
 唇に触れたいな、と朝の思いをまた感じながら。あまやかしに対し微妙な表情を浮かべる雅子に、ワザとらしい緩い笑みを零してから、離れた。
 息子ふたりが『おやつとおかゆ作り』どっちも望んでいる筈だ。菓子を忘れない辺り、子供らしいというべきか、自分の血と思うべきか。
 後ろ髪引かれる思いで紫原が扉を開ければーー
「おなかすいた!」
 勇ましく飛び蹴りを繰り出す長男の足を掴む。それにより体勢が崩れ倒れるので、支え、抱き寄せた。
「すいた! …て、わっ!?」
 次に、先手攻撃の隙を狙う次男の防御に入る。抱き寄せた反動を利用し、身体を半回転させながら、次男と紫原の間に長男を挟む。兄が盾代わりみたいな状態だ。
 直進しているので、動きのある相手とぶつかると痛みが強い。次男は攻撃ではなく防御を選び、数歩後ろに下がって回避した。
「お父さん、それひどい」
「あぶねえし!」
 離れてから父を非難する次男。下ろした長男からも文句を食らう。
「いきなり飛び蹴りと脛蹴られかけた俺の身になってし」
 外で軽くバスケットボールをしただけ、体力が有り余っているのだろう。付き合っただけマシと褒めて欲しい。付け加えると、子供の技量に合わせて動いたつもりだ。鈍かったら、こんな動きしたりしない。
「お腹空いたし」
「おれも」
「すいたよー」
「ちょっと早めの夕飯作りながら、つまみ食いして、まさ子ちんの粥作ろ。で、食後にお土産のケーキ、で決まり」
「ケーキ!」
「おみやげ!」
「というわけで、今日の遅めのおやつは中止になりましたー」
 ええーととりあえず文句を言いながら、いそいそ自分のエプロンを付けた息子ふたりから、紫紺のエプロンを貰い、紫原も着る。
「お母さんの、何味にする?」
「おかゆ、リゾット?」
「なにが作りたい? まさ子ちんの嫌いなのじゃなきゃ俺なんでも良いし」
 そう提案すると、ふたりして「うーーーん」と悩み出す。
 どんな仕上がりでも嬉しそうに食べるであろう雅子が容易く浮かべられる。そんなことを紫原は思いながら、紫原は道具を用意をしながら、緩やかに進む時間に身を任せた。



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