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ふじ様より頂きました



※赤リコ未来設定で結婚してます・子ども2人います




それはとある休日のことだった。
気象予報士の言う降水確率0%を信じてため込んだ大量の衣類をコインランドリーに持っていき、洗濯物を窓辺にずらり並べて干して、掃除機をかける。
タワーになっていた新聞や雑誌、DMをビニール紐で束ねて押入れへ突っ込み、リクエストしていた書籍が入りましたと連絡があったので図書館に行って貸出手続きを済ませ、さてこれからどうしようかと思っている時に、ちょうど携帯電話が短く震えた。

『お好み焼き、作りすぎたから食べに来ねぇ?』

送信人の名前は火神大我。高校時代のチームメイトからの、らしくないメールに、黒子テツヤは首を傾げる。
たとえばマジバのチーズバーガーなら20個くらい余裕でぺろりと平らげる、海のように広い胃袋の持ち主である彼が、食べきれないくらいのお好み焼きだなんて、ちょっと想像できなくて。
もしかしてキロとグラムを間違えて作ったのだろうか、山盛りのお好み焼きを想像しただけで、食の細い黒子は胸やけしそうになる。
それとも、あまり戦力にならない自分をわざわざ誘う理由が他にあるのだろうか。とてもじゃないけどこの文面だけでは、なんとも判断できなくて。

『そんなに食べられないと思いますが、今から向かいます』

返事を送信すると携帯をポケットに仕舞い、火神の自宅の方へ歩き出した。


軽い気持ちで訪れた火神のマンションの、玄関に転がっている靴を見て、どうやら先客がいるということに気付く。

「こんにちは、お好み焼き食べに来ました」
「さんきゅー、助かったぜ」

リビングのローテーブルにはホットプレートがセットされ、その隣にはバケツみたいに大きなボウルに、なみなみと生地が入っている。

「こいつら、あんまり食べねーから余っちまって」
「そんなことありません。たくさん頂きました」
「火神くんが作りすぎたんだよ」

年の頃は5、6歳くらいだろうか、赤い髪の女の子と男の子が心外だという表情で反論する。

「お前ら育ち盛りなんだから、もっと食えよ、遠慮すんなって」
「してません」
「もうほんとにお腹いっぱいなんだって」
「どこがだよ」

火神は相変わらず自分の胃袋を基準にして、他人の食事の量を判断しているようだ。

「もしかして火神くんのお子さんですか?」

あまり似てませんけれど、という第一印象は口に出さないだけの分別はある。

「ばーか、違ぇよ。カントクとこのチビ預かったんだ」

火神が今でもカントクと役職兼愛称で呼ぶのは、高校時代のバスケ部の監督である相田リコただ一人。
相田は旧姓で、結婚した今は夫の姓を名乗っているけれど、黒子も火神も癪なのでその名前では絶対に呼ばない。

「あぁ、そういうことでしたか」

火神に限ってそんなことはないと信じていたけれど、あまりにも普通に違和感なく子どもたちと並んでいたから一瞬、動揺した。
黒子は大きく頷くと、小さな来客に向き直る。

「こんにちは、僕は黒子テツヤです。君たちのお父さん、お母さんの古い友人の一人です。よろしくお願いします」

簡単に自己紹介すると、女の子が立ち上がって、ぺこりと頭を下げる。

「赤司ひまわりです。こっちは弟の、」
「しんのすけです。よろしくね黒子くん」

一度聞いたら忘れられないその名前の由来は確実に、あの漫画だろう。
親しみやすくて良いでしょうと楽しげに笑う彼女の顔が浮かんでくるようだ。

「もしかしてシロという名前の犬を飼ってたりしませんか?」
「しません」

ブルータスお前もかと言わんばかりに、苦虫を噛み潰したような顔をする姉の隣で、「よく言われるんだそれ」弟が楽しげに笑った。


「で、どうして君が2人を預かることになったんですか?」

熱々の鉄板に生地が流し込まれて、エビ、タコ、イカ、豚がたっぷりと載せられる。

「あ、もうそれだけで十分です」
「なに言ってんだよ? まだ卵、割ってねーぞ?」
「いいです、ほんとにもう、これで」

身体全体でお好み焼きの上に覆いかぶさって、これ以上のトッピングを全力で阻止する。

「そうか? えーと、それでなんだっけ?」

分厚い生地を、コテを使って上手にひっくり返す火神にぱちぱちと拍手を送りながら、

「どうして君が託児所を?」
「あぁ、カントクの実家のジム行ったら景虎さん風邪ひいて寝込んでて。カントク今日、用事があってチビ2人を預けようと思ってたらしくて、どうしようか困ってたから、預かった」
「なるほど、事情は分かりました」

そういえばこの人は、誰かに手を差し出すことを躊躇わない人だった。
悔しいので本人には言ってないけれど、当たり前のように差し出された手に、黒子もどれだけ救われたことか。

「ママはね、今日お友達の結婚式なんだよ。とってもきれいなお洋服きてたの」
「13時からの式なので、夕方には終わるそうです。それまでお世話になります」

自分が知ってることを全て無邪気に話す弟と、堅苦しく頭を下げる姉に、あぁ、どっちがどっちに似たのか、分かりすぎるほど分かるなと思う。

「お、そろそろかな」

もう一度お好み焼きをひっくり返して、ソースを塗って、鰹節と青のりと紅しょうがを降りかけたら完成だ。

「マヨネーズも欲しいです」
「おぅ、あるぜ」

業務用かと目を疑うような特大サイズのマヨネーズに驚きながら、熱々のお好み焼きを口に運ぶ。

「とても美味しいです」
「あのね、生地に揚げ玉とチーズと干しエビが入ってるんだって。火神スペシャルなんだって」
「なるほど、気付きませんでした。それは確かにスペシャルですね」

とっておきの秘密を嬉しそうに教えてくれるしんのすけは、外見はものすごく赤司に似ているのに、屈託のなさがリコによく似ている。

「赤司くんはお留守なんですか?」
「はい、お父さんは明日まで京都へ出張しています」

逆に、外見はリコに良く似たひまわりは、子どもらしからぬ大人びた表情と物言いをするところが赤司そっくりで、将来が心配になる。

「そうですか、お留守番がんばってくださいね」
「はい」
「よし、じゃあデザートに焼きそば食べようぜ」
「火神くん焼きそばはデザートじゃないと思うよ?」

豚肉とキャベツを炒め始めた火神の袖を、しんのすけが小さく引っ張る。

「ソース味が塩味か、どっちが好きだ?」
「どっちも好きー」
「うし、じゃあ両方だな」

炭水化物を摂取した後に、また炭水化物を摂取するとか、意味が分からない。
想像しただけで、お好み焼きが喉に詰まりそうになって、慌ててウーロン茶のペットボトルを傾けてグラスに注ぐ。
その時、あ、ひまわりが短く声を上げた。

「黒子さん、頬っぺたにソースがついてますよ」
「え、」

そう指摘した瞬間、ひまわりは黒子の頬に口を寄せると、ぺろり、小さな舌でソースを舐めとる。

「とれました」
「…ひまわりさん、あの、これは一体」

突然のほっぺにちゅーに、思わず固まってしまった。
火神としんのすけは気付かなかったようで、ホットプレートに投入した麺をほぐすのに夢中になっている。

「いつもお父さんがお母さんにこうしているのですが」

何か間違っていただろうか、不安そうに声を小さくする彼女に、いいえ、安心させるように言葉だけでなく首を振って、

「ありがとうございます。ひまわりさん」

彼女の頭に手を置いて、まず感謝の気持ちを伝える。
次に、とても言いにくいけれど、今それを言っておかないと、彼女が後々大変なことに巻き込まれてしまいそうなので、
なんで自分がこんなことを言わなくちゃならないのだと、恨めしい気持ちでいっぱいになりながら、重い口を開けてひまわりに説く。

「でも、今のほっぺにちゅーは、行為としては間違っていませんが、相手が間違っています」
「相手が間違い…?」
「はい、それは君が大事に思う人とイチャイチャしたい時に、口実にする行為なんです」

聡明な少女は黒子の言わんとすることをきちんと理解してくれて、次の瞬間、頬をぶわっと赤くして俯いた。

「じゃあ、本当はどうしたらいいの?」
「指摘するだけで十分です。ね、火神くん」

名前を呼んで、頬っぺたを指先でつつくジェスチャーをすると、火神はああと頷いて、親指で示された部分を拭い、付着したソースをぺろりと舐めとった。

「こんな感じです」
「とても勉強になりました」

メモを取るような勢いで、大真面目に頷くこの子の将来がとても不安だ。
子どもは親の背を見て育つというけれど、どうやらロクな手本を見せていないらしい同級生に、黒子は心の中で舌打ちした。

「ねぇねぇ、これなんのDVD?」

テレビ台の下に無造作に突っ込んであった円盤を、しんのすけが発掘して、火神に見せる。

「何も書いてねーな、何だっけ?」
「えっちなやつ?」
「違げーよ!」
「わーい、えっちなやつだー」

取り戻そうとする火神の手を巧みに避けて、しんのすけがデッキにDVDを突っ込む。

「だから違うって、」

薄型テレビの画面いっぱいに映し出された映像に、火神があぁと呻くような声を漏らす。

「これ、なあに? バスケの試合?」

拍子抜けしたような、がっかりしたような声をあげるしんのすけの頭に手を置いて、独り言のように火神が呟く。

「まだ残ってたんだな」
「懐かしいですね」

白地に黒のライン、赤字で学校名が書かれたユニフォームは、高校時代に黒子と火神が所属していた誠凛高校バスケ部のものだ。
相手チームのユニフォームは爽やかな水色と白のツートンカラー、ということは誠凛対洛山だ。
誠凛の7番の選手の大きな手を見て、日付を見なくてもいつの試合か分かった。
だってこの人が洛山と対戦したのは、高校時代に1度きり。

「オレたちが1年の時のウィンターカップ」
「しかも決勝戦ですね」

火神のジャンプボールで試合開始、ジャンプ力で根武谷を圧倒してボールを弾いて、伊月にパス。
先制点のかかった大事なボールを受け取ったのにパスミスで味方にファンブルさせたのは黒子だ。
気持ちが先走って冷静に試合の流れを見ることが出来なかった、穴があったら入りたいくらい恥ずかしい、そして少しだけ誇らしい青春の1シーン。

「今のかっこいいダンク決めたの、もしかして火神くん?」
「良く分かったな、そんでパス出した11番が黒子で、こっちの4番がお前らの父親な」
「えーパパ若い! 髪の毛すごく短いし! なんか変!」
「すごく悪そうな顔してます。ちょっと偉そうだし」

弟と姉が正直な感想を述べている。

「今ちらっとベンチ映っただろ? この人がお前らの母親。オレらのカントクしてたんだよ」
「ママかっこいい、セーラー服すごく似合ってる」
「ということは、お父さんとお母さんは、敵同士だったんですか?」

驚いたように、ひまわりが言う。

「ええ、そうです。良きライバルでしたよ」

色々あったけれど、今は素直にそう思える。
黒子は淡く微笑みながら頷く。

「ライバルだったのに、どうして結婚したの? 敵同士じゃないの?」
「さぁ、それは2人のお話なので、僕には分かりません」

本当に全く、こっちが教えて欲しいくらいだと内心でボヤきながら、

「今度、お父さんとお母さんに訊いてみてください」
「そうします」

もっともっととせがまれて、高校時代のDVDを探して再生して。
僕もバスケやってみたいと鼻息を荒くしたしんのすけと、興味が沸いたらしいひまわりを連れて近所のストバスコートで日が傾くまでボールを追っかけて遊んで、

「晩メシ、なに食いてー?」
「そこまでご迷惑をおかけするわけには…」
「ハンバーグ! 僕はハンバーグが食べたいです」
「よし、じゃあ買い物いくか」
「じゃあ僕はこのへんで」
「なに言ってんだよ」

子ども2人だけでなく、当然のように黒子まで頭数に入れられて、皆で大型スーパーマーケットへ。
玉ねぎ、食パン、卵に牛乳、合挽き肉、プチトマト、レタスにキューリ。
次々にカートに放り込まれていく食料品に、火神家のエンゲル係数は高そうだと黒子は思う。

「火神くん、ぼくプリン食べたい! ね、おねーちゃん」
「わたしはゼリーが食べたいです」
「えー、プリンだよー」
「ゼリーです」

両者全く歩み寄る気配を見せず、話し合いは平行線のまま。
個人的にはバニラシェイクに一票なんだけれど、さすがにスーパーには置いてないので。
だったらプリンでもゼリーでもどちらでも、両方ともカートに突っ込もうとした黒子の手を止めて。

「んじゃ、両方作るか」
「え、作るの?」
「作れるの?」
「おう、簡単だぜ」

姉弟に白い歯を見せて笑いながら、火神はプリンとゼリーの素をカートに入れて、レジに向かった。

「手、洗ったか?」
「洗ったよ」
「洗いました」
「よし、じゃあ始めるぞ」

フェイスタオルを洗濯バサミで留めた簡易エプロンを装備した姉弟が元気よく返事をする。
まずは冷やして固めるのに時間のかかるデザートから。
片手鍋で牛乳とプリンの素を暖めて、沸騰したら火を止める。

「こぼさないように気を付けろよ」
「うん、まかせて」

お玉をしんのすけに渡して、プラスチックの容器に入れるように指示する。
今度はボウルに入れたゼリーの素に、電気ケトルで沸かした湯を注いで、

「よく掻き混ぜて、全部溶けたら、器に流し入れて」
「冷蔵庫へ入れるんですね、分かりました」

神妙な面持ちで、ガラスの器を手に取り、ひまわりが頷く。
デザートの準備が出来たら、次はメインディッシュのハンバーグに取りかかる。

フードプロセッサーがものすごい音を立てて、子ども2人が剥いた玉ねぎをあっという間にみじん切りにする。
航空機の窓ガラスと同じ素材で出来ているらしいプラスチックの容器の蓋を開けて、火神は手早く合挽き肉、塩、コショウ、卵、牛乳を投入する。
スクリューのような鉄の刃が回転することによって、大量のハンバーグのタネが簡単に出来上がる。

「よし、お前ら、丸めるの手伝えよ」
「はいっ」

ナイロンの手袋をはめた2人が元気よく返事をする。

「まず空気抜きすんぞー」

火神が大きな手でキャッチボールをするかのように、タネを右の手から左の手へ軽く投げる。
それを見ながら、おっかなびっくりひまわりが、勢い良くしんのすけが真似をする。

「そんで、丸める、っと」

滑稽なくらい慎重にハンバーグを丸めているのは、ひまわりだ。

「出来ました。完璧な小判型です」
「すげーな、売ってるやつみたいじゃねーか」
「しんのすけくんは、変わった形ですね」
「うん、ハートだよ。ママに食べてもらうの」
「へー、いいんじゃね」
「ところで火神くんは?」

正円と呼んでもいいくらい真ん丸にまるめられたタネに黒子が突っ込む。

「バスケットボールに決まってんだろ?」
「そうですか、気付きませんでした」

サッカーボールにもテニスボールにも見えるなんて大人げないことを言うのは止めておこう。

「お前もやるか?」

シャツを腕まくりした火神の楽しそうな顔に、ふるふると首を振って。

「僕はいいです。ゆで卵なら得意なんですが」
「おっ、ゆで卵いいじゃねーか、ハンバーグの中に入れてスコッチエッグにしようぜ」

先ほどつなぎに使った食パンを、フードプロセッサーで砕いて生パン粉をあっという間に作る。
バスケだけでなく、食べることを、それにまつわる行為を愛し、人生を楽しんでいる火神の姿が眩しかった。

インターホンが鳴った瞬間、「ママだ!」フライパンを覗き込んでいたしんのすけが、真っ先に走り出す。
家主より早くドアを開けて待ち人を招き入れようとするが、ドアノブに手が届かなくて、駆けつけたひまわりが助ける。

「おかえりママ!」
「おかえりなさい、お母さん」
「ただいま、2人ともお留守番ちゃんと出来た?」

リコは両手に持っていた荷物を床に置いて、我が子をぎゅっと抱き寄せる。

「してたよ、あのね、ハンバーグ作ったんだよ」
「良い匂いがするわね、おいしそう」
「ママも一緒に食べようよ」
「プリンとゼリーも作りました」
「あら、すごいじゃない」

手を叩いて声を上げるリコに、エプロンを外しながら火神が声をかける。

「せっかくなんでカントクも食べてってくれ、ださい」
「ありがとう火神くん、今日はごめんね、助かったわ」
「んなたいしたことしてないっす」
「いやもう、すごく助かったわ。貰い物だけど、引き出物に入ってたメロン食べる?」
「いただきます。メロン嬉しいです」

火神の代わりに黒子が手を出して受け取ると、火神がオイコラちょっと待て!と二股になった眉を吊り上げて怒り、リコが目を丸くする。

「あら、黒子くんも一緒にうちのチビみててくれたの? ありがとね、大変だったでしょ」
「いいえ、2人とも、すごく良い子でしたよ」
「そう?」

リコはふふふと嬉しそうに微笑んだ。
結婚式帰りだというリコは、光沢感のあるサテンのワンピースという装いで、

「その格好だと汚れるかもしれませんね」
「オレのパーカーで良かったら着てください」
「わぁ、懐かしい。誠凛のジャージじゃない。ありがとう、借りるわね」

さっきDVDを見たからだろうか、火神のパーカーにリコが袖を通すと、時間が巻き戻ったみたいな錯覚を覚える。

「なんかこれ着るとテンション上がるわね、ガンガン行くわよ、強襲GO!みたいな」
「懐かしいですね、そのノリ」
「走りたくなるよな」

何のことか分からずにぽかんとする子どもたちに、ごめんごめんと背中を押して食卓につくよう促して、いただきますと皆で手を合わせる。

「今日はパパがいないから、僕がママにあーんってしたげるね、はい、あーん」

あーんてなんだ、あーんて。
凍り付いている黒子をよそに、しんのすけは一口大に切り分けたハンバーグを箸で挟むと、母親の口元に持っていく。

「ありがとう」

リコは笑って、頬に落ちてきた髪を耳にかきあげながら、素直に口を開く。

「うん、美味しい」
「みんなで作ったんだよー。僕のはハートの形」
「へぇ、上手ねぇ」

満足そうな顔をする弟の横に割って入って、

「わたしのも食べてください」
「ひまわりのはハンバーグらしい、きれいなハンバーグの形してるわね」
「そうなんです。自信作なんです」

我が子を見守るリコの眼差しは優しさに溢れているが、黒子は今それどころじゃない。

「火神くん、今の見ました?」
「おう、しんのすけ箸の使い方、上手だな。オレより上手いんじゃねーの?」
「違いますよ!!」

思わずテーブルの上に両手をついて叫ぶ。

「あの天上天下唯我独尊にして傲岸不遜の勝利こそ絶対の専制君主の赤司くんが、食卓であーんってしてるんですよ!!」

それも子どもが自然と覚えて真似をしてしまうくらい頻繁に、説明するだけで黒子の頬が引き攣る。

「どうした黒子、羨ましいのか?」
「羨ましいっていうか、えぇ、そうですね、そうかもしれません」

他者をも隷属せずにはいられない業の深さを持っていた赤司も、愛する女性に跪く、ただの一人の男だったのかと思い知らされて。

「ほら、あーん」
「違います、やめてください」
「何だよ、羨ましいんだろ?」
「違いますってば」

目の前に差し出されたハンバーグの突き刺さったフォークを不機嫌に押し返す。
癪に障ったので火神のブラックベリーを借りると、楽しそうにハンバーグを食べているリコと子どもたちを写して、晩ご飯なうとコメント付きで送信。
色々と見せつけられたので、これくらいの意趣返しは良いだろう、京都にいるらしい赤司の顔を思い浮かべて、溜飲が少しだけ下がった。

お好み焼き火神スペシャルが美味しかったこと、両親の高校時代のDVDを見せてもらったこと、ストバスの真似事をして遊んだこと、ハンバーグを作ったこと。
プリンとゼリーとメロンを食べながら、交互に報告する姉弟を、リコは目を細めてうんうんと頷きつつ聞いている。
幸せですかなんて訊かなくても分かる、柔らかくて暖かな時間がゆっくりと流れる。

それを切り裂くように突然、インターホンがでたらめに鳴り響いた。
反射的に壁時計を見上げる。来客には遅い時間帯だ。

「ったく、誰だよ、こんな時間に」

火神が首を捻りながら、インターホンと繋がるモニターを確認する。
もしかして、と思いながら、でもまさか。頭に浮かんだ一つの予想を、黒子は否定しようとするが、

「げっ」

火神が絶句する。
ちらりと見えたモニターの向こう側には赤司征十郎が立っていた。

「妻と子どもが世話になっているようだが」

扉を開けて招き入れると、赤司は口調こそ穏やかにそう言ったが、目が全く笑っていなくて、背筋が凍る。
試合の時でさえ汗ひとつかかずに涼しい顔をしている赤司が、今は息を弾ませ、額にうっすら汗をにじませている。
どれだけ急いでここに駆けつけてきたのかバレバレだ。

「どうしたの? 明日まで京都で大事な会議じゃなかったの?」
「抜けてきた。朝イチの新幹線で戻る」
「抜けてきた、って…大丈夫なの?」

驚いたように目を丸くするリコに、赤司は大事ないという風に頷いて。

「おかえりと言ってくれないのかな」
「あ、そうね、おかえりなさい、征」
「ただいま」

他人の家で、おかえりとかどうなんだおかしいだろうと突っ込む黒子の目の前で、赤司はリコを抱き寄せる。

「パパおかえりー」
「おかえりなさい、お父さん」
「あぁ、2人とも、ただいま。いい子にしてたかい?」

慈愛に満ち溢れた父親としての挨拶を返しながら、赤司はリコを離そうとしない。
それどころか、リコが羽織っているパーカーを強引に脱がそうとしている。

「こら、なに脱がそうとしてるの。他所様のお家でしょ」
「2日ぶりに出会った愛する妻が、他所様のお家で他所の男の服を着て手料理を食べているとか、こんなに不愉快なことはない」

リコにぐいと胸を押されて、赤司はしぶしぶ手を離す。
シリアスな表情で何を言い出すかと思えば、この男は。
世界はそれを嫉妬と呼ぶのだけれど、彼は知らないのだろうか。
赤司征十郎ともあろうものが、なんて滑稽な。

「悪かったな、服が汚れたらマズイって思って貸したんだよジャージ」

火神がバツが悪そうに頭をかく。

「パパ違うよ、火神くんと僕とおねいちゃんの3人で作ったんだよ」
「3人の手料理なんです、ハンバーグが食べたいって言ったのもしんのすけです」

子どもたちまでもが必死にフォローしている姿を見ると、さすがに胸が痛んで。

「すみません、一応、報告しとこうかなって思って火神君のケータイでメールしたの僕です」

流れに乗って黒子も謝ってみると、

「お前かよ! てか自分のケータイで送れよ」
「嫌ですよ、そんな恐ろしいこと」

開き直って、べっと舌を出す。

「ううん、違うの、これは全面的にわたしが悪いわ。ごめんなさい、浅はかだった」

リコは誠凛パーカーを脱いで、ソファに置くと、もう1回やり直させてねと前置きして、赤司の方に向き直り、両手を大きく広げて。

「おかえりなさい、征。びっくりしたけど、すごく嬉しい。迎えにきてくれてありがとう」

リコは赤司に抱き付いて、頬にちゅっと音を立ててキスをする。
その時の赤司の嬉しそうな顔といったら、気持ち悪くて思わず後ろからイグナイトかましてやりたくなるくらいだったけれど。
きっと、この一瞬のために、京都から東京まで、新幹線にして513.6キロの距離を、彼はわざわざ帰ってきたのだ。

「男の人って皆そうなんですか? それともうちのお父さんが特別でズバ抜けてそうなんですか?」

複雑そうな顔をするひまわりに、黒子は笑って、

「そうですね、君のお父さんは――」
「男はだいたいそんなもんだ」

黒子の口を火神の手が押さえて、最後まで言わせてくれなかったけれど。

「そうなんですね、分かりました」

まるで世界の真理に触れたかのように、ひまわりは厳かに頷いた。

「今日は本当にありがとう。今度はうちに遊びに来てね」
「その時は大いに歓迎させてもらうよ、では失礼しよう」

ひまわりをおんぶした赤司と、しんのすけを抱き上げたリコが手を振って去っていく。
子どもたちがいなくなると、火神のマンションは途端に、火が消えたように静かになった。

「寂しくなりましたね」
「そうだな」

荷物をまとめて帰り支度を始めた黒子を、火神が恨みがましそうな目で見る。

「どうしましたか?」
「なんだよ、帰るのかよ?」
「はい、帰ります」

即答すると、火神は背中を丸めて、床に視線を落としながら、

「…泊まってけば?」
「そうですねぇ、」

干しっぱなしの洗濯物が気になるといえば気になるが、明日も休みだし、特に予定もない。
何より、誰かの温もりが残ったままのマンションに火神を一人残して帰るのも気がひけるから、

「僕、朝ごはんに、ふわふわのもちもちのパンケーキが食べたいんですけど」
「作る!」
「じゃあ、お世話になります」

赤司のことを笑えない、自分も大概そんなもんだと気付いて、黒子は苦笑した。



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