人は良くも悪くも大人になる。
だから、陽泉の頃と全く同じ、とは思っていない。
それでも、お前が世話をやくなんて。
何か後ろめたいことでもあるのか――そう懸念してしまったこと、詫びよう。
でも、お前、面倒くさがりだろ。
口癖だろ。
月日が経っても、そこに変化はないと思っていたから、とにかく不思議だ。
その心境の変化を、聞いた方が早いし楽だと分かっていても、答えてくれない気がして、踏みとどまっている。
ああ、くそ、解決しない、曖昧なことに悩んでも仕方ない。
今すべきことを考えよう。
まずは夕飯、夕飯だ。
昔から料理は億劫だが、二人分作るようになってから、作る意識が強まった。
こんな前向き、自分でも意外だ。

お前といると不思議なことがよく起こるな。



まさ子ちんは陽泉の頃のオレ、を基準にしてる。
まーあんま成長したとも思ってないけど、まったく変化なしとか、オレどれだけヘボイの。
意識を変えたのは勿論、まさ子ちんだよ。
精神的にオレより高い位置で生きるまさ子ちんの傍にいるには、オレもその高さまで、駆け上がらなきゃいけなかったから。
面倒くさくても、まさ子ちんのためなら、するよ、してあげる。
同じ高さに立った今でも、してあげたい気持ちは消えなくて。
オレ愛されたいタイプだと思ってたけど、だだ甘やかされたいし、甘やかしたいみたい。
多分年上のまさ子ちんだからだよね、悔しそうな顔、結構好き。
ただそれだけなのにさ、まさ子ちんは分かってない。
いつでも何処か不思議そうにする。
いつになったら、こんな単純な想い、気付くんだろ。
あーでも、現状も嫌いじゃないよ。
戸惑った後、少し優しく微笑むから。
それに……あ、まさ子ちんが夕飯作り始めた。
お腹空いたな、うん。
そういえば昨日は味濃かったから、今日はもう少し、薄めの味だと良いんだけど。
どうなるかなあ…びみょー






I've got a crush on you.
-あなたに首ったけ-








 艶やかで滑らかな漆黒の髪を結う姿は、部活中よく見ていた。だけれど、エプロンを身に付けてキッチンに立つ、が加わるだけで価値は跳ね上がる。たとえ、そのエプロンに可愛らしいレースやフリルのない、男物――身長上、合うサイズがなかった――であっても。紫原には特別のようで、嬉しくて仕方がない。

「ねーまさ子ちん」
 その姿を見続けていたいが、しなければいけないことがあった。紫原は椅子から立ち上がり、キッチンの真横にある冷蔵庫の扉を開けながら、問いかける。
「なんだ?」
「飲み物、ビールで良い?」
 アルコールに魅力を感じない紫原は、作り置きの麦茶が入ったボトルを取り出した。その流れを目で置いながら、荒木がしばし悩んだ。
 ビールを好んで飲みたがる荒木だが、最近本数を減らしていた。理由は「暴飲暴食は恐ろしいからな…」という微妙な悩みから。正確に意図を読み取った、まだまだ若い紫原からすれば「ビールって太るんだーへー」としか思わなくて、さっぱりだったが。
 あと、身体の細いラインも好きだが、折れそうで恐いから、少し肥えれば良いのにとも思う。でも、姉がいるからか、声にすればどうなるか検討付いているので、絶対言わない。
「いや、お前と一緒で良い」
「分かったー」
 紫原は軽い返事と共に、荒木の手元を一瞥し、何を作っているのか確認してから、扉を閉めた。食器棚からグラスを2つ、料理に合わせたカトラリーも取る。持っているもの全てテーブルに置き、また戻って、今度は大きめの皿とスープマグを取り、キッチンへ向かう。
「まさ子ちん、お皿ー」
「……ん? 有難う」
「どういたしましてー」
 面倒くさがりの男が、先を読んで手渡してくることに驚いても、荒木から食いつくこともなかった。始め比べればだいぶ慣れたことと、話題にする方が可笑しいと思っているからだ。でも、未だ不思議で、微かな驚きは残っていた。
 そこまで察していた紫原も、あえて自ら何故かなど、教えない。
「そうだ、まさ子ちん」
 立ち去らない紫原に不思議そうな荒木が、「だから、なんだ」と言外に含んだ視線を向ける。
「最近、さっちんから連絡があってね」
 紫原の呼び方には、語尾の統一性がある。けれど、それは『紫原が付けたあだ名』の特定であって、誰なのか、判断しにくい。特に紫原の年代など生徒か部員として接する荒木は、名前が出るとややこしかった。
「さっちん……ああ、桐皇の桃井か」
 思い浮かべるようにやや天井を見上げながら、荒木は答えを導いた。納得してから、手元に視線を戻し、紫原から受け取った皿へ、出来上がったものを盛りつける。小鉢で幾つも並べる、上品な料理からは程遠い男料理、もしくは大人数用の仕上げだった。
「そうそう、そのさっちんがね。まさ子ちんの料理の腕前、聞いてきたんだけど」
「そうか、ケンカ売ってるなら買うぞ」
 一人暮らしを始め、スーパーの総菜やコンビニ弁当に即飽き、嫌々ながら作り始めた、そんな腕前だ。上手いとは思っていないが、言葉にされると不愉快で、眉間に皺を寄せてしまう。
「べつにケンカ売ってないし」
 話の途中でキレかける、元ヤンの短気さを、紫原はよくよく知っている。顧問行使で何度理不尽な練習をさせられたことか。
「なんか、さっちん? さっちんとその周りは料理出来ないみたいでさー。室ちんとこのアレックスも出来ない…というか、しない、したことない系でちょっと違うけど」
 盛りつけた皿を紫原が受け取り、話しながら持っていく。どうして皿を渡した後、立ち去らなかったのか理解した荒木は、面倒くさがりの法則や基準に「やっぱり訳がわからん…」と首を傾げたくなった。
「……なんかそんな話聞いたことあったな」
 荒木はもう一種類渡されたスープマグふたつに汁物を入れる。それらを持ってテーブルまで移動し、先に着席していた紫原の正面に腰掛けてから、話を再開させた。

『ふつーに作ったと言い張るスポーツドリンクを飲んだら、足が震えて立ってられなくなった。というか、倒れたし』

 思いやりや厚意が捩じ曲がって、彼岸の向こうすら見えるとかなんとか。
 冗談としか思えない台詞を真顔で言い切った当時の紫原が脳裏を掠めた。大げさだとは思ったが、紫原の性格からしてこういう冗談を言わないと踏んだ荒木は、存外に扱わなかったが、あっさり流した気もする。
「さっちんが作った料理の写メも送ってきて。はい、これ」
 携帯電話の画面を突きつけられたので、荒木は身を少しだけ乗り出して、それを見る。
 黒こげではないが、何を作ったのか、確信しにくい料理が写っていた。否、これは料理と呼んで良いのか。
「まさ子ちんは上手いよって答えといたから」
 紫原にしては、珍しくはっきりとした笑みを零している。繕ったのではなく、自身の想いをそのまま伝えた、という意味合いだと理解出来るが。
「……レベルがおかしくないか?」
 氷室のところのアレックスは、出来ないというより、したことがない、する気がない系。さつきとその周囲であるリコは、作りたがるのに、食べ難い、俗にいう『メシまず』料理になる次元。このふたつを基準に上手いと表現するのも、どうなのだろう。
「まーおかしいよねー…オレ、これが何か分かんないし」
「なんだ、お前も知らないのか」
 携帯電話を手放し、紫原が軽く手を合わせた。
 少し前から夕飯の準備は完了している。一時話中断、互いに「いただきます」と発してから、食べ始めた。



「やっぱり、濃いな」
 作った側が、あっさり頷く。今日の味に予想は出来ていたらしい。
 これでも、まだましな方だ。これがただ辛い、だけになると味覚的にだいぶキツい。
「大雑把だよねー」
「嫌なら食べるな」
「これもまさ子ちんらしい味だとは思うし、良いんじゃない?」
「とってつけたような…」
 男料理と表現される類――冷蔵庫にあったものを炒めるだけの時もある。そして味すらその日その日の感覚で決める、拘りのなさ。気ままというより、分量が大雑把、料理に時間をかけたがらないだけだ。
 荒木もそこは自覚している。なので、微妙に持ち上げられても困った。
「オレはまさ子ちんの料理好きだよ」
「褒めてもなにも出んぞ」
「ご機嫌取りじゃないって」
 元々五人兄弟の紫原は、大皿で分けることに慣れている。今となっても変わらない。共有して、それを分かち合っているようで、嫌いじゃなかった。
「私よりお前の方が、上手いだろ」
「上手いってほどじゃないし」
「そうか?」
「え、なにまさ子ちん。これこそ褒めたって何もないし」
「いや、お前が作ったらどうかと思ったんだ」
 料理が出来ない程ではないが、出来るとも言えない。先程の写真を思い出すと、尚更「微妙な腕前」と思えてくる。
 当たり前のように自分が作っていたけれど、目の前にいる男の料理こそ、味覚としても幸せではないか。荒木はそう行き着き、提案したまでだ。前々から思っていたなどの深刻さすらない。
「料理交代しろっていうの」
「上手い奴がするものだろ、こういうのは」
 荒木よりは良い、というだけのこと。
 紫原の料理の味は統一している。具も均等。何でもそこそこ器用にこなすので、料理の腕前もそこそこである。面倒でやる気も湧かない紫原だから、知られていないだけ。
「やだよ、面倒だし」
「私も面倒だ」
「まーそれも知ってるけど」
「だから提案している」
 年下に頼むことかな、と内心思うも、歳の差をどうやっても覆せないことが不愉快な紫原は声にしない。
「オレはまさ子ちんの手料理がいいの。男のロマンじゃないの?」
「……お前にロマンなんてあったのか」
「あ、ひでーし」
 軽く口を尖らせて、あからさまに拗ねた態度を見せる。
「まさ子ちんにして欲しー男のロマンいっぱいあるよ。聞きたいなら言うし、お願いするけど」
「いや、いい。丁重にお断りする」
 本気でいらない、という口調だが、瞼を伏せて淡く笑う様は、とても綺麗で。年上の余裕に面白くないし、見れるだけ年下の特権なのかなとも思う。矛盾しているが、これに不快感はなかった。
「でも、まあ――」
 接続詞が合っていない。
 荒木はつい視線だけ前に向けると、緩く笑みを作る紫原と目が合う。
「まさ子ちんが望むなら、作っても良いよ」
「……本気か?」
「今のはマジひでーし」
「いや、だってなあ…お前が、そんなこと言うとは」
 提案したが、頷くと思っていなかった。世話をやく行動が何度もちらついて、訳がわからない。
 やはり不明点が多い。
 素面だと分かっているのに、酔っているのか。来るまでに、頭を何処かに打ったか。荒木は微妙な問いすらかけたくなった。
「…いや、私が頼りなくなったか?」
 弱くなったのか。不安さも湧き、別の問いを投げると、紫原が呆れた面を返す。
「なんでそうなるの」
「違うのか」
「違うし」
 なにもかも溶かす勢いで、絆される。面倒くさいことばかりだが、それでも仕方ないと思えてしまう。
 要望を出されたら、たまには良いかなと、折れてしまった。
「……まあいいか。では楽しみにしておく」
「あ、投げやりだし、信じてないでしょ」
 荒木は鈍くない。だが、固定概念で、やけに自己解釈が微妙な時がある。
 伝わっているのか、伝わっていないのか。想いを発しているのに、伝わらないなど、損でしかない。判断しにくく、紫原が眉をひそめる。
「どうして味が濃いのか…オイスターか? なあ、オリーブオイルは、」
「ちょっと、まさ子ちん。結局作りたくないの? 自分で作りたいの? オレの発言適当に流すのやめてし」
 荒木が完全に話題を投げ出した。そして無理矢理、自作料理を話題にして流そうとするものだから、紫原は「なんでオレがこんなこと言ってんの」と呆れつつ、苛立ちの声を上げた。



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