sweets
赤リコ/未来捏造/恋人設定






 おうちデート、と自覚したのは、二度目の訪問以降だった。一度目は変に緊張していたことと、そういう言葉と無縁に生きてきたから。そして気付けたのは、赤司の友人であるさつきの「おうちデートですか!赤司君らしい…」という一声だった。
 この流れを噛み締めれば噛み締める程、未だリコはせつなくなる。
 そんな訳で、自覚してからは、居心地が良くなった。生活感の薄い、なんとも無機質な空間に家具が増え、お気に入りのソファが出来たからもある。どことなく黒色が赤司らしくないと不思議な気持ちを抱いたけれど、座り心地でそんなことすっかり抜けた。
 そのソファに座って、仕事で使用する本を読んでいた時。事は起きた。

「リコさん、休憩にしませんか」
 ほのかな香りが鼻をくすぐり、リコは反射的に声のする方へ視線を向けた。
 一人暮らしにあった二人用ダイニングテーブル付近に赤司が立っていて、そのテーブルには紅茶が乗っている。ティーポットまである辺り、そんじょそこらの女より女子力が高く「本当に男か」と思わせる、いつでも妥協を許さない性格がそこにはあった。
 加えて、赤司のそこそこ極める意識は、リコと付き合い始め、更に多方向へのびている。彼女を喜ばせたい感情が源であり、意外に尽くす性格だったのかと本人も驚いたものだ。
「有難う、赤司君」
 もう少し読み進めたかったが、準備万端のものを拒む駄々や不満などしない。リコは腰を上げ、近づいてやっと、珍しいものに気付いた。
 指を広げた片手で足りる大きさ。黒に近い焦げ茶色のリボンに包まれた、存在感のある白い木箱の頭上の面には、見たことのある文字が箔押しされてた。
「……ねえ、赤司君?」
 リコは中身が何か、あらかた想像出来る。そしてどうしてこの男が用意したのか、その原因も思い出せた。
 それでも、問わずにはいられない。
「取り寄せてみました」
 赤司がさらっと白状。木箱をくるむリボンを解き、開けば、チョコレートでコーティングされた円形が表れる。
 チョコレートケーキ、正確にはザッハトルテ。リコにとって、まっさらな表面がきらきらと輝いて見えるのは、自身の気持ちがのってしまうからだろう。とっても美味しそうで、とってもとっても綺麗だ。
「太らす気?」
 赤司が木箱からザッハトルテを取り出し、ナイフで切り分け、プレートに乗せる。リコはその一連を見ながらも、抗うことをやめない。素直でないのもあるが、いじらしい赤司に負けてられないから。だけれど、作業を止めさせなかったので、だいぶ緩い、弱い、抵抗だった。
「好きなのでしょう? 貴女があんなにも饒舌に話す食べ物はそうない」
 少し前のこと。ふたりの間で話題にあがった『誘惑するもの、されるもの、どちらの罪が重いのか?』の例えに出したのが、この取り寄せた店のザッハトルテとチーズケーキだった。リコは栄養バランスやカロリー以外、あまり食べ物に執着しない為、赤司の興味を引いたらしい。
『僕も食べてみたい』
 赤司はそのようなことを返したが、社交辞令など一切含んでおらず。リコの心を掴んだスイーツを食べてみたいし、それに誘惑されて、美味しそうに食べるリコが見たかった。本音を言うと、後者の割合が強い。
「それに貴女は痩せすぎだ。働くようになってから悪化している」
 出逢った頃から、周囲の巨躯が腕などを掴んだら折れるのではないかと思うほど、小さく、細く見えていた。今は仕事の疲労や、暴飲暴食の問題もあって、痩せる傾向が止まらない。
 赤司がそれを誰よりも触れ、見て、知っているが、とやかく言うと拗ねて素直に頷かないと黙っていた――が、今回は良い機会だ。付属のように添えながらも、視線だけで重要性を主張する。
「そんな、痩せてないわよ。太らないようにしてるだけで」
 一瞬怯んだように見えたのは、錯覚ではなかろう。リコ自身、体重が落ちていることに気付いているが、それとこれは別だと言いたいらしい。理屈が通っておらず、癇癪でしかないからか、勢いも薄かった。
「僕ひとりでこれを食べろと?」
 赤司は腕を伸ばし、リコの手を拾い上げると、エスコートの流れで椅子に座らせる。
「それは卑怯よ」
 リコは『誘惑された』方が悪いと答えている。魅力的なザッハトルテに我慢出来ない意志の弱さが駄目だと。
 今も、どう未来を推測しても、食べる結果しかないのに、抗おうとしている。愚かで、その負けられない意地を屈服させたい。でも、あえて崩さず、その表情を見ていたいとも思う。たとえ、スイーツという些細なものであっても。矛盾しているが、この愛おしい感情が、今の赤司には堪らなく心地よい。
「事実、僕はこれをひとりで食べきれない」
「それなら、お取り寄せないでよ……」
 とっても魅惑的なスイーツだとは言ったが、食べたいとお願いしていない。
 ぐぬぬ、と悔しそうに、それでもザッハトルテから目が離せないリコに、赤司は苦笑を滲ませた。
 反省しているのではない。ここまでスイーツに気を引かせ、自身を見てくれないことが面白くないだけだ。自業自得という言葉を、赤司はとっくの昔、自分に向ける単語としてならば、捨てた為、教訓にしないが。
「いただきましょう」
 紅茶が温かいうちに。
 赤司が先に、まっさらなザッハトルテにフォークを差し込んだ。それが切り出しになったのか、リコも「………いただきます」と食べ始める。
「うん、美味しい」
 感謝として紡いだというより、納得に近かった。だらしない緩さで、嬉しそうに口元を動かしている。うっとりとした、惚れ込むような瞳もつけて。
 やはりしくじったな、と赤司は内心思う。先ほども言ったが、自身が蚊帳の外に出されたような気がしてならないからだ。とてつもなく珍しい、リコの表情に気分は悪くないが、満足も出来ない。
 恋を知って、赤司は別の意味で貪欲になった。それでいて、許容範囲も狭くなった気がする。変えさせたリコを恐れることもなく、手放したいとも思わない。責任をとって、一生傍にいてもらおうと思っているだけだ。
 だが、大学時代、一度破綻しかけた。あの頃も今と変わらない強い束縛心はあったが、リコの真っ直ぐ夢へ向ける強さは異常で、叶えるまで譲らなかった。赤司の手をあっさり解いて、留学した。
 当時は愕然としたし、驚愕もしたし、失望感もあったが、これこそ、誠凛を頂点に立たせる、勝つと信じてやまない揺るぎなさだろう――と、今なら、そう思える。今は、だが。
 別れた頃は、周囲曰く「本当に酷かった」らしい。赤司からすれば淡々と生活していたような認識であり、いまいちピンとこないのだ。
 余談だが、それを聞かされた周囲は更に微妙な表情を見せ「はた迷惑なふたりだな、おい」と呆れている。
「どうしたの、赤司君。やっぱり甘い?」
「甘いですが、僕でも食べらる。杏のジャムがとくに良い」
「でしょう!? さすが赤司君。舌が肥えるわね」
 美味しいものを共感出来て嬉しいのか、リコが笑みを零す。
 こんな些細なことで、本当に些細なスイーツで、ここまで思わせる人を。そろそろ心の縛りを強めるもとい、結婚をして引き離さない囲いを強化しようかなんて赤司が思っているなど、知らずに。リコは「好きなものを一緒に食べれるって幸せだわ。赤司君、有難う」と紡いでいた。





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