The whereabouts of the deeply love
それなりに大きくなった息子の前で母を膝枕する父もどうかと思うが、無防備に父の膝で眠る母もどうかと思う。 不知火がいたら凄いうんざり顔で面倒くさい溜息をつくだろう。 ここまでいつまでも仲が良すぎる夫婦ってのは珍しい…と、気づいたのはこの夫婦の息子になった日から数え、随分後のことである。 悲しいことに、生まれた時からこんな調子なので、慣れていた、当然だと思っていた。 大きくなって「珍しいのか、やっぱり」って思った時の自分は、どうも言い難い切なさがあったというか。 慣れと教育って恐いなーって感じ。 残念な自分に、残念です。 情けないです、本当。 「どうした、茂?」 「いぇ、別に」 淡く笑うと、ムッと眉間にシワが寄る父。 年の割に随分若く見える異国人、と周りで通っているらしい。 実際、息子から見ても老いぼれない味が深まった良い雰囲気の年齢不詳でだいたい若くみえる男、だ。 誇らしく思うが、酒好きと槍に対する頑固はどうにかしてもらいたい。 今だってぼんやり月を見ていたら「酒でものまねぇか」ときたものだ。 父になったことは無いから分からないが、父親は息子と飲みたいらしい。 嫌なことでも無いから、歯向かわず、付き合うことにし、今に至る。 母は息子に飲ませすぎと怒るので、父から誘うのは母が眠っている時。 しかもだいたい傍で寝ている。 学習しているのか、見せ付けたいのか、暇なのか、構って欲しいのか、馬鹿なのか、父ながらさっぱり定まらない。 「…そういえば、日本への帰国はどうなりましたか?」 帰国、という言葉に違和感が拭えないが、そう切り出す。 両親にとって家族になる前の思い出は全て向こうにあるから、教えられてもいないのに何故かそう言うべきだと思っていた。 「なんだ、行く気が無いと思っていたが……案外乗り気だな」 お前も大きくなったし、久しぶりにもう一度行くか。 少し前、そんなことを父が先に切り出していた。 冗談だと思うくらい日本を避けていたから、初めて聞いた時は驚いたのを覚えている。 瞳に嘘はないから、行くのだと思っていたが…さっぱり次の切り出しが来ないから、どっちなのか聞いておきたかった。 掻い摘んで、どうして日本から離れたのかは聞いている。 父と母が何処で逢い、どういう経由で、も。 結構成長の早い段階で、聞いた、ちゃんと話してくれた。 一番初めは治癒能力のことだった気がする。 ふたりの生い立ちはもっと後だった。 不知火や千姫がひょっこり来る訳を、昔はさっぱり分からなかったなんて言うまでも無い。 「いえ?母様が悲しまれない程度には上手く生きようと思っているので、早めに他の鬼にも逢ってみたいだけです」 不知火は銃を教えてくれた、稽古してくれた。 父は分からない分野だと悔しそうに見ていた気がする。 天霧と千姫から日本のことを話してくれた、色々な知識をくれた。 その千姫が喧嘩して長くこちらに滞在した際、千姫を迎えに来る風間からは鬼の一族の話や密輸した刀をくれ、手さばきをしてもらった。 俺が上げたかった、みたいなこと父は言っていた気がするけれど、それ以来父と槍で手合わせをするようになって嬉しかったのを覚えている。 母が不満そうに怒るから、黙っていたけれど。 こういう時ほど父と息子、連携が成り立つ時は無い…残念なことだが、男ってのはそんなものだ。 「……あ?それはどういうことだ」 「そのままの意味ですよ」 自分の中で逢ったことのある鬼は、母を含め数名しかいない。 元々少なくなっているとはいえ、由緒ある血筋の上から数えてみたいな人しか知らなかった。 鬼の一族を考えている人たちだから、その人たちに出逢えたこと自体嬉しかったけれど、もっと下の声も聞きたかった。 誇りよりも違うものを掴んだ鬼もいる。 母が祖父のことを零す際に悲しむあの表情は、そのことを知っているから。 誰でも、良い部分だけ見ていては本当の良さを知れない。 あまいのだと思う、絶望も挫折も味わったことのない、優しい人たちといたから。 だからこそ、強くなりたいと思った。 何を大事にするのか、選ぶのか、解れる自分になりたかった。 「……つーか、千鶴だけか。お前の基準は」 反対する気も湧かないのか、溜息ひとつ零しただけ。 あまり自分の考えを言う気は無かったが、目の前にいる男は別だ。 越えたい父。 越えられないのならばそれで良いとも思っていた。 越えなくて良いなんて妥協は一度も思ったこと無いけれど。 「父様は俺が不器用に生きるとお思いですか?」 母が息子を心配するのは、大きくなってもずっと、ずっと変わりません。 少しムッとして拗ねた声で言った母の表情を今でも覚えている。 父も心配はしてくれるだろうけれど、大丈夫だろと放任させてくれる自信があった。 ぶっちゃけこの人よりは上手く生きていると思う。 父は不器用だと息子がよーく知っている。 で、よく母を泣かせることもよーく知っている。 思いなおせば、仲の良い夫婦って息子には毒ですね、全く。 「思ってねぇよ」 にやりと笑う、父が息子でも格好良いと思えてしまうのは不覚だ。 しかも父の愛ってのを感じるからタチが悪い。 調子よく、酒を飲んだ。 飲んでも飲んでもほろ酔い程度で、酔い潰れない父がありえない。 好きだと言い張るだけのことはある。 一緒に付き合うと大変なことになり、次の日は母に怒られるから抑えた。 「茂、」 「なんです?」 「……鬼に、逢いたいと言ったな」 そういえば、と思うほど随分前に話した気分になっている。 あぁ、この人はずっと気になっていたのか。 相変わらず口下手な人だ。 母だったら結構即行で切り出すのに。 あの人は顔にすぐ出てしまうから、開き直ったとも言うけれど。 「俺はこの力がどの国であろうと必要も無ければ、干渉するべきでは無いと思っています」 軽く掌を父の前に出した。 見た目は分からないけれど、人には無い力が漲(みなぎ)っている。 純血の母と人の父から生まれたとはいえ、他の鬼とは比較にならないほど濃いらしい。 「でも、鬼は干渉しました。人と、手を組んだ」 聞いた話でしか無いが、事実であることは確かだ。 それがあるからこそ、風間や天霧達は再度身を潜めるようになった。 「流石に俺だけじゃどうすることも出来無い時があるかもしれない。仲間が欲しいって訳じゃないですけどね」 避けられない展開があると思う。 自分は東の血筋である雪村の残り、鬼の力を欲したり、あえて消そうとしたりする人達がいる。 「父様がいう、腐れ縁ってのは欲しいかな」 「……欲しい欲しくないとか、そういうものじゃねぇだろ」 苦笑混じりに、懐かしそうな表情で父は酒を一気に飲んだ。 思い出しているのだろう。 両親の昔話に出てきた人物で唯一腐れ縁だと父が言った、新八のことを。 苦しそうにするのは、母が見ていない時だけ。 あえて隠そうとするのは、母といることが幸せだから。 一番信頼していることも、それでも母を選んだことも、それなりに息子として読み取ってきたつもりだ。 多分、新八の話で寂しそうにする顔を知っているのは、息子の自分だけだと自負出来る。 父はちゃんと自分と向き合ってくれている。 だから、自分も父と向き合うつもりだ。 「それにそろそろ息子離れするべきだと思いましてね」 本当は両親離れ、だけれど。 この夫婦は息子が出て行かないと離れないに違いない。 自惚れられるほど、愛されている自覚はある。 「日本に行ったら、少し残ろうかと考えています」 今いる場所に戻らない、ということ。 それを言うのは父が初めてにしようと思っていた。 「………そうか」 納得してくれるという自信はあった。 いつもこういう役回りは父になっている気がする。 悪いと思うし、それだけ父を信頼していた。 そういうのを受け止めるのが父親の仕事、とか言っていた気がするし。 「はい。父様からも一本取れるようになって数年、ちょうど良い年頃でしょう?」 強い男は沢山いるって言ってたじゃないですか。 嫌味の笑顔で返すと、不快そうな睨みをつきつけられる。 どうもこの表情は母が「少し出て行きます」という――少しって何だとか、実家に帰ります的だけど実家なんて無いだろとかそういう思いが湧いてしまうが言えた試しが無い――頑固な表情で言い切る笑顔に似ているらしい。 それに沢山困ってきた父は複雑で弱く、息子がそれにそっくりなのは遺伝の中で唯一腹立たしいようだ。 それとどうしようにもないが、お前と同じ年だったら負けてねぇという考えがあるらしく、いつでも苦渋。 年考えて下さいよ、と思うけれど、動きが未だ俊敏だから誇るべきだと思った。 言っても無駄だし、面倒だから一度も言ったことは無いが。 「不知火だけには頼るなよ」 仲が良い割――ふたりは頑なに違うと拒んでいるけれど、あれで仲が良くないなんて言ったら嘘になる――に父親的特権や威厳を持っていかれているような気分になるらしい。 父は父、不知火は不知火でちゃんと見ている息子のこと、ちゃんと理解してもらいたいのだが、母も微笑ましそうにしていたし、勝手にすればと投げやりになって考えるのもやめた。 「新八さんは良いんですか?」 「………比べられねぇ」 凄く悩んだ結果、みたいな感じ。 別に誰も頼る気は無いけれど、こういうのは時の運とか偶然もあるからどうとも言えない。 それ以上言わないでおくと、父もそれ以上言わなかった。 しばしの沈黙。 静かな空間、恐くは無い、いつもの空気だと思う。 心地よかった。 でも、ずっと浸っていることは出来無い。 「千鶴が、泣くな…」 息子がいなくなる、ということを知ったら、だ。 父はどうなのだろう。 泣かないけれど、悲しんではくれる。 母がいるならそれで良いとか言いそうだが、それこそ父らしい。 困った、という雰囲気で父が母の頭を撫でる。 柔らかい表情。 相変わらず父の膝ですよすよと眠る母。 見慣れた、夫婦の形。 理想だと思う、誇りに思う。 「そのための父様でしょう?」 「おいおい、泣かせてんのはお前だからな」 「いつも泣かせてる父様が言える言葉じゃ無いと思いますけど」 好きな女泣かせるなとか言ってるの、貴方ですけどね。 悲しませようと思っていないのに、母が勝手に泣くのだ、嬉しいと言って。 しょうがないことなのだけれど、ちょっと嫌味として掻い摘んだ。 「息子が悪くも無い事で母を泣かせるのは良い息子の証拠でしょう?」 どうでも良かったら、いつ放られていたことか。 愛情があるから、泣くのだ。 本当は泣いて欲しくないけれど、母には無理だろうから、向上心で考えてみる。 泣かせられるような良い息子になったんだ、と。 こんな無責任な考え、息子しか出来無いとも分かっている。 「馬鹿か」 「馬鹿ですよ、貴方の息子なんですから」 はっと喉で笑われる。 知っている、ちゃんと息子馬鹿の父だって。 男なのに愛おしそうに笑ってくれる父のこと、誇りに思っている。 沢山の愛で沢山の誇りを知った。 「本当…千鶴みたいな破壊的発想、してくれるな」 唐突で驚いて、嬉しい言葉を言ってくれるらしい。 父が千鶴似だと言って、母が左之助さん似という仲が良すぎる夫婦。 その愛情を貰った息子をなんだと思ってるんですかね、この人たち。 そりゃタフになりますよ。 「ちゃんと帰ってきます。俺の故郷は国じゃなくて、父様と母様がいる所ですから」 ※『The drawer is filled up with memories』に続き(後日)あり back |