試される真実』から半年後。※22巻の家族構成ネタに捏造加えています。パロとして軽くみていただければ…





 愛し、焦れ、苦しみ、それでも尊いものとして掲げる。雅子にとって、若い頃からずっと、『バスケットボール』一途だった。それ以上の物事を許そうともしない。
 紫原は氷室と似た崇拝さに正直引いているが、どうやっても引き離せないので、好きにさせていた。
 雅子も理解して欲しい素振りなく、今はただ自分の立場を「飛べない」と苦く表現する。コートを駆けていた現役の頃のようには、動けないと。立ち止まって動けなくて、「飛べない」と。伝える為でなく。紫原には無縁であって欲しいと願うように。自身へ向け、重みを突きつけ、傷つける。
 互いに、この思想の共存はなく、平行線のまま進む。

 雅子は一度、現役引退時に、足を止めた。塞ぎ込むように動けなくなり、音をたてて壊れていく自身の心すべてを、『陽泉』で押さえ込んだ。
 新生活の慌ただしさ、教師と監督の責務、両方で無理矢理立ち上がって、走り出す。足を止めたことを、恐れるように。怯えずにすむよう、置き去って。現役に固執していた雅子が、監督という少し離れた立場で傷口を押さえ、悩みから逃げきった。そして『陽泉』が2番目に大事になった頃、自身と向き合う。
 苦し紛れ、精神の荒治療。
 本当、無茶苦茶だ。無謀なのに、間違っているのに、走り出したらなんとでもなっていた。


 紫原はそんな彼女から、『バスケットボール』と『陽泉』を取り除こうとしている。否、優先すべき項目として『自分』を増やし、勝ち抜いた。
 それにより、心にぽっかり大きな穴を開けてしまう。なによりも大切にしていることだから。逞しいといっても、防ぎきれる筈がない。精神に強く影響する。
 先が読めていても。紫原は選んで欲しかった。
 雅子を構築するものを含め、愛していても。身勝手でも。沢山我慢して、沢山あまやかして、沢山尊重しても。揺るぎないものになりたい。唯一譲れないものでいたい。
 大きくて厄介で、これだけはと願った独占欲。
 それを、雅子も分かっていた。だいぶ困った表情で「馬鹿だな」と笑みを作り、許している。
 彼女はその想いをも受け止めて、『紫原』を選んだ。

『陽泉に出来る限り、いたいと思っている』

 この言葉に、どれだけの英断をさせているか。どれだけの思いが詰まっているか。誰よりも、紫原は分かっているから。
 雅子が教員を辞めることは即ち、時間を与えることに繋がる。子供がいない、時間を持て余している時期は、更に増長させてしまう。
 そんなことさせない方が良い。苦しいことも、楽しいことで埋めてみせる。雅子の手をとって、相手が望む「飛ぶ」ように、前進してみせよう。選んだ意味を、答えを、正しかったと示してみせる。

 紫原に失敗は許されない。
 陽泉時代、2年間も溜めに溜めた告白に続き、再来――用意周到、念入りな計画が始まった。


***


「という訳なんだけど、赤ちん良い案ない?」
 陽泉時代の先輩、家族――ほぼ母と姉から「仕事好きの女が辞める決断の大きさを! 男は分かってない!」と力説、ほぼ父と義兄の愚痴だった――を経て、今回は赤司である。
 長丁場を予測し、インターネット電話を利用し、相談を切り出す。
『それについての前に、改めておめでとう。敦』
 インターハイを終え、婚姻届を出したので、紫原は正式に雅子の旦那となった。
「どうもー所帯持ったよー」
 結局、両親と兄弟の家族ほどの身内だけ呼んで、挙式を上げた。正式な顔合わせ、両親のために近い。
 雅子の身長と細いラインに合わせ、フリルのないシンプルな――人を選ぶウェディングドレスを着こなした。即行脱がして食い尽くしたい衝動と、だだ舐めるように見ていたい葛藤が、紫原の心で揉めたのは言うまでもない。
『披露宴で盛大な出し物をと、涼太とさつきが練っていたぞ』
 そう零しながらも、赤司の声色に残念さは感じられない。紫原と雅子の性格を読み取れば、検討付けていたのだろう。
「あーうん、それちょっと見たいかも。でも他の時でも大丈夫じゃない?」
 紫原のところがしなかっただけで、キセキの世代全員がそれを辿る訳ない。盛大な出し物の機会が訪れる可能性は高く、残念がることすら無駄だ。それを紫原が言い含めると、赤司も「そうだな」と納得の相槌を打った。


『奥方の職場は目処がついたのか?』
「今期いっぱいだって」
 雅子が昔の仲間から後任を見つけ、来期からの就任まで取り付けた話を聞いたのは先日のこと。順調に進んで、ウィンターカップ前にまとまった、と。そのひとつひとつ事を話す雅子の表情は、泣きそうな、でも絶対に泣かないもので。
 紫原はいつも通りを貫いて聞いていたが、話が終わった後、雅子の辛さも一時的に忘れさせたくて、融かすように抱いたものだ。
『早急に決めなければならないな』
 喪失感すら吹っ飛ばすものを。来期になるまでに、事を決めるだけではなく、ある程度進めなければならない。
「ハチャメチャな案とか最高なんだけど」
 婚姻届だってひとつの区切りだ。決断した道から後戻り出来ない壁がひとつ出来る。捨て去ることを選んだ意味を、苦しさを、両親への挨拶や婚姻に伴う他の書類出し等で覆い潰し、突っ走った。
 轍のように、自身の道に苦し紛れの跡を残しながら。振り向かず、泣かず、心に余裕が出来るまで、ただ前進する。
 監督を辞めた時も、この方法でいくだろう。本当、真っ直ぐすぎて面倒くさいと、紫原は氷室や黒子、雅子を接し、思わされる。
『すごい要望をだな…』
「まさ子ちんて、ふつーの壁を障害とすら思わないタイプだから。すげー酷い勢いの起こしたい感じー」
『………サプライズなんて表現が陳腐か』
 基準が一般と異なる為、感覚も酷くズレている。赤司もかけ離れている自覚はあったが、紫原と雅子もまた別の方向で吹っ飛んでいた。つい自身を棚に上げて、零してしまう。
「驚かせて怒られるぐらいが良いかも。まさ子ちん、俺に相談しないで仕事のこと決めようとすんだよ? 仕事って悩みの大半じゃないの? 俺の存在意義なに? マジでひでーし。だから、これは反撃しないとダメでしょ」
『……敦? ほどほどにしないと、捨てられるぞ』
「え、赤ちんそんな危機起きたの?」
『………話が逸れたな。敦、相談のことなんだが、僕の方で――』
 赤ちんがはぐらかしたとか、面倒なのかな、実際あったのかな。などと、紫原は内心思いながらも、相談内容に移されたので、指摘しないでおいた。







今日のニュース
-Neues vom Tage-








 幾ばくか時が過ぎて。雅子が陽泉の監督として、最後のウィンターカップを終えた直後。大会の疲労が残る中、来期の引き継ぎに少しだけ触れ、年末年始の休み――寮組の多い陽泉男子バスケットボール部では、長期連休――に突入する。
 それに同じく該当する顧問の雅子は慌ただしく東京に来ていた。嫁としては初めて、紫原の実家へ。そう、どこのお嫁さんも、だいたい悪い、大変な意味で、厄介イベントである。


 紫原家にて大人数での夕飯を終え、ホテル――日帰り可能時間に解散する筈もなく、紫原家の元子供部屋は一番手と二番手に帰郷した兄姉が、合宿所のような密度で占領。三番手以降は近場で宿を確保しなければならなかった――に着いたのは、日を跨いだ、真夜中だった。
「えっと…だな、」
 到着してやっと気が抜けたのか、雅子が少し呆然とした声色で切り出す。
「どうしたのー?」
「……おかしいな」
「まさ子ちんが重症なんだけど」
 なんかおかしなこと言い出した。そう、紫原が別の、酷い意味で深刻そうに「大丈夫?」と心配する。
「あの、だな…お前の家族に歓迎されている意味が分からん。非難されると思ってたんだ。私だいぶ年上だぞ? 元生徒にだぞ? 反対するだろ」
 息子の相手は年上で、元教え子に手を出す。悪い印象しかないと、雅子はどの方面から叩かれてもいいように、気を引き締めていた。だけれど――という展開に、若干どころかだいぶ、ついていけない。
「あーそれ? まさ子ちん、前も言ってたよね」
 婚姻を出す前、挨拶に行った。雅子曰く、反対されるのが当たり前事項だったらしい。その時も同様、呆然としていた。もうひとつ加えると、二度目の挙式時もそうだった。三度目でも信じないとは、何処まで否定的なのか。
「面識ないのに自信つくか」
「もう面識あるじゃん。ついた?」
「無理だ」
「面倒だなー…まさ子ちん、」
 駅直結の高層型ホテルなので、開かない窓――リゾートホテルによくあるベランダがついていない――から空を見上げる雅子を呼ぶも、微妙な反応を返される。動く気配がなかった。
 すぐに済む問題だから、今のうちに片しておきたい。だが、雅子の肩に変な力が入りっぱなしでは、上手くまとまらなさそうだ。
 無理に進めず、一度方向を変えよう。紫原はそう思い、続けて呼び寄せず、一人掛けソファに腰掛けたまま、別の話題を振る。
「なにしてんの?」
「いや、特には」
「特になんでもない、なにを考えてたの」
 どうでもいいことなら、もっと話せるでしょ。
 言外に、紫原の譲らない意思が垣間見え、雅子は短く溜め息をつき、折れた。
「いつもより、夜空が明るく見えると思っただけだ」
「あーそういうこと」
 紫原も秋田に来たばかりの頃は、実家周囲や中学の通学路などに比べ「夜、マジ暗っ!」と驚いたもので、その発想の逆版である。
 人口の多い街は夜中でも明りが消えない。ネオンが薄く鈍く輝き、集まって、夜空すらぼかす。
「星ひとつ見えん」
 ロマンじみた話題の欠片も出ない雅子から、珍しい言葉が飛んできた。その所為か、紫原はやや眉間に皺を寄せた、妙な表情を出す。
「馬鹿にするな…少しくらい分かるぞ」
「何知ってんの?」
「北極星と北斗七星と夏の大三角」
 ムキになる方向が乙女思考や文学ではなく、天文学の割りに、言い切った、言い切り過ぎだ。
 本当に少しすぎて、酷く、そして可笑しい。紫原が少しばかり、喉を鳴らし、笑った。
「それくらい、でわるかったな」
「予想通りだし」
「うるさい。お前は分かるのか」
「んー…星、天文学? 天体物理学? 学校で勉強した範囲内なら、多分覚えてるよ」
 紫原が天井を見上げながら記憶を辿って行く。
 面倒くさがりで怠惰な男だが、賢い。脳への蓄積量も多く、博学だが、だいたい活用されず、いらないものから捨ていく。今回はそれに該当する手前だったようで、残留しているらしい。
「まさ子ちんでも分かりそうなの、あるよ。聞くー?」
「おい、ケンカ売るな。でも、まあ、そうだな…秋田に帰ったら、聞こう。星が見えている方が、私には覚えられるだろ」
「わかったー今度、聞かせてあげる」
 雅子が、緩く笑った。珍しい内容だが、ありふれた他愛のないものに、肩の力が抜けたように見える。
「まさこちん、おいで」
 これで大丈夫かな、と判断し、手招き。すると今度は雅子が「なんだ?」と呆れ顔で近づいてくる。
 つい先ほどと今、自身の心の持ちようが異なることを、雅子は気付いていない。分かっていたら、変化に驚いたり、単純さに躊躇ったり――彼女の性格ならば、抵抗する。あっさり歩み寄ってこない。
 雅子は誰にでも厳しいが、なによりも自身をキツく戒める。人より高い基準で律し、それくらいが当然なのだと思い込んでいる。そしてそれを乗り越えてきてしまったが故、手に負えない重度と化した。
 躾ける、変えるには時間を有するし、それをしても難しい。だから、紫原は今出来ることを、別で探す――が、それに悩むこともなかった。自身の胸元に雅子を収められるようになってから、ずっと同じ方針だ。雅子が自分をあまやす方法を知らないのならば、紫原が雅子の代わりにあまやかすだけのこと。
「ね、まさ子ちん」
 触れられる距離に達してから、紫原は腕を伸ばし、雅子を引き寄せ、自分の膝の上に乗せた。
 ソファは一般サイズで膝掛けつきと、かなり窮屈だ。なので、向き合って跨ぐのではなく、横向きに。雅子の足が膝掛けを越え、はみ出た。
「さっきの、家族の話」
 雅子の心が落ち着いたことを確信してから、話題を戻す。
「ああ、なんだ」
「俺、末っ子で、男4人目だから自由だって言ったでしょ。なんとでもなるわけ」
 環境によるので全てがそれに属する訳でもないが、ひとつ例をあげよう。
 子育ての前例がない故、初めての子供に、保護者の期待はのしかかる。そしてひとつひとつ子育て行事をクリアしていく毎に、現実を知り、期待基準も下がっていく。だから、兄弟の2番目以降は、規制が緩かったり、精神の成長が早かったり、責任感が薄かったりする。
 それを踏まえれば、男で4番目となると、期待も規制もほぼない。両親も子育てに慣れてくるからか、放任なのに無駄や不足なく、扱いの存外さも一番雑、自由度も半端ない――典型的な塊の紫原だ。
 雅子の心配である『だいぶ年上』だって、紫原家には一番身近に兄弟の年齢差がある。兄弟構成の人数が多い程、それは広がり、偏見や抵抗も薄い。
「可愛い末っ子とも言うだろ」
「まーそうらしーけど…末っ子って兄弟内だとパシリ扱いで、そんな格よくないし」
 末っ子では定評の『あまやかされること』が当たり前すぎて、価値すら分からない。
 だが、産まれた時から、事実も、精神も、身分は一番下だ。理不尽な命令や要求、自分の思いのまま動かないことが多い。あまやかされているのに、おかしな表裏一体つき。
「そもそも……あーうん、まさ子ちんなら大丈夫だし」
 紫原の片思いの時点で状況が不利だった。だからこそ、外堀から埋めようと、学校周囲は勿論のこと、身内も先手で丸め込んだ。
 それが決行されたのは、5年以上前。氷室から横流しで貰った、写真部渾身の文化祭仕様な雅子の写真を見せたのが、始まり。
 兄たちは「秋田美人とか、ほんと不釣り合い…!」「お前には高嶺の花」「難しい相手に惚れたなー」と散々笑い、父は「べっぴんさんだな」とよく分からないが何かに頷いていた。
 なにより、男率の多い家族の女性陣は攻め強い。母からは「我が子は可愛いけど、独り身息子増やしたくないから。婿養子でも良いわよ?」と真剣に食いつき、姉に至っては「逃す気ないんでしょ。押し掛け同棲したら?」と攻める行動を提案した。末っ子の可愛がり方が、守るのではなく勝たす方法だから、肉食女性以外何にでもない。
 その経緯を雅子に知らせていないし、これからも言う気がないので、紫原の相槌が適当になる。
「根拠ないぞ」
「いーの、俺が言ってるんだから、気にする方が無駄なの。うまくいってるよ」
 末っ子の用意周到さを理解した上で、散々な片思いも遠距離恋愛も同棲も、家族は応援してくれた。だから、場凌ぎの助言ではない。本気で心配する方が無駄と言い切った。
 すると、雅子から視線を外す。逃げているのではなく、紫原の言葉を飲み込み、解釈、悩みを消していた。
「……分かった」
 雅子は変なところで渋る癖に、最後には紫原の一言で、潔く頷いてくる。三度目の正直、次からは反対云々の話題は出して来ないだろう。
 これを信頼とみるべきか、好かれていると思うべきか、振り回されていると思うべきか。紫原は微妙すぎて判断出来なかった。
 それよりも、不満がひとつ湧く。
 横顔で、頷かないで欲しい。自身を瞳に入れた上で、頷いて欲しかった。
 紫原は頬にキスを落とし、こっち向いて、と促す。すると雅子が触れた側に首が動き――顔ごと向いた。読んだのか、無意識かは不明だが、どちらでも構わない。
「それでさ、まさ子ちん」
 雅子の後頭部へ手を回し、自身の肩へ頭を押し込む。揺れる髪ごと耳朶に息をかけ、意識させてから――紫原は声を、吹き込んだ。

「もう戻れないよ」


→02/後編



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