競い合う正義と平和
-Le gare della giustitia e della pace-



※後編です。前編はコチラ





 彼女が泊まりに来た翌朝、何故に己の意志なく洗濯しているのか。否、経緯を理解している赤司でも洗濯機をまわしながらそんなことを思ってしまう。
 それを遮断するように、終わりの合図、軽やかなリズム音が鳴る。赤司は洗濯機の蓋を開け、衣服を取り出しながら、昨日を思い出した。


『ユニフォームは絶対、嫌』
 照明の灯りのみ、薄暗い室内でも分かるくらい顔を真っ赤にしながら、リコが必死に伝えて来た。気恥ずかしさではなく、本気で。しかもそれ以外なら着ると意味合い。
 性癖ではなく絆された結果の意見だと理解すると、嬉しいような、がっかりしたような。強い要望を汲み取り、減った項目から赤司は選び、着てもらった。
 その後はどうしたか。決まっている。抗う必要のない自室で何を我慢すれば良いのか。
 詰んでいるのはリコで、詰ませたのは自身。勝ち得た権利。散々いじったし、散々愉しんだ。大事に大事に、ある限りの時間、手中で溶かしきったと思っている。
 その後。着てもらった衣服が汚れているのを見て、勢い良く洗濯機に入れたのはリコだ。睨むだけ睨んで「洗え」と指示してきたことに頭が高いと思ったが、気分もよかったので、そのとおりにした。

 そして今に至る訳だが。
 予定外の洗濯でも、ご機嫌な赤司は、リコの指定した衣服を含め、洗う分全部干す。からっと晴れた朝日、洗濯そのものはそこそこ面倒だが、天気の良さで億劫さを無かったことにした。
「これで良いですか、リコさん」
 赤司は干す作業を終え、室内に入ってから、じっとしていたリコに確認する。リコ曰く、いけ好かない通常表情――実際、内心はとてつもなくご機嫌なのだが、矜持が許さず、隠し切っている――を添えながら。
「……良いわ」
 流されたことに後悔しているような、穴があったら入りたいような、恥ずかしすぎて苦しいような、とてつもなく複雑そうな表情で、リコがやや下向きに頷いた。
「何がいけませんでした?」
 赤司はあらかじめ用意していたコーヒーメーカーから注ぎ、リコの正面ではなく、左斜めに座る。
「なんか、色々…全部」
 体力精神ともにぐったりな所に、赤司お手製女子力高い朝食を出されたところだ。リコのHPはほぼゼロ。
 しかも「先にどうぞ」と促していた通りにせず、赤司を待っていたようで、手をつけていない。もしかしたらベランダで洗濯を干す姿を見ていたのでは――と赤司は推測すると、可笑しくなる。見られていたのは自身なのにも関わらず、見ていて複雑な気持ちになったリコを想像するだけで、高揚するもの。赤司、第三者がいれば「屑の塊な煩悩」と評されているだろう。
「いただきます」
「どうぞ召し上がれ」
 朝食はリコの分だけ。赤司の分がないのは、リコが起きる前、時間潰しに朝食を作りながらつまみ食いをして腹を満たしてしまったからだ。
「例えば、なんです?」
「……え、なにが?」
 朝食に集中というより話題を投げ捨てたリコは、赤司の問いに不思議そうな声色を上げる。
「いけなかった、色々、全部…一部を教えていただこうかと」
 赤司が尋ねた「何がいけなかった」に対し、リコは確かに「色々、全部」と微妙な応答をした。その含み部分を教えろと、いけいけしゃあしゃあ畳み掛けて来た。
 分かってるくせに。
 リコは不満が漏れそうになったが、悔しくて、言えない。そう、朝食含め。
 大事だから二度言おう。朝食含め、女子として、恋人として、悔しい。
 もどかしそうに、視線を泳がせ、困り果てるリコに満足したのか、赤司はゆるい弧をつくり、軽く息を吐いた。彼なりの、笑い。短くも、愉しそうな。
「よかったでしょう?」
「良し悪しじゃなくてね!?」
 答えを求めることをやめ、リコの気持ちの一部を声にしてきた。幾つもの方向から攻め、リコの逃げ道を塞いでいく。
「では、なんです?」
「……もう、いじわる」
 この言葉がどれほど情調させるか、リコは分かっていない。そう思いながら、赤司がわざと視線を外に向けた。日差しで、朝だと強く認識させて、自制する。これでも常識は持っているつもりだ。重ねよう、これでも。
「………ねえ、赤司君。干してる、あの、服。どうするの」
 リコが、話題転換か、降参したのか、微妙に軸をずらしてきた。どうでも良い話題ではなく、リコなりに気になっていること。面白い内容だったし、そこそこ先手を踏めそうなので、赤司はそれに乗っかることにする。
「どうする? あぁ、着ますよ」
 僕のですから。
 そう返すと、リコが「やっぱり」と表情に浮かべながら、身を乗り出す。
「勘弁して!!」
「綺麗に落ちたので、乾いたら着れますよ」
「そうじゃなくて、あぁもう変態…!」
「ならば、リコさんが着ますか」
「……え?」
「僕の家での、ルームウェアにしますか」
 丁寧に言い直したのは、流れそのものが意図的に仕向けたとを主張する為。
 相手に着てもらって、いたして汚した衣服を自分で着直すのは、流石にどうかと思う。着れるがやりすぎだと、今更な、ギリギリ認識があった。
 ならば、リコに着てもらおうか。着る度に思い出して戸惑うリコを見たい。
 それに至り、仕向けられるような会話を幾つか仮定した。相手から振ってくるとは思いもしていなかったが、棚からぼた餅。使わない手はない。しかも、上手く行き、リコは自ら崖っぷちに立っている。
 ギリギリ認識は、リコに着てもらう、にまで適応しなかった。残念だが、彼女が引かない――起きて早々「捨てろ」と言わなかった――と断言してしまったが故。絆されているし、仕方がないと諦めていると捉えたから。
 リコの惚れた弱みは、赤司の独断を許す意味にもなっていた。
「………いや、それも、ない」
「我が儘な人だ」
「わっ……捨てて」
 リコの中で何かがブチ切れかけたが、だいぶ後手の自覚はあるが故、声を抑える。曖昧なのがいけないと気づき、切り捨てるように、答えた。
 だが、赤司はそれを勿論読みとっている訳で。
「それでは意味がないでしょう」
「なにの!?」
「僕は大輝や涼太ほどでもない。安心して下さい」
「え、なにその例え…そこで比べられても、どっちもどっちというか……ううん、そこの境界線も知りたくないわ。赤司君、何も言わなくて良いから」
 彼らほどではないから、安心しろとか言い出す赤司。彼が想定する、区域を、その程合いを、理解したらダメだ。人として終わる気がする。
 リコは「自分悪くないのに…」と思いながらも話をへし折った。
「どちらにせよ、リコさんの衣服をここに置いておくべきですね。僕のを貸しても良いですが、外には着ていけない」
「…え?」
 リコは微妙に話題が戻ったことに驚き、一瞬遅れる。
「持ってきますか? 僕が用意しますか? それとも、一緒に買いに行きましょうか」
 その間に、言葉を紡ぐ。容赦なく。赤司はこの手に慈悲など持たない。特に聡い、賢い人物には、神経を鈍らせる為にも、間を与えない。
「………あ、」
 リコはこの手に弱い。だからあっさり鈍る。じわりと、浸食された。
 自身が、一人暮らしの男の彼女なのだと、認識する。否、分かっていた。一人暮らし、という要素が薄かっただけ。
 こうやって着実に、自分の物を、男の家に置いていく。欲の一部、マーキングを垣間見た。
「え、と…そう、よね…うん」
 当たり前のことなのに、だんだん体温が上がっていく。気恥ずかしい、あっさりと対応すれば良いことすら、出来ない。
 恋が初めてだ。だから戸惑う。恥ずかしいが優る。
 彼も初めてな筈なのに。知識としての恋を実感したと白状したのも向こうなのに。どうして訳も分からないところを、あっさり聞いてくるのか。互いに矜持が高いからこそ、悔しい。
「赤司君のは、捨てて…うん、捨てなさい。それで……その、新しいのを、一緒に…買いに行く」
 …が良いわ。
 語尾はもう、小さすぎて、ほぼ掠れていた。それでも赤司は聞き取る。頬杖をし、その手で口元を隠しているので、リコからは見えないが、緩く笑っていた。
 ゾクゾクする。散々抵抗したのに、いきなり両手を上げて降参したかと思えば、撃ってくるような。先が読めたと思ったが瞬間、いきなり汲み取れなくなる。
「リコさん」
 手を伸ばし、リコの頬に触れ、撫でながら顎まで動かし、無理矢理上げさせた。
「なに…早く、肯定して」
 羞恥の表情が薄れている。否、それ以外の感情が強くて、薄めさせられている。勿体無い。
「一緒に買いにいきましょう」
「違う。いや、それもなんだけど、捨てる方のこと」
「賛同しかねます」
「赤 司 君」
 ワザとはぐらかす、無駄に時間を消費するやり取りすら、好んで。リコの全てを崩したい。新しく構築させたい。崩させまいとするリコの意地も、たまらなく良い。そして、崩れないからこそ、愛おしい。
「僕を煽るのが上手いですね」
「褒めてないわ。あと、煽ってない、むしろケンカ売ってるから」
 リコは赤司の伸ばした腕を、バシッと叩き、少しだけ顔を背け離れる。
「一言多いのよ、君は」
「足りない男は嫌いでしょう?」
「そんなこと、ないわ」
 はっきりしない男の背中を叩いてきた人だ。言い方が悪かったかと思ったが、違う。しくった。
 リコが言葉足らずでも嫌いではない、好きな人もいる。恋でなくとも――否、恋など赤司は認めないし、許さないが――大切な仲間。
「ちょっと、自分で言っておいて苛立つの、やめなさいよ」
 赤司のまとう空気を察したのか、リコが呆れた表情を見せる。
「苛立っていません」
「素直になりなさい。良いことあるから」
「至って僕は素直です」
「面白くない」
「リコさん?」
 もう一度言って下さい。言って良いですよ? 言う気があるなら、どうぞ。
 言外に苛立ちばかり募っていると自覚しているのか、していないのか。しているならば、素直ではないし、嘘をついている。していないのならば、あの赤司が、と笑い話になる。
 微妙だ。リコにはどちらか、判断し難い。
 なんで私が機嫌直して、なんて思わなきゃならないのか。年下の男の子ってこうなのかしら。気まぐれって女の子だけのものだと思っていたけど違うの? 赤司君てわりと感情の起伏あるわよね。
 リコはそんなことを思いながら、叩いた腕に触れる。
 自身がどれほど、彼の特別であるか。彼がどれほど、感情を見せることを許しているか。リコはまだ分かっていないし、赤司も矜持で教えていない。向き合って、どこかちぐはぐ噛み合っていないふたりだ。
「ごちそうさま」
 リコが満遍の笑みで伝えると、赤司は短い溜め息をついた。この話題を諦めたのか、折れることにしたのか。
「……おそまつさまでした」
 この言葉自体、あの赤司から出るなど天変地異の前触れのようなもの。彼が手料理を当たり前のように振る舞ってしまうのは、リコの腕前が酷すぎるからなのだが、それを抜きにしても貴重だ。外に食べに行く、などの概念がないのだから。
「じゃあ、今日の予定は決まったわね。デートしましょ、赤司君」
 そして、散々追いつめられ、悔しがって、慌てた側が、素直な言葉を声にした。赤司のような意図的に仕向けず。ただありのままの気持ちを、愚直に。
 何もかもがいきなり逆転する。
 皿やグラスを手にもって立ち上がったリコに、赤司は少し目を丸くしてから、やや悔しそうな笑みを見せ「そうしましょう」と相槌を打ち、同じく席を立った。



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