氷のような姫君の心も
-Tu che di gel sei cinta-



※後編です。前編はコチラ





「まさ子ちんはやっぱり馬鹿だね」

 決断し、自然を装って切り出そうとしたら。知ってか知らずか、遮るように言葉を紡いで来た。

「ほんと、強いから困るし」

 翼はなくなった。コートに戻れない。成長し飛び立つお前や、部員や、生徒たちと一緒に羽ばたけない。見送る立場の、もう動けない身体。
 そんな私の腕を掴んで、無理矢理一歩踏み出させ、抱き寄せられる。
 馴染んだぬくもり。抱きつく強さ。自分以外の鼓動。少しあまったるい匂い。
「強くない。弱いんだよ」
 やはり、解けなかった。捕まると、私は逃げられない。
 最後の最後くらい、この優しさに浸かっていたかった。
 本当に惨めだ。別れを切り出す時ですら、しがみつくなんて。
「まさ子ちんが弱かったら、みんなもっと弱いし」
「みんな弱いんだ」
「じゃーみんな弱い中でも、まさ子ちんは逞しいじゃん?」
「そう…かもな」
 私の中で逞しいとはもっと上であり、自身では不足と思うが、誰からも言われるので、否定しにくい。
「それで弱さも見せないし」
「見せたら解決するのか」
 弱音は、ひとりの時でいい。涙も、そうだ。本当に嫌いなのは、ひとりで笑うこと。歓喜こそ、みなと分かち合って、笑いたい。
 その思いは、バスケを始めた頃につけたもの。だから、否定することは決してない。それを選び、他を捨てただけのこと。
「まさ子ちんって弱さを逞しさでなんとでもしてきた人だよねえ。赤ちんみたい。あ、俺こういう性格に弱いんだ、うわー発見ー」
 驚いているような声色でもないが、面倒くさがりの男だから、演技なんてしない。これが、紫原なりの驚きなのだろう。
 良いこと見つけた、という笑みで、私の頭部に頬を擦り寄せてくる。
 くすぐったい。それに、あまやかす素振りに、あまえそうになる。手放せないと思ってしまう。
 その前に、その前に。
「だから…私は、弱いと言っているだろう」
 逞しさは否定出来ないが、強さを肯定出来ない。堂々巡りだ。
 怒鳴ろうと顔を上げたのは、無理矢理にでも手放そうと、勢いをつけて。手放せないという気持ちを否定して。そうでもしないと――

「ねえ、まさ子ちん。俺がいるじゃん」

 真っ直ぐ強い瞳とぶつかった。
 不覚にも、息を、声を、飲む。
「俺に弱さ見せてくれたら解決するし」
「……な、んだ、その押し売りは」
 これこそ無理矢理、声を出した。怯んでは駄目だ、そう唱えて。
「素直にならない思いで、強くみせられる逞しいとこ、俺すげーて思うけど、頑張らなくても良いよーにもしてあげられるよ」
 嫌なところをついてきた。皮を剥がされた気分になる。
 私が思い込んでいた気持ちは、強くある為の偽りであると。
「傷つかないように、守ってあげるし」
 駄目だ、駄目だ。駄目なんだよ。
 流れにのまれそうになる。お前特有の、誰にもない感覚に。

「あとね。俺なら失うなんて感情、知らなくしてあげる」

 完全に、気が緩んだ。
 私の身体が、心が、その言葉でじわじわ染まっていく。
 お前は気づいていた。私が失うことに怯え、避けようとしていたことを。
 お前は、大切な人のこと、思量深く見ている。それを知っていた筈だ。なのに、どうしてか、何処か、自分は該当出来ていないと、思っていた。不安なのか、信じていなかっただけか。
 私が愚かなのは、確実だ。
「まさ子ちんが不安なところ、脆いところ、俺が全部埋めてあげてんのに、今更手放そうなんて無理だし、遅いから。まさ子ちんは俺から離れらんないよ」
 してあげられる。
 何処までも、驕る口調。
 その自信がお前らしくて、おかしかった。
「遅くなる前に、離れようとしてるんだ」
 必死に。言葉を積み上げて、なんとかこのぬくもりから離れようとしている。
「ほんと、傷つくの好きだね、まさ子ちん」
 よく、言われる。お前に。何故か、傷ついてばかりだと。だから何度、私は傷つくのが嫌で、保身的だと繰り返して来ただろう。
「好きじゃない。だから今こうして――」
 紫原の指が、私の唇に触れ、言葉を止めさせる。
 その仕草に目を丸くしてしまう。触れる手を凝視してから、見上げた。すると、苦い笑みを滲ませている。
 何故だろう。この表情をさせているのは私だけじゃないか、と自分まで苦さを味わう。

「今それ言ったら、まさ子ちん、傷ついちゃうよ」
『傷つけないように、守ってあげるし』

 つい先程、聞いた言葉が、重なった。
 いきなり、有言実行してくると。いや、いつも態度にしていたのに、私が気づいていなかっただけだと、分かる。
 無性に、自分の不甲斐なさを感じた。
 私が悪いことばかりしていて。お前のこと、見れてなかった。腹立たしい。本当に、愚かしい。
「私は…お前と飛べないんだ」
 紫原の指を解いて、言葉を紡ぐ。お前の優しさを踏みにじってでも。曖昧なまま、お前と向き合うつもりでいてはいけないと思ったから。
「もう動けないんだ。私がお前の可能性を削いでいるようで…恐いんだ」
 私はお前を、飛び立たせるべきだ。こんなところで止まっていては、お前の道が狭まってしまう。立ち止まった私の傍で腰を据える必要はない。

 私はお前と、飛べないから。一緒に駆けられないことが、一番つらい。
 つらくて、つらくて、逃げようとしているんだ。


「俺が引っ張ってあげる」

 恐怖を掻き消すように、そう零した。
 私の背中をとんとんと叩かれる。落ち着いて、と言われているようで、不思議な気分になる。
「動けないなら、飛べる? うーんと…そうだ、俺が飛ぶ原動力になってあげる」
 なんで、なんで。お前はそう、あっさり。私が恐れたことを、沢山沢山悩んで、苦しんだ末の決断を、なかったことにするんだ。吹っ飛ばしてしまうんだ。
 くしゃりと、崩れた。どんな表情をすれば良いのか分からない。
「何驚いてんの。つーか、まさ子ちん、俺の話を聞きなさい」
 命令口調というより教師口調を真似ているようだが、違和感の塊だ。
 そうだな。全く聞いていないな、お前の話。
 おかしくて、無性に泣きそうな、眉を下げた情けない表情で、笑みを作ってしまう。
「頑張って傷つけないよーにしてる俺のこと無下にすんのやめてくんない? なんで本当に、傷つくの好きなの。マゾなの?」
 頬を弱く軽く叩かれた。
 お前、そんなことする奴だったか。いや、私がそんなことされる方がおかしいか。
「いたい」
 あとマゾじゃない。
 そう思って睨むと、睨み返された。当然の反応だろう。私こそ、お前を傷つけている。
「それはこっちの台詞だし」
 私は物理的に。お前は精神的に。
「それにね。俺のこと考えて、離れようなんて、間違えてるし」
 嫌なくらい自信に満ちた笑みをひとつ。叩いていた両頬を大きな手で包み、唇を重ねてきた。
 壊さないようにする優しさが、心に刺さる。
 痛いんだ、本当に。人の想いを、私が手にして良いのか。
 恐いんだ、本当に。永遠がないことを、一度知ってしまったから。
「俺が人のために傍にいて、守って、与えたいって思うの、まさ子ちんだけだし。俺が選んだ道に、まさ子ちんはいるの。俺の可能性はまさ子ちんがいないとダメなの。聞いてる?」
「……聞いてる」
 だんだん落ち着いてきて、お前の心臓の鼓動が耳に届く。人肌ならぬ人の命に、まどろんでくるのは私だけだろうか。
 優しく触れて、宥めるように撫でる手に、立場が逆転していて。色々ちぐはぐだな、とか。久しぶりに自分の心を持て余す、心に参っているんだな、なんて今更思ったりして。
「俺がいないとまさ子ちんがダメなように、俺にはまさ子ちんがいることが当然なの。分かった?」
「…… だいたい」
「もー」
 吐息が髪を撫でる。
 この呼吸も、あたたかさも馴染んでいて。どうしてこれを手放せるなんて思っていたんだろうと、だんだん思わされて来た。
 これだ。お前はどうして、こう決意したのに、ズラしてくるんだろう。ちょっとずつズレて、最終的には意志が弱いくらい、思考が変わらされている。
 いや、違うか。強くあろうとして、自分を偽ることに長けているから、お前はそれを剥いでるのか。
「あのねーまさ子ちん? 俺、まさ子ちんのこと好きになって、大人になりたいって思ったんだよ。俺、負けるの嫌いだって知ってるでしょ?」
 ぐだぐだ鈍らだが、部活の練習は誰よりも真面目だった。負けたくないから、という原動力ひとつで。
 知ってる。私はそれを、知っている。
「まさ子ちんが離れることが、俺の負けなの。そんなの絶対イヤだし」
 そうだったのか、と。妙に、納得してしまう。
「あぁ、だからお前にしては珍しく…言葉を紡ぐのか」
 負けないために。私の意志に負けないように。
「はー……まさ子ちん、頭ぐちゃぐちゃでしょ。いつもみたいな分析どこいったの」
 賢くて、言葉少なめで、凶暴で、緩急極めたあまさのバスケ馬鹿な監督は何処いったの。
 そう問われ、いつもの調子を何処に置いて来たのだろうと、考えてしまう。それは不明のままだが、脳が酷い有様だと自覚している。
 何処にいけば、拾えるだろう。いつもの、調子を。
「本当だな」
「あーもう。滅多にない弱気がこんな面倒だなんて知らなかったし」
 同感だ。自身でも途方に暮れている。お前がそう思うくらいだから、相当なのだろう。
「見せてくれてるってことに喜ぶべきなの? えーそれは自分あげすぎっしょ」
 ぶつくさ何か呟いているが、宙を見上げているので聞き取りにくい。
「紫原?」名を呼ぶと、再度首を下ろし、こちらを見て来た。
「じゃー俺がとっておきの言葉、となえてあげる」
 閃いた瞳に、呆れた眉と口元。
 お前、器用だな。場違いなことを思いながら、唱える言葉を待ってしまう。
 いつになく頑張ってるお前を見ていたかった。
 頑張るって言わせて、行動に移させている原因が私だって、実感したかった。

「俺の願いはまさ子が傍にいることなの。まさ子ちんは、俺の願い叶えさせることだけ考えてれば良いよ」

 それだけじゃ、流石に駄目だろ。
 瞬時にそう思ったが、お前らしい感覚に、脳が嫌なくらいまっさらになる。
 これが、お前の言う『埋めてあげてる』ことなのだろうか。
 どっちが大人か分からない時がある。自分がどれほど稚拙か呆れる時がある。お前といると、今まで滅多と思わなかったことを、思わされる。
 私の問題全部吹っ飛ばして。真っ白で左右どちらに向うかすら決めかねる私に、手渡して来たもの。
 それを拒めない。受け取る。
 凝視するように、噛み締めるように、感じて。
 馴染む。唸らされた。納得してしまう。
 いつもの調子はお前の中にあるじゃないか。いつのまに、預けるようになったのだろう。

 なんだ、どう足掻いても、手放せないわけだ。



「……驚いた」
「何が」

「お前のこと、思っていた以上に、好きみたいだ」

 空笑いが零れた。
 2年も傍にいて。心の拠り所であり、恋とか愛になっていない依存だと思っていたのだが。根本から間違っていた。
 ここでも、自分に偽った思いをしていたのか。
 笑えてくる。情けなくて。
 ストンと、身体に落ちて。染みわたって。ここまで悩んで悩んで、逃げようとしていた私が、あっさり認めてしまう。いや、認めてしまえば早いのか、私は。
「……なにそれ」
 これには流石に怒るか。
 というより、遅いくらいだ。もっともっと前から怒る権利があった。
 だって私は、お前の気持ちを踏みにじって、勝手に怯えていたんだから。
 でも、お前はそれを選ばなかった。腹立たしく思うことより、私を優先した。信じられない私を、突き放さなかった。信じられない愚かさを分かって尚、抱き寄せた。
 一瞬の気まぐれじゃないことくらい分かっている。そんな気分次第で動く男ではないことを知っている。
「俺、そんなことで許さないし」
 額を合わせ、鼻先が当たる。くすぐったい吐息と、強く射る瞳に、不思議な、いや、暖かみを感じて。
 口調と反応がちぐはぐだ。
 お前、何と葛藤してるんだ。さっぱり分からないが、今やるべきことは問い質すのではなく、謝ること。
「私が間違えだった」
 否があるなら、私だ。
 言葉を、出来るだけ、今度こそ、整理して。
「手放せるなんて思っていたことが、間違えだった」
 沢山の想いと言動に――お前は良い男だ、なんて思う。私にはもったいないくらい。でも、それでも、手放せない。
「ありきたりの好きだと思っていたんだが、そんなものじゃなかった」
 手放そうとしていたこの気持ちが、虚像だった。よくもこんな脆いもので、恐れから逃げようとしていたのだろう。
 本当、馬鹿みたいだ。
 でも、こんな脆さで、偽りで、間違えた方法捩じ込んで、自分を立ち上がらせてきた。無茶苦茶だな。普通立ち上がれないような手段なんだから、逞しいなんて可笑しな表現受けるわけだ。
「お前の心を信じなくてわるかった」
 応答はない。でも、腰に回す腕の力が強まった。
 まだ紡いで良い。そう思えて、続ける。
「弄んで、わるかった。自分勝手で…本当に、謝りきれない」
 本当は、弁解の余地などない。
 私がひとり気づかず、勝手な思いをしていた。勝手に離れようとして、勝手に納得して、勝手に謝っているなんて。都合もいいところ。
 ああ、そうか。
「お前の心を振り回してるんだ。私は都合が良すぎるな。一発殴られるくらいのことはしている。それくらい受けるぞ」
 同性だったら即叩く殴るくらいの好き勝手さだ。私ならとりあえず殴るな。
 そう思って、瞼を閉じる。気配で受け身を取る瞬間を定めなければいけないから、舌だけは噛まないようにしないと。殴り返さない前提の殴られるなんて本当に久方ぶりだ。
「……あのねぇ、まさ子ちん。人前で目、つぶるのやめなよ」
「どうしてだ」
 だから受けるぞ。
 紫原の呆れた溜め息に、瞼を開き、瞳に合わせる。真意がさっぱりだ。
「俺の前でしかしちゃダメ。つーか殴られる前提って、前の男なんだったわけ」
「………ん?」
 殴らないのか?これが草食男子って奴か。なんて場違いなことを思ったが、致し方なかろう。
 あとなんで、昔の男が出てくるんだ。殴られたら即殴り返すし、そんな男別れるに決まってるだろ。
「はー……なんか、怒る気も失せた。俺ざこい…」
 眉にものすごい皺を寄せて。ちょっとおかしいと思う。
「……紫原? お前は振り払って良いんだぞ」
 突き放されるかもしれない。そう予測しながら、立ち向かう。
 この様が逞しく、傷つこうとしていると――紫原が思っていたなんて、この時は知りもせず。
「あのね、俺の願い聞いたでしょ」
「あぁ」
「面倒くさいまさ子ちんとも一緒にいてあげる」
「……お前、都合よすぎな男になってるぞ」
 拘束されて身動きしにくいが、無理矢理腕を出し、紫原の眉間に指をのせ、撫でる。
「まさ子ちんが言うなし。あーもーいいよ、今は都合の良い男になってあげる。よくわかんない今日のまさ子ちんも受け止めてあげる。次やったら怒るよ」
 ぐだぐだすぎて思考も面倒だと投げやりな口調だ。
「はい、まさ子ちん。聞いて上げる」
 今の俺、すげー懐深いから、早く。 
 そう続けて、私の背を叩いた。
 軽く息を吸って、ぐちゃぐちゃだった思考回廊を一掃する。大丈夫、もういつもどおりだ。
「傍にいる、離れない。お前の願いを叶えよう」
 胸元に顔を押し込んで。自分から離れないように、掴んだ。
「だから――」
 ずっと言えなかった願いを、紡ごう。
「私の願いも叶えてくれ。傍にいろ。離れるな…飛び立たせて欲しい」
 そんな永遠、手に入らないと思っていた。期待するだけ無駄だと思い込んで、真っ直ぐ進んで来た。でも、今、願って良いだろうか。
「俺、ずっとずーっと前から沢山の想い、伝えて来たつもりなんだけど」
「……わるかった」
 ついさっきだけでも、沢山の言葉をくれた。面倒くさがりだが、一度きりなんてこともしないと知っているから――その真意に気づけなかった私が悪い。
「それで片すの、よくないし。別れ告げられそうになった俺の身にもなってよ」
「あぁ、私がいけないんだ」
「まさ子ちん、」
「……お前といると不思議な気分になる」
 今も、お前のぬくもりを感じているのに。傍にいたいと思うのに。何処か不安が陰るのは。
「好きになると恐くなる……お前といて、初めて知ったよ」
 一緒に歩めないことに、飛べないことに、怯えていた。目映いお前と共にいたかったから。ずっと傍にいたかったから。
 好きだから、離れる瞬間が恐いんだ。ただそれだけのことだった。
 本当、惚れていた。ガキみたいな恋をまた感じた。
 恥ずかしいし、何ほざいてんだとも思うけれど。2年もかかったことが、一番馬鹿らしい。恋愛経験もそこそこあるのに、この有様。どうなんだ、自分のことながら。
「どうしたら、お前の2年分を、返せる?」
 名誉挽回の機会があるなんて、普通ありえない。私にしてはおかしいくらい、低姿勢で問いかける。
「もっと言って」
 絆されてるじゃないか、お前。
 絆す私が言えたものではないが。
「傍にいる。傍にいろ? んー……好きだ」
 何を言えば良いのか分からない。だから、どれか要望のであれば良いが――なんて思案しながら、願いを、想いを再度紡ぐ。
「……今だけじゃなくて、これからも」
 それは、私の性格的に難しくないか。つい躊躇いそうになる。
「沢山言って、態度にして」
 眉間を撫でていた手を掴まれ、口元に寄せ、キスを受ける。
 約束して。
 そう感じた。
「まさ子ちん、全然言ってくれないから…まさ子ちんより俺の方が不安だったし」
 想いに理解出来ていなくて、曖昧で、拠り所だと勘違いしていたから、言動を避けていたのだ。そこを突かれると、ぐうの音も出ない。
「……努力しよう」
 べたべたに好意をしめすって難関なんだが。不向きなんだが。そう感じ、語尾が小さくなっていく。
「努力だけじゃダメ」
「……分かった」
 私が信じられなかった2年を。お前の心を弄んだ、軽んじた2年を、一生かけて返そう。それで許してくれるなら、安いものだ。私が、折れろ。約束、しろ。
 己に言い聞かせて――
「頑張ってみるよ」
 苦い笑みをひとつ。
 いや、ダメか。笑顔に変え、紫原の首に腕を回して。
 約束しよう。
 そう、紡ぐ代わりに、キスをする。
「え、やっぱ分かってないよね、まさ子ちん」
 これでは気に入らなかったようで、押し問答が長いこと続いた。


 翌日からどうだったかというと。気恥ずかしさ置いといても向いてないと思う言動だ。上手くいくわけもないし、私らしさ全くないだろと思っていたのを見透かされてしまう。紫原も内心分かっていたのに、要望、約束にこぎ着けたということだ。
 結局、紫原が先手で言動に移し、私が後手で応答する形になった。
 まずまずだろ、うん。そう納得していたら、また拗ね怒られたわけだが。
 繰り返される、おかしな面倒ごとも。嫌ではないから、このまま。





 今、幸せか。

 さあ。分からないが、曖昧だと思わなくなった。

 不思議な気持ちだ。
 お前そのもののようで、嫌じゃない。

 しばらく、これで保留にしよう。いや、違うか。
 これが答えなのだろう。



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