夢のあとに
-Apres un reve-



※後編です。前編はコチラ





「なんでタクシーじゃないの、6人なんだから2台でいいじゃん」
「電車で帰った方が早いし安いだろ」
 宿泊先の最寄り駅まで電車を選択したことに苦痛がる紫原に、荒木が正論を返す。そもそも身体が大きすぎるあまり、バスでも同じことを言う男だが、今回は帰宅ラッシュ、人混みの文句らしい。
「乗車券代。私がもってるんだ。文句言うな」
「俺、ペットボトル1本の代金で電車我慢出来る程小さな男じゃないし」
 体育館から一番近い駅でぐだぐだする紫原を蹴り飛ばすが如く、全員分の乗車券を買って改札に押し込んだのは荒木である。
「これだけ人がいれば、お上りは慌てるわな」
 続けても意味のない紫原と荒木の応酬を片隅に置きながら、福井が紫原の不満である「人混み」に対し、納得した。
「お上りじゃろ、実際」
 寮から学校まで徒歩なので、慣れない電車、慣れない人混みに、ひと車両の一番端、車両を繋ぐドア付近まで押し流された。ドア側の壁に沿って、つり革から劉、紫原、岡村。それに平行――人混みあって綺麗な2列ではないが――して荒木、氷室、福井の並びである。
「リュウ、何処行ってきた?」
「ハチ犬を見て、スクランブル交差点で埋もれて来たアル」
「お前の身長じゃ埋もれてねーだろ…」
「誰か新しくなった東京駅行くとか言ってたのう」
「誰だよ、駅か電車好きは」
「人混みといえば、東京駅もですけど、新宿駅すごいですよね」
「新宿なめてたネ」
「え? リュウは渋谷行ったんじゃないの?」
「千駄ヶ谷行く時、間違えただけ、氷室一言余計だ」
「劉って氷室限定で厳しいよな」
「違う、氷室が私に厳しいアル」
「え、オレが悪いの?」
「ケンカすなよ、ワシお前らにハラハラするぞ」
「それよりお腹空いたーまさ子ちん、なんかお菓子持ってない?」

「お前ら、少し黙れ」

 学生が冬休みに入った年末とあって、社会人ばかりな車両特有の静けさはなく、話し声が聞こえても浮かない。
 だが、女性でも比較的高めひとり、男性の平均よりやや上ひとり、長身ひとり、巨人3人、という集団そのもので浮いていた。若くても、極悪面でなくとも、周囲がやや距離をとって視線を向けてしまう類だ。
 そんな行為に慣れてもいる。何処に行っても同じ反応だから、気にも留めない。都心どまんなか、人混み半端無く、視線の数が多いだけのこと。
 ただ、頭まで緩いと思われるのは良くない。制服やジャージを着ていない分マシだが、「話の飛び方が酷く、お前ら女子か。どうでも良い話、張り上げるな」と、荒木は念を押す。込み入った車内でも飛び抜けた巨人を見上げているのに、凄みある睨みが入った。各々、即座に返答か態度で命に従う。
「なんというか……不便だな、お前ら」
 それを確認してから、荒木がふと思ったことを声にのせた。
 でかいと認識しているが、日々慣れた学校や寮、体育館、大会で見ているのとは異なる。紫原は天井に腕を伸ばし触れ、車内の高さに満足、屈まず済んだと喜んだ。劉はつり革を支える棒に捕まっている。岡村は、人混みで押し流された際、中づりポスターに引っかかって取れそうになった。公共の物を前にしてやっと、「大変だよな、これだけ高ければ」と思っただけだが。
「監督。それワシらそのものが不便みたいじゃ」
「不能みたいでひでーし」
「もう少し使えるアル…!」
 劉の嘆きは何処となく頼りない。
「ん? ああ、省きすぎた。『部活では頼もしいが、私生活だと苦労ばかりで』不便だな、お前ら。というべきだったな」
「はしょり過ぎですよ、それ…」
 氷室ですら苦笑である。2m越え3人は勿論のこと氷室ですら車内に屈んで入ったを見て、イラッとくると零した福井だけが「ざまあ」と笑った。



 体育館までシャトルバスでも時間のかからない宿先がある降車駅に着き、一行は降りた。荒木が電光掲示板を見上げ、時刻を確認。そして振り返って、5名を一瞥し、ふっと気を緩めた表情を零す。
「……今年のレギュラーは守ったな」
 門限を、という意味は理解出来る。だけれど荒木が安堵する程のことなのだろうか。
「今年は部員全員守ってると良いんですけどね」
 氷室と劉が不思議のあまり、問いを声にしようとするも、隣にいる福井に遮られた。荒木と同じく、予想外の言葉を持って。
「……アゴリラ、説明しろアル」
「劉、先輩を持ち上げるのも必要じゃと思うぞ?」
 意味が読めない自身の愚かしさで苛立つ劉に、岡村が悲しそうな表情を見せた。
「……なにそれ。守らない奴がいる前提なんだけど。信じてないの」
 電車内飲食禁止と止められていた紫原が、外に出るなり菓子を開封、食べ始めている。守った俺が馬鹿みたいじゃん、みたいな不満の表情つきだ。
「勿論信じたいぞ? だが、毎年いるんじゃ…」
「IHはそうでもねえんだけど、WCはなぁ…」
「え、えっと…あの? 本当に、門限越える部員いるんですか?」
 氷室ですら「門限守ろう」と思うくらい、荒木の罰は重い。日々の苦行を知って突破するなど信じられない、という困惑で問いかける。
「昨年も、アルか? 記憶ないネ」
 劉は昨年もいたが、留学1年目とあって心に余裕がなかった。記憶も薄く、思い出せない。
「だいたい毎年、1年が門限破る。東京に浮かれてハメ外すのか、迷子になるパターンだな」
 高身長かつ青い少年たちの観光なんて、目立つ。ナンパかカツアゲか、そんな類に対応出来ず、ビビッて逃げ出した――体力に自信があるので、根拠なく逃げ切れる前提でいる――のは良いが、遠征先での逃亡、あっさり迷子になる。ここどこ、俺何処に行けば駅に着けんの、ていうかどう急いで帰っても時間アウトじゃん。そんな絶望ゆき。
 馬鹿みたいな展開だが、言い訳の大半がそれで、複数になると信憑性が増すもの。毎年聞かされる荒木が「本当ガキばかりだ」と思うのは言うまでもなく。
「まぁ、それは可愛い方でな」
 迷子で門限越える程度なら、他の部員かマネージャーに連絡を寄越している。だからまだ、良い方。
 説明する福井の表情が苦笑を滲ませ始めた。そしてちらりと、岡村を見上げる。
「ん? そうじゃな。2年は意図的に破るからの」
「劉みてえに、大会の体育館で悩んでる奴はまだ良い。ふらふらひとり見知らぬ場所でさまよい、悩んで、周りの連絡もとらねえのが出てくる」
 後悔や絶望、心がパンクして逃げ出す。煩わしいものが見えない世界を一瞬でも、求めたがる。これは、部活の要であるレギュラーやベンチ、15人程度の枠内で出やすい。
「……それ、最後どうなったアル」
 劉の問いに、福井が苦い表情のまま、拳をつくって上下に振る。
「見知らぬ土地だろ? 結局何処いきゃ良いのかわかんなくて、夜中には帰って来るんだ。で、監督の怒鳴り、数時間の正座と、朝飯抜き、あと――」
「前回は、新入生がくるまでの約3ヶ月、マネージャーの補佐をさせた」
 福井の台詞を重ねるように、荒木の冷ややかな声がのった。
 部員を多く抱えているので、マネージャーも各学年ひとりはいる。その補佐、要するにマネージャーたちのパシリ。転向ではなく、部活の練習に上乗せという鬼強行だ。
「人手不足だと相談を受けていたから、いれといた」
 ぬるい罰だったな、という意味が含んでいるように取れるのは錯覚だろうか。だんだん、違うよね、違うといいな、という願望に切り替わっていく。
「……ふーん、だからまさ子ちん。俺たち見つけた時、安心してたんだ」
 ずっと無反応だった紫原が空になった菓子袋を潰しながら納得する台詞に、氷室と劉は視線を向けた。確信をついた表現に、自分たちも何かとっかかりを掴んだような、驚きで。
「顔に、出てたか……?」
 荒木も少し目を丸くしたが、すぐに崩し、いつもの表情に戻る。それを見て、紫原はズルイな、と内心思う。
「一瞬だけど。珍しいから分かるし」
 敗北直後でも試合観戦をするくらいにはバスケを嫌っていない。そういう安心をしている――と位置づけていたが、ピタッとはまった感はなく、違和感も拭えなかった。
 そんな中、電車を降りた荒木が5名を確認したことにより、思惑は方向転換する。
 レギュラーこそ、誰よりも帰ってこない可能性が高かったから。敗北により迷走していても、ちゃんと帰ってきていることに、荒木が安堵していると――紫原はやっと、違和感を払拭する。
「てことは、まさ子ちんが、体育館内見回ってたんだ」
「おー…よく分かったな。お前見かけに寄らず賢いもんな」
「ケンカ売ってんの?」
 苛立ちを見せる紫原に、福井が笑いながら「ちげえよ」と否定した。
「監督が館内、俺と岡村が外周りで、劉みてえのいたら捕まえる手筈だったわけ」
 主将と副主将として部活をまとめ、大会に集中していたので、東京観光の余裕もなかった。自由行動と言われても思いつかず、ウィンターカップを観に行く――なんて、想像に容易い。当日、荒木はそれを確認し、頼んだ。
 前例があるからこその、小さな予防。試合後、ちょっと見渡しといて欲しいと。
「釈然としないアル」
「シャクゼン…? まあ、なんというか、リュウよかったね。門限守れたワケだし」
 氷室も、荒木と出逢ってすぐ、『まだ』という表現に引っかかっていた。試合終了からだいぶ経つのに『まだ』残っている、見回りの見落としが『まだ』いた、のふたつの意味が含まれていると、理解する。
 こればかりは、信頼を振りかざせない。該当しやすい学年で、しかも懸念されている不安を抱え、もがいているところだから。氷室は紫原がいて、劉にはタメの部員や先輩が見つけてくれたからなんとかなっただけだ。
 それがなければ、門限を守っていなかったかもしれない。性格を踏まえれば、可能性は高い。否定出来ない。だから、ここは騒ぎ立てず、穏便に済ませるのが最善と判断する。
「だから氷室は一言二言三言余計だ」
「リュウ日本語おかしいけど」
 どうすれば良いのか、分かっていた。でも、氷室に言われると面白くない。先程の時同様、劉は露骨に舌打ちした。
「だからケンカすな、落ち着くんじゃ」
 話しながらも、揉めながらも、一行は立ち止まることはなく、階段を上る。全員改札口を出たところで、荒木が再度振り返った。
「そういう訳だから、お前ら電車賃分くらい手伝えよ」
 気前良く帰りの乗車券を買ってくれた意味の解釈を間違えていた。紫原を強引に電車へ押し込む為だけではない。無理矢理かつおかしな恩を売るため。押し売り、否、強制。今ようやく、理由が正しく判明した。
「えー…? 面倒くさいし、帰って来ない奴が悪いじゃん」
 紫原が「改札出てから言うとか卑怯だよね」と苦情を続ける。
「……そうだと思ってましたがね」
「俺別に、奢ってくれなくとも手伝いましたよ」
 岡村と福井はなんとなく、感じ取っていた。後輩と一緒くたにしないで下さいと、先輩の意地を見せる。
「監督の奢りを軽くみていたアル…」
「用意周到ですね…」
 氷室も劉も、2年全員と仲が良い訳でもないが、そこそこ繋がりはある。
 2年が意図的に守らない。そう聞いていると、嫌でも協力しなければならなそうだ。
 荒木が氷室の溜め息に、少し可笑しそうな表情を見せた。
 自分を棚に上げるな、馬鹿が。そんな意味合いが読み取れる。
「信頼しているが、こういう類のことは信用していない」
 何処か可愛げがあって手に負えない、という苦さ混じりに。部員を愛し、誰よりも助け、誰よりも厳しく接しているが故の、声色で。
「陽泉の問題児は、お前らだけじゃないからな」
 嫌な素振りない、荒木がいつも見せる表情で、言い切った。



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