Je te veux/curtain call』より後の話ですが、読まなくても支障ないと思います。





 紫原が秋田で就職し、半同棲し始めて1年。付き合い始めから換算すると3年が過ぎ去った。
 秋田に舞い戻ってからの紫原とは、やはり共有時間が多く、事も立て続けで起き――別れかけたり、プロポーズも受けたり――慌ただしい1年だった。
 そして4年目。雅子は紫原からの簡易メール――『今、どこ?』を読み、立場逆転具合に「お前は何がしたいんだ、どうなりたいんだ」と思う。だがそれを含めた問いも手間なので「ドラッグストアに向っている。用が済んだら帰る」とだけ返した。相手が利用する場所を知っている故、面倒な単語全て省略、具体性に欠けただけだ。
 そろそろ機種変更するべきかな、折り畳み式の携帯電話を鞄にしまいながら、夜空を仰ぐ。日中晴天だったからか、星の瞬きが目に映った。
 雅子はバスケットボール一筋だった為、目に負担をかけていないからか、遺伝か、体質か、頗る目が良い。そこそこ暗い星も見えるが、如何せん、天文学に弱く、活かせずにいた。
「あいつは…知ってるだろうか」
 見た目と一致しない賢さを持つ紫原が脳裏を掠めたのも一瞬。雅子は気の抜けた発想を捨てさり、目的地に向った。


***


 最低限の日用品のみ購入し、早々店内から出ようとしたところで、丁度入って来た一際目立つ巨躯に気づく。
「まさ子ちん、メール返してよねー」
 雅子を発見するなり、紫原が呆れた声を上げた。
 見間違える訳がない。約束もしていない。来いと頼んでもいない。いると思いもしておらず、雅子は驚きを隠せなかった。
「………わるい」
 ドラッグストアに行く、の返信済み。それを読んだからこそ、紫原がいる。ふたつの点を踏まえれば、返信後にもう一回メールの着信ありと推測するのが無難だ。
 気づかなかった。気づいて送らなかったとは又異なる非がある。先に詫び、携帯電話を取り出そうとするも――
「迎えに行くよーて送ったの」
それを読み取った紫原が本文を教えて来た。
「そうか…入れ違いにならなくて良かった」
 運良く逢えた――くらいなのに、紫原の強運を知っていると必然な気がしてくる。答えなどないから、その疑問はすぐ捨て去るが。
 重ねられた籠の一番上に、使用していたのを乗せ、雅子は「帰るぞ」と促す。しかも、応答を待たず、先に歩き出した。
 振り返ることもない。紫原がくっつくようについてくる気配を感じていたから。

 東北の短い春は過ぎ、肌にベタつく暑さのある夜。昼よりは幾分かマシだが、早く涼しくならないかと、夏本番を前にうんざりしてしまう。
「はい、かして」
 紫原が雅子の手から買い物袋を取る。
 迎えも、こういう態度も、初めてではない。だけれど、こう自我を通す男が他者に、自身に、何かすることが、くすぐったい。テレくさい感情すら、頭が沸いたと思える。雅子はつい視線を逸らした。
「なあに、まさ子ちん」
 見過ごす見過ごさないすら、気まぐれな男だ。今回は後者で、何処か楽しそうに覗き込んでくる。
 雅子は紫原の顔を押し退けながら、「ありがとう」の一声を強く放ち、ワザとらしく数歩だけ早足で進み、避けた。
「迎えにくるとは、いきなりどうしたんだ」
「んー別にー? 帰ったら、車と鞄はあって、まさ子ちんだけいないじゃん?」
 変な追求を受ける前に、話題を切り出せば――今度は見過ごし、紫原がそれに乗って来た。
 意味を正確に汲み取った、説明混じりの応答。雅子にも十分理解出来た。
 学校の規則に従って動く為、帰宅時間がほぼ一緒。この時間帯に仕事用の鞄と自動車が置いてあるのはおかしくない。ただ本人不在の理由を何となく予想出来ていた紫原でも、心配は消えなかった。だから、メールをして、外に出ただけのこと。
「ちょっと心配したし」
「……わるかった」
「まー外出る理由もあったんだけど」
「理由?」
「うん、寄りたいとこあって」
 その後に紡がれたのは、青いペンギンが目印の総合ディスカウントストアを展開する店の名だった。家から徒歩範囲内、先程まで居たドラッグストアから程近い、大通り沿いある。
「ドラッグストアやスーパーにないのか?」
 食べものだと直結した雅子がふと視線を歩いてきた後方に向け、合図する。だが、紫原は首を横に振った。
「んーどっちにも置いてない。いや、あるんだけど、欲しいのがない、ていうの?」
「……うん? そうか」
 到着してから聞くなり見るなりすれば良いかと流しかけたところで――
「切らしたんだよね、ゴム。あそこじゃないと欲しいサイズないしさー…んーあることに喜ぶべき?」
――大事なことだが、今はどうでもいいと思える内容が飛んだ。
「…………………そうだな」
 雅子の胸中を例えて描写するならば、壁などの障害物に頭をゴンとぶつけたような――そんな精神をどうにか保たせ、なんとか反応を出すが、無駄な足掻きとしか言い様のない相槌。惨敗だった。
 足を止めなかったこと、紫原を無意識で見上げなかったこと、項垂れなかったこと、全て褒めて欲しい。あと、そこそこ住宅街の夜分、人気なくて良かった。





試される真実
-La verita in cimento-









 今更恥ずかしがることではないし、声に出したことに咎める理由もない。黙って用意して来いとか、そんなことも思っていなかった。相手任せにせず、初っ端にマナーだと雅子から躾けた。
 そもそも体育教師である。授業で教える役割があり、テストにも出す。実例を出すと、受験がほぼ終わった高校3年、気の緩んだ学年末テストで、身体の筋肉と骨のまる暗記と共に『避妊具を効能を答えなさい(回答欄4つ)』――「4つは鬼でしょ、先生」と笑いながら採点したテストを貰って行く生徒が多い――を出す程だ。恥じることすら、職務として間違えている。
 真面目なことだし、大切なことなので、逃げることでもなく。簡単に、あっさり頷けば良い。
 だけれど、気が抜ける。仕事上がりで、緩い話題に触れたからだろう。目的地に着いてもなんだか、呆れた気分が取れなかった。

「まさ子ちん、何びみょーな顔してんの?」
 外での買い物終了。後は本当に家へ戻るだけの、帰り道。
 溜め息混じりな呆れ面の雅子に、紫原が拗ねた声色で投げかけた。
「なんでだろうな…どう反応すれば良いのか……歳を取った気分になるな、これ」
 テレくさいとか、ゴムの種類に興味を示すとか。もう少し若さある反応が出来れば良いのだが。老いたな、と思ったことが、雅子の心を抉った。
「歳て…まさ子ちん、ないと怒るじゃん」
 紫原の「ナマ良いよねー」信念でも、立場や年齢を踏まえ、受ける相手を尊重している。初っ端躾けられたのもあって、無しでヤらせて貰った記憶がほぼない。
「いや、そうなんだがな…」
 今そこに憤慨してる訳じゃない。だから歳の――
「俺、ナマでいいよ?」
「……そこでもなく、…ん?」
好みの話でもない、と雅子が呆れた面で見上げるのも、少し。
「だから、俺は良いし」
 冗談でもはぐらかしでもない、意図の深い言回しだと、瞳の強さで分からされる。
 雅子の歩が止まった。紫原も倣って止まり、緩く笑みを見せる。
「……それは、」
 思いもしていない意味合いに、雅子は瞬きすら忘れた。気の抜けた感覚も、削ぎ落ちて。都合良く解釈しているだけではないか、と再度問いかけてしまう。
「あ、好みの話だけじゃないからね? 俺、就職して指輪買えたし、ちゃんとプロポーズしたし、夏に婚姻でしょ? あ、俺ちゃんと段取り踏んでるじゃん」
 紫原が項目ごとに、指をひとつずつ折りながら、順序を確認している。その姿は幼く、何処か可愛げがあると思えてしまうから厄介だ――などと雅子は見上げながら、ぼんやりと思う。
「俺が次貯金すんの、新居か結婚費用か、子供のことじゃないの?」
 その動作を止めて五指を開き、雅子の左手を拾い上げて、薬指についた指輪に口づける。
「……驚いた」
 未来を描いていると信じられないのは、紫原の学生時代を知っているから。それに、こういう未来絵図は雅子ぐらいの年齢になってこそだ。つい、感情が声になった。
 否、安易なプロポーズなら頷いていない。紫原がちゃんと前を向いているから、雅子は絆された。
 でも、なんだろう。驚いた。
 思い返せば、「挙式どうするの?」と聞いて来たのも紫原だ。


→02/後編



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