Reminisce about their






 うららか、殺伐とした男ばかりの屯所でも春は感じられる。
大変失礼な冒頭だが、木刀での稽古を見ていると、そう思えた。
 切れないのに、斬り落とせるのではないかと錯覚。
それでも、殺気まがいの気合が、綺麗だと思う。
 ぞくりとくる悪寒は多分、その人の強さによって変わる。
鋭くて脅える威力が増すほど、殺す殺される一瞬すら短い。
 恐ろしい。
 それでも、綺麗だと思った。
 間違えた、惹かれ。
 分かっていても、それで良いと思った。


 まだ肌寒い、少し暖かくなってきた頃合い。
 千鶴は八木邸の廊下をぽてぽてと歩く。
することが無い、というのは思った以上に苦痛だ。
 綱道がいた頃は、片付けたり、料理をしたり、庭の掃除など、それなりにあった。
でも、今は厄介になっている身、しかも役回りを持っている人の仕事を奪うわけにはいかない。
ゆっくりでいいから、自分が何を出来るか、検討していこう。
 千鶴はそんなことを思いながら、ふらふらと歩いていた足を止め、空を見上げる。
 今日は透きとおる、涼しくてしなやかな蒼い空。
眩しく鋭い陽射しに、かすかに冷たい風。
 もう少ししたら、桜が咲くだろうか。
 こういう、待ち望みは楽しい。
何も出来なくても、そわそわする。
 天災は、人の手で何か施すことが出来無い。
 だからこそ、待ち望む。
 後、どれくらいで、咲くかな。

「おや?雪村君」

 ふと、千鶴を呼ぶ声。
聞こえた方に自然と視線が向く。
「…ぁ、井上さん」
 朗らかに笑う、井上の笑顔は見ていて安心する。
誰だったか、他の隊士もそんなことを言っていた。
 初めて逢った時から、殺気を滲ませて話されたことが無い。
 多分、どんな動転にも落ち着いて動くことが出来るのだろう。
他の隊士を信頼しているから、なせるのだと思う。
 もう、半年も前のこと。
 懐かしいと思うし、まだまだ自分は馴染めていない、と千鶴は思った。
 もし、まだ新選組の隊士と一緒に居るのであれば、役に立ちたいと思う。
「どうしたんですか?こんな所で」
 近づいて話し掛けると、井上が自分の隣を手で叩いた。
 立ち話もなんだから、座ると良い。
 そう言われ、千鶴は隣に腰を下ろす。
断られるならまだしも、誘われたのだ。
こういう優しさは素直に従うべし。
 受け入れようとしてくれた。
それにちゃんと向き合うこと、それが一歩前進のひとつ。
「なんてことは無い…桜の季節を、感じていたんだ」
 こういう場所に居ると、季節すら疎くなってしまうような、錯覚に陥るからね。
 目元に寄るシワが、優しい笑顔のひとつだと思った。
千鶴はつられて微笑む。
「私もさっき、桜が咲かないかなって思ったんです」
 ぽつぽつと、短くも長くもない言葉が、綱道を彷彿とさせる。
同じような年齢、失礼ながら千鶴は父親の面影を掴みそうになった。
柔らかい表情が、それを更に過剰とする。
「あの!いきなり唐突なんですけど……肩、とかこってませんか?」
「ん?どうしたんだい?いきなり」
 実際唐突過ぎた。
 いつも、こういう柔らかい時間は、綱道が肩を揉んで欲しいと言うから。
手が寂しくなった。
 単なる、重ね。
 やっぱりよくないことを言った、と千鶴は自分に落胆する。
人に自分の思いを重ねてはいけない。
 それでも――
「じゃぁ、お願いしようかな」
 何を読み取ったのか、井上が笑って承諾してくれる。
「あ、有難う御座います!」
「感謝するのはこっちだよ」
 可笑しなこと言うね、と喉を鳴らして、井上は笑った。



 千鶴は井上の後ろに回り、膝立ちして肩を揉み始める。
 硬すぎでもないが、こっていない、というほどでもなかった。
叩く好みを聞きながら、千鶴はせっせと進める。
 懐かしい、と思う。
 そして父は何処へ行ったのだろうと寂しさが増した。
「今日は稽古、なかったんですか?」
 稽古の時間に井上がいたので、千鶴は驚いたのだ。
それを切り出してみると、予想外な言葉が返ってくる。
「私はもう随分前に終わったよ」
「え?そうだったんですか??」
 いつも時間は決まっていない、組長の独断だからね。
 少し前とは違い、隊士の人数が増えてきたので、合間をぬったり、合同だったり、気紛れだったりするらしい。
「雪村君は稽古に来た事が無いね」
「私が来ても、邪魔ですから」
 はは、と乾いた声を上げる。
 その通りだから情けない。
 護身術で道場には行っていたが、隊士達が取り持つ空気は知らなかった。
本当は道場に入ってみたい。
でも、場違いだと思い、遠くから見ることしかしなかった。
「確かに隊士と比べると、そうかもしれない。でも、斎藤君が君を褒めていたよ」
「え?ぁ、はい。師を誇れ、と言われました」
 千鶴の技を量るとはいえ、居合いの時は心底驚いた。
 いつのまに刀が抜かれたのだろう、という疑問ばかりで自分の危機感すら忘れていた。
その時、初めて新選組の腕って奴を目の当たりにしたのだけれど。
「怠けてしまうのは勿体無い。護身として学ぶと良い」
「でも、」
「時間か遠慮かな?大丈夫、雪村君が思う以上に、彼らの器は小さくないし、喜んで手さばきを教えてくれるよ」
 若干、言い方が酷いことに井上は自覚しているのだろうか。
せめて器は大きいと表現するべきだ、せめて。
「……はい」
 井上の言葉を、千鶴はまだ理解出来なかった。
沖田なんていつ「殺す」か、そんな視線を向けてくる。
 わからない。
でも、いつかその意味を知れれば良い。
井上が嘘で取り繕うようには見えないから。
「今度、頼んでみます」
 護身術は怠るな。
守られているとはいえ、それだけに頼って自分を疎かにするべきでは無い。
隊士の技量を信じていないのではなく、自分のために少しひとりでも身体を動かしてみよう。
 怠けていると千鶴自身思える。
ゆっくりしすぎていたのかもしれない。
「本当は、女子が護身術を覚えなくて良い穏便な国になれば良いのだけれど」
「難しいですね…人には思いがありますから」
「……そのとおりだ」
 千鶴の言葉に少し予想外と目を見開いた井上だが、すぐに微笑んだ。
 誰もが同じことを思えない。
一緒になれない、のではなく自分が何をしたいか思ったら、決別してしまったまでのこと。
誰かが悪いのでは無い。
それだけ選択肢が膨大にある、とうこと。
「だからこそ、こういう時間を大事にしたいと思います」
「そうだね…私も、そう、昔から思っていたな……あぁ、そうだね」
 思い出したように、井上は何度も噛み締める。
 視界を閉じ、感傷に浸ると、いつだって特定の時期だ。
あの頃、あの時も。
「あぁ、そういえば…雪村君と同じように、総司も肩揉みします、って言ってくれたことがあってね」
「…え?」
「つい、重ねてしまったよ。あの時、総司がどうしてあんなことを言ったのか、今なら分かる気がするよ」
 そうか、総司も面白いこと言うなぁ。
 しみじみと、井上がひとり呟いた。
 千鶴はどういう場面でとか、どういう展開でとか、さっぱり分からないし教えて欲しかったが、井上の嬉しく懐かしそうな表情に、聞くのを躊躇ってしまった。



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