感傷的なワルツ
-Sentimental Waltz- ※だいぶ脚色かけた赤リコの家族パロです。『ヘラクレスの選択』の対として書いた『子供視点』もの。回覧にはご注意下さい
姉さんは、綺麗だ。 両親は学生時代の友人と仲良く、今も縁があるので、その子供と僕も仲良くしているけれど。誰もが声を揃えて、僕をシスコンと表する。 正直、否定しようがない。あと、君らだけには言われたくない。君らも大概ブラコンかシスコンだ。 話が逸れた。 姉さんは、母さんと外見が似ている。茶色の髪にふんわりとした質感。目元と中身は父さんに似ているのだけれど、その父さんは娘の容姿に満足らしい。母に似ているから、とのこと。 何処でも惚気る螺子の外れ具合はどうかと思うけれど、父さんの周囲もどうかと思う惚気を入れてくるので、致し方ない。ああ、これが『類は友を呼ぶ』というものか。 母にそれを零したら「私の周りは違うからね」とよく分からない否定を貰った。うん、大丈夫。順平君とか鉄平君とか他、テツヤ君の先輩周りはまともだ。まあ母さんを無条件であまやかすところは父さんと同類だけど。 また話が逸れた。 姉さんの話だ。 母さんは、髪を伸ばすことを嫌っている。邪魔とか面倒とか、結構昔からその信念らしく、順平君が懐かしそうに「変わらないな」と嘆いていた。あの横顔、僕が見てはいけなかった気がするけれど、予告無く零されたのだから、不可抗力だ。 その母さん似の姉さんは、逆に髪を伸ばしている。姉さん曰く、父さんが長い髪も見てみたかったから、とのこと。姉さんも大概、ファザコンだ。 でも、それだけじゃないことを、僕は知っている。 そして、そのふわりと揺れる腰まで伸びた髪を含め、姉さんは綺麗だ。 ここで冒頭にまで戻る訳。長い前文でごめん。 姉さんが綺麗だって話をしようとしたら、こうなっただけ。僕も大概、シスコンだった。 「おう、弟。元気か」 父さんはそこそこ堅苦しい家柄だからこそ、だろうか。大事にしている友人たちは「息災」という表現を使わない、それから外れている人が多い。 「祥吾君、こんばんは」 いつまでたっても、僕を名で呼ばない。その理由が面倒だからでも、覚えられないからでもないことを、僕は気づいている。だから、訂正を試みたりしない。 「今日は姉と一緒じゃないのか」 シスコンと表された僕に対する無難な疑問だ。僕は首を横に振る。 「姉さん、委員会。遅れる」 「来るのか」 「来る」 祥吾君と逢うのに、姉さんが来ない訳ない。 一般的に言えば――幼き頃の僕の世界は、両親と姉さんと両親の周囲だけだった。だから、一般的な身長を知った時、相当驚いたものだ――高身長の祥吾君を見上げ、僕は表情の変化を読み取る。 祥吾君は馬鹿じゃない。他人の感情に敏感だ。涼太君と似ているが、あっちは枠内に入って感じるタイプ。祥吾君は枠外から感じるタイプ。戦略方法が全く異なるけれど、表面は一緒。しかも同族嫌悪まで一緒なので、互い、毛嫌いしている。大人になればいいのに。あ、大人だから譲れないのか、と思ったが、学生時代から不仲らしい。これはもはや不変のひとつだろう。 「連絡くる」 そんな祥吾君だから、姉さんが遅れてでも来る理由を察している筈だ。 姉さんはバレてないと思っているし、確かに納得出来る程、徹底している。でも、それ以上に祥吾君が上を行くだけのこと。 僕らが同年代だったら分からないけれど、姉さんと僕は、ずっとずっと年下だから。無理がある。不足なのではない。どう考えても、『祥吾君』を選んだ姉さんが不利なのだ。 「じゃー先に行くか」 今日は祥吾君と敦君がおすすめしたお店に行くことになっていた。子供だけで行く時間帯でもなく、でも父さんも母さんも予定があったから祥吾君に白羽の矢がたった。 父さんは本当だろうけれど、母さんは嘘だと思う、が僕の見解。祥吾君と行けるのは嬉しいから問いかけないけれど。 母さんは何処まで考えているのだろう。あの父さんがベタ惚れに、恋に落ちさせた相手だから――母さんをとやかく言いたくないけれど、一筋縄ではいかない女性なのだろう。 「弟」 隣について歩きながら、祥吾君が名を呼んで来た。僕は我に返り、じっと見つめ返す。 そう、これ。姉さんが不利な理由のひとつがあっさり、飛び込んで来た。 僕を名で呼ばないのは、姉さんが原因である。姉さんを「姉」と呼ぶ為に、僕を「弟」と呼ぶ。両親がつけてくれた大事な名前を呼んでくれないのは不満だけれど、姉さんと祥吾君のために許そう。 こういうところは、父さんより母さん似の感性だと思う。どちらも馬鹿みたいに頑固で、いや、僕もだけど、妥協以外の許容は母さんの部分、絆されが父さん部分だから。どう考えても今は前者だろうし。 「オマエ、カノジョできねーのか」 「なぜ」 テツヤ君やさつきちゃんが聞いたら冷ややかな視線を送るだろう。でもその野暮さが祥吾君や大輝君っぽくて、僕は嫌いじゃない。 「オレみたいなオッサンに時間裂く心配だ、ガキ」 ああ、そういうこと。 父さんの周囲は中学時代からそこそこ遊んでいたらしい。父さんが『そこそこ』と表現するくらいだ。僕らに対する隠しであり、正しく変換するなら『かなり』だろう。 しかも天才の看板を学生時代欲しい物にしていた集団である。揉めて荒れた時こそ『かなり』だったに違いない。 母さんが「ほんとつまんない」てフォローする気なし、というか誠凛好きだから同情する気もなさそうだ。父さんが可哀想だから、聞いてないけれど、多分合ってる。 「僕は時間を無駄にしていない」 「好みとかねーのか。姉以外で」 「姉さんは好みじゃない。姉さんに失礼だ」 「オマエ、シスコンなのに徹底してるな」 「恋愛対象ならシスコンと言わない」 「あーそうか」 祥吾君が納得している。いや、そこに着地点持ってかれても困る。 「祥吾君の好みは?」 「あ?」 「女性を差別しない祥吾君に好みはあるのかと」 「貶してんのか」 「褒めてます」 テメエならそうだろうなあ、と聞いた側が微妙な声をあげた。僕が祥吾君を貶す訳ないと分かっているらしい。女扱いのすごさの、すごさに色々含みはあるけれど。 「と、聞いてみてなんですが、祥吾君は気の強い人が多い」 「はあ? またなんで」 「何人かみた結果」 あと髪が長い人が多い。 だから姉さんは伸ばしている。父さんの気持ちと、相手好みになりたい、二兎を追っている。 「あー…」 父さんと同様、祥吾君にも唯一の『大事な人』がいる。それなのに女をちょくちょく変えるなんて、相変わらず真太郎君風にいうなら「屑だ」――なのだろうけれど、祥吾君なりに考えているに違いない。大人って変な駆け引き好きだし。だから僕はとやかく言わない。 「じゃーオマエ、オレの好み分かるか」 ちょっと可笑しそうに、賭けてきた。こういうところも、祥吾君らしい。僕をガキ扱いするのに、生意気な大人感覚を評価している辺りが。 僕は祥吾君を恋愛云々全く見ずにいるから、普通気づかない、と思っているのだろう。そのとおりだ。でも、姉さんを通せば分かってしまう。 分かるよ、祥吾君。今回は僕の勝ちだ。 「髪が短くて、包容力があって、祥吾君を叱れる人」 それが祥吾君の『大事な人』の想像図。それからかけ離れた相手を選んでいる。そうでしょ、祥吾君。 「………オマエ、怒るほどか」 怒っていると分かった祥吾君が『しくった』と反省する表情を見せた。 ここで気づく辺り、祥吾君もだいぶ僕を知っている。ほとんどの人は怒っているなんて微塵も思わないだろうから。 両親の怒り方を知っていると、だいたい「そっくり」とかぶせる。空気が微かに揺れるが如く、変わるらしい。父さんも母さんもそこそこ気が短いから、ここは一緒にして欲しくない。あんな露骨じゃないし、僕は短気じゃありません。 「今のは祥吾君が悪い」 「わかったわかった。急かさねーよ」 姉さんのことを踏まえて苛立っただけで、僕の『カノジョ』どうこうは気にしていない。でも祥吾君がそう解釈したなら、それはそれで構わなかった。 あと、祥吾君謝ってこない辺り、冗談ではないのだろう。僕は気付かなかったふり、怒らないで譲る。 「『カノジョ』ができたら、一番最初に教えます」 僕には恋人とかまだ未知数だ。姉さんや母さん、周囲の女の子の友達や、さつきちゃんより愛する女性、という発想がまだ分からない。でも父さんを見ていると、唯一の人に憧れる。 「イヤ、そんな権利は欲しくねーが」 「誇ってください」 「聞け、オレの話を少しは聞け」 「姉さんもいませんよ」 「姉もいねーのかよ」 祥吾君が一番聞きたがっていることを、僕から自然に話す。姉さんと合流する前に、姉さんが祥吾君から直接聞かれないように。僕は出し惜しみしない。 祥吾君は絶対、姉さんに『カレシ』が出来ることを望んでいる。姉さんの想いに答える気がないから。 女扱いに長けた祥吾君が、手ひどく扱わない、無神経に気づいてない素振りを見せる相手なんて、姉さんだけだろう。 姉さんを、別の意味で大事にしている。無碍にしない。でも、お姫様としても扱わない。色々な好きがあって、その差だ。 矛盾はしていない。祥吾君の中で僕らは、保護すべき子供だから。 「姉さんは、理想が高い」 「オマエはちげーのかよ」 「姉さんは父さんが基準で、僕はそうじゃない」 「それ、終わってんぞ」 うん、そうだと思う。それなのに祥吾君を選んだ姉さんは、祥吾君風に言うなら「本当終わってる」に尽きた。祥吾君が大好きな僕でもそう思うけれど、姉さんには幸せになって欲しいから、僕は応援している。これが本当の『優しさ』ではないと分かっていても。僕は姉さんに泣いて欲しくないから。どんな外堀も埋めてみせる。 こういうところが父さんらしいのだろう。祥吾君はそれを読んでいて、それすらも気づき、見ない振りをして、避けてくる。 「高いから、崩すことを諦め切れないんです」 「フツー高いなら諦めんだろ…遺伝か。こえーな、赤司の相田の血」 祥吾君が苦笑混じりに、でもそこがお前ららしいと褒めてくれる表情で、僕の頭を撫でた。父似の硬い赤髪を、乱雑に。 姉さんには髪型を崩さぬよう、女扱いになれた手で撫でるだけと知っているのは僕だけだ。祥吾君は姉さんの前で僕を撫でないから。姉さんに気づかれないようにしているから。 僕が歩む足を止めると、更に豪快に掻き乱して来た。 「祥吾君っちょっと、」 慌てると、祥吾君が更に笑った。多分、子供らしい態度が嬉しいのだろう。分かっているよ、僕ちょっと可愛げないくらい子供らしさが抜けていると。 これが祥吾君の本質。乱雑で、適当で、でも優しいところもあって、隠すことが上手くて、輪を掻き乱すはた迷惑なことも好きな人。 本当に、祥吾君では分が悪い。 僕は内心溜め息をつきながら、笑った。睨まないのは、僕も祥吾君が大好きだから。 どっちも取ろうとする僕は貪欲なのだろうけれど。僕は今日も姉さんと祥吾君の間に立つのだ。 *** 『おい、弟が頑すぎねえか』 「あら、今度は息子のことで相談? 本当に好かれてるわね」 『テメエ、笑ってんじゃねーぞ』 仲が良いかと問われれば、面と向かって「まったく」と答えられるリコと灰崎の電話は、親身さが欠けている。 赤司姉弟と逢って、別れた後くらいしか、灰崎は連絡を寄越さない。その滅多にない電話で、珍しく灰崎から話題を振ってきたことが、リコには面白いだけ。 ソファに背もたれに寄りかかりながら、リコは微かながら笑みを零す。 「昔からでしょ、あの子の無口と頑さは。まあ、あなたといる時はよく話すけどね」 小学に上がる前から、そこそこ寡黙で思案深い、子供らしくない子供だった。赤司の血らしく、リコは「なんて面白くない男なんだ」と理不尽な視線を夫に向けてしまったものだ。 「どっちが折れるか、諦めるか、見物よ」 口元が緩んでしまうのは、誰もが譲らない、揺るぎなさにだ。 灰崎がふたりの心配をしている素振りを、話題を出したのは、もう1年以上前のこと。姉の気がかりをこぼしたっきりだ。それから姉弟の方針は変わっていない。そして、同じく灰崎も。 『ホントに母親か、それで』 「どっちも他者が何か言って変わるの? 変わらないじゃない。本当に男って変な意地あるんだから」 『いや、今回は姉もだろ』 リコが高校時代の同期を思い出して、苛立っているのだろうと灰崎でも理解出来たが故の、溜め息混じり。というより、距離が遠いから話しやすいとかで、酒の席にて散々愚痴られた。嫌でも分からされる、に訂正しよう。 「そっちは意地じゃないもの」 意地でなくとも、他者の言葉に耳を貸さないところは同じだが。 灰崎が小さく『そうかよ』とだけ零した。リコはそれを相槌だとは思っていない。自身に言い聞かせるような独り事だと分かっていた。 『……オレの判断で良いんだな』 「やだ、年老いたわね」 『あ?』 「いらない問いだわ」 昔は、若い頃は、問いもしなかったくせに。何を怖じ気づいているの。 リコのはっきりとした返答に対し、灰崎が息を飲んだのを、電話越しでも察する。どうせ『テメエ母親か』と呆れているのだろう。 「今日もお守り有難う。またよろしくね」 『……ナカヨクな』 リコに対して、灰崎なりの仕返し。 誰と、など聞くまでもない。あと灰崎の意味合いは、傍にいるなら伝えてくれ、みたいな言い方で驚く。 「余計なお世話よ」 言い返した頃には、電話が切れていた。途中で切りやがって、と思いながら、リコが携帯電話を耳から外したところで、隣からリコ以外の手が伸びる。 「リコと祥吾の会話は読みにくい」 不満を素直に、否、露骨に見せた赤司がリコの携帯電話を奪い、引き離すようにローテーブルへ置く。 「会話したくないだけよ」 子供たちより早く帰ろうと努力したのか、部下に仕事を任せてきたのか、赤司の方が早い帰宅だった。子がいないと分かるやいなや、父の威厳も何処へやら。ぴたりとくっついてくる赤司に、リコもおかしくて許してしまい、今に至る。 「会話したくない相手と電話しないだろう」 「征十郎君はないの?」 「仕事ならある」 何処に妬いているのだろうか。 姉弟に頼られることか。リコとの仲が良くもないのに、そこそこ愉しそうな会話が紡げているからか。リコが自分を見ていないからか。 判断しにくいなあ、とリコは内心思いながら、赤司の肩に頭をおく。するりと猫のように身を寄せて。 「今日は、あの子たち、何を話してくれるかしら」 「どうせ祥吾のことだろ」 「拗ねないでよ」 「拗ねていない」 「ほんと?」 顔色を覗くように、リコがワザとらしく問いかける。手を伸ばし、ゆるりと赤司の頬を撫で、「素直に白状すれば?」というように唇を摘む。するとやや眉間に皺を寄せ、赤司は瞼を伏せた。 「面白くない」 「こんなことで白状する征十郎君も、それに愛しいと思う私も…ほんと嫌ね。老いたとか、人のこと言えないわ」 少し困ったような表情ながら、それでも現状を満足するように。リコから赤司の唇に口付ける。 「何をいう」 「ん?」 「僕は昔からリコにあまいし、リコは昔から僕を愛しているだろう」 天下の称号は未だ譲る気がないようで。赤司が堂々と言い切った。 back |