子犬のワルツ』から更に約10年後/未来捏造/家族パロで子供ズが中学生

※だいぶ脚色かけた赤リコの家族ものです。しかも『子供視点』から始まります。回覧にはご注意下さい




 恋、を知っていた。
 それが知識程度だと分かったのは、初恋を自覚した時。相手を想うと、理解を求める脳から、無意識に指の爪先まで、ずっと微かなあまい麻痺が――心地よい熱さが続くことを実感して。知識との誤差、本当の意味で理解した『恋』に戸惑いもした。
 でも、若気の至りみたいに未だ母へ固執する父が羨ましくもあったから、嬉しかった。
 そうしてやっと、私は、恋を知ることから、落ちることに変わった。
 その尊敬すべき父は、母が初恋だったらしい。母の初恋は…多分、父ではないだろう。私の見立てでは、鉄平さんか順平さんだと思っている。らしいとか憶測なのは、弟から聞いた件と、私なりの推論だから。
 父は私にあまいが、ふとした行動が母似の弟に、口を緩めてしまう。聞き手上手と表現する方が良いか。父や母、その友人たちから、思い出話を聞くのがとても上手かった。
 そして弟は、私に勝つ気がない。だから、あっさり情報が私に届く。将来心配になるくらい、優しい。
『大丈夫、分別はある。姉さんは特別』
 思量深く、父よりも声に出す率が少ない弟が、とつとつと紡ぐ時は、大事な場面、言わねばならない空気。弟の見極めは異常で、でも正しい。そうした時の弟の言葉を、私は疑わない。根拠ないことが嫌いな私でも、これだけは別、無条件で信じていることにしていた。
 そして、特別と言い張る弟を、私は特別扱いする。弟がいつかする、どんな『恋』でも応援したいと思っている。それが、私なりの恩返しだから。弟が応援してくれる私の初恋はなんといっても――

「姉さん、見つかった?」

 隣で不思議そうに首を傾げる、想像ではなく実物の弟を視界にいれ、私は我に返った。
 視線をやや下に下ろし、目の前に広がる商品の数々を見て、今何をしているのか、思い出す。
 弟と一緒に、学校帰り待ち合わせして、そこそこ大きな駅前のショッピングセンターに来ていた。
 まだ、目的に見合うものが定まっていない。ぼんやりしすぎていた。
「まだ…」
「そう」
 弟もだが、私も口数が減った。この場の雰囲気だけではない。性格が構築されたというべきだろうか。
 誰もかしこも、「父にそっくり」と口を揃える。口数というより、考え、視線、態度が類似しているらしい。
 自覚なんて、ない。でも憧れている父に似るのは嬉しい。その発想は一般の子供内では珍しいらしい。嫌がるのが定例とのこと。一般論なんて、私も周囲も気にしたことないが、母や順平さん、俊さんは苦笑していた。
「別のとこ、行く? 日を改めようか?」
「そうね…今日は帰りましょう。お母さんが心配するわ」
 遅くなるとは伝えていても、なるべく努力をする。大好きな母に心配かけさせたくないから。
 他者を心配するなんて概念、母か大切な人くらいしか、私には持ち合せていない。割り切りが良すぎる、と表現されている発想だ。性格に加えて、父がいつでも母を基準にする為、家族内では当たり前のこと。だから、弟も私の発想に、いつもの頷きしか返さなかった。
 付き合ってもらった弟には悪いが、提案どおり、日を改めることにする。今の脳で良い物が見つかるとも思えなかったから。



 帰宅時間と重なっているからか、駅には帰路を急ぐ社会人や学生が多い。
 人気の多い所は億劫でうざくて、苦痛だ。けれども、私の思いなどどうにもならないので、この場をすぐ去ることを優先させる。
 隣にいる弟は、人混みに何も感じないらしい。むしろ待ち時間などで暇ならば、母やテツヤさんと似て、観察や分析など始める。それ故、私とは異なり、いつもの無表情のまま歩いていた――が、いきなり「あ」と短い一声が漏れた。
「姉さん、黙っててごめん」
 いきなり謝り出すので、「何が」と問おうとするも、弟が顎をしゃくって、別の方を見た。それに倣ってみれば。
「不良姉弟、遅え」
 物心ついた頃の薄れた古い記憶では、そこそこ乱雑に伸ばしていた長さも、今では短く切りそろえられた灰色の髪。そこそこ筋肉をつけた、細くも高い身体。やや疲れた目元と、鋭い瞳。未だ素行の悪そうな雰囲気と、慣れてしまえば優しい塊で内面外見が歪な、その柄の悪い態度も。
 私が覚えているまま。目の前に、いて。
「――祥吾さん」
 名を零すだけで、身体が熱くなる。
 その微かな差を、弟は察しているのだろう。何かの合図のように、珍しく後ろから腕を叩いてから、先に歩を進めた。待ち合わせにはうってつけの、一際目立つオブジェ前に立つ男の元へ。
「こんばんは、祥吾君。遅くなりました」
 私はおませさんを卒業し、淑女らしさを身につけるべく、中学に上がるタイミングで、周囲の呼び方をさん付けに変えた。だけれど弟は未だ、両親と同年代の大人を、君付けしている。許されると分かっている相手のみ、それ以外ではもっと堅苦しい無口な少年と化す。いつでも、その丁寧な口調は変わらないけれど。
 弟は、英才教育を受けた際、テツヤさん見本に敬語を覚えたらしい。だから何処となくテツヤさんを思わせる言回しに、弟らしさを混ぜた雰囲気となっている。
「オレ待たせるとは良い度胸だ、ガキ」
「すみません」
「謝ってねーよ。赤司と相田よりマシだが、ガキならもう少しあんだろ」
「約束の時間前です」
「ワルイのはオレか、オイ」
 弟がそこそこ喋るのは、好感が高いからだ。昔、祥吾さんの男料理にやられてからずっと、私も弟も祥吾さんが特別である。私と弟の感情はまた異なるけれど。
 弟と祥吾さんの会話に、約束を隠していたことへの謝りだと気づく。何度か携帯電話を取り出していた弟を思い出し、連絡していたとも察する。
 先に言えば良いものを。弟のサプライズというものに、少し生意気だと思う。
「祥吾君。いきなりですが」
「あ? ナンだ?」
「最近、何か不足しているものは」
「不足? 意味わかんねー。大人で遊ぶな」
「遊んでません」
 弟は傍若無人でも、唯我独尊でもない。ちゃんと両親から、教育をうけている。だからこそ、祥吾さんが微妙な反応を見せ、私を一瞥した。
 弟が出会い頭突拍子のないことを言っていると、私でも理解出来る。でも、どうしてそういう行動に出ているのか。その意図も、分かってしまう。弟は本当に、私にあまい。
「今、聞くことか?」
 私の調子がおかしいと、弟なりに慮って、約束を取り付けた――そう、祥吾さんも解釈しているようだ。勘違い、ではない。だが、完全には一致していない。
「先に聞かないと、忘れそうだから」
「オマエは…自分に素直つーか。自覚あるのは良いが、もっとあるだろ、なんか」
「大事なこと。単刀直入の方が、早い」
「ホント相田らしい愚直さだな、赤司にねーぞコレ」
「褒めてるなら、良い」
「何処をどうとって褒めたになった。つーか褒めてねーから」
「それよりも、」
「オイ、置いておくな」
「いいの、それより祥吾君。時間、愛、ガソリン、醤油、服、肩や腰が弱っている…など。なにか足りないものは?」
 軽く髪をかきあげて唸る祥吾さんに、じれったい弟が追求する。
 項目の幅が広すぎるのは、不足、として欲しい物がないか問い質しているから。
 もうすぐ、祥吾さんの誕生日を迎える。だから、今日、買い物に来た。でも、良い物が見つからなくて、今に至る訳で。その役に立つような情報を欲していたのだが。
「落ち着け、弟」
 母似の愚直さを持つ弟が聞く時、意味が強く頑なで揺るがないことを、祥吾さんは知っている。だから、諌めるだけ。
「オマエ、形ねーものから、消耗品日用品、身体まで混ぜるな」
「祥吾君、わかりにくい」
「オマエらに言われる程じゃねーよ。あーナンだ? 不足、ねえ」
 ちゃんと、考えてくれる――私たちに優しい人。
 祥吾さんが約束の時間前に来て、待っていたのもそのひとつ。周囲曰く、時間を守らない、約束に意味が無い男と低評だ。それがこうなのは、私たちを待たせないよう、人に絡まれたりしないよう、先に来る。大人として守っているのだろうけれど、それを優しいではなく面倒だから防衛してるだけと思っているところが祥吾さんらしい。
 本当に、本当に、優しい人。
 そんな祥吾さんに誕生日に何か贈りたいと思う。私なりに、大切にしたい、どう足掻いても見込みのない――初恋だと分かっていても。止まることは出来なかった。
 だから、祥吾さんの返答をじっと、待つ。喜んでもらうためには、必死に情報を掴み取りたい。
 高揚と不安が一緒に来る。自分では抑えにくい。
「姉の調子だな」
「え?」
「は?」
 私たちにしては、滅多とない間抜けな声が、重なった。祥吾さんがそんな物珍しい態度に、目を細める。
 昔は腹立つ笑い方だったと、真太郎さんや涼太さんから聞いたことがある。けれど、私たちの前では、声を上げて笑わない。せいぜい喉を微かに鳴らす程度。父と似ているけれど、こちらの方が憎たらしい空気が強い。
 そのありえない差を、さつきさんがやや苦そうに「大人に…落ち着いたのかな」と教えてくれた。
 ちょっと悔しい。その、腹立たしい笑みも見てみたい。
 でも、短くて鋭い、癖になる一瞬をくれる今の笑い方も――私は、好きだ。
「いつもの威勢はどーした、姉」
 名前で呼んで欲しいのに、いつでも姉と弟と呼称する。母ですら旧姓。父が母の名を呼ばせたがらないのもあって、後者は定番だけれど、前者は本当に不満だ。
 距離を取られているとしか思えないし、実際その通りだから。涼太さんやさつきさんみたいに柔らかく呼んで欲しいのが、本音。
 距離の原因として、ひとつ。祥吾さんは父が苦手だから、だそうだ。外見は母似でも内面が父そっくりだから、つい一歩引きたくなるらしい。
 過去に色々あったとかで、祥吾さん曰く「関わりたいと思う奴の気がしれねー」とのこと。母も祥吾さんの発想に笑っていたので、そこそこ多数の意見の模様。それを聞いて、尊敬すべき父ながら、八つ当たりして良いだろうと思うくらい過去の父に憤慨した。
 祥吾さんは母との方が仲良い。いえ、母と順平さん、鉄平さんや俊さん他、あの仲間内の仲良さではないから、語弊だ。離れすぎず、近くない距離感が保たれる関係こそ、互いに良いと聞いた。
 微妙な距離過ぎて、私にはよく分からない。大切かどうでもいいか、の二択しかないからだとも分析出来ている。本当、そこそこ自分を理解している私は、迷いが少なくて、可愛らしくない。
 もっと、女の子らしい可愛らしさ、というのも祥吾さんに見せてみたいのに。
「オマエら部活は?」
 私と弟の制服姿を見て、思いついたようだ。だいぶ遅い問い。でも、弟が約束の為に、他の問題を解決させていると分かっているからこそ、今更なのだろう。
「僕は休み、姉さんは引退」
「あー…じゃあ部活でもねえか」
 あなたのことで悩んでいる、など言えない。つい、ぐっと腹部辺り、服の生地を掴む。
 私が着ている制服は、真っ黒色のワンピース型で清楚を意識したもの。特徴的すぎて、祥吾さん曰く「何処のガッコーか分かる」程の制服らしい。
 体型がラインに出やすい型だから、生徒内での評価は好き嫌い半々。私はというと興味がない。何も思わなかった。
 ただ、父や母、弟に、祥吾さんたちが「似合っている」と世辞なしで褒めてくれたから、丁寧に着ている。
 この制服もあと少しで着なくなる、卒業が近い。だから引退した部活のことに悩んでいないし、
「進路か」
「いいえ」
進路はもう決めているので、該当しない。
「悩みごとは…あーオレには役不足だろーから、リョータかシンタロー辺りにでも相談してみろ」
 足りない脳で当てが外れると、祥吾さんはあっさりお手上げする。
「はい」
 内心は、そんなことない――と否定しながら。
 あなたが一番良い。傍にいて欲しい。でも、言える地位にすら立っていない。この人の傍で、たとえ優しく、あまやかされても。これとそれは異なる。
「そうしろ」
 誤摩化す意味の返答を、納得として読み取った祥吾さんが、私の頭を撫でる。
 高身長に見合った大きさ。綺麗とは言い難い、がさついた、働いている強い荒さがあって。細くて長い指が歪さを、祥吾さんらしさを表している、手。
 女の扱いを知っているのだろう。髪をぐしゃぐしゃに掻き乱すような仕草をしない。
 テツヤさんとさつきさんが「奪うに長けた男」と非難めいた表現をしているだけのことはある。素行の悪さが滲み出る態度からは、不釣り合いのものだから。
「心配に及びません」
 これでも表情が分かり難くなった方だ。幼き頃のように、はきはき声にしない。まだ弟の方が好奇心と真っ直ぐさを残しているくらい――私は父に似て、だいたい誰でも誤摩化せるのに。
 本当に嫌だ。不足が何かと言われて、現状の私を心配してくる。こんな風に振り回す人、初恋にするなんて。
「そうか」
 反応に、失敗した。心配して欲しい訳でもないが、興味を失せられても困る。上手くいかない。やだ。
 やだ、と思う感情も、嫌だ。
 この人といると、大人になりたい気持ちと、幼いままでいたい気持ちが混ざるから困る。
「お腹空きました」
「あー? 行くか」
 弟が助け舟を出してきた。本音だろうが、あえて黙っていたのだろう。説得力があって、祥吾さんがあっさり乗っかった。
「祥吾君、炒飯が食べたいです」
 じっと、視線のお願いまでつけていて。祥吾さんの料理に対する弟の勢いは、私でも止められない。
「おー…あ、オレの昼、ラーメンと炒飯じゃねーか。オイ、他考えろ」
「僕の我が儘叶えて下さい」
「コラ、聞け、弟」
 祥吾さんが億劫そうに私を見て、少し目を見開いた。
 何を驚いているのだろう。いえ、私の表情に何か、おかしいのだろうか。頬に手を乗せ、いつもの表情を意識した。
「姉は炒飯じゃ不足だとよ」
「変なこと付け加えない。姉さんも炒飯が良い筈」
「喋ったら、融通機かねえとこどうにかしろ」
「炒飯は譲れない」
 いきなり人様の家でご飯を頂く。弟の、子供を押し通す我が儘で許される範囲ではないのに。いえ、約束はしていたようだが、そこそこ急だった筈だ。
 祥吾さんは、推しに弱い人でもない。むしろ切り捨てる、無情さを持っている。それがこんな態度を取る意味を、私も弟も分かっている。特別扱いしてくれるくらいには、思われていると。
 弟は稀に、それをすごい勢いで捩じ込んでくる。今の展開はまさにそれだ。
 弟は現状で満足しているが、私はそれ以上の特別が欲しい。
 でも、祥吾さんには長年の想い人がいる。奪う男が執着する相手がいる。
 父の性格や母への想いを知っていると、それがどれだけ貴重か。想いの揺るぎなさも。入る隙が全くないことも。全部全部、分かっている。
 それでも想いを捨て切れないと、大切にしたい友達に伝えたら。さつきさんの姉妹からは「初恋だね!」と力説し、親身の応答をしてくれた。大輝さんの兄弟は「ショウゴの落とし方」を本能ながら的確に好みを当て、戦略を練ってくれて。敦さんの兄弟とテツヤさんの娘だけが、複雑そうな――私の感情を色々な方面から分析した結果、両手広げて応援しにくいと考えたのだろう――表情だけ、咎めることなく静観している。
 ちょうどいい、応援と歯止めのバランス。そして、皆がいるから、私は初恋と認められた。
 初恋。初恋が、こんなにも苦しいなんて。
 弟のように、強引な我が儘も貫けなくなって、遠慮がちになって。
「昔は姉の方が傍若無人だったのに、変わるな」
「祥吾君。僕は」
「分かってるつーの。オマエはもう黙れ」
「はい」
 弟が怯む様子無く、ただ頷き、私を見た。何か反応を示せ、と言っているのだと読み取れる。
「姉は何が食べたい」
「なんでも?」
「オマエはもう少し我が儘を言え。ガキっぽくねーんだよ。赤司に似てんじゃねーマジで」
 私には軽く、弟にはもう少し強く、頭を一度ずつ叩く。
 父に似るな、と八つ当たりを受けたらしい。弟がおかしそうに口元を緩めた。
 弟がここまで嬉しそうな表情を見せるのも、珍しい。やはり、私と似ていて、祥吾さんに逢えたことが、我が儘を許してくれる優しい所が嬉しいのだろう。
「ガキはあまえとけ」
 一般論として、普通のことを発している。でも、私の周囲では、貴重なこと。
 親身になっているというより「オレならこうが良い」の思考で言葉を紡ぐ祥吾さんだからこそ、良い。私に、沢山の思いを教えてくれて、想いを教えてくれる人。
「…はい」
「行くぞ」
 祥吾さんが踵を返した。
 急ぐ訳でも無い、私たちの歩幅に合わせたペースで。いえ、そう思い込んでいるペースで。
 私はこの人混みが苦痛だから、いつもは早歩きで進んで行く。だから祥吾さんの解釈は間違えている。
 でも、祥吾さんが居る時、私の歩幅は遅い。だから、間違えでも、ない。その意味を、私は知らないでいて欲しいから、話題に上げない。
「祥吾君、炒飯」
「だからオマエはもう少し、単語増やせ。オレが炒飯みてーだろ」
 いつもの口数に戻った弟に、祥吾さんがいつもの対応をする。
「祥吾君のは、炒飯以外も、美味しい」
「変に煽てんな」
「煽ててない。本当に、美味しい。姉さんもそう思ってる」
「え? えぇ、祥吾さんの料理は誇るべきです」
 戸惑いながらも、いつもの調子に添うように、私も切り替えて行く。はっきりと答えると、祥吾さんが微妙な顔色を見せた。
 大げさと思える言い方だし、祥吾さんの料理贔屓もあるが、母の手料理から比較すると、満場一致になる。それを察したのか、祥吾さんはそれ以上訂正を要求してこなかった。
「それで、祥吾君の炒飯作って下さい。返事、貰ってない」
「炒飯以外作ってやるから」
「炒飯」
「オマエ譲れよ」
「僕と約束があるのに昼、炒飯を食べた祥吾君がいけない」
 不毛な争い、譲らないふたりと、人混みをぬうように歩きながら、祥吾さんを一瞥。弟の頑固さに祥吾さんが大人らしい、緩い笑みを零している。
 その仕草が格好良いと思ってしまう想いを――諦め切れない、と痛感し、目映さから目をそらした。

 本当は、初恋を勝ち取りたいのだけれど。見込みがないなんて、私も運がない。いえ、運なんて曖昧なもの、私は打破してきたけれど。こればかりは、はっきり出来ない。
 もっと、早く生まれれば良かったのだろうか。いいえ、父と同年代になっていたら、多分、こんな状況はなかった。
 過去の仮定は意味をなさない。今を受け止めるしかない。
 分かっていても。恋がこんなにも苦くて、熱くて、目映いなんて、知らなかった。知らないままでいたいとも、思えない。
 私は、敢えて苦難の道を歩んでいく、皮肉のような初恋に落ちていた。





ヘラクレスの選択
-The Choice of Hercules-





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