子犬のワルツ
-Valse du Petit Chien-



※10年くらい未来捏造/家族パロで子供がいます/ほぼ八色キセキ




「お父さん」
「どうした」
 この春、小学に上がる娘がズボンを掴んで引っ張る。赤司は膝を屈し、視線を合わせた。
「オヤコロ!」
 聞き慣れた言葉。己の造語であり、単語そのものに疑問はない。引っかかることがあるとすれば、娘の前で言ったことはないし、話題に振ったこともなかった。
 何処から聞いて来たのか。
 誰よりも賢い男が一瞬、悩む。とんとんと、眉間を軽く指で叩いてしまった。
「お父さん…?」
 瞳以外母似の外見をした娘が、堂々と言葉を紡いだ後、こてんと首を傾げる。理解していない証拠。聞いたとおり声にしているような、不思議で何か問うているようなもの。
「おかし、かった?」
 父らしからぬ態度に、変なことを言ったと察したようで、戸惑いを見せ始める。これ以上黙っていると、謝り出すと予測出来た赤司は表情を戻し、視線を再度合わせた。
「………可愛い娘のためにも叶えてあげたいが、僕は身も心もリコさんに捧げた。だから、させてあげられない」
「……ささげた?えっと、あげるだっけ。あげたの?」
「そうだ、僕はリコさんにあげたんだ。リコさんのものだ」
「お父さんは、お母さんのもの」
「合っている」
「うん、わかった。なら食べるの、あきらめる」
 前半は合っていたが、後半噛み合っていない。
 単語そのものの解釈がおかしいことに気づいた赤司は、リビングでのびのびする来客――娘の入学祝いと称して集合した友人たちに視線を向けた。
「………誰の入れ知恵だ」
「オレじゃないっス!」
「僕でもありません」
 娘に背後から抱きつく黄瀬が即答。きゃーっとはしゃぐ娘と青年に、微笑ましそうな表情を零す黒子も首を横に振った。
「まーオレだな」
「大ちゃんだね」
 消去法でバレるのも時間の問題。ソファに堂々と座る青峰があっさり白状し、一人分空けた隣のさつきも肯定する。
「つーかもう少し動揺見せろよ。あと、ガキにマジで返すな」
「もう。赤司君の愛情だから、からかっちゃダメだよ」
 娘が声にしたらどう反応するか。そこそこ期待していたらしい。さつきは赤司の性格から納得していたが、黒子は「悪趣味ですね」と零した。
「おい、食べものじゃねーし。聞いてるか、あ?」
 黄瀬から娘を拾い上げ、片腿に乗せてから、頬を触れるように叩く。すると、またも首をこてんと傾ける。
「だいき君。食べものじゃないなら、なに?」
「グラコロとまぜてるっスね、これ…」
 奪い取られしょぼんとした犬もとい黄瀬が、青峰を恨めしそうに見上げながら一言添えた。
「グラコロ?」
「なんだ、赤司知らねえのか」
 その単語の意味が分からない。赤司がオウム返しをすると、青峰は笑う。
「グラコロ!」
「マジバです。僕と一緒に食べました」
「……あぁ、そういうことか」
 知ってる単語を声にする娘と、嬉しそうに頷く黒子。赤司は何処経由か分かり、メニューの名だと理解した。
 赤司家嫡子とあって、礼儀と英才教育を行っており、年相応にない知識を所持している。それだけが良いと思っていないリコは、一般常識や話題、親の愛情を重点的にカバーしていた。
 だけれども。結局は赤司の娘だ。狙っているかのように、素で何処かおかしい。しかもリコのようにそこそこ喋るが、内面も赤司寄り。ところかしこで赤司のおかしな部分が現れている。
「そのまま押し通せ」
 何の略で使っていたか更々言う気なく、娘自ら気づくまでしらばっくれる赤司が、命令の如く周囲に視線を向けた。身から出た錆なのに、この重圧。理不尽な命ながら、一斉に「イエッサー」が重なった。

「そこ、点呼は良いが、こちらをどうにかしてくれ」

 一斉に属さなかった者がふたり――緑間と紫原のうち、緑間が赤司へ声をかける。そういえばと皆視線を向けてみれば。娘より2つ下の息子は紫原に肩車されていて、その横で緑間が軽く手を伸ばし、こっちに寄越せと指示していた。
「………公開誘拐っスかね?」
「公開ゴーダツ」
「意味がわかりません」
 黄瀬と青峰の発言は適当すぎる。黒子が面白くないと冷ややかな視線を返す。
「ねえ、赤ちん。どうにかして」
「肩車をしたは良いが、降りれなくなったのだよ」
 最も高身長である紫原の視線の高さに不思議と好奇心でせがんだのは良いが、思った以上に天井近し。リアルな高さすぎて、動けなくなった。がたがた震えながら、必要以上に紫原の頭部を抱かえ、くっついている。
「猫みたいだね」
 高い所に上ってみたのは良いけれど、降りられなくなり、緑間が下ろす手伝いをしている図だ。
「リコさんみたいだ」
 さつきの表現が言い得て妙すぎて、赤司は仄かに笑った。息子がリコにそっくりだ、と嬉しそうに。
「……のろけた」
「うお、鳥肌きたぞ」
「のろけ?」
「赤司君が幸せってことですよ」
 黄瀬の驚愕、青峰の引き、娘の学び、黒子の投げやりかつ平和的解決な相槌。桃井だけ笑顔の反応をみせたので、赤司はそこだけ視界に入れておいた。
「頭ぎゅっとは痛いし、足が首押さえてきついから、早く、どうにかしてよ」
「紫原が唸っている。降りろ、さあ」
 緑間が再度こちらに来いと声をかけるも、息子は首を縦に振らないし、視線も向けない。ぎゅーとしがみついたままだ。
「ムッ君、しゃがんだら良いんじゃない?」
「あ、それだ。下に動くよ」
 高さが恐いのならば、とりあえず屈して低くし、緑間に捕獲してもらうべきだろう。さつきの提案に、紫原は今更ながら気づく。
「だめだめだめ、あつしくん、うごいちゃだめ」
 姉に比べ外見は赤司寄り。性格も大人しめで思量深さなど総合的に赤司だが、目元の柔らかさや頑さなどリコに似る息子から、久しぶりに声が出たと思えば、譲らない発言。
「聞かない」
 それを強引に振り解くことが出来るのは紫原くらいで、思いっきり無視。子供に容赦なし。屈する一瞬、息子が震えたのを身で感じるも、止めなかった。緑間に視線を向け、剥ぐよう促す。
「よし、こっちに来い」
 粘着力のよい息子をべりべり剥がすように、緑間が腰を掴み、抱かえ直す。こちらも相当な高身長だが、だっこの分、安定し、密着が安心させるようだ。涙目ながらも、「あつしくん、かたぐるまありがとう」と笑顔を零した。
「どーいたしまして」
 子供らしくない思量深さがある割に、素直な好奇心と愚直さ、赤司にはない。怯えながらも感謝の気持ちを忘れず、笑みまで見せる。無防備さと矛盾がリコさんそっくりだ――といつも言う赤司の意味を、紫原は理解した。


「ショウゴ君、遅いね」
 青峰の膝に座った娘と手遊びするさつきが、壁掛け時計を見ながらぽつりと零した。
 時計は、正午を少し過ぎている。「夜勤だ、遅れる。あ?昼食前には着くだろ」と連絡を寄越した灰崎が来る予定の時刻でもあった。
 料理の才能がさっぱりなリコに比例の如く、女子力の塊と化した赤司。今日は多数すぎると、赤司が料理を放棄――余談だが、いつもは多忙な赤司の代役として、家政婦さんが料理を担っている――し、出前寿司を頼んでいた。それも先程届き、灰崎待ちである。
「もー食おうぜ」
 我慢する気もない青峰の一声。黄瀬と紫原も頷いた。
「……しょうごくんのちゃーはん」
「そんなに良いのか、灰崎のは」
 またもいきなり主張する息子に、抱き上げたままの緑間が尋ねる。すると、大きく頷いた。絶大な称讃だ。
「しょうご君のチャーハンは美味しいよ」
 チャーハンは、の『は』が何処にかかっているか。灰崎の他料理が不味いのではなく、灰崎以外の人が作る炒飯が美味しくないことだと皆分かっているので、気づかぬ振り――娘まで便乗するほど美味しいのか、と周囲が赤司を見た。
「リコさん曰く、男料理の炒飯、と表しているな」
「僕も食べたことありますけど、あり合わせながら美味しいですよ」
「黒子っちまで…男料理、そういうことっスか」
 冷蔵庫に残った食材と余りの白米で作る、完全その場しのぎの炒飯である。赤司のようなきめ細やかさも、リコの珍妙さもない。だけれど、こういう豪快かつ大雑把ほど、美味しかったりするわけで。赤司の子供には大絶賛であり、彼が来る度、強請っていた。
 今日が寿司であろうと、炒飯を主張するかたくなさ。誰に似たのやら。否、この頑固さ、どちらにも似たのだろう。
「おなかすいたー」
「……あつしくん。まって」
「待てないし」
「むう」
「やだ」
 息子と紫原の薄っぺらい睨み合いを緑間が呆れ眼で見ている最中――玄関扉の開閉する音が、リビングまで届く。

「ただいまー」
「邪魔する」

 リコと灰崎の声。その後、「マジ重ぇ。オレ頑張りすぎだろ…客に持たすかフツー」「米10キロって重いのよ。知ってた?」「オマエ目あんのか。持ってんだろ、今、オレが」「ありがと」「ざけんな!」とどうでもいい口論が続きつつ、どんどん近づいてくる。
 リコがいなかったのは、昨日から実家に帰っていたからだ。キセキの世代が来ると聞いて「早めに帰るわ」と告げていた結果これである。
 子供たちからすれば、早い帰宅だ。喜びのあまり、目がキラリと輝く。
「お母さん、しょうご君!」
「っ!しんたろうくん、あの、」
 青峰の膝から飛び降りた娘が廊下に飛び出した。息子はそれに慌て、緑間に下ろしてとせがむ。
「下ろすぞ」
 声をかけてから床に足をつかすと、息子は姉の後を追って、小さな足取りながら目的地へ向って行く。そしてすぐリコと灰崎に対面、はしゃぐ声が響いた。
 子供たちの勢いに呆然としていた大人たちは、騒ぎで我に返る。
「灰崎君の人気すごいですね…」
「一番人気じゃないっスか…」
「料理は大事だぞ」
「青峰がまともなこと言ってるのだよ」
「それよりおなかすいたー」
「用意しようか」
 黒子と黄瀬の驚嘆、青峰の思い詰まった肯定、緑間の侮辱、紫原と赤司の自我貫き。皆反応はバラバラだったが、さつきの「私も手伝うよ!」一声に、振り向き、
「僕がいきますよ」
「オマエは座っとけ」
「俺がいこう」
「座ってていいし」
「さつき、手は足りている」
「桃っちはここに!」
打ち合わせのように、声が重なった。
 出前ですらどうなるか分からない方向に逸れるのが、さつきの腕前である。完全阻止。
 それに対し、さつきは皆の制止に驚くも、『男が頑張る』と良い意味で解釈――彼らなりにさつきを大事にし、そういう態度を多々取る――したようで、浮いた腰を下ろした。
 それと同時で、リコと灰崎が室内に入ってくる。ナイスタイミングとはこのこと。おかしな空気を無理矢理散らした。
「ただいま。あと、いらっしゃい」
「おかえり、リコさん」
 リコ限定の微笑を返す赤司に、周囲は「案外ベタ惚れ」と毎度思わされる訳だが。向けられる奥方はさっぱり気づかず、来客に視線を向け遅れた詫びまで始めていた。
「リコさん、」
 振り向かせるように、赤司が名を呼ぶ。なに、といつもどおり――彼らしく表現するならば、無防備な大人との視線が合わさる。
「おかえりなさい」
「うん、だからただい――」
 何故繰り返すのだろう、という不思議な表情も一瞬だけ。赤司がリコを抱き寄せ、彼女の頭部を強引に肩へ押し込んだ。
「え、あ、ちょっ…ちょっと何してんの!?」
「動かないで。確認している」
「だから何の!!」
 余裕があるのかないのか、判断し難い赤司と、予想範囲内の慌てっぷりのリコに、皆なんとも微妙な気持ちになる。教育によくない、と灰崎が足下の息子を、黒子が娘を抱き寄せ、手で目を隠す。
「ジムにも顔を出したから、汗くさいと思うんだけど…」
 リコの複雑そうな、諦めきった声色。赤司は調子を乗って、リコの髪まで梳き始める。
「いえ、そういうのではなく…」
「やましいことなんてしてないわよ」
 一応礼儀の塊である赤司が人前で抱き寄せるほどだ。何か思うことがあるのだろう。リコは堂々と、よく分からないまま、嘘のない、愚直で言い切る。
「お母さん。てっぺい君、しけんどうだった?」
 娘は視界を隠されているので、現状分かる訳もなく、思ったことを問いかけ出す。話題提供のつもりだったのかもしれない。無垢な、純粋なものだった。
 だが、胸元から発した声に、黒子がぎょっと目を丸くする。娘が赤司の心情を具現化させたと思わせる発言だからだ。そしてそれは核心であり、
「……え?鉄平?大じ…ったいっ痛い痛い!征十郎君、痛いってば!」
抱きしめる力が増したようで、リコが悲鳴に近い訴えを出す。
「てっぺいくんっ」
「なんだよ、男か」
「違うわよ!いや、性別は男だけど」
「オレ相手にその訂正した女、初めてだぞ…」
 同じく視界を閉ざされている息子も知人の名にはしゃぎだし、灰崎がにやにや笑みを見せる。そこまで来て、静観していた他が納得した。
「あー赤ちんの懸念は鉄心かー」
「リコさんと実家のジムでも縁持ってるの、鉄心と日向さんなんだよ」
「さつき、お前それら赤司に流してねえか」
「大ちゃん、なあに?」
「木吉先輩に僕も逢いたいです…ふたりを拝みたい」
「おが…?テツヤ君、わたしもあいたいよ」
「ですよね。今度は連れて行ってもらいましょう」
「うん!お母さんにお願いしよう」
「なんスか、この鉄心人気…!」
「お前は灰崎か鉄心か、どちらに妬きたいのだよ」
 紫原のどうでも良さげと、青峰の的確にさつきのしらばっくれ、黒子と娘の安定した誠凛好き、黄瀬の妬きと緑間の呆れ。リコはそれを全て受け、好き勝手言いやがって、あと目の前の旦那も未だよく分からないこと懸念しやがって、とふつふつ苛立ち始めた。彼女の沸点は低く、すぐに泡立つ。
「何かある訳ないでしょ!鉄平に謝ってきなさい!!」
 木吉は勿論のこと、誠凛の同期が聞いたら「そこじゃないだろ」とツッコミを受けるような発言をしながら、リコが赤司の脇腹を殴った。
 大人げない、喧嘩というか揉め事だったが、当事者ふたりには深刻な話題だろう。長くなるかと思えば、リコのまたも大人げない物理攻撃により、幕が引く。若干身をまるめて唸る赤司を横に、リコが嫌なくらい清々しい笑みで「昼まだよね、準備するから」とだけ零し、キッチンへ向った。
「赤ちん、リコちん無罪だよ」
「分かっている…」
「分かってないだろ、それは」
 青峰が哀れみながらも、否定的な応答だけ。茶化すことが出来なかったのは、赤司が痛そうにしていたからだ。紫原がそれに対し「大丈夫じゃない?」と気の抜けた相槌だけ打った。
 閑話休題、緑間はキッチンに向かった赤司の背を一瞥してから、灰崎を見る。この場の修正、空気を散らす役割を担おうとしていた。
「灰崎、遅いぞ」
「うるせえ、仕事だ!」
 だ、けれども。灰崎でも空気を読んで話題に乗ろうとしたが、緑間の微妙な指摘に、短い一喝。
 早く着く筈だったのに、途中リコに捕まって米袋まで持たされた。しかもまともに働いた帰り、褒められることがあっても怒られる筋合いはない。
 しかも言うだけ言って、黒子と共にキッチンへ消えていく。過度な嫌味を意識していない表面上だけだからこそ、緑間のは質が悪かった。
 話の逸らし方がおかしいだろ、と内心思いつつ、手に持っていた物を紫原へ突き出す。
「アツシ。頼まれたの買って来たぞ」
 パティシエの紫原が子供たちの為に、この場で製菓を作った――のは良いが、最後の生クリームを買い忘れ、未完成。そんな経緯あり、遅れる灰崎に頼んだが。
「崎ちんありがとー…あ、ちゃんと買って来たね」
「オマエ、指定すんじゃねーよ」
「これがいいし」
 買い足しでメーカーまで指定された。しかもすぐ見つからず。仕方なく別のスーパーに向っている途中、リコと遭遇し、今に至る。
 ドン、と床に米袋を置くと、リコから「キッチン!」と単語のみで怒られた。パシりやがってと思いながら、灰崎は再度持ち上げようとする――前に、足下で微動だにしない息子へ視線を向ける。
「なんだ」
「しょうごくん、ちゃーはん」
「………オレが炒飯みてーな言い方するな。姉、言い直せ」
 言葉はきついが、視線は緩い。息子も灰崎に臆すことなく、きょとんとした表情で姉を見た。
 頼む態度を示せと言っているのだと、子供らしからぬ機転で理解し、姉が弟に「まかせて」と頼もしく頷く。
「しょうご君の作る、美味しいチャーハンが食べたいです」
「…たべたい、です」
 姉に倣って弟も復唱すると、灰崎が心持ち破顔し、ふたりの頭を撫でる。そしてもう一度米を抱え、キッチンにいるリコと赤司、緑間、黒子のところへ向った。
 願いが通ったと分かるや否や、ぱあああと効果音が聞こえたと錯覚するような笑みを綻ばす子供たち。外見内面トータルだと赤司似の子供たちの笑顔は、何処か違和感があった。赤司の言動が原因だと分かっているけれど、拭えない。
「赤司っちそっくりで満悦とか、色々すごいとこ見てる気が…」
「女の子は笑ってる方が可愛いよー」
「え?」
「ん?」
 相槌に動揺した黄瀬と「なにが?」の紫原、ふたりが視線を交えた。けれども、互いにそれ以上食いつくことはない。あえてなかったことにし、すぐさま視線を外した。
「おーおーオマエらこっち来い」
 青峰が子供たちを呼ぶ。鍛えている巨躯からすれば、幼いふたり分の重さなど造作もないようで、軽々と抱き上げ、両膝に乗せた。
「だいきくんはいかないの?」
「大ちゃんは俺様で暴君だから」
 手伝いにいかないのか、という息子の問いに、隣のさつきが答えた。暴君――彼と彼の出身校の一部である。
「おい。それ関係あるのか」
「おれさまでぼうくん?」
 青峰の指摘は的を得ていたが、それを汲み取れない――というより、不思議な単語に食いついただけだ。
「おれさま、『おまえのものはおれのもの、おれのものもおれのもの』しそう、ジャイアニズム。ぼうくん、おうぼうにふるまう」
「わあ、大ちゃんより賢い!」
 さつきが娘の頭を撫で、褒め讃えた。
 実際、暴君など幼い頃に使う言葉ではない。歴史の勉学中か、青峰の昔話などの際、触れたのだろう。
 リコの周囲が教えていそうな和製英語に至っては、何が由来か分かっていなさそうだ。辞書を開き、音読するような口調である。
「……だれのもの?」
「ぜんぶだいき君のもの」
「かんけい、あるの?」
「手伝いとコレは関係ねえよ」
 よく分からない、ともう一度姉に問い直し、教えてもらうが、やっぱり納得いかない。きょとんと息子が青峰に視線を向けると、全否定を喰らった。もう迷宮入りだ。
「手伝う必要がねえ、てことだ」
 青峰は不思議で困っている息子の髪を、豪快にかき回した。笑みでごり押しすると、それで良いのかなと思ったのか、息子も笑みを返す。それを確認してから、無茶苦茶なことを言う幼馴染みに視線を投げ、睨みつける。
「さつき、それ褒めてねえだろ」
「え、大ちゃんが低姿勢なの?それともただ自覚してるだけなの?」
「テメ、調子乗りやがって!」
「のってませーん」
「だいきくん、さつきちゃん。めっ」
「ケンカはダメだよ」
 リコの真似であろう、人差し指をたてて咎める息子。赤司らしい冷静な台詞を使用して咎める娘。反論の余地なく、青峰とさつきは沈下する。
「なんなんスかね、これ…」
「どうでもいいし…あー炒飯のにおいしてきたー」
 黄瀬は生温かい視線でそれを見ていたが、そろそろきつい。紫原が無関心のまま「崎ちーん、俺の分の炒飯も作ってー」とキッチンへ向ったのを見送るが――
「ま、待て、待つのだよ!」
「リコさん、そのオリーブオイルをこちらに」
「え?今、流行りでしょ?」
「そうですが、今は灰崎君がいらないと言ってますし」
「マジねえ、オレら4人もいて、突破する精神が理解できねえ」
「精神突破?灰崎君、褒めても何もでないわよ」
「褒めてねえ」
 不吉な会話が聞こえて来たので、広いといえど定員オーバーであろうキッチンに、黄瀬は助力、加勢しにいった。




※この直後『メフィスト・ワルツ』→『続 メフィスト・ワルツ-前編 / 後編/fermata
※ここから10年後『ヘラクレスの選択-前編 / 後編
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