An overture






「雪村君。これを土方さんから君に、と」

 ひょい、と目の高さに上げられた包みを、千鶴は凝視してしまった。
がたいよく見た目で恐そうに見えるが、朗らかな笑みを見せる内面は凄く優しい島田が差し出したもの。
一体なんなのだろうと訳が分からず、千鶴は包みから島田に視線を動かす。
「土方さんが……?」
「戴き物、と聞いたよ」
 副長が言ったのだから、貰っていいのだろう。
が、千鶴の身分(屯所に住ませてもらっている厄介な客)からして、図々しいように思えた。
 断ると島田が困る。
彼は土方と千鶴の間に立つ飛脚さんのようなものなのだから。
「じゃぁ…はい。いただきます」
「えぇ。それと少し量が多いので、」
 その後に続いた島田の言葉は、千鶴でも遂行出来ると思えた提案だった。





 空を見上げても、雲は動いているような、止まっているような…区別もつかず、鳥がたまに視界の端を通り抜けるだけ。
雨が降るよりはマシだが、自分の気持ちに変わりはない。
 山崎は持て余していた――時間を。
 いつもはこんなこと、無い。
長州藩士や攘夷などの敵対を探索することや、他にも色々こなしているからだ。
 それを本日させてくれない、強制休暇。
「自主的に休まねぇおまえの身体がわからん。おまえは勿論大事な人材だが、おまえだけがこの仕事をしている訳じゃねぇ。明日は何もするな」という土方勅命である。
 馬鹿みたいだ。
 上司に文句を言うつもりは無い、ただ自分を嘲笑う。
 少し休めと言われると、何をすれば良いのか思いつかない。
いつだって合間をぬって何かをする、ということをしてきたから。
 こんな簡単なことも出来無いとは、情けない。
それに尽きた。

 ぱたぱた、と軽い音が少し向こうから近づいてくることに気づく。
無防備で廊下を進み、音を隠そうとしない足音。
この屯所でそんな音出すのは、限られている。
 やってくる人物が山崎を見つける前に、音のする方へ山崎は視線を向け、先に視覚で捉えた。
 雪村 千鶴。
 後頭部の高い場所で結い、男装をしているつもりの千鶴がこっちに向かってくる。
 山崎からすれば、どう考えても女子しか見えないのに、見た目で男と認識してしまう輩も多い。
男装に成功している、と評価すべきなのだろう。
「あ、」
 千鶴は山崎の視線に気づいたが、驚きもせず笑顔を零した。
気配に敏感な隊士ばかりと一緒にいるから、先に気づかれてしまう、という慣れで発生する動作だ。

「――山崎さん」

 揺れる、後ろに括った髪が。
 ふわり、と。
「……どうした、雪村君」
 両手にお盆を持っている。
誰かにお茶を届けるのだろうか。
 いつも千鶴は幹部の話し合いにお茶を淹れている。
一応、というべきなのだろうか…土方の小姓扱いで通しているらしい。
 幹部に頼まれた、と山崎は踏んだ。
 慣れというのは面白い。
山崎が間違える解釈すら起こしてしまうのだから。
「山崎さん。今、お時間ありますか?」
「あぁ」
 有り余っている、は自暴自棄に思えたので、ただ肯定だけした。
「隣、失礼します」
 するとその返事に満足したようで、千鶴が微笑んでから山崎の横に座る。
 ふたりの間にお盆が置かれ、お茶が入った湯のみと御茶請けの団子が数本。
「これは」
「一緒に食べませんか?」
「………は?」
 自分にしては随分、思考の回っていない間抜けな声を出した…と後々、山崎は思った。
 千鶴にこういうことを誘われたなど一度も無い。
唐突過ぎて、予想外だ。
そして思いもしていなかった、勘違い。
「…あ!何か考え事とかしてましたか?それなら後でも良いんですけど」
「い、いや。そうじゃない」
 腰をあげそうになる千鶴に、山崎は軽く手を出し、止めさせる。
 邪魔とかひとりが良いとか、そうは思っていないが、止める意味も分からない。
 動転しているな、と自己分析。
こういう発想になった訳を説明して欲しい。
千鶴の考えを推測出来無い、さっぱりだった。
 役職的によろしくない。
が、分からないことを隠し通す頑なもなかった。
「えっと…?じゃぁ、お団子が嫌い…でしたっけ」
 どうしてそこで団子のことになるのだろう。
そうではない、そこじゃないだろ。
 途方にくれた感覚に、山崎はひと溜息。
「山崎さん?」
 らしくないのは山崎も自覚している。
困惑した様子を見て、千鶴が不思議がるのは致し方ない。
「今、ひとりで思案したい事は無い。団子も嫌いじゃない」
 とりあえず、千鶴が聞いてきた質問に対し答える。
隠す必要のない答えが出せる問いを流すのは、浅はかだ。
「それで、君に質問をしても良いか」
 山崎は分からないことを整理し、何を聞くべきか考えてから声に出した。
「はい」
 千鶴が、頷く。
 らしからぬ態度を見せる山崎に対して、千鶴は笑わなかった。
冷静に、受け止めている、待っている。
 そういう性格を、山崎は好ましく思っていた。
 不快感が無い。
「どうして俺がここにいると知っている」
 臨時の強制であるし、毎日千鶴と逢っている訳ではない。
今日だって久しぶりに逢ったという感じで、誰かに休みだと言った覚えもなかった。
 土方がそういうことを千鶴に言うだろうか。
説明しないで動かす、が手法だ。
 今、何かが引っ掛かる。
「島田さんが教えてくれました」
「……島田君?」
 同じ仕事をしているので、彼に情報が伝わるのは、自然だろう。
だが、どうしてそこで島田が千鶴に言うのか。
千鶴が聞いたのか、それこそありえない。
 山崎の疑問の声に、千鶴がそれまでの経緯を話し始めた。
相手のことを読み取って、では無さそうだが、山崎にはありがたい。
 団子は土方からの貰い物で、それを島田が届けてくれたこと。
そしてその時、
「山崎さんがいるから一緒に食べたらどうですかって」
 そういうことか、と山崎は理解する。
 読まれていた。
休暇を取らせても、何もしない、と。
そして自分から何か起こしたりもしない、と。
 それならば休暇を取らせる必要なんて無いんじゃないか、と山崎は思った。
 でも、土方の考えに異を唱えるつもりも無い。
身体を休ませろ、と言ったことは正論だろう。
 やっぱり土方は説明なんてしないで動かす人。
今だって千鶴が使われている。
 時間を持て余す山崎に、茶請けを持って話し相手になってこい、という役割。
「そうか。それならば、戴こう」
 どういう意味で、戴くという発想になったのか、千鶴は分かっていないだろう。
でも、それを問いたださず、嬉しそうに微笑んだ。
 知らないというのは、罪にみえて楽というか得も多い。
どうせ千鶴は意図を知っても、役目があるならばそれで充分嬉しい、と思うだろうけれど。
気づかないのならば、山崎から言うつもりもなかった。
 時間を持て余していたという感覚が抜けるのは良い。
だが、どうしてそう思ったのだろう。
 土方は何処まで考えて千鶴を抜擢したのか。
自分より自分のことを知られているようで、恐ろしい。
 ぼんやりと、そんなことを思いながら山崎はお茶を飲んだ。





「君の父親は蘭医学の医師だが、君はそれに詳しいのか?」
「家にある書物を読んだりして知識はありますけど、出来るのは応急処置くらいですよ。どうしてですか?」
「いや、世話になっている医師はいるが、屯所内に住み込んではいないからな」
「怪我も多い場所なのは分かりますけど、医師も多くいませんし……うーん、救急法とか知識ある人がいれば補えるんじゃないですか?」
「……救急法、か」
「はい。それを教えてくれる医師が必要だから難しいですけど…あれ、山崎さん?」



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