glasses
紫荒/未来捏造/恋人設定






 旧友との飲み会で、そこそこのグラスを空にした頃。旧友が眼鏡について、つらつら話し出したが、私には理解出来なかった。
 飲みながらだったので、よく分からない勢いある語りも許容出来たのだろう。素面だったら、即行話の腰を折るほど、長かった。
 しかも、その眼鏡のモエ?とか色々分岐したのだが、私にはそこも不明だ。
 だから、性癖と何が違うのか問い質したら、旧友が飲んでいたジョッキを傾け、私に向けてかけようとした。居酒屋でやるな、いや、家飲みでもするな。そんなに違うのか。危機感しか掴めなかったじゃないか。

「だからまさ子ちんは、俺に眼鏡を掛けさせるわけ?」
 どうしてそうなったか、経緯を話した。すると紫原はやっと、微妙に頷く。
「男に掛けてみろと言われてな」
「まさ子ちんがおかしなことするから、どうしたのかと思ったじゃん」
「そうだよな、そう思うよな、私もそう思うが…ジョッキはないだろ」
 飲み物かけようとするくらい苛立つことだった、としか思い出せないが。
「ジョッキ?」
「いや、なんでもない」
 巨躯を屈ませ、太めのふちが特徴の眼鏡を掛けさせた。されるがままの紫原は何故か笑っている。なんだろう、させろと言っておきながら、嫌な気が湧いてくる。
「どうした?」
「んー?」
 更にゆるく口元をあげ、伏せていた瞼が開く。
「似合う?」
 瞳が、やけに強くなったと思うのは、勘違いだろうか。
 つまらない理由で、伊達眼鏡を掛けさせたことに怒っているのか。いや苛立ちや怒りの表情ではないと、私は知っている。
 ならばなにか。分かっている。本当は、なになのか、私は、何度も、遭遇している。要するに、気づきたくない。
「賢く見える」
 だから、はぐらかす。ガキみたいだ。良い、今はガキで良いか。
「それだけ?」
「見た目まで賢くなるとか……理不尽だ」
「まさ子ちん、馬鹿だもんね」
「ああ……おい黙れ」
「他にはー?」
 触れていないのに捕まってしまった感が否めない。顔を背くも、すぐに顎を掴まれ、戻される。
 添える、なんてものじゃなかった。痛い。あと、こいつ絶対分かってやがる。逃がす気なんて全くないと。
 黙って、眼鏡を掛けてあげたんだから、見返り寄越せと言わぬばかりの、高圧。誰だ、こいつの訳わからないスイッチをいれたのは――ああ、私か。そんなことすら遅れたなど、現実逃避し過ぎだ。
「モエ、理解出来た?」
「さっぱりだ」
「まーまさ子ちんの感性じゃ、一致しないだろうねー」
「馬鹿にするな」
「そうじゃな……あ、」
「ん?」
「外していー?」
「ああ、付き合わせて悪かったな」
 会話がとんとんと進んだ。なんとか、スイッチ切れるか。そんなことを思いながら、紫原が片方のテンプルを掴んで、横に外す仕草を目で追う。やっぱり、嫌いだったか。
「別にー?」
 軽く唇が重なった。何がどうで、こうなるのか。
「キスしにくいだけ」
 その為に、はずしただけ。
 そう含まれていることに、気づかされる。
「珍しいまさ子ちん見れたし、今度また掛けてあげる」
「……しなくていい」
 珍しい、を否定したくて拒んだのだが、キスがしにくいことを肯定しているような気がしてきた。微妙だ。しくった。
「今のは、」
 情けなくも、訂正しようと口を開く。
「しにくいよね、キス」
 分かった上で、紫原が重ねてきやがった。年下なんだから見逃せよ。くそ、と短い舌打ちも、塞がれたことにより、出来なくなった。




***




 まさ子ちんの旧友は眼鏡フェチで眼鏡屋の店員みたい。仕事に趣向をどっぷり浸からせたパターン。
 まさ子ちん曰く、友達の中では割と…まともなんだって。あれがまともなんだ、とか俺でも言わない。俺の周囲、変態多いし。
 あ、俺は違うから。だって、まさ子ちんにあれこれ頼まないよ。色々な趣向試してみたいとは思うけど、まさ子ちんに似合わないから。俺、これでもだだあまやかされたいし、だだあまやかしたい、がモットーだし。
 なんの話してたっけ。もういいか。
 あーそうだ、眼鏡だ、眼鏡。
 まさ子ちんと出掛けた時、眼鏡フェチの旧友のところで眼鏡を作た。俺、視力良いから伊達眼鏡。
 まさ子ちん、そんな趣味あるんだーと思っていたら違った。旧友が自分の「モエ」を理解して欲しいから、男に掛けさせろ、と教えたらしい。
 その動機もあるだろうけど、俺のことチェックしたかったんだろうなあ。来店した時、頭から爪先まで俺のこと見ていたし、客に対する視線じゃないと、流石に分かる。まーまさ子ちんは眼鏡のフレーム物色して(しかも眼鏡も興味ないから、デザインの差が分かっていなかった。本当にバスケ馬鹿すぎる)気づいてなかったけど。自分が大事にされている――てこと、分かってないんだろうなーあれ。本当、自分の核心だけ分かって突っ走る、周囲の気持ち読み取れない、はた迷惑な人。
 で、頭の大きさとか色々測って、まさ子ちんと駅ビルふらふらしていたら、完成していた。
 眼鏡て、早ければ1時間もかからず作れるんだね。びっくりした。まさ子ちんはもっと不思議そうだった。

 作ってから、ちゃんと掛けたのは、ふたりきりになれた後。その場ですぐ掛けて、デート楽しんでも良かったんだけど。何もしない自信なかったから、意図的にそうした。
 最近、何に対しても、こんな感じ。怒ったらあと面倒だし、我慢するの嫌だから、ふたりきりになるまで俺なりの譲歩。えらいよね、褒めて欲しいくらいだし。
 タイミングを見計らって掛けてみれば、案の定まさ子ちんは眼鏡の「モエ」を理解出来なかったし、見慣れない俺に動揺していた。気恥ずかしいとは言い難いけど、難癖付けながら逃げようとするから、捕まえといた。俺から逃げるとか意味分かんない。
 俺も眼鏡とか、どうでも良い。キスがすごくやりづらそうだと思って、すぐはずした。
 でも、後々そういうのもちょっと有りかと思って。少し日数が経った後、黄瀬ちん風に誤摩化すなら「お洒落っス!」の一環で掛けてみることにした。まさ子ちん、すげー微妙な表情を一瞬だけ見せたんだけど、あれどういう意味なんだろ。
 まーそれで一度キスしたけど、やっぱりしづらかった。それが伝わったのかな。まさ子ちんがはずそうとしてきて、この仕草ヤバい、て滾った。本能に抗わず、眼鏡掛けたままヤったよね。
 え、何。良いじゃん、こういうスイッチていきなりつくもんなの。
 キスしにくいからヤリずらかったけど、なんか俺じゃないと思えるみたいで、まさ子ちん何処かそわそわしていた。それがまたクるんだよね。まさ子ちん、趣向より精神で敏感さ変わるからさ。うんうん、よかったよー。俺としては次なにで攻めようかなって…あ、

「まさ子ちん、おはよー」

「ふあ、おはよう…」
 気怠そうな欠伸ひとつ。
いつも背筋が綺麗な人がこんなにも緩いのは、寝起きかつ低血圧だから。洗顔後でも、いつもこんな感じ。まさ子ちんが低血圧て、無難すぎだよね。
 こういうまさ子ちんは俺の特権で、毎朝心熱くなる。まさ子ちんは俺を試し過ぎだと思う。
 まさ子ちんの進行方向に立つと、俺の胸元が壁になり、そこへぼすっと頭をぶつけ、止まった。
 しばし沈黙。寝ていると思うくらい、静かになる。抱き上げようかと思ったけど、その前に腕を掴まれた。
「眠い…」
 分かりきったことを言うまさ子ちん。本当ゆるい。
「まだ寝てれば?」
「いや……今日は、出掛けようと…」
 久しぶりに休みを合わせたから、出掛けようと話していた。だけど、俺もまさ子ちんも適当で面倒くさがりだから、丸一日とか出掛けない。臨機応変、時間も正確に決めてない。だからいつでも良いんだけど。
「ん、んー…起きよう、」
 重たいPCが起動するように、ゆっくり目覚めて来たのか、腕を掴んでいた手が離れた。俺はそれを追いかけ、手ごと握る。
「……どうした?」
 どうしたは俺の台詞だし。まさ子ちんから掴んだ手が離れるなんて、俺許してない。
「?…お前、気に入ったのか…それ」
「どれ?」
「眼鏡」
 昨夜ヤってる途中投げ捨てたから、翌朝回収。汗かいていたし、洗って拭いて、眼鏡ケース取りに行くの面倒だから、そのまま掛けていただけ。
 まさ子ちんの脳はまだ鈍っている。このネタ自分から振るなんて。抜け落ちてんだろーなー。本当に忘れたいなら、絶対話題に上げない人だし。
「んーまあねー」
「そうか、」
 俺は今、そこを指摘しない。するりと俺から繋いでいた手を解くと、まさ子ちんはあっさり離れ、着替えに行った。
 脳がやっと起きた所で、気づけば良いよね。自分の失態に。なにやってんだ、て自分罵倒するまさ子ちんを見に行かなきゃ。その時の悔しそうにゆがめる表情、俺たまんない。
 うん、今日も良い朝。





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