雅子は紫原と出逢う前から、自炊していた。 料理を面倒くさがる性格なので、出来ることならば、したくない。だが、コンビニ弁当とスーパーの総菜に飽き、するようになった。 きっかけがそれだけであって、料理に目覚めた訳ではない。しかも教師だけでなく、部活の顧問もかかえ、多忙の身だ。なので、空いた時間にめんつゆやスープなどを作り置きし、有り合わせで仕上げる。 ざっくりとした男料理みたいな腕であり、適当さに自覚がある雅子は、エプロンを着けない。着けるほどの料理をしていないし、汚れもしない、という発想からだ。 紫原はそれを就職し、押し掛け同棲を始めた後に知った。ただ気づいていた程度で、指摘や話題に上げたこともない。土産に悩む先輩たちがいたので、丁度、偶然、切り出した結果、贈ることになった。 そんな経緯あるお土産のエプロンを貰って以来、雅子はキッチンに立つ度、それをを身に着けている。使用するほどの料理をしていない、と言っていたのに。 やっぱり気にいってる。エプロンを着けてキッチンに立つ雅子の後姿を見ながら、紫原は内心そう思う。 初めて身に着けた時、泣きそうな笑みが微かながら表情にのっていると気づいていた。元部員から貰ったことがとてつもなく嬉しいし、とてつもなく大事にしたい。そんな気持ちだとも、分かっていた。 雅子を愛おしく感じたし、自分が与えられないことに悔しくも感じた。 もどかしい感情を思い出す度――今も、苛立つ。 それを投げ捨てるべく、雅子に触れよう。落ち着かせよう。紫原はそう決め、ソファから立ち上がると、胸元のチェーンネックレスが音を立てた。ふと視線を落とし、見入る。 『製菓を作る手だ。いつもつけていられんだろ。それにお前、なくしそうだからな』 雅子が可笑しそうに、ペアリングの片割れをチェーンに通し、つけてくれたものだ。もう片方は数週間前から雅子の左薬指についている。 アクセサリー類に惹かれたことはなかったが、相手に贈ってみるのも悪くない。自分のもの、という感覚が強くて、むしろ良く思えた。 何より、雅子がつけてくれたものでもある。何処か暗示めいていて、満悦だ。それ故、このリング付きネックレスチェーンを滅多と外していない。 「ねーまさ子ちん」 声をかけてから、雅子の背後から抱きつく。 前に黙って抱きついたら、相当驚いたのか、いきなり肘打ちされた。衝動とか、無意識の自己防衛とか、なんとか。慌てて非を詫びながら、そんな言い訳をしていた。 相当痛かったので、紫原にしては特殊な心構えで挑んでいる。料理中にひっつかなければ良い話なのだが、そこは譲れない。 腰に腕を回して引っ付き、触れ、感じるだけで気分が良くなる。「やっぱ俺、都合良いな…」なんて呆れもするが、心地よい方が優っていた。 「なんだ? あと丁度良いところに来た、味見しろ」 最近、調理道具が増えた。岡村と福井と劉と氷室の4人から結婚祝いに、と貰ったものでもある。 祝い品を買う時、貰う側の紫原もいた。みなで遊んだ夢の国の翌日、銭湯の後から陽泉の土曜授業終わりまでの時間に探したからだ。 何がある、何がない、何が欲しい。紫原はそんな質問に返答していただけだが、気づけば調理道具一式になっていた。 この贈り物で最低限だったキッチンがまともになり、雅子も前向きに料理している。 「………大味」 邪魔、と言わなかったのは味見のため。小皿を受け取って、舌で舐め、がっかりな味。 「だろうな」 しかも渡した側もそう思っていたらしい。色々散々だ。 「まさ子ちん、」 「しかたないだろ。文句があるなら、お前も手伝え」 「えー…」 面倒くさいに尽きる。だが雅子も同感のようで、味を直す気もないようだ。 紫原のぐだぐだ性分は一生直らない。だが、全品が大味なのも耐えられない。食生活はそこそこ大事な点だからだ。 面倒面倒面倒めん…言うのも面倒なくらい面倒だが、しょうがない。諦め、盛大な溜め息をひとつ。 紫原は自分用のエプロン――キセキの世代たちが就職祝いに贈った、紫色の生地に丈の長いソムリエエプロンである。長身でも着れそうなのを選んだ試行錯誤の型だ――を取り、身につける。 「もー全品大味が嫌なだけだからね。まさ子ちん、ありがたく思ってよ」 そう呆れ面で冷蔵庫を開ける紫原を見ながら、雅子は淡く笑う。 「分かっているよ」 「あーもう、面倒くさい」 「私もだ」
Je te veux/curtain call
-きみがほしい/カーテンコール- あとがきにかえて 「アツシ、『Je te veux』2作全ページ皆勤賞だね」 「俺、主役だし」 「主役からの提供は……まいう棒ってナメてるアル!」 「ちょっ投げるのやめてくんない!?こなごなになるじゃん!!」 「しかも種類豊富じゃのう」 「じゃあ、俺この赤いのもらうぞ」 「私はこれにするか。ココアなんてあるんだな…というか、これはなんだ?」 「あとがきアル」 「反省会ですね」 「話の内容を振り返ったりするんじゃろうか?」 「俺、反省することないけどー」 「誰も紫原が反省するなんて思ってねーから安心しろ」 「あとがきで、反省会か……福井、補足」 「俺ですか!?えーあ−…紫原ん家で監督と酒飲む話で、設定やあとがきっぽいネタ混ぜ込むつもりだったんですが、規定数越えたので…その話切って、これをかわりに…」 「1つにまとめようとした試行錯誤の結果アル」 「まぁ、これですらギリギリですけど」 「これ自体どうかと思うんじゃが…」 「ねー反省する点なんてあるの?」 「俺らはないな、エプロンなんとかなったし」 「是。贈り物に反省なし。紫原論外、監督が主アル」 「カントク用の場ですね」 「……あー…そうか…」 「やり場のない感情を抑えとるぞ……」 「監督の反省会とか、俺ら死ぬ間際だな」 「福井、男をみせろ。滅多にないことアル」 「貴重さとか面白さとか分かるけどな?これが一番危険だぞ、マジで」 「まさ子ちん、反省あるのー?」 「アツシ、興味津々だね」 「………まぁ、ひとつだけ」 「あるんか!?」 「あるんだ!!」 「えー?なになに」 ←5人同時 「マジキタコレアル!!」 「Woo!!」 「お前らな………さっさと済まそう、それが良い。あのな、この『Je te veux』2作で、私もそれなりに出番あったが…一度も出来なかったことがあってだな」 「…………あ、俺わかった」 「オレも…なんとなく分かったかな」 「監督が自供しなかったらこっちが問いつめたかった件アル」 「ここまであからさまなのもすごいんじゃ」 「…え、なに。みんな分かんの?」 「言動の要望(※2年分を返してもらう、紫原の要望。1ページ目参照)で触れなかったから、気づいていないとは思っていたが……やはりな」 「あの時のアツシ、余裕そうに見えますけど、繋ぎ止めようと必死だったんですよ」 「そうなのか」 「だからまさ子ちんも室ちんも、なに」 「名前。お前の、名前。私、一度たりとも、お前の名前呼んでないんだ」 「………………名前?」 「2mほどまいう棒落下!砕けるも粉々にならない、まいう棒すごいネ!」 「劉、茶化すなって」 「劉に言語間違えて教えとった福井がいうものでもないが……ともかく、名字の紫原ですら滅多と呼ばんかったし…監督のあの避け方の上手さは異常じゃ」 「アツシ、落ちたよ?もう一個開ける?」 「氷室そこじゃないだろ…」 「氷室それはないアル」 「ああああああああああ!?」 「あ、巨人再起動」 「しかもまいう棒開封したアル」 「というか落ちたまいう棒の色おかしくない?!なにこの色、何味じゃ…」 「確かに呼ばれてない!あんな文字数あって年月長め(※学生の頃からなら、約5年もの)の話で、俺出っぱなしだったのに!まさ子ちんに呼ばれたない!!」 「昔は避けてたからな。距離をとっておかないととか思ってたし…なぁ?」 「なあ、じゃないよ!まさ子ちん、意味分かんない。もう距離とかないじゃん、俺のお嫁さんでしょ?なんで呼んでくんないの」 「いや、その、区切りついてからは避けてないからな。ただ、呼ぶ習慣がないのと、言わなくても支障なくてだな」 「開 き 直 り は い ら な い」 「今頃気づいて、今頃苦情出しても遅すぎアル」 「気迫が異常だろ、あれ。つーか、この言い逃れ、籍いれたらアウトじゃね?」 「だから監督、今、白状したんじゃろ」 「アツシ、頑張って!」 「任せて室ちん」 「なにをまかせるんだ、おい…」 「まさ子ちん、呼んで」 「なにを」 「本気だったら捻り潰すよ」 「紫原の本気だ」 「アホアル」 「うお、酷い色のまいう棒美味いんじゃ!」 「お前も何新しいの開けて食ってんだよ…いや、俺にもそれちょっとだけ寄越せ、全部はいらねー」 「まだ残ってるんだからそれから食べろ、ワシのとるな」 「そこのアゴと福井。生暖かく放置したい気持ちはわかるが、うるさいアル」 「食べながら観賞で十分だろ。あ、すげぇこの味!」 「コンポタ美味しい。リュウも食べなよ」 「氷室、コンポタが美味なのは当然、いただくアル」 「……(外野がうるさい。というか流すの手伝え)」 「まーさー子ちーん。プロポーズした後くらい言っても良いじゃん。なに、恥ずかしいの」 「恥ずかしかったら白状すらしていない。私に非がある。呼べなくて悪かった、敦」 「……あっさり、さらっと言ったな」 「マジで恥じらいないアル」 「白状する時点でもう、吹っ切れとるんじゃろ」 「女性って区切りついたらあんなに潔いかな…困るよね」 「お、なんだよそれ!…ああ、分かった。WCにいた外人金髪ねーちゃんだな?」 「氷室なにそれ経験談アルね、話せオイコラ」 「劉、キャラ維持するのも大事にせんと…」 「おい岡村みろよ、紫原がしゃがみ込んだ。まるまっても、でけー」 「……俺、ちょろい…」 「はは、悪いな」 「もう一回」 「敦?」 「もっかい」 「敦」 「まさ子ちん、なに笑ってるの、面白くないし」 「効力あったのかとおかしくてな」 「滅多に呼ばない人が何いってんの」 「アツシ嬉しそう」 「氷室も嬉しそうアル…」 「紫原の頭がしがし撫でて笑う監督も豪快かつ格好良い…記憶と寸分違わないなーマジで」 「ちょろい自覚あるんか…」 「実際ちょろいな、紫原」 「アツシのこと、どれだけ呼んでないんだろ…」 「滅多に呼ばない、しないことって効力強いよなー」 「ヤッてる時はどうアルね」 「え、劉。それマジ危険」 「もーそういうのは俺だけが知ってれば良いの!」 「あ、巨人のごもっともな台詞」 「それよりまさ子ちん、ここで白状すれば許すとか思ってんの?」 「反省会なんだろ、ここ。だからって…っ!?」 「調子づいて抱きつきやがったアル」 「なんか呟いてるけど…岡村ーこれ聞き耳立てねー方が良いかな」 「後輩思いなら、そろそろやめと…え、なんじゃ、規定数目前!?これで〆はダメじゃろ!」 「え、マジで?こんなんで終わって良いの」 「良くない。けど、しかたないアル。閲覧、謝謝」 「リュウ、最後だけ祖国っぽさだしたね」 「氷室黙れ」 「ははっ口調抜けてるよ」 「劉、氷室、ケンカするな。お前らの場合、冗談におさまらん」 「ほっとけ岡村。では!読んで頂き、有難うございました!」 「閲覧、まことに有難うございました」 back |