I want the world without you






 勝手に入り込んだ、という見解は君に無いだろうね。
だって君はいつだって僕を勘違いしているから。
 わかっている、何が原因かなんて。
 それなのに、変えることが出来無い――愚かな自分。

 苛立つよ。
 君という存在が。
 どうしてこうも、勝手に入り込んだと錯覚させられるのだろう。
思い込み、馬鹿みたいな被害妄想。

 何やっているのだか。
 僕は大人になったつもりで居たんだけどね。





 ふと、屯所の門付近が騒がしい、と沖田は目を向ける。
声の量や人数の気配、時間帯的に昼の巡察が帰ってきたのだろう。
 一番に井上が目につく。
いつものように柔らかく笑っている。
誰かと話していた。
 優しく微笑む人柄――それが最近もっと柔らかくなった、と沖田は思っている。
間違えじゃない、錯覚じゃない。
 井上の横に千鶴がいた。
 曖昧が、思いが、確信となる。
「やっぱり、な…」
 ぽつりと、沖田が風に掻き消えるような声を零す。
 大層に『変えた』とまではいかない。
 ただ、少し柔らかくなるだけの、感情が湧いた。
恋とかじゃない、彼特有の発想。
 いつでも近藤や土方についてきてくれる井上だ。
ふと思い出すのだろう。
家庭を持って娘がいたら、こんな風なのかもしれない、と。
 それはよくある思いなのだろう。
沖田には年齢的にもその感覚が全くわからない。
でも、井上ならそう思いそうだ、あの人がそう思うならそれで良い、と思った。
 何かがゆっくりと変わっていく。
 試衛館の頃とは身分や仕事など確実に変わっているが、沖田のするべきことは不変だ。
揺るぎない。
地位なんてどうでも良い、興味も無かった。
 それなのに、変わっていくと思ってしまうのは――千鶴の存在。
 殺してしまいたい。
変わらせようと、揺るがそうとする彼女を。
 殺せたらなんて楽なのだろう。
 その衝動は誰かを困らせる。
 近藤さんは、絶対にそのひとりだ。
あの人が困った表情をするのは嫌だ。
新選組が捜さなければならない綱道の手がかりを持つ存在なのもあるし、あの人は優しいから、無実な人が死ぬと、苦しそうな表情を見せる。
 だから、出来無い。
 それに。
千鶴は自分が変えているなんて自意識過剰は持ち合わせていない。
その感情を、その感覚を、押し付けるのは可笑しいほど間違えている。
 一歩距離を置かないと、と心掛けるお客さん。
 そういう認識が、苛立たせる。
 こんなに感情的だったろうか。
世の中どうでも良いことが沢山あって、自分のしたいことだけ、していたつもりなのに。


「――ぁ、沖田さん!」

 乗り出して見ていたつもりは無い。
 向こうが目敏かっただけのこと。
 千鶴が沖田の方に小走りでやってきた。
柔らかい、女子の笑顔で。
 これで男装だって気づかない輩が多いから可笑しい。
 先入観というのは恐ろしいな、とぼんやり思う。
「お帰り、千鶴ちゃん」
「ただいま戻りました」
 はっきりとした声だけれど、急いだ気持ちや落ち込みは無い。
綱道捜しが持久戦だと分かってから、千鶴の巡察同行で見せる感情は落ち着いた。
この表情は、何も無かったのだろう。
 それでも諦めない意思。
父親思いだこと、と沖田は嫌味なほど感心してしまう。
「沖田さん。さっき御茶請け買ってきたんです。一緒に食べませんか?」
 手に持っていた包みを見せ、千鶴が嬉しそうに笑う。
 巡察に同行出来る様になってから、千鶴は八木邸の掃除をするようになった。
何もしないのはよくないと申し出たからで、近藤が快く承知している。
 幹部の部屋は希望があれば、それ以外は庭の掃き掃除か廊下の床拭きなどだけだが、男所帯の汚さ――決してお世辞でも綺麗とは言えない――にあったため、綺麗になっていくのが目に見えた。
男だから適当で良いなんてことないよ、と思わせられたのは言うまでも無い。
 で、その掃除に伴い、近藤が給料とまではいかない、お小遣いを出し始めた。

『女子は野郎より手間がかかるだろう?それに彼女じゃなきゃ買いにいけない物もあるかもしれん。欲しいって自分で言わない子だからな、こういうの上げないと何も買ってこない』

 近藤にしてはよく的を得た発想で、土方も文句を唱えなかった。
「お団子です」
 その少ないお金――隊士基準だが――で買ってきた、食べ物。
「夕飯食べられなくなるよ」
「沢山食べません、というよりそんなに数買ってませんから」
 実際のところ、まだ時間はある。
 しかもそれを考えないで千鶴が提案するはずが無い。
 断る良い理由が思いつかなかった。
でも、頷く訳にもいかない。
「僕はいい、君が食べな」
 気を回さなくて良かった。
そんなこと皆にしていたら千鶴の食べる分が減る。
 気前は懐が裕福な奴がすれば良い。
「そう、ですか」
 すみません、と千鶴は言わぬばかりのしょんぼりを見せてから、淡く笑い、頭をぺこりと下げ、いなくなった。
 前に約束などした覚えは無いし、分けて欲しいとも言った覚えは無い。
自分が好きなものをあえて渡そうとするかな、普通。
 そう思いながら軽く後頭部をかいていると、後ろで気配を感じた。
「総司」
 振り返ると同時で名を呼ばれる。
思ったどおりの人――可笑しそうに笑う井上がいた。
 先ほどまで近くに居なかったのに。
 変なところ見られたな。
始めにそう、沖田は思った。
「一緒にこの思いを共有したい、という気持ちは何事の損も関係ない…損と、思わないものだよ」
 嬉しい気持ちを共有したかった。
それだけで自分が思っている損なんて感情、相手は湧かない。
 そういうこと。
「まぁ、あの言い方は総司らしいけどね」
 朗らかに笑う、飴と鞭な言葉。
 意図的ではなく、無意識でそう言っているから井上の優しさはタチが悪い。
「心得ておきます」
 なんて情けない返答だ。
沖田は自分でそう思う声音に呆れた。



 言葉を取り繕う、優しい言葉など思いつかない。
今は自分が思うことをはっきりと言うくらいしか出来なかった。
自分の感情に追いつけていない。
 苛々する。
君を見ていると、そう思ってしまうよ。
 早く、殺してしまいたい。
 違う何か、感情に気づく前に。



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