無限なるものへの讃歌
-Hymne an den Unendlichen- ※後編です。前編はコチラ。
「数年前の、スタメンだ」 全部員を集め、やってきたOBを説明するのも毎度のこと。雅子のそこそこ存外な説明も、いつものこと。しかし今回に限っては―― 「全学年に散らばってるのに、全員揃うとか、正直どうかと思う奴らだが、実力はある」 OBはよく来るが、だいたい同期で数名だ。今回のように学年違えどレギュラー繋がりで来ることもあるが、揃ったこともない。 雅子の横に並んで現部員と対面していた5名のうち常識人側の岡村と福井が、「本音と建前!」みたいな驚きの表情を浮かべ、視線を向けた。 「いつものように指導させようと思ったんだが…」 バッシュと着替えを持参してくるOBを臨時コーチにし、レギュラー問わず指導を要求している。けれど、今回それは、と濁し――雅子にしては珍しく、当時の彼らを思い出したが故、呆れの表情を浮かべた。 粒が揃いすぎたあまり、試合中のサポートは異常に良い。だが試合以外ではスタメン中3人ほど浮きすぎていた。団体スポーツで色々矛盾した、おかしな腕の塊、という認識が雅子には強い。あと、苦労した。よく分からない信頼というか技量に、指導者としても学んだが。 「こいつらは、今もそこそこバスケを続けている率が高い。それでいて全員揃った。滅多にない機会だ、今日は特別に練習試合…と言う程でもないな、1か2Q分の試合をする」 その瞬間、騒がしくなったし、部員の目の強さが変わった。雅子も予想していたのか、咎めない。 この代はWエースという異例の前半、1年目。留学生導入、途中入部のスタメン入り、バスケ界で逸脱したキセキの世代。スタメン2m越えの長身3名によって絶対防御(イージスの楯)を頑なにさせた。 部員の夢を壊す気もない顧問が黙っていたのもあり、更に悪い方向へ美化していく。その結果、尾びれがつきについて、後輩から異様な憧れ心を持たれている、ここ数年で一番目立つ代になった。 妥当な言葉で隠したが、この5名。人に教えることが不向きだ。 近年稀にみる天才と、天才に近い秀才。それをフォローできる才能持ちが3人、と逸脱している。実力がありすぎて、凡人には理解し難い。技術があるあまり、凡人を理解出来ない。無理にやらせても効果などなく、技術に振れるのが手っ取り早いと結論づけていた。 「現役が負けたら、そのチーム、筋トレ10セット追加と職員駐車場か体育館横通路の除雪だ」 先程と異なった意味で、騒がしくなる。 雪降る秋田では慣れたことであり、サボるなかれ。冬になると、雪掻きは外周代わりの筋トレの一部となり、部活前に行われる。当たり前のことでも、必須事項と、おまけでくっついてくるの、気分は別物だ。 雅子の方針は、部活に遊び心を含めない。部員の子供心を揺さぶったり遊んだりするような、飴と鞭をいれない。なので罰らしきものも滅多となく、今回が特殊である。 気合いをいれて練習試合に臨め。だが、楽しんでこい。そういう意味合いを含めた発火剤として、頼まれた除雪を、混ぜただけだ。 「――以上だ!!」 雅子が怒鳴るように雰囲気を強制終了させる。 慣れというのは恐ろしい。その掛け声は合図であり、現役・OBどちらも初めの挨拶「お願いします」が切り出される。 この後は、ストレッチで身体を解し、基礎練習に入る流れ。瞬時に次の行動へ、散らばった。 *** 体育館に隣接する体育準備室――物置ではなくちゃんと使用している場合、どの教科も大半、教師の個室みたいになっている――は、意外と整理整頓されていた。スポーツ界の室内ならそこそこという判定であり、基準が悪い故の「意外」である。その証拠としてストーブや物は乱雑で、殺風景から程遠い。 部室だと部員の邪魔なりかねないOBは、そんな準備室に荷物を置き、着替えをしていた。 「マジあぶなかった…」 「若さは強さじゃ」 「元祖・絶対防御のメンツは保てたアル」 スタメン含む体力ある高校生たちと試合。ひと試合の時間は少なく、経験や実力はこちらが有利といえど、強豪校の後輩である。若さの勢いと体力はあなどれない。 そんな懸念もあったが、なんとか全勝した。バスケ中心の氷室を筆頭に、皆そこそこ身体作りだけは怠っておらず、経験の多さが決め手だ。なにより、連続試合ではなく間の休憩も長め、雅子から対戦相手の情報を得ていたからもある。 特に卑怯な情報、OBを楽をさせる為ではない。指導者に向かない彼らでも後輩に教えられる苦肉の策。直接挑み、技術を肌で感じ、経験を積ませることを選んだ。 「おい、入っていいか」 「はい、どうぞ」 ノック音の後、雅子の一声。 岡村がみな着替え終わっているのを確認してから応答。すぐにドアが開く。 「お前らこれからどうする予定だ」 紫原からおおざっぱな旅行プランしか聞いていない。雅子の問いはとてつもなく無難、彼らにとって予想範囲内の質問だった。 「アツシの家に行こうかと」 「俺ん家で一泊みたい」 「あーお前のところか」 プロポーズまできたが、婚約や結婚はしていない。同棲紛いに入り浸っている紫原だが、一人暮らしの家を出払っていなかった。雅子曰く「けじめ」であり、灰色ゾーンで現状を維持させている。 「ワシら先に飲んでますんで」 「終わったら監督も来て下さい」 「負けないアル」 彼らの誘いに、雅子が困った笑みを浮かべたのは、気を遣わせたと思ったからだ。 それも一瞬だけ。 社交辞令の上辺だけで接して来たのではない。彼らが本心で誘ってくれているのだと気づき、一度ばかし軽く頷いた後、いつもの表情に戻した。 「なら、遅れてお邪魔しよう」 潔い切り出しは、男より格好良い。みなそう思うと同時に、少々男として敗北感も味わった。 「そうだまさ子ちん、俺からのお土産」 話の区切りがついたところで、紫原は鞄から取り出した物を、雅子の手を取って掴ませる。 「え、あ、あぁ、有難う」 「ここに置いてね」 出掛ける前、土産の話題が上がっていた。雅子はすっかり忘れていたが、思い出すと期待してしまうもの。「今渡すのか」という指摘が飛んでしまった。 「Du…フィ? ………こんなキャラ、夢の国にいたか?」 片手で掴める、10cmにも満たない小さなテディベアの人形。座った体勢で、背中には夢の国のタグがついている。 雅子は夢の国に詳しくないが、ある程度キャラクターを知っているつもりでいた。けれど、記憶内で該当せず。はて、と不思議な声が零れた。 「まさ子ちん、やっぱり知らないし」 「ワシも知らんかった」 「お前が知っててもきもい」 「福井、差別じゃ!!」 「監督、人気が出たの最近ネ」 「ここ最近、夢の国で推してるものですよ」 紫原・岡村と福井・劉・氷室の順で応答した。 余談だがこの人形、胴体に服飾できるオプションがある。今回のは着けていないので、指摘されたら補足をいれる予定だったが――その展開は流れた。 「お前らがケンカ売ってるのは分かった」 「あーあーまさ子ちん、それはダメ」 人形の頭を指で押すならまだしも、もぐ勢いでいじる雅子の手に、紫原が自分の手を重ね、止めさせる。怒りをそこに集中させられては、本気で顔を胴体が分裂しかねない。 「でね、これが俺オリジナルー」 人形の首に紫色のリボンを巻き、左右対称にはほど遠い、歪んだ蝶々結びが出来る。 「俺の代わり」 「……これを、置けと」 「そー。ここ、俺いないし」 始めに置くことを指定していた。それがどういう意味か分かると、紫原らしいと思わされる。 これが、紫原の選んだ土産。 準備室には自分がいないから。自分の代わりを置いておく。独占欲というか子供の束縛感。 わくわくと、断るなんて知らない瞳がこちらを見つめている。 「……分かった。有難う」 感謝の言葉を述べた後、雅子は準備室にある自身の机、本立てとペン入れの間に人形を置いた。 この机と周囲は準備室でも一番綺麗にしてある。男女問わず複数の体育教師が使用する準備室で、生徒やOBの出入りもあり、プリントや私物を存外に置かないようにしているのだ。小さなものなので、飾り程度、これくらいなら私物でも咎められないだろう。 「お前ら車だったな、気をつけろよ」 目処がつけば長居無用。残っている部員のこともある。 何処までも教師であり、何処までも可愛い部員であり、年下扱いで話を締める。 「あと、氷室。お前も変な入れ知恵するな」 準備室を出て行く間際、雅子が氷室を一瞥。それに対し、氷室は笑みだけ返した。 「はは、やっぱ分かっちゃうか」 雅子が準備室と体育館を繋ぐ扉から出て行って数秒後。氷室が笑みに苦さを混ぜる。 「でも、頑張って考えに考えたお土産、置いてもらえて良かったね。アツシ」 「うーん。室ちんありがと」 惚れた女は、弱さを隠せる逞しい自称弱い人。自分に空いた欠落を苦しくても苦しいと言わず、立ち上がれる人。 紫原はそういう穴を、塞ぐと決めた。気づかぬうちに外堀を埋めて、囲んで、尽きないくらい、愛そう。その一環のひとつ。 自分が傍にいなくても、安心させられるような、何かが欲しかった。 それはプロポーズに使った指輪のような、大層かつ突発ではいけない。じわじわ気づかない方向で攻めなければならないから。 だからこそ、お土産は絶好の機会だった。情がある人、こういう土産ものこそ捨てない。 だから、高価ではないもの。形に残るもの。自分が得するもの。定番であっても良い。世界にひとつである必要もない。彼女が気にならない程度のもの。 色々切り捨てられない重要要素をかかげながら探した。 氷室も頑張って知恵を絞った。決め手も勿論氷室であり、雅子は見抜いていたが。 「俺の分身ここに置けたし、あとどうしよーかなー」 置いてもらえたので、成功だろう。 次は何を、贈ろうか。紫原は気怠そうながらも、いつもの面倒くさい表情は浮かんでいなかった。 一方、他の3人はというと。 「はー…なんか俺ちょっと安心しちまった」 福井は、安堵の一息をひとつ。肩を撫で下ろす姿を見て、岡村が不思議そうな表情を向けた。 「後輩が報われたのは祝うべきだが、俺の知ってる監督じゃなくなってたらどうしようと思ってたみたいだ」 恋愛は盲目にさせる。世の中にはツンとかデレとかあるから、それに属していたらどうしようかと懸念していたようだ。 祝いたい気持ちもあるし、自分の思い出を大事にもしたい。そんな複雑な笑みを滲ませるものだから、岡村は福井の頭を撫でた。 「その気持ちは、分からんでもない」 恋とか愛とかなくとも、慕っている監督である。そのままで突っ走って欲しいと願うのは、我が儘であっても、誰もが臨んでしまうものだから。 「紫原もいつもの態度って雰囲気だったし…ふたりあんな感じなのか…?」 「そうじゃのう…ふむ、福井」 岡村の大きな手が福井の視界に割り込む。 「少し、隙があったんじゃ」 「は?」 ひらひらと手を振られても、何をしているのか分からない。だけれど、何か説明しようとしていることは分かっている。 なので、福井は再度問い質す。 「いきなり視界に入っても、振り払わんし、逃げんだろ?」 「まーお前だし。おかしくなったくらいしか思わねーな」 流れに合う返答だったようで、岡村が「おかしいは余計じゃ」と返しながら手を下ろす。 「それじゃ。慣れとる相手やから、許容範囲も広い」 「……おう」 慣れた相手なら隙を取られても気にならない。許せる範囲も、あたたかく見守る範囲も広くなる。おかしな行動であっても、少し驚くだけだ。 「紫原は昔から特別だったが…あまりにも鉄壁と思えた強さは、見方によっては変わるか……無防備ではないんじゃが、紫原の近づき方も、監督の壁も、不思議だのう」 ふたりの関係性、距離、感覚を察した岡村が、ひとり納得する。それに対し、福井と劉は、少し呆然混じりの視線を向けた。 「なんつーかお前…」 「この感想をどう表現すれば良いアルか……」 独走的な後輩を連ね、雅子から信頼されていただけの許容はある。ただ彼らが学生の頃からいじられポジションであったが。 それを副主将として支えて来た福井が誰よりも知っているけれども――こうたまに見せる技量に感心してしまう。 「博学キャラやめるアルか」 最終的にそれでまとめた劉が非難めいた声色を、岡村に投げつけた。 「岡村、その真っ当っぷりやめろよ」 「向いてないアル」 「だぁあああ! ワシ今日、散々じゃ!! もっと褒めい!」 ※全ての、終わりに→『Je te veux/curtain call』 back |