Je te veux』の後





『氷室。今度そっちに行く。観光に付き合えアル』
 強豪校の数少ないスターティングメンバー枠で、同学年かつ誰にも譲らなかった縁。留学生と帰国子女と、文化離れした感覚。幅広く縁深い、馴染みも世話にもなった劉から国際電話がかかってきた。
 劉は卒業後、祖国に戻ったが、どうやら日本に来るらしい。
「良いよ。でも、ひとり?」
 いきなりの連絡でも、氷室は小さな驚きのみ。懐かしい気持ちで満たされ、他はどうでも良くなる。
 距離が遠ければ遠い相手ほど、機会がないからだろう。日程も聞かず、あっさり頷いた。余談だが、調整をつけやすいのが、学生の強みでもある。
『そこから聞くところが氷室アル…』
「…ん? 変なこと聞いた?」
『一緒に行く予定だった彼女と先日別れたヨ!! それで旅行断念とか悔しいから、ひとりでも行くアル!』
 止めるな!気迫つきの逆ギレをされる。
 しかも言葉を濁せば良いのに白状する辺り、色々思う所があるのだろう。
「ごめん、リュウ。楽しい旅行にしよう。何処か行きたいところでも?」
 内容が内容なので、理不尽な状況の氷室でも謝る選択肢しか浮かばなかった。
『夢の国ネ!』
 気分は一転。劉が提案した場所は、老若男女問わず人気の高いテーマパーク――通称、夢の国。世界中で有名な黒いネズミを中心にキャラクターたちで溢れる場所でもある。
「うん、分かった。そこなら多数の方が楽しいよね。せっかくだから、アツシや先輩たちにも声かけてみようよ」
『賛成アル。多い方が楽しいネ』
 女性や子供に人気の夢の国へ、男ばかり。傍からみれば、痛さしか沸かないのに、旅行のわくわくで色々抜けていた劉には、その思惑など浮かばず。氷室の緩さあり、ツッコミ不足なのもいけなかった。
 可決されてしまう。
「そうだ、アツシのことなんだけど。カントクと結婚するんだって」
 そして、気を緩めたところで、あっさり爆弾話題投下。この予想外さが、氷室の無自覚さが、凶器だ。
 次の瞬間――受話器の向こうでガタガタと物音が鳴る。そして中国語らしき言葉が幾つか飛んだ。
「………リュウ? なんかすごい物音がしたけど…本でも崩れた?」
 読解出来ない氷室は不思議のあまり、誰も見ていないのに首を傾げた。
『そこで本とか、氷室おかしい…否、いつものことか……氷室、椅子からコケただけ。気にすることないアル』
「えっと、大丈夫なのかな」
 椅子から落ちたなど、ちょっとと言わない。
 だが、動揺のあまり、大げさすぎるリアクションがマジで起きたなんて、所々何か抜けている氷室には気づかず。大丈夫、という解釈でまとまってしまう。
『今の話、本当アルか』
「え、うん。プロポーズ成功したーて、喜びの電話が来たくらいだから、本当だと思うよ。挙式は…あ、聞いてないや。カントクのウェディングドレス、絶対綺麗だよね。うん、見たいなあ…」
『マジで落としたアル…』
 氷室の女落としみたいな発言は無自覚かつ深い意味なく。思ったことをさらっと言っているだけだと、劉も分かっているから、あえて流し、驚嘆の声で上書きする。
 劉が3年の頃、紫原を見て「あれ本気アル」と思うくらいだ。監督の平常対応さに不憫すぎて、影ながら気を利かせたり、気づかぬ見てみぬ振りをしたり、見守っていたのだが。
 監督が負け折れ、紫原が勝ちをもぎとったか。
 劉はそう解釈する。
「そうだ、お祝いもしないとね」
『そう、だな…』
 面と向って話していなくても、氷室が記憶と寸分違わない笑みを零している――と、劉にとって想像に容易い。保護者な友情が脳裏に浮かび、懐かしさと当時の苦さをじわじわ感じた。




無限なるものへの讃歌
-Hymne an den Unendlichen-








「まさ子ちーん。金曜東京行ってくるから」
「は? お前、休みとれたのか」
 玄関で迎えた早々、鞄――男は女に比べて鞄を持たない傾向にある。紫原もそのひとりだ――を持っていて目についたし、微かにわくわくしていたので、何かあるとは読めていたが。そんなことを言うなど思いもせず、雅子は目を丸くする。
「うん。三連休だからだいぶ前にとったし」
「誰…あー、帝光中の奴らか」
「違う。室ちんたち」
「氷室…あぁ、そっちか」
 性格にそこそこ難があるため、紫原も氷室も、交友関係は広くない。そのふたりの共通の輪となると、足りない文面でも悩みようがなかった。
 久しぶりに旧友と逢うのだから、三連休満喫すれば良い。雅子はそう思い、自然と笑みが零れた。
「何処行くか決まってるのか?」
「なんだっけ、金曜は夢の国で遊ぶって聞いた」
「そう…ん? お前、開園時間に着かないだろ」
 仕事上がり、前日木曜に出発するのだろうか。
 その発想になると、色々辻褄が合わない。今日がその木曜、前日である。こんなところでのんびりしている場合ではない、と一瞬焦りかけるも――
「うぅん、朝一で出るから、後合流」
 予定を聞いてみれば、各地に散らばった人たちの集まりなので、現地集合。しかも着いた順に合流。大学生組の劉や氷室は休みが取りやすいのもあって、夢の国前日から観光に出ているらしい。
「ここに泊まって、そのまま行くから」
 だから荷物を持って来たのか。やっと納得。
「はー…そうか」
 雅子も朝は早いが、明日は紫原の方が先のようだ。起こしてやりたいが無理だろうな、と早くも断念し、間延びした相槌になる。
「ねーまさ子ちん。お土産何が良い?」
「土産なんて気にするな。せっかくな…」
 欲しいものもなく、土産話が一番良い。そう切り替えそうとするも、紫原が唇を尖らせて不満そうにしているのを見て、言葉を詰まらせる。
 どう返すべきか。未だ手にやく、分からない部分がある。
「そうだな…お前が選んできた土産、何か楽しみにしておこう」
「………なんでも良いとかずるいし」
 むむむ、と少し抵抗を見せたが、尖った唇は消失。
 こういうのを見ると、雅子は年下も悪くないと思ってしまう。絆されたと呆れながらも、仄かに笑った。


***



 陽泉はバスケットの強豪校と評されるだけの歴史を詰んで来た。沢山のOBがいて、卒業後各地散らばっている。
 しかも雅子が顧問に就任してから数年は経つ。教わった顧問がいると行きやすいのか、数多のOBがやってくる。
 こういう出来事は巡るもの。部員の頃、OBを頻繁に迎えていると、自分が卒業しても来て良いのかと思うようになる。加えて、いつも厳しい印象しかない雅子が柔らかい表情――しかも「来るならバッシュと着替え持ってこい。扱き使うぞ」と言い切る――で出迎えるものだから、行きたいと考えてしまう。そうやって、繰り返され、後が絶たない。

 今も。



「お前ら、こういう団結出来たのか」
 雅子はOBが来ることを嬉しく思っている。バスケを、陽泉を、この部活を、好いている意味でもあるから。
 だが、紫原が1年の頃のスターティングメンバー5名――岡村、福井、劉、氷室、紫原――が揃うと思っていなかった。
 彼らが夢の国に行くと聞いていたから、そこで揃うのは分かる。だが、関東と秋田、散歩の距離ではない。揃って秋田に来ると誰が思うだろうか。てっきり関東で遊んでくるだけだと思い込んでいた雅子は、驚きを隠せなかった。
「夢の国と陽泉は旅行プランに入っていましたよ、カントク」
 初日は現地集合で夢の国を満喫。その夜から、氷室が用意した自動車に乗り込み、秋田へ移動。翌朝、銭湯でのんびりし、土曜特有の午前授業が終わる頃を見計らって陽泉へ。そして、今に至る。
 遠足のしおりよろしく、男の旅行にしてはそこそこ計画的だった。
 何故に自動車を選んだか。夜行列車は列車好きのロマンと比例して高価。巨人連中にとって自動車も夜行バスも苦痛だが、まだ前者、大型のを使用した方がマシだ。5人いれば運転を代わりながらゆったり移動出来るし、高速道路代の割り勘も安くなる。疲労と体力を消耗しても、共有する時間の尊さを選んだ。
「プランが若いな。まぁよく来てくれた、夢の国は楽しかったか」
 休み無しかつ騒ぎっぱなし――何故に新幹線を使わない愚か者、が含まれている――なところが若さを感じた雅子の一言も、周りには伝わらない。否、さっぱり分からない。けれども、指摘すると危険な展開しか想像つかないので、あえて黙っておいた。
 しかも話題が夢の国に飛んだものだから、劉が食いつく。
「夢の国! さすが夢の国アル!!」
「………補足しろ」
 楽しかったことしか伝わらない。
 雅子が目を細め、劉以外に視線を向ける。溜め息をつかなかっただけ、マシと思うべき――な態度だった。
「終日テンション高い劉に振り回されましたの」
「夢の国に感染されて妖精の脳化した氷室と紫原が迷子にならないか、無茶苦茶面倒でした」
 劉企画『夢の国へ行くよ!』つき氷室の誘いと共に、紫原が荒木監督を落としたマジで――が加われば、男ばっかりで夢の国、なんて霞む。後輩の事情突きにいくぞ、と意気込んだ福井が岡村を引き連れて捕まったのだが。
 長身ばかりの男5人が夢の国を歩くなんて、周囲も引くだろ。福井が当日気づき、現地で絶望した。
 だが、遅い。遅すぎたあまり、開き直って後輩を引率することしか出来なかった。
 余談だが、夢の国で学生限定入場料金割引フェアなんてやってるものだから、学生の劉と氷室のドヤ顔に、社会人の3人が少々の値段差ながらキレたのは言うまでも無い。
「チュロス美味しかったよー」
「お土産選ぶの楽しかったね、アツシ」
 岡村と福井までは良いが、紫原と氷室のは個々の感想だ。しかも自分たちのことを言われていると思っていない節がある。
「……劉の以外、通常じゃないのか」
 うわ、ひでえ。
 岡村と福井は内心そう思ったが、実際昔、後輩の吹っ飛んだ発想によく振り回されたものだ。
「まーそれで。劉、出せ」
「監督、私たちからお土産アル」
 福井の促しに、劉が賄賂の如く、夢の国のお土産を渡した。
「気を遣わして悪いな。有難う」
 劉と氷室は行いに満足そうだが、岡村と福井は何処か不安そうな表情で見守っている。雅子は中身に疑問を抱くも、元部員・元生徒からのお土産だ。指摘せず、封から開け、取り出してみれば。
「………エプロン…」
 缶に入ったお菓子など、定番のものではなかった。しかもよく売っていた、よく見つけた、と思わせる品物である。
 長身の雅子に合わせた着丈が長め――男性用かもしれないがそれこそ邪推だ――のもの。黒に近い赤紫の生地に、フリルなどついておらず、夢の国メインキャラクターのシルエットがプリントされている。雅子には合う柄と型だが、何故にエプロン。
「まさ子ちん、エプロン持ってないじゃん。だから俺がどうって提案したの」
「お前か……」
 ほぼ同棲みたいな状況なので、紫原が知っているのは致し方ない。だが、それを言うか。お前は言うな。雅子はそう結論付け、今後このゆるい口をどう閉じさせるか課題のひとつに掲げる。
 岡村と福井の表情に納得がいく。
 個人情報の類に張るものではない。だが、元部員に駄々漏れた恋愛というか同棲というか事情が流れるのもどうなのだろう。
 この微妙に、複雑な、感情を、向ければ良いか。
 雅子はエプロンを手にしたまま、しばらく沈黙。その間、紫原が背後から覆い被さって来ることにも咎めない。惚気ともとれる態度だけれど、雅子が優先順位を立てて問題崩し、紫原など後回しにしていると、周囲も分かっていた。
「あ、カントク。結婚祝いのは別に用意してます。エプロンで済ませませんから」
 そこにさらっと氷室が付け加えた。
 雅子が沈黙した理由はそこじゃない。それを分かっていたのは、岡村と福井と劉だが、声に出てしまったものを回収出来る訳もなく。事が穏便に過ぎ去るのを、待つしかなかった。
「…………なかったのは…事実だ。不精していたから、有難く使わせてもらう」
 大事な生徒からのもの。
 結局そこに行き着き、大人の余裕大人の余裕とか心で唱えながら、感謝の言葉を紡ぎ、しのいだ。
「私は部員と打ち合わせしてくる」
 とんとん、とずっとくっ付いていた紫腹の腕を叩き、拘束力を緩ませる。解き離れてから、雅子は5人に視線を一巡。
「お前ら時間まで問題起こすなよ」
 何処か行ったり、後輩いじめたりするなよ。など含んだ幼い忠告をし、いつもどおり勇ましくその場を去る。


 誰も止められる隙もなかった雅子の後姿が小さく、だいぶ離れた頃。
 福井と劉が打ち合わせしたかのように初動、互いの肩を組む。その流れを止めずに、もう片方の空いた腕で福井が岡村を、劉が氷室を掴かまえる。引っ張られた氷室は慌てながらも紫原を巻き込み――円陣が完成。福井、劉、氷室、紫原、岡村、そして福井に戻る輪は、長身揃いとあって、やけにでかく、目立つ。
「え、なんじゃこれ」
 流れに付き合ってみたものの、問わずにはいられない。岡村が微妙な声色をあげた。




 体育館での部活が始まるまで、少しばかり時間に猶予あり。早めに雪掻きの目処がついた部員しかいない、これからまだ増えて行く段階。
 今日の予定を話し合う雅子と現主将と副主3人の横を通り抜け、準備を始める現部員全員が、OBたち――見た事のない顔ぶれだが、コートに入れる格好の長身となると、思考は直結する――の円陣を見て、不思議そうな表情を見せている。雅子に視線を投げ、説明を求める部員までいるほど。
 冷静に考えてみれば、おかしな空間である。と、馬鹿たちを放置していた雅子はしみじみ思う。
 そう、おかしい。試合以外で円陣を組む程仲良くなっていたことが、不思議だ。そう、過去を――あんなにも鮮明に、苦く思い出せる時期を思い浮かべ、つい瞼を伏せてしまった。

 監督としては歳若い女性の監督・雅子の就任を封切りのように、理事長の命あって留学生である劉を招いた。同年、予告なく帰国子女の氷室が入部、キセキの世代の紫原を取得する。
 3人共異なった感覚を持つが、唯一一致していることは周囲との波長が合いにくいこと。幾つもの悪い問題を起こして来たが、実力で捩じ伏せてきた。才能もプライドも焦れも尊敬も、バスケットの思い全て、なにもかも圧倒的な差をつけて。
 チームプレイの感覚だけだと、岡村や福井の代は特に苦労しただろう。その筆頭である岡村と福井は、問題児3人とチームメイトの間に立ち、試行錯誤で進み続けた。勝利の歓喜や優勝旗の重たさを手にするため、沢山の思いを犠牲に。
 18歳にも満たないふたりに、沢山苦しめたと、雅子は今でも思う。詫びることは出来ない。感謝するしか、出来ない。歯がゆいと、指導者として情けないと、何度思っただろう。何度、自身を罵倒し、結果を出そうと思っただろう。
 そんな苦さは今でも覚えている。忘れられない、もどかしい頃でもあった。
 それでも、今こうして、彼らは再会して、馬鹿騒ぎの旅行をして、陽泉まで来て、雅子へ挨拶した。
 心が軽くなる。少し、自分のやってきたことは最善でないだろうが間違っていないと安堵出来る。

「あいつらはおかしいから気にするな」
 思いを、心のひと箱に仕舞って。雅子は表情を戻し、部員たちに呆れた声色だけ返した。





 後輩に不思議な集団だと思われていると知らない幸せな5名は、円陣を組んだまま、内緒話を始めていた。
「おい、紫原。エプロン鬼門じゃねえか」
「えー? まさ子ちん、喜んでたじゃん」
 福井の開口一番に、紫原は不思議そうな声色で反省無し。
「危険すぎだったアル」
「え、ワシ思うに、エプロン選びは劉が一番ノリノリだった気が」
「うるさいアゴリラ」
 頭を付き合わせていたのを良いことに、劉が岡村に頭突きをいれる。いだっと鈍い悲鳴がひとつ。
「似合うよ、あのエプロンなら絶対。アツシ、監督が着てるところ写メしてよ」
「やだよ、まさ子ちん絶対嬉しそうだもん」
 生徒思いの雅子のことだ。大事に使うなんて予想出来るし、自分の努力だけではどう足掻いても見せてくれない表情を撮って広めるなど、悔しく許容出来ない。
「うわ、独占欲露骨だな」
「そんな男アル」
「予想裏切らんのう」
「まあ、オレも好きな人の写メ送らないかな」
 提案しておきながら、落とすのも氷室だ。しかも紫原と同意見でありながら。
「ちょっなにこの後輩! えぐい!」
「後輩が黒すぎて、ワシこわい」
「これに付き合わされてきた私の気持ち察するアル。慰謝料要求するネ」
「お前、その最後言いたいだけだろ」
「福井、脱線するアル」
「お前の所為だ!!」
 福井と劉は並んで肩を組んでいる為、頭突きではなく、足の踏み合いを始めた。踏まれそうになるのを避け、踏んでやろうとすれば逃げられ、を繰り返す。
 その動作に肩と腕で輪になっている円陣が揺れる。その振動が地味に迷惑なので、岡村は回していた腕を解き動かし、背後から福井の頭を軽く叩く。それと同時に、氷室が劉の横腹を力加減せず殴った。
 予想外なところから、無防備に、打撃。しかも岡村と氷室の性格が露骨に出た方法と強さ。福井と劉が声にならない悲鳴を上げ、黙った。
「それより、カントク。昔からだけど、今も変わらず…いや一段と? 綺麗な人だよね」
 氷室が何か言い出したぞ、という内心一致。さらっと口説いてると思わせる単語を、全員聞かなかったことにする。
「恋の魔法かな」
「監督も女だった、ということアルか」
 野暮な恋愛話、昨日にすれば良かったのだが、なんといっても夢の国。
『ワタシの何がいけないアルー!』
 テンション上がるにつれ、一緒に旅行するつもりだった元カノを思い出して逆ギレする劉。
『まさ子ちんのお土産どうしよーかなー…』
『ねぇ、アツシ、これどう?』
 使命感のごとく、珍しく気合いいれて個人的なお土産に悩む紫原。元保護者兼恋愛応援し隊の氷室がそれに協力。それらに振り回される一番年上の岡村と福井。
 しかもその後の夜中、車で高速道路を走った。紫原が「朝一とかしぬし」と先手必勝の裏切りで寝落ちた為、戦力外。4名が代わる代わる運転し、誰かが寝ていたり起きたりで、込み入ったもとい野暮な話があまり出来なかったのだ。
「………危険な橋渡ってる自覚あるか。なぁ、あるんか。本人がいる場所は危険じゃろ。ワシ知らんぞ」
 岡村の指摘に、みな我に返ったのか、円陣を解く。
 内容が酷すぎる。特に雅子のことなど、精神的血祭りにされかねない。
 現役で何度、失態をおかし、死ぬと思う基礎練をさせられたことか。それを再現されたら――部員では無い今、終了のお知らせ以外なにがあろう。
「あれ、終わり? 屈むのつらいよ」
 氷室は先輩たちにそこそこ尊敬の念があるので、抵抗せず現状を楽しんだだけ。紫原は「屈むの面倒」くらいしか考えていなかった。
 解かれた円陣に、紫原がたるそうに肩を回した瞬間――腕が岡村の後頭部に直撃する。
「いだっ?!」
「あ、ごめん」
 不注意だが、流石に痛そうと思い、紫原が謝った。とてつもなく軽いけれど。
「アゴリアット」
「クローズラインのことだよね。なんで日本とアメリカで呼称が違うのかな」
「俺に聞かれても分かんないし」
「それ前からだろ。後ろ首元からって危険ワザじゃね?」
「しかもゴロ悪かったアル」
「ちょおおおワシの心配は!?」
 福井は揉める劉と岡村を視界の片隅に入れながら、問題提示の紫原を一瞥。彼は先輩たちを放置し、雅子の方を見ながら、暢気にゆるゆるとした遅さで手を振っていた。その能天気さに一瞬イラッとくるも、視線を倣い、思考を訂正。
「紫原。あれ監督が呼んでんだろ」
「あ、やっぱそうなんだ」
 雅子が何も言わず、手を動かし、こっちに来るよう促しているのであって、決して紫原に手を振り返しているのではない。
 よくよく周囲を見渡してみれば、先程より部員も増え、準備がだいたい整っている。
「行こう、アツシ」
 氷室が紫原の背を軽く叩き、歩き出すよう促す頃には、他の3人も動き出していた。ぞろぞろと、雅子の方へ向う。
「アツシ、今の会話。監督には内緒だよ」
「なんで?」
「オレとアツシ…リュウと先輩たち、みんなで約束」
「監督の耳に入ったらお前ですらあぶねーからな」
「そうネ。私たち死にかねないアル」
「震えがとまらんぞ」
 昔のように、しょうもない会話をしながら――懐かしくも大事にしてきた陽泉のコートに、舞台に、上がる。


→02/後編



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