A passing fancy






「はい、あーんなさって?」
 いつもの罵倒が嘘のように、あまい声で囁かれる。
「おい、待て」
 広いベッドの上で、コールドナードは足を投げ出して座り、その両足に挟まったリリーと向かい合っていた。
この状態でリリーならともかく、コールドナードが逃げられなそうにないと思わされる雰囲気が漂っているのは何故だろうか。
「なんですの」
 リリーの左手にはコールドナードに贈った箱。
右手にはそこに入っていたトリュフひとつ。
コールドナードに食べさせてあげる、手前だ。
「だから俺は食うなんて一言も」
「貰ったら好きになさって良いなんて、一言も言ってませんけど?」
「普通は貰った側の好きにして良いもんだろ」
「私のお手製が食べないなんてよく言えたものですわ。言語道断です」
 会話が、返答が、ズレている、噛み合っていない。
しかも可愛いことを言っている、に分類されるであろう発言も、リリーが言うと全くそう思えないのは――日頃の行いの所為だろう。


 2月半ば、貴族らしい恋人同士の娯楽イベント――昔からあって今も続いている、というのが一般の知見であり、どういう発端で出来上がったのか、未だ分かっていない――がある。
要約すると「恋人に贈り物をする日」であり、愛とか囁いてれば良いんじゃね?みたいなノリだ。
いつからか城下町におり、知名度は上がる一方、簡単に無視出来ないイベントにまで成り至っている。
 そんなイベントにコールドナードは見栄を張ったのではなく、本気で一縷の期待もしてない――というより出来なかった。
 例年、大好きなお姉さまことシエラに貢いでばかりで兄のブライアンにすらそっぽ向く有り様。
どう考えてもブライアンと同等かそれ以下の自分が、シエラになんて勝てる筈も無い。
それにシエラを一番に考えないリリーなどありえないと思ってしまったことの方が、コールドナードとしては残念だった。
 なので、日が変わる少し前。
リリーが部屋にやってくるとは思いもしていなかった。
情けないながら、驚きが顔に出てしまった程だ。
 招きいれて「どうぞ召し上がって。自信作ですわ」と渡されたら断れるはずもなく、受け取って本人の前で開封してみれば、令嬢らしい裁縫や料理の出来無いリリーからとは思えない上出来なトリュフに食べるかと思えた――までは良い。
その次、「薬を盛ってありますから」と言われたら、一瞬で食う気も失せる。
 カペラ家の薬集めは尋常じゃない、失せない方がおかしい。


「盛られてるって分かってんのに、何の薬か知らないで食える奴がいるか、このクソチンピラメイド」
 リリーから初めて、しかもイベント経由で貰った手作りチョコレート菓子のトリュフ。
それと同時に、盛られてると言われて貰ったのも人生初。
共通点に対し、嬉しさひとつ湧かない。
むしろ残念な気持ちが勝る。
「器の小さい男ですわね」
「いや、それ関係ねぇだろ。度胸試しと一緒にすんな、混ぜんな」
 トリュフをまじまじ観察しても、普通のチョコレート菓子にしか見えない。
 少し接しているだけで天才肌だと分からされるリリーが作ったお菓子、失敗しながらも上達しコツを掴んだのだろう。
そうとでも思わなければ、異物混入で美味しそうな形状を保てていることに理解出来ない。
「てぇか、メイド長にも盛ったのか?」
「何を言ってるんですの、馬鹿ですわ、お姉さまにそんなこと…!」
 えー……もはやどう返せば良いのか。
基準のものさしが折れてしまうと、どう解釈すれば良いのかすら分かり難くなる。
 コールドナードがあからさまな呆れの溜息をつくと、リリーは眉間にシワを寄せ、ムスッと唇を尖らせた。
 幼い表情、年相応に見える。
斧を振り回して返り血を浴びる狂犬とは誰も想像出来まい。
 こんな両極端ですらどちらもリリーだと思えてしまうあたり、イカレているのかもしれない。
コールドナードはぼんやりそんなことを思う。
「貴方のにいれたのは思いつき、気紛れです。薬に免疫のある貴方がどれくらいで効くか、知りたいですし」
 知ってどうする。
冗談の欠片ひとつも零さない雰囲気が忌々しい。
「何のために」
「えぇい。しぶといですわ――食べなさい」
 リリーの細い指と、手と、腕が前に伸びる。
それをコールドナードは瞳で追うだけ、逃げることも避けることもせず、口に入れられるのを自然と受け止めた。
 結局の所、盛られているのは勘弁だけれど、リリーの作ったトリュフを食べてみたい。
そう思っている自分が一番情けない、と内心呆れてしまった。
「…あまい」
 それに尽きる。
 あと、即効性じゃないのか、耐えたのか、身体におかしな所は無かった。
「当たり前の感想ですわね。はい、あーん」
 本当にタチが悪い。
 微笑んだ表情は自惚れてしまいそうになるくらい、あまったるい。
 俺本当イカレてんな、つーかマーシャルの恋病うつったか、死ぬか。
ぼんやり思いながら、もう一つ食べさせられた。
「いかが?」
 リリーは嫌みったらしい笑みを浮かべながら、体温で少し溶け、指に付いたチョコレートを舐める。
 少しだけ舌を出し、舐める仕種は無意識かワザとか。
引っ掛けようとする時もあれば、素直に何も考えていないお子様な行動もあるので、コールドナードにはどちらか判別しにくい。
「あめぇ」
 味覚は勿論、視覚も、おまえも。
「チョコレートなんですから当たり前ですわ」
 そうじゃない、と思いながらコールドナードは軽く自分の舌を舐めた。
再度思う、あまったるい。
「……おい」
「なんです…んっ?!」
 ふと、残ったトリュフに視線が落ち――思い立って即行、あと2つしか無いトリュフのひとつを摘み上げ、リリーの口に入れた。
 理由なんて無い。
ただ思いついたことをしてみただけ。
理由なんて考えていたら、勘の鋭いリリーには気づかれ阻止されてしまう。
「ん、もぐ…っ!」
 食わされるとは思っていなかったようで、驚いた表情のまま口元に手をやり、もぐもぐ食べている。
令嬢、口に入れたものを出すはずなど無く、ごっくん、ご馳走様。
「な、なな、なんなんですの?!」
 珍しくリリーが慌て、甲高い声できゃんきゃん喚いている。
 ざまあみろ、とコールドナードは心でしてやったりの気分になった。
「あまいだろ?」
「だから当たり前と言いました!貴方の耳は腐ってるんですの?!」
 嘘くさいあまい声色が抜け、いつもの調子に戻ると何故か安堵してしまう。
やっぱりこれくらいの幼さがあった方が良い。
勝手に色気づけられても嬉しさより戸惑いが勝る。
 ちっぽけな器、主導権を持っていかれないようにするだけで精一杯なんて、情けない限りだ。
「勝手に盛られたんだから、ひとつくらい食えよ」
 最後のひとつを、コールドナードは自分で摘み、口に入れた。
リリーに見せるように。
「私が食べる必要は――…!」
 騒がしい声を、遮る。
リリーに口付け、触れるだけ、舐めるように。
味覚を共感するように、唇を重ねた。
「お前にしてはトリュフ、上出来だったんじゃねぇの」
「……人の話、聞いてますの?」
 離れた唇から零れる声は、もう怒鳴っていない。
許してはいないが、呆れた声。
コールドナードが褒めたのに、喜んでいる様子も食いついてくる気配も無かった。
「聞いてる。で、なんの薬盛ったんだ」
 腰に手を回し、リリーを軽く引き寄せる。
 小さな細身、くせっけの髪、殺傷の能力ばかりある腕、大きな瞳。
全て揃って、リリー・カペラ、コールドナードにとって唯一になる。
「分かってるくせに。低俗な男だわ、本当に」
 離れることなく、リリーの腕がコールドナードの首に回った。
 何だかんだ食べたことは気にしていないようだ。
女ってのは理解し難い。
 どういう答えでも結局許してしまうのは自分で、気に入っているなんてレベルを超えすぎていることが一番呆れてしまう。
いつのまにこれほど、目の前にいる女を愛おしく、欲するようになったのだろう。
「今度は盛るんじゃねぇぞ、ガキ」
「お約束出来ませんわ。貴方次第ですもの」
 考えるのは一時中断。
今は、もう思うがまま。
 コールドナードは掻き抱いて、リリーの唇を貪るように口付けた。



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