right now, my consern is about you



Where shall we begin?』の後日です



「ひったくりだ!!」
 女性の悲鳴と共に、周囲のざわめきと視線が一点に集中する。
 丁度その場に居合わせたデビトは気怠そうにあくびをひとつ、パーチェは拳を握り気合いを入れ、ルカは鋭く目を細めて状況を一瞥し――三人が視線を合わせるのも一瞬、即行動に移った。
 人通りのある道を突っ切る程、盗人も馬鹿じゃない。
建物の隙間に入り込もうと方向転換したところ、目の前で小さな爆弾のようなものが弾け、視界を遮った。
それがルカの錬金術だと分かる筈も無いが。
「あめぇよ」
 生じた隙に付け込んだデビトの足に引っかかる。
前のめりになるも体勢を整えながら前進、再度勢いを乗せて走り出した。
「デビト!真面目に仕掛けて下さい!!」
「うっせえなあ、ルカはよお」
 足止めが少しも出来ていない。
投げやりなルカの罵声にも、デビトは面倒くさそうな面しか返さなかった。
 いける、逃げ切れる。
盗人はそう確信し――注意散漫、喉元に人の腕がめり込んだ。
その反動で身体が後ろに反れる。
片足を後方にやり強く踏んで崩れぬようにするも、食い込んだ腕が力任せに押し込まれ、結局、背中から倒れた。
「悪い事はしちゃダメだよ」
 逃げる手段を考える暇も与えず、重たい拳が腹に直撃。
ごふっと口から嫌な息が漏れた。
「パーチェ、よくやった。ほらよ」
 金貨の手錠を渡されたパーチェが、身動きが取れなくなった盗人の手首につけ、あっさり終了。
 見届けていた野次馬たちの歓声があがる。
ファミリーの幹部として無様な真似をせず、期待に応えられた証拠だった。
「居合わせて良かったですね」
 逃げて行く方向に居たのが良かった。
盗人は逃げ足に誇りがある、というか無ければすぐ捕まる。
追いかけるのは困難であり、待ち構えるくらいの余裕がなければ上手くいかない。
 ルカが落ちた鞄を軽くはたいてから、追いかけて来た被害者に手渡す。
 それを完全にルカ任せにしたデビトとパーチェは、盗人を見下ろした。
「てめーの敗北はスリ方があめえってことだな」
「すぐ気づかれちゃったしねぇ」
 閑散でもない。
だが、ひったくってすぐ見つかるようじゃ甘すぎる。
「そしててめーは運も悪かった。俺たちいたからなぁ」
「俺空腹だったし失敗したらどうしよーかと思ったよ。ルカちゃんの小言やだしねぇ」
「ふたりとも?盗人で遊ばないでくれますか?」
 話がついたのか、ルカが加わる。
止めていなければ、デビトが身ぐるはがす勢いだったこと、パーチェが未だじたばた抵抗する盗人に気絶の一発を繰り出そうとしていたからだ。
「どうしよっか?」
「部下でも呼ぶか」
「呼ぶ時間があるなら、戻った方が早いですよ」
「えーお腹すいたよ〜……あ!ノヴァのとこの!」
 聖杯のコートカードが近づいてくる。
 やったね!という喜びの声をパーチェが上げ、デビトも振り返った。
ルカも真面目な人達ですし、任せられますかね、と妥協。

「さて、当初の目的に戻りましょうか」
「ラ・ザーニア!!」
「たまには違ぇかけ声でもしろよ、パーチェ」
「ラ・ザーニア!?」
「ニュアンスじゃねぇし」
 スートに盗人を頼み、問題解決。
パーチェとデビトが歩き出そうとするも、ルカがある方向をとてつもなく嫌そうな表情で見たまま、立ち止まっていた。
「どしたの、ルカちゃん。あれ?あそこにいるのって」
「………うわ、ありえねえ」
 ふたりも倣って視線の先を見てみれば、オープンカフェにジョーリィとヨシュアがいることに気づく。
テーブルにはカップも置いてあるので、飲み物を頼んで居座っているのだろうけれど。
なんだろう、違和感しか漂っていない。
「珍しい光景だね…」
「珍しいで片付けんな」
 ジョーリィだけなら視線が合おうと無視出来る。
だが、ヨシュアが軽く手を振っていた。
それに対し、6つの瞳が向いていたのに気づきませんでしたなんて言い訳しにくい。
「なんで気づてしまったんでしょう……」
 ルカが虚しい声を零した。




 3人が盗人を捕まえる、ほんの少し前――ひったくりが起きた頃、に巻き戻る。

 オープンカフェに居たジョーリィとヨシュアもひったくり騒動の始まりを見ていた。
飛び出そうとするヨシュアに、ジョーリィがテーブルを叩き、トントンと音を鳴らす。
それは黙って座れと言わぬばかりの、仕草だった。
 面倒な気持ちが大半だろうけれど、何かに気づいていると察したヨシュアは腰を下ろす。
問う前に、視界の右から左へ駆けて行く者に気づいた。
アルカナ・ファミリアの幹部、確か――
「おや、あれは」
 ルカ、パーチェ、デビト。
年は違えどよく一緒にいて仲良しだ、など遠目ながらもそんな感想を抱いた彼らが、盗人を捕まえようとしていた。
任せるべきであり、ヨシュアの出る幕はない。
 軽く視界の隅にいれながら、隣で場にそぐわぬ葉巻を吸うジョーリィに問いかける。
「ジョーリィ。憶測ですが、ひとつ聞きます。パーチェのご両親はもしかして――」
 騒動がひと区切りついたのか、周りで見守っていた人々の歓声によって遮られた。
それでも、隣にいたジョーリィには聞こえており、気怠そうに視線が向く。
「………よく分かったな」
「やはりそうですか。よくと言われても…雰囲気がとても似ているよ」
 そう言われても、他者に興味を持たず、社交界を疎んだジョーリィには分からない。
 英才教育の塊、それがヨシュアの年少次代だ。
レガーロ島及びファミリーに関与することは叩き込まれている。
だが、幼き頃の情報で気づくとは。
 感心より呆れが優るのは、不気味さ故か。
 天然混じりの頑固血筋は何故か嫌な部分、核心をついてくる。
ジョーリィがよくよく知っていることだ。
それを目にするたび、振り回されていると思わされるのは、何故だろう。
「でも、ファミリーにもあの血筋が入るとは……次男坊?」
「嫡男だ」
「それは、また。向こうもよく手放したね」
 アルカナ・ファミリアは、孤児やレガーロ島以外の生まれも多い。
家族というものを知らない者や手放した者が、それを欲する者が集まった場所でもある。
絆を与えてくれる確証が出来上がっていて、今も維持出来ていて。
フェリチータやノヴァのように家族が揃っている例は、割と少ない。
 だからこそ、ヨシュアには不思議だった。
ファミリーと縁があろうと、自分たちは高貴な者という認識が強いのに。
「そうですか。彼がキャスティングボードを握っているか…」
 昔から二大勢力として、協力しあい、他国に吸収される事無く、維持して来た。
そして片方だけで島が守れないことも、互いに分かっている。
 だが、子供の友情ではない。
弱みとして強請られるか、強みとして接することができるか。
パーチェの、大アルカナの所持と身に流れる血は、策略次第でどうにでも転がる。
本人がそう思わずとも、生まれながらの肩書きは大きく、付きまとう。
それをヨシュアが誰よりも、知っている。
「お前のお眼鏡に適うか」
「いえ、そんな大層なことではなく。ファミリーも多種多様の方が、楽しく、そして良い方向だと思っただけだよ」
 嫌味も嫌味として取らず、ヨシュアが淡く微笑んだ。
「……おや?」
 ルアの視線に気づき、手を振る。
それが、向こうに取って悪い決定打になっているとは知らず。
 ジョーリィは彼の思考に追求せず、次の展開も興味がなく、相槌を打たずに煙を吐いた。


 そして、刻は重なる。




「えっと、何をしているんですか」
「見ての通りだ。視力が下がったか、頭が沸いたか。私にはどちらでも構わないが、錬金部屋にある――」
「どちらも違います」
 逆撫でするような返答しかしないジョーリィ。
苦痛そうにザックリ切り捨てるが如く否定するルカ。
 通過儀礼のように文句の往来をするのはいかがなものか。
面倒だと、避けたいと、思っていてこれだから、手の施し用がなかった。
「カフェで一休みですよ」
「えぇ、それは分かります、ヨシュア」
 見ても疑いたくなる、のは肯定するが。
 陽の下、カフェで過ごすジョーリィなど、知らない。
ぎりぎり、あるとすれば、スミレの薔薇園くらいだ。
彼はそもそも雑踏を面倒くさがる。
「結果ではなく、経緯か」
 ヨシュアはジョーリィの『見ての通り』を声にしたのだが、無意味だったと気づく。
再度逡巡し、ルカの求めるものを探した。
「散策に出ようと思っていたら、偶然、市場に行くジョーリィと出くわしてね」
「散策、ですか?」
 ルカの思案めいた声色を耳にいれ、ヨシュアは暢気に「似てるなぁ本当に」なんて場違いな発想を抱く。
確実に、浮いている。
「えぇ。街をちゃんと見たいと思って」
「あれ?お嬢たちとでかけてなかったっけ?」
 アッシュを加えた10代元気組と一緒に、数日かけて出掛けていたはずだ。
モンドがぐじぐじ拗ねつつ羨ましそうにしていたので、嫌でも気づかされた話題だった。
「楽しく、尊いものでした。ですが、私が居た頃と今の差で幾つか疑問があってね」
 それを答えられるのは、当時を知るモンドかジョーリィだけ。
だからジョーリィを捕まえて、別視点で散策へ。
「……疑問ね」
「助かりましたよ、ジョーリィ」
 そういう類か、というジョーリィの非難めいた声。
付き合わされた身として億劫そうな雰囲気もある。
それに都合の良い言葉だ、という皮肉さもあった。
 店の代替わりの質問なんて可愛いもの。
物流や上流貴族の状況、政経に関することばかり突いてきた。
ジョーリィには不快な思考としか思えないが、ファミリーにとってその類の情報は必要不可欠だ。
 現状、それはダンデが全て担っている。
皇帝らしからぬ潔さが人徳だが、それにより穴は空く。
そこを客観視かつ冷静なヨシュアが埋めれば一石二鳥、と面倒でも付き合ってやったのだ。
「そう、ですか」
「素敵な島だと、私は再確認しました」
 曖昧な頷きを見せるルカに、ヨシュアは朗らかな笑みを返した。


 3人が早々と立ち去り、雑踏に溶け込んで行く姿を見送りながら――ヨシュアが口を開く。
「君は彼らに、どれほどのことをしたのかな」
 確信したのはつい先程だ。
 一切喋らずにいた眼帯の青年。
挨拶程度しかしていないのに、自分に対し理解不能な表情を浮かべていることに気づいていた。
それは隣、ジョーリィと会話が成り立っていることに引いているから。
ジョーリィに対する嫌悪と憎悪は誰よりも露骨で、殺意が満ちている。
 ふたり目は尊敬と軽蔑をまじえた青年。
諦めと、それでも目のつぶれない自身に呆れているのだろう。
何処か苛立ちの声色と、視線が滲んでいる。
 最後は達観した青年。
誰よりも割り切り、心に整理をつけて話している。
穏やかではないが、負の感情は薄い。
そして誰よりも間に立って、場を崩さないようにしていた。
 そんな姿を垣間みたヨシュアが思った事は、友が問題ばかり起こしたな、といういう浮いた思考だった。
「私になすり付けるのはやめろ」
 言いがかりはよせ。
そう突き放しているが、拒絶が緩い。
面倒だから切り捨てているだけで、自覚していると見て取れた。
「君のなしてきたことはファミリーを想ってだと、私は信頼しているよ。でも、未来ある子たちにいじめはよくない」
 ファミリー内輪だけだと20代男が割合を占める。
彼らの生まれもバラバラ。
しかも部下たちと仲良くしている。
ファミリーの同年代がジョーリィしかいなかったヨシュアとは違い、孤立もしていない。
それなのに、彼らが一緒に居るのをよく目にする。
女の連帯感ならともかく、男の感覚であの依存は異質、歪だ。
 そこまでいけば、この先は割とすぐ直結する。
「君はもう少し言葉を選んだ方が良い」
 お節介の台詞だが、昔から反抗もしてこない男だ。
怒りや苛立ちが欠陥しているのではないかと思わせる程、一切見せた事がない。
温厚と周りから称されただけのことはある。
嫌味の、欠片も、なかった。
 ただ見たもの、気づいたものに対し結論付け、述べているだけ。
主観性が強く、頑固すぎる。
悪気がないからこそ、非情な客観視が非道に見えない。
「そうです、ジョーリィ。ビヴァーチェ広場沿いにある――」
 ジョーリィの不快かつ苛立ちによる舌打ちと、ヨシュアの暢気な声が被った。
しかも投げかけに続く要望はただの厄介ごとでしか無く。
ジョーリィはそれに返事もせず、席を立った。







「アッシュ。ただいま」
「ん?あぁ、ヨシュアか。おかえり」
 少し前まで逆の、迎えられる側だった。
とてつもなく不思議な感覚を抱きながらも、出迎える。
「お土産買って来たよ」
「土産ってそんなの頼んだか、俺」
「いや?ただ、土産持参は新鮮だと思ったんだ」
 己が待つのではなく、待たせるということ。
ヨシュアも同じことを思っていたようだ。
可笑しそうな表情を見せながら、手に持った紙袋を漁っている。
「ヨシュア?」
「えっと…あぁ、ありました。アッシュ、あーん」
「ガキ扱いすんな」
「手が塞がっているだろう?」
 確かに書斎から持ってきた本の束を抱えている。
だが、それで納得するのもどうなのだろう。
状況的に意味不明なのにも関わらず、結局折れてしまうのは、相手を信頼しているからか。
軽く開いた口に、ヨシュアが何か入れた。
「なんだ、これ」
 甘い味が口いっぱいに広がり、物質の堅さから、飴だと分かるが。
「イチゴ味です」
「……はっきり言えよ、ヨシュア」
 態々何味かまで言ってくると勘ぐってしまう。
「ビヴァーチェ広場沿いにあるお店のお菓子です。今度君が改めて買って、お嬢さんにあげると良い」
 飴が詰まった瓶を手渡される。
幾つもの色が混ざっている為、カラフルかつ可愛らしい。
 手土産という認識は出来たけれど、他者へ渡す為の試食に繋がる意味が分からない。
訝しげにみるも、ヨシュアの笑みは消えなかった。
「まだ島全体を知らない今しか出来ないこと。色々なところに目を向けた君を彼女が喜ぶのは自明の理です」
 あまいものが好きだから、何をあげても喜ぶだろう。
それこそ、誰があげても。
そこに別の要素を加えるだけで、他にはない攻め方が出来る。
「余計なお世話だ」
「そうですね。でも君はこんな素敵な正当法を逃そうとする」
 惚れた女――キアラの大事なものは自分しかない。
そう断言したことのある男の恋愛攻略は、案外重たい。
恋を知り、身で深く刻んだだけのことはある。
羞じている場合ではないと背中を押す。
「いや、でもな…ていうか、俺だけに良いのかよ」
 リベルタのことを気にかけていると、ヨシュアは察した。
他者を思う気持ちに安心と、仲良くなっていること、彼の成長を感じる。
「皆よりスタートが遅れているからね。少し多めの応援もありだよ」
 ヨシュアにとって誰でも、それこそ旧友と昼間飛んだキーワード「お眼鏡にかなう」存在だと思っている。
ただ、友の色恋沙汰を見逃しているので、そこに肩入れしたくもなるが――
「そういうものか…?」
 それでもアッシュを応援し、余計なお世話をしてしまうのは。
今だけでなく、幽霊船でもずっと案じていた彼に出来る、お返しだと思うから。
「そういうものだよ」
 本当の意味で大人に、羽ばたくまで。
支えられる時間が、己が生きている限り。
自己を貫いていくつもりだ。
 ヨシュアは有無を言わさぬ笑顔を零した。



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