It is the will of Heave






「サルーテ!!」

 グラスをあげ、軽やかな掛け声が重なった。
 各自、一日の時間の割り振りが異なれど、夕食会だけは揃えている。
今日もそれに合わせ、大アルカナの顔ぶれが欠けることなく集合――に、先日からふたり追加された。
 この場に慣れた仕草のヨシュアと、そわそわし戸惑うアッシュ。
幽霊船の一件から、ファミリー入りし、食卓も共にすることとなった。
「にぎやかな食卓は久しぶりだね」
 だいぶ昔の事だ。
記憶は薄れているが、生まれた時から活気ある場で過ごしてきた感覚侮り難し。
たとえ冷えていた心であった頃でも、ヨシュアには馴染み深い。
「騒がし過ぎやしないか?」
 夜になれば霊も集まっていたが、ほぼ父とヨシュアとの少人数生活だったアッシュにとって違和感だらけだ。
それに加え、くすぐったい気持ちもある。
とてつもなく複雑な心境だった。
「それもそれでいいものだよ、アッシュ」
 美味しいね。
 あたかも人が多い程、料理の味が深くなる、と。
経験談のように、ゆるい笑みを見せた。
 それは通常の表情だ。
だが、いつもと異なる点があって、それが嫌でも目に入る。
アッシュが微妙な面を滲ませると、ヨシュアは苦笑を零す。
「これくらいですんだのなら、良い方だ」
 ヨシュアの顔には、痛々しい打撲の痕。
剣を好むが肉弾戦も出来るヨシュアにこれほどとは。
「どんな親子喧嘩だよ…」
 想定出来る『親子喧嘩』を大幅に越えている。
重たい溜め息しか出て来なかった。





 さて。
アッシュが幽霊船にフェリチータとタロッコを持ち帰り、一悶着――大カルカナ持ちが追って来て、とても騒がしい3日間だったが、それで済ます――の終わり。
その時の回想に、少しお付き合いいただこう。


 リベルタの存在と所持する大アルカナを決め手に、ヨシュアは自我を取り戻した。
それと同時に彼を縛っていた未練も解消された。
 丁度アルカナ・ファミリアもいるのだし、アッシュのことを頼んでおこう。
そうすれば、本当に思い残す事ない。
清々しい気持ちでいっぱいだ。
他の幽霊たちと共に、消え去ろう。
やっとキアラを捜しに、逢いに、いける。
そんなことを思っていたのだが――
「……うん?消えないね」
 きらきらと輝いて天に昇る他の霊たちを見上げながら、ヨシュアが首を傾げた。
こまった、と困っているようには見えない面で嘆く。
「まだ何か、気になる事があるのか?」
 居て嬉しいような、苦しんでいるのかと不安そうな――複雑な思いがのった口調に、泣きそうな表情のアッシュが問い質す。
「いいや、すっきりしているよ。何が原因か、私も分からないね」
「そもそも、ヨシュアのは特殊すぎるしな……」
 困惑しながら、アッシュが首元を軽くかいた。
「そんな都合良く転がらない、か」
 ヨシュアには、死んだ自覚がある。
それなのに、受肉していると思えるほどの透けていない身体で、昼夜関係無く顕現していた。
成長も老いもなく、時間が止まったまま。
 【正義】の大アルカナか、タロッコの逆位置か。
それすらも断言出来ない程、原因不明。
不死に似た何か、と不適正な位置で止まっていた。

 どうしたものか。
 そう、ふたりの様子を見守っていたファミリーの中で一番慌てたのは、勿論リベルタだ。
タロッコが上手くいっていないのでは、と問いかけようとする寸前、ジョーリィに押さえ込まれた。
「むぐっ!なにすんだ、ジョーリィ!!」
「お前に失敗はなかった」
「……は?じゃあなんでヨシュアは」
 こいつ何言ってるんだ、と一瞬理解を拒絶したのは、ジョーリィの日頃の行いから来ている。
酷い態度ではあるが、リベルタの反応は致し方ない。
「さあな」
「オイ!!」
「待て、リベルタ」
 ダンテが逆ギレしかけたリベルタを押さえ、宥めるように頭を撫でた。
幼き頃からの馴染み深さから制御力が強く、リベルタには効果覿面。
追いかける足がピタリと止まる。
「ダンテ!でも、ヨシュアが留まってるのは」
「ここはジョーリィに任せておけ」
「えぇ…?」
 ジョーリィが軽く手をあげてたのは、ダンテへの返答か。
ヨシュアの方へ歩き出したジョーリィの後ろ姿を見ながら、リベルタが微妙な声を上げた。


「正位置に戻ったんじゃないのか」
「戻ったと思うよ」
 ジョーリィが葉巻の煙を吐きながら、億劫そうに問いかける。
「君は気づいていましたか…」
 接点は幼い頃だけ。
それでも、その時の面影と、成長し変わったであろう部分の誤差に違和感もなく。
彼の性格、根本的な部分にさほど変りない、と正しく推測出来ていた為、驚かなかった。
「未練は」
「もうありません」
「別の問題は」
「特には」
 ヨシュアは長年共に歩んだように、とてつもなく簡易に言葉を紡ぐ。
 そこに信頼はある。
だがそんな素敵な絆より、ジョーリィならこれくらいで良いか、分からないなら向こうから問いかけるだろう、という適当さの割合が大きい。
温厚と親切は結ばれない、わりとざっくりした図太い性格は遺伝の影響だろう。
「それで逝けないか」
「そのようです」
 互いに日の差し込む曇り空を見上げ、霊たちが輝いて消えて行くのを確認する。
「それで?お前は、どうする気だ」
「そうだね…アッシュを頼んで良いかな」
 いきなり逸れた話題ながら間も置かず、他者を優先する反応。
「それが答えか」
 先を見越したヨシュアの思考は悪くない。
 主観かつ主体である割に、いきなり他者を優先する、矛盾。
気まぐれではない、どちらも同等。
背負い込んでいる感覚すらない器の広さは父親そっくりで、レガーロ島に来た頃こんな変人ふたりもいるんだと思ったものだ。
 この状況を楽しんでいるように、ジョーリィの口元が緩める。
 ヨシュアが昔と変っていない、と思っていたように、ジョーリィも同様の感想を抱いていたなど――互い、知る由もない。
「したいことなど、今更浮かばないよ。私は……どうしようか、この船の留守番でもしてるよ」
 これは面白い産物を得そうだ、などと思っているだろうとヨシュアは察していた。
それに抗う、という選択もないので、あっさり計画を吐露する。
「ちょっと待て!?ヨシュア、勝手に決めるな!」
 ほんの少し前まで消えないことに困惑していた男がトントンと先を考えているとは。
思考回廊が早いのか、神経が吹っ飛んでいるのか。
このふたりの感覚についていけない。
 ヨシュアの襟首を掴んで――こんな荒い行動、いつもならばしない。それだけ動転していた――振り向かせる。
するとヨシュアから言い忘れていたという雰囲気で微笑を零される。
「レガーロ島は、ファミリーは、君に新しいものをくれる筈だ。私が保証しよう」
「だから――!」
 アッシュはヨシュアがどうであれ、幽霊船にいるつもりでいた。
予想外の提案に、頷ける訳も無い。
「君も同年代の彼らと仲良くしたいと、思っただろう?」
「…〜〜!俺は!幽霊船の、船長だ!!勝手に押し付けるな!」
 いつもならば、船長という切り札でどうにでもなった。
それなのに押し負けそうになるのは、事実だから。
フェリチータやその周りではしゃぐように動き助けるリベルタやノヴァに、同年代として惹かれるものがあったから。
年上ばかりと接していたこともあり、憧れもあったので、尚のこと脆い部分だった。
「ちょっと長い停泊だと思えば良い。難しいことでもないよ」
 こいつ人の話、聞いてねぇ!
という表情で、アッシュが唸る。
 親代わりであり兄であり友人であるヨシュアに弱い。
そもそも口で勝てた試しが滅多にないと、今更思い出した。
「よく考えなさい、アッシュ」
 襟首を掴んだ手を丁寧に解きながら微笑む姿に、アッシュは怯む。
「俺のことよりヨシュアのことが優先だろ!」
「それならふたりともレガーロに来い」
 それで解決するだろう。
 ばっさり切り捨てるジョーリィの口調は、ふたりの譲れない思いなど関係無い、どうでも良い、という無関心が露骨に出ていた。
「はあ!?」
「どうせそっちはタロッコを所持している。どの道、モンドのところへ連れて行く」
「……そうでしょうね」
 ジョーリィの口からモンドの名が出ると、変わっていないと思う。
興味を持っていたことも、モンドへの恩義も。
「その際、アッシュの首根っこ捕まえて下さい。頼みますね」
 物騒というか滅多に使わない単語が零れた。
年上として反面教師にならぬよう心がけて来た故、ヨシュアはアッシュに対し暴言を吐かない。
裏を返せば、くだけた間柄には下種な単語すら使用する。
それに属す者の数が片手にも満たない為、アッシュには初対面であり、とてつもなく新鮮な態度に見えた。
「ヨーシューアー」
「お前もレガーロに来て捕まえてろ。人任せにするな」
「私は出奔した身です。戻るのは流石に――」
「いつ死ぬか、いつまで生きれるか、分からず船に残るか」
 不利になる話題でもないのに、ジョーリィから言葉を遮った。
熱血という単語からかけ離れた男の言動に、ヨシュアはつい可笑しくて、目を細める。
 モンドの話題で見せる感情が、気に入っていた。
彼らしいと思える、揺るぎない部分だから。
こう何度も、連続で垣間見えるなんて。
贅沢というか大盤振る舞いしすぎだ、と内心笑ってしまう。
「確かに、それも味気ないね」
 流れが読めたのならば、この茶番を広げるまでだ。
ジョーリィが紡ぎやすいように、相槌を打つ。
 昔の感覚を呼び起こす。
キアラとふたりに、大勢との生活から切り離した時に、自然とやめた感覚を。
 私が拒む未来でないのなら、君が望む先へ向うように、道を作ろう。
自分たちの願いを押し切るための、無茶であろうと。
 迷惑ならもう、沢山かけている。
君も私も。
周りに。
酷いくらい。
 ヨシュアにとってこれは、開き直りであり、悪質などない。
ジョーリィはその反対である。
同族にみえるも、解釈が異なっており、互いの位置はいつも真逆だった。
「それなら息子の成長記録でも脳内に増やし、俺の実験に協力しろ。モンドとの一悶着なんて些細なもの。そうだろ、ヨシュア」
 大事な事もあっさり進むふたりの会話を周りは傍観していたが、さっぱり思考回廊が理解出来ない。
それもあって無茶苦茶な思考よりジョーリィの饒舌さばかり浮き、「ここまで捲し立て上げて説得するなんて」と不気味がった。
単にモンドとタロッコ研究の為なのだが、周りには直結出来ない。
繰り返すが、日頃の行いが悪い所為だ。
「今死ねないのなら、その提案にのるのも良いか」
 逡巡したそぶりはあった。
だが、ざっくりとした態度に考えているのかと問いかけたくなる。
馬鹿なのか大物なのか、判断しにくい。
「それに、誰かの、君の、役に立つようだし」
 ざわっと周りが動揺を露にする。
天変地異になろうと誰一人言わない台詞をあっさり吐いているのだ。
誰もが絶句する。
「こいつおかしい」「どうなればそう行き着く」「性格がつかめない」など感想異なれど、戦慄を覚えたことは一致した。
「決まりだ」
 その言葉と共に、ジョーリィとヨシュアの視線は外れる。
興味が失せたような、おざなりにしたような、そんな態度で。
「さて、お嬢さん」
 その流れのまま、ヨシュアがフェリチータに視線を向ける。
自分の向かれると思わず、彼女は目を丸くした。
「…?は、はい」
「身勝手ですまないが、迷惑をかけるよ」
 アッシュとも仲良くして欲しい。
 いきなり、先を見通し、謝った。
この場で誰がファミリーの一番か、察していての対応だ。
 最後にアッシュもよろしくなんて伝えるものだから、アッシュが更に動転し「そういえば話終わってねぇ!!」と喚いたが、ヨシュアは笑顔で押し切っていた。
「……え?」
 その態度に、フェリチータが目を丸くする。
ファミリー入りしたことが身勝手の全てでないと分かっていたが、何かまで思いつかなかったから。



「ヨシュア!表に出ろぉおおお!!」

 レガーロ島に戻ってすぐ、モンドの執務室にて報告後――モンドが叫んだ。
ガラスが割れるのでは、と思う程の音量、怒声で。
 そう、ヨシュアがファミリー入りしたことなんて身勝手の中では些細なこと。
これが、親子喧嘩が、迷惑の大半を占めるものだ。
「表…ですか?」
「場所をかえてケンカするぞっていうジャッポネの合い言葉よ」
「奥深いですね、ジャッポネは」
 ふふっと柔らかく微笑むスミレに納得のヨシュア。
初見の後妻と統合するふたりを止められる雰囲気など一切なかった。






――という回想、時間を経て、今に至る。

「いくつになっても血の気の多い人だ」
 ふぅ、とヨシュアが溜め息をつく。
「いや、それに張り合うヨシュアもどうかと思うぞ…」
 数名の霊とヨシュアから剣術を教わっているアッシュは、彼の腕を知っている。
それでも、数日経って未だに腫れの引かない強い打撲を残すモンドの強さに恐怖を感じる。
その親子喧嘩を見ていないので尚更のこと。
 余談だが、立ち会ったのは、【審判】の大アルカナを持つスミレと、様子を見守っていたジョーリィとダンテの三人だけだ。
「一張羅をぼろぼろにしておいて、お前も惨いな」
 嫌な笑いが、乱入する。
 お気に入りの上着が一枚減った!と叫んだモンドを脳裏に浮かべて、悪趣味な笑みをひとつ。
そんなジョーリィにヨシュアは嫌気ひとつ見せずに、受け止める。
「出戻りに体裁は分かるけど、急所ばかり狙う相手に答えるべきでしょう?」
 モンドは拳で打撃を、ヨシュアは剣で切り傷を、相手に猛攻した。
 どちらも受け流すより勢いで押す型を取れる実力持ちだが、今回のヨシュアは致命傷を狙える訳もなく、浅めを無数に刻むスピード重視で仕掛けた。
その為にもモンドの一張羅――真っ白の上着が邪魔なので、即行落とさせ、着させないよう前進をかねて踏んでやったのだ。
それによりモンドはブチ切れて威力倍増、打撲の衝撃も酷くなったが。
 そんな惨い戦法が明らかになれど、勝敗はヨシュアの「惨敗です」の一言だけ。
喧嘩後、スミレに手当を受けながら「切り傷にキリがないぞ!しかもいちいちヒリヒリする!!」と喚いていたことと、ヨシュアの「身体が全く動きたがりません…」と嘆いていた方が目立っていた。
「それに上着は踏んだだけです、刻んでいないよ」
 怖じ気づくのではなく、実父を侮辱まで落としめようとした勢い。
喧嘩をふっかけられたならと、本気で乗るところが血筋を感じる。
 アッシュを含め、ルカより年下組が、ちらりとフェリチータを一瞥するも、彼女は自覚あるのか俄然無視を貫いた。


この夕食会の終わり→Where shall we begin?



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