History repeats itself






 広い敷地に女性3人しか住んでいないからか、いつもはとても静かな時間が流れていた。
だから、珠紀は自室から廊下に出てすぐ、人気の多さに違和感を覚える。
不気味というより、守護者の皆がいるのかな、という安堵の予想。
 身支度は出来ているが、無意識に手ぐしで軽く髪を整えながら、居間に向かった。


 推測的中。
居間に着いてみれば、守護者6名揃っていた。
この人数になると、それなりに広い居間が狭く感じる――のはいつものこと。
そこに何か違う雰囲気がまじり漂っていると、状況を把握していない珠紀でも気づけた。

「おはよう……?」

 珠紀が首を傾げながら挨拶をする。
それに対し、慎司と卓は笑顔で応答したが、祐一はいつものぼんやり、拓磨は警戒しっぱなし、真弘は悪巧みを練る餓鬼のようにうきうきしていて、遼は鼻歌交じりだ。
後半、不気味さしか感じない。
 最近、慎司が(年上の)守護者5人のあしらい方を上達させたように、珠紀も(しょうもない嫌な予感の)勘が鋭くなってきた。
嬉しくないが。
「なに、してるの?」
「見てわかんねぇのか」
 遼の口元がにやりと歪んだ。
とてつもなく嬉しそうで――やはり、不気味だ。
しかも何故か、片手は何かを投げては掴みを繰り返していた。
何度も言うが、不気味だ。
あと、遼の機嫌が良すぎることも、警戒要素になっていた。
「えっと…あ、今日はそうか。節分の日だね」
 遼の動作を見て珠紀はやっと、気づく。
 節分の日。
遼が投げているのは豆だろう。
「遼、すごいね…」
 何粒あるか分からないほどの量を綺麗に投げて、落下すれば掴んで、を繰り返しているのだ。
器用というか、おかしいというか。
総合して簡易な言葉を零してしまった。
「あぁ…くそ、俺は待ち望んでいたぞ」
「……は?待ち望んでいた??」
 投げかけているというより、独り言に近い音色。
聴かぬ振りが出来なかったのは、とてつもなく歪な台詞だったから。
「てめぇにはやらせねぇぞ」
 珠紀と遼の会話を遮ぎって、別の声が割り込んでくる。
「拓、磨…?」
 ゆらり、と気が揺れるような。
 縁側に腰をかけていた拓磨が、すくりと立ち上がる。
手には木刀。
ぼくとう。
「………えー…?」
 珠紀はなんだか全て投げ出したい気分――心配より呆れの方が勝っていた――になってきた。
「なんだ、もう負けた気分か」
「んだと、テメェ」
 ハッと遼が鼻で笑う。
相変わらずの挑発に、拓磨は唾を吐くような態度で切り捨てた。
 ふたりの苛立ちに、
「よ!どんどん殺意あげろよ!!」
「ふたりとも、まだ始まっていないぞ」
真弘は囃したてて盛り上げさせ、祐一はぼんやり静観している。
「気にしなくて良いですよ、珠紀さん」
 なーんにもわかんないなーなどと珠紀は思っていたら、お茶をすすってにっこり微笑む卓と目が合う。
その笑みに「慣れというよりもはや低レベルで無視する価値もないですね」という雰囲気があったことけれども、珠紀は気づかない振りをした。
「珠紀さんも初めてですから説明しましょう。その前に何か質問はありますか?」
 も、というのは慎司と遼が含まれているのだろう。
そしてそちらはもう説明済み、という口調だ。
「はい。節分になにかしてるんですか?」
 説明を聞いた遼の機嫌があがるなんて――嫌な予感しかしない。
珠紀はそう思っていたが、卓の問いを拒めなかった。
「鬼崎君が鬼役で豆まきをするんですよ……まぁ、恒例行事ですね」
 さらっと言った。
戯れ程度で言った。
しかも卓は珠紀の質問で説明すら省いている。
「は、はぁ」
 確かに「鬼は外」だが、安直過ぎないだろうか。
 唖然としながら頷くと、隣で本日初めて知った同類と思われし慎司も苦笑していた。
互いに見合って、今度は失笑。
何処から指摘すれば良いのか、さっぱり分からない。
あと、分からないままでいたい。
「珠紀さんも参加して構いませんが、いつも鬼崎君がキレますから、逃げることを忘れずに」
「……えぇ?」
 未参加でも予想出来る展開を毎年繰り返しているとは――狂気の沙汰だ。
「私がお守りしますから、珠紀さんは日頃の恨みや苛立ちを鬼崎君にぶつけて下さい」
「大蛇さん、それは聞き捨てなりませんね」
 あおりにあっさり乗る馬鹿もとい拓磨の不機嫌度は増していくばかり。
 どうして繰り返し鬼役を引き受けているのだろう、と珠紀は不思議だったが、そのやり取りでなんとなく分かった。
今年こそ鬼がボコボコにしてやる、という意地だ。
「おや、鬼崎君も聞いてましたか」
 聞かせているようにしか思えないのに、卓は笑顔で流した。
「さぁ!さあさあさあ!!やるぞ!拓磨ぁ、歯ぁ食いしばれ!!!」
 狂気の盛り上げにしか聞こえない真弘の掛け声が居間に響く。
「それ殴る時の言葉ですよ、鴉取先輩…」
 どうしよう、という雰囲気をあからさまに、慎司が苦笑する。
新参者がこの行事を止められる筈が無い。
あー……始まっちゃうんですねー美鶴ちゃんが怒らなきゃ良いけど、くらいな気持ちに成り果てていた。
「外に追い出して下さいね。居間を荒らすとババ様から雷が落ちますよ」
「分かっている、まかせてくれ」
 防御体制に入る卓の言葉に、珍しく意気込んだ祐一が応答した。
真弘の傍でずっといただけのことはある。
祐一もそこそこ乗り気だった。
「くそ、なんで俺が…今年こそは勝ちますからね!!」
「先祖に聞いてくんだな、拓磨ぁ!!」
 未だ納得のいかない拓磨に、真弘は無茶苦茶な返答と同時に豆を投げた。
それが切り出し――始まりであり、息をする間も無く遼がそれに続いて豆ではなく(形ばかりになっていた)枡から投げ始める。
仲が良いとか悪いとかそういうのすら無縁のふたりがタッグを組んだ瞬間だった。





 事の終わりはというと。
卓が予言したババ様の雷より手前――美鶴の(優しく表現する限り)雷が落ちた。
卓やババ様を越えるような、とてつもない冷血な声と蔑んだ視線つきで。
 殺意を乗せたように木刀振り回す拓磨と、避けて豆投げし続け高笑いする遼と、ふたりの間を縫って攻撃する(自然とツーマンセルになる)真弘と祐一、計4名の身体がぴたりと止まった。

 鳥の鳴き声がはっきり分かるくらい静寂になった縁側にて。
豆まきで盛り上がった4人は正座している。
正しく言うと、美鶴によって正座させられている。
遼は崩しているが、他の3人と一緒に並んでいるだけで、美鶴の勢力に負けてた証拠だ。
 惨状は非常に悪い。
 何処もかしこも豆が落ちていて、庭では踏んで潰れた豆のカスを鳥が食べに来ている。
大きなテーブルは足を支えに立って盾代わり、襖は勿論破れ、畳は痛んでいるし、傷跡すらある。
「悪かった、から…な、その…拓磨」
「なんで俺なんですか」
 美鶴が一番あまい相手を援軍に出そうと真弘は、肘で拓磨をつつくも、向こうは向こうで疲れきって意味を成さない。
祐一は平然そうに見えて、美鶴の様子を窺っている。
遼は拓磨を散々潰したのである意味静か、何の文句もつけていない。
「えっと、美鶴…ちゃん」
 あの、私が止めなくてごめんね。
 申し訳なさそうに美鶴を見上げるも、彼女は優しく微笑むだけ。
何も口出せない雰囲気が強い。
怒るのは分かるが、私だけ贔屓されていいのだろうか、が珠紀の心情だ。
居間を無惨にしたのは正座させられている4名だが。
 珠紀の横には慎司がいて、反省するどころか珠紀と同じ枠――飛び交う豆から珠紀を護った評価と、美鶴の淡いあまさゆえだ――にいることに慌てていた。
 もうひとり、最後に卓はというと。
珠紀と慎司を誘導しつつ、ひょうひょうと豆をまいていたが、最年長とあって、美鶴も説教できぬ間柄。
いつもの笑みを浮かべながら「障子はりかえますか」とぼやいている。
「毎年毎年反省していませんが、今年は大層――」
 そこからくどくど美鶴の長々続く説教――こうなったら止められる訳がない――を音楽に、間逃れた3人は片づけを始めた。



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