more than a feeling






 早朝出航の哨戒巡回が波の影響で遅れをとっていた。
昨日の夜空からずれ込みそうだとは思っていたが、それを目の当たりにすると気分が滅入る。
なにより、今回は少し長くレガーロ島を離れる予定で、恋人からの恨めしい視線が忘れられない。
モンドの私怨を思いっきりかぶった哨戒であり、どうにかして逃れろという無茶な含みを振り切る――モンドとは長い付き合いであり、己が断れる筈がない――ので精一杯だったのに。
 はぁ、と少し重たく長い溜息を、ダンテはついた。

「ダンテー!」

 ひょいと顔を覗かせたリベルタが軽やかな足取りで近づいてくる。
「どうした、何かあったか」
「いや、なにも。それよりダンテ。この波だと、あと2時間くらい待つだろ?」
「ん、そうだな。それくらいだろうな」
 ダンテも少しずつ波は落ち着くと算段していた。
ただ、時間まで一致すると、リベルタの成長をしみじみ感じてしまう。
「じゃぁ、ここは任せて、お嬢のとこ行って来いよ」
「……………何を言ってるんだ、リベルタ」
 すぐ反応が出来なかったのは、想定外の台詞だったから。
あと、聴いた言葉を信じたくなかったから。
「おぉ?!リベルタにしては気がきくなー!」
「やることないんですし、ダンテさん、俺たちに任せて下さいよ!」
 腹心のオルソとニーソまで便乗してきた。
こういう下種な世話というか、レガーロの男らしいというか、海の男らしいというべきか。
リベルタがその色に染まるのが何処となく不安なのは何故だろう。
「だが、なぁ…」
 一部の担当以外、波が治まるのを待つしかなく、トランプカードやらで時間を潰すのが無難な線である。
ダンテも今からすることは特にないので、諜報部を信頼して任せられるし、リベルタの提案をのめる。
 だが、幹部長としてどうかと思う。
部下に示しがつかない。
「さっきさ、お嬢の機嫌が悪い原因にぶつくさ拗ねてるルカと、それに付き合ってるパーチェがいてさ」
 あれはあのままイシス・レガーロでデビトと合流するんじゃないかな?
 リベルタメモを頼りに予想付きで零すリベルタに、ダンテは頭をかかえた。
 よくもまぁそんな所を見つけたものだ。
諜報部として褒めたいような、ルカは何をやっているのか。
なによりお嬢――フェリチータの機嫌が悪い時の表情は、とてつもなく重たい。
視線が鋭い。
モンドですらガタガタ震えるほど、苦手としている。
女性らしいというより、スミレの血を受け継ぎすぎた、とダンテは認識している。
「ドンナの機嫌を治すのも幹部長の仕事ですって!」
 いや、それは違うだろ。
俺はモンドの機嫌に関し、スミレに頼み込まれるまで放置してたぞ。
 と、内心思うも。
 原因を作ったのは俺か。
 そう思えば、責をとらなければと思う辺り、義理堅いというか生真面目なダンテである。
苦笑交じりに、「では頼んだ」と零し、船を後にした。



 ダンテの後姿を見送りながら、ニーノが肘でリベルタの脇をつつく。
「立ち直ったのかよ、リベルタ」
「………うるせぇ!」
 フェリチータとダンテが恋人になった際、信頼の厚いダンテが奪われたと嘆いた部下と、ファミリーの女神とまで言われたフェリチータが特定の男のものになったと嘆いた輩、で二分した。
 諜報部は前者ばかりだが、リベルタはどちらも属している。
父親のように慕い尊敬するダンテと、初恋であろうフェリチータ。
多分統計で一番を争うくらい複雑な心境持ちであろう。
諜報部もからかい半分、本気で慰める半分という微妙な割合で見守っていた。
「…………なんていうか、さ。ダンテが困ってるのも、お嬢が笑ってないのも、嫌なんだよ……」
 しょぼくれながらも、そう言えるリベルタだからこそ、周りは支えようと思うのだ。
健気で、人として大切なものを持っているから。
オルソが淡く笑いながら、リベルタの髪を豪快に撫でた。






 ダンテがファミリーの館に戻ってみれば、人に逢う度、ドンナが何処で見たか、教えられた。
女の子にしてはあまり表情を出さないフェリチータが、遠目でも不機嫌だということに気づくらしい。
 幾つもの目撃場所から順路を推測し、ダンテは中庭まで足を運ぶ。
執務室に直行しなかった理由は、フェリチータが公休だからだ。
ふてくされてうろうろしている、という分析結果である。
 ダンテは外に出て、先程より空が明るいことに気づいた。
どんより曇っていた空の隙間から光が零れ始めている。
もう少しで晴れるな、と見上げながら思う。
「……ダンテ?」
 不思議そうな色をそえる聴きなれた声に、ダンテは視線を下す。
捜していた人物が瞳に映った。
「フェリチータ」
 名を呼べば、錯覚ではないと確信したのか、フェリチータは微笑んだ。
 あまり不機嫌そうには見えないな。
 予想していたものと違った為、ダンテは第一にそんなことを思った――が、第三者がこの場にいれば「お前がいればそれで解決するんだよ」と投げやりに返しているだろう。
実際、フェリチータはダンテを見つけるまで、ふてくされていたが、それも吹き飛んだだけだ。
「哨戒は?」
「波の問題で出航時間が遅れている」
 お前の様子を見て来いと言われた、とは流石に言えなかった。
ダンテでもそれを言えばフェリチータが嫌な顔をするくらい分かっている。
 最近分かったのだが、フェリチータはダンテの部下思いにやきもきするようだ。
ドンナとしてどうかとは思うも、彼らと対等にすらなれていない気がする、と感じる時があるらしい。
ダンテに自覚がないので、その差はよくわからないままだが。
「ダンテ」
 両手を少し上に伸ばすフェリチータに、ダンテは何を望んでいるのか理解する。
お望みどおりにと少し屈み、彼女の腰と太股の裏に手をつけ、抱き上げた。
 ダンテの腕が椅子代わりで、フェチリータは見下げる形となる。
視線がいつもと逆転し、これをお気に召していた。
「もう少し、右」
「どうした?……あぁ、ハンカチか」
 抱き上げられたまま見上げるフェリチータの視線を追いかけてみれば、木の枝にハンカチが引っ掛かっている。
抱き上げずとも、ダンテが軽く飛べば掴めそうな高さだけれど、フェリチータはこれを望んだのだ。
こういう文句や提案は野暮であろう。
「フェルのか?」
「うぅん。ミリエラの。一緒に買いに行ったから…多分、そう」
 白いレースと淡い生地のハンカチがフェリチータの手に届いた。
それを軽く叩いてから、折りたたみ、ポケットにしまう。
「下ろし――」
 地面に下ろそうとダンテは声をかけようとするも、ふと、頭部に柔らかい感触が一瞬、すぎていった。
それに意識がいき、言葉が途中で途切れる。
フェリチータが口付けしたのだと気づいたのがそれより少し後で、ダンテは無意識で顔を上げた。
なにを、などという表情を浮かべて。
「ダンテ」
 その行動を予想していたのか、フェチリータは小さくもあまい声色とともに、ダンテの顔を手で挟み固定し、唇を重ねる。
「フェル…こらっ、」
 軽く啄ばまれただけなので、人気がないとはいえ外でと文句を零そうとしたダンテの言葉を遮るように、フェリチータが再度塞ぐ。
隙間が出来た好都合を見逃すはずもなく、深く貪るように。
舌を吸い、甘く噛む。
誘って、引き寄せて、愛を紡ぐように、陥らせるように。
 ダンテはというと、飲み込まれることなく、まだ冷静を繋ぎとめられていた。
理性が残っているのは、伊達に諜報を仕事にしていないから。
任務があろうと掻き消えてしまうような毒を女は持っていることも知っているし、危険であることを叩き込まれているから、にすぎない。
 いつこんなワザを覚えたのだろう。
否、教えたのはダンテ自身であり、それを取得したのはフェリチータだ。
生っ粋のレガーロ男であるモンドの血が濃く出すぎだ。
 こうなるとフェリチータは攻めに攻める。
ダンテが折れるまで、好きな感覚を見つけては攻め込み続ける。
 しかも抱き上げているので、むやみやたらと振りほどけない。
これもフェリチータは見通しているのだろう。
されるがまま、という不甲斐無い状況だ。
「ん、……ダンテ、」
 するりと後頭部を撫でながら、かすれた声をあげた。
 ダンテがその懇願に弱いことも分かっているのだろうか。
 溺れているのはどちらか。
そう思いながら、ダンテは舌を自ら伸ばし、フェリチータの歯を撫で、受け返した。
彼女の髪を撫でられないことに残念な気持ちを感じながら。

 漸く、フェリチータから唇を離した。
ダンテの返しが嬉しかったようで、艶笑をみせる。
「フェリチータ。外でするものじゃない」
 モンドの傍に長いこといる割に、レガーロ男の色に染まらなかった。
愛情表現豊かさに節度も必要だろと思うダンテだ。
余談だが、モンドはそれを不満そうにしていたし、スミレは「硬派は良いことよ?」と褒めている。
「こら、人の話を聞くんだ」
 そんなダンテを無視するように、フェリチータは額や瞼、鼻先、頬に口付ける。
 早々下ろせばよかった、とダンテが後悔するのも遅し。
 がっしり顔を掴まれているので、顔を背けるのも悪く、結局受け入れてしまう。
嬉しさが否定できない。
愛おしさに負ける。
「……当分いないでしょ」
 フェリチータの不機嫌の理由はこれだ。
 アルカナ・デュエロが終わり、フェリチータがドンナとして地位を確立させてから、ダンテの巡回任務の回数が増した。
しかも日帰りの少ない、長旅ばかり。
元々海にいる時間が多く、幹部長代理まで立てていたが、前以上なのだ。
それにモンドが絡んでいることも周知であり、現状ドンナのフェリチータが抑えきれていない。
 それに加え、ダンテがモンドに弱いことも楽しくないと公言している。
豪快さに付き合ってきた慣れであり、もはやどうすることも出来無いとダンテが諦めているのも、悔しいらしい。
 父にやきもちをやく娘。
斬新というか、俺はどうするべきなんだ、というのがダンテの見解である。
「フェリチータ、」
 悪いと謝ることは出来無い。
 これは今後もあることで、最善を考えねばと思っているダンテの額に、フェリチータが自分の額を合わせ、覗き込んでくる。
「自分でどうにかするから……パーパに、ダンテをみすみすあげない」
 ドンナとしてパーパを制御するという気合は良いが、それ以外も含んでいる。
想われていることだけ感じることが難しいのは何故だろう。
「ダンテ、」
 フェリチータからダンテの唇に軽く触れ、下唇を甘噛みする。
それを答えるように、ダンテからフェリチータの唇を舐めた。
 もう一度、名残惜しんで。
もう一度、やりなおして。
今度こそ、見送る挨拶の前に。
馴染ませて、忘れないように、出迎えるまで頑張れるように――愛し、繰り返し口付けた。
「……いってらっしゃい」
「いってくる」
 無理のない笑みではないことを、ダンテは分かっている。
それでも微笑むフェリチータに、何か指摘することがドンナの傷をつけるようにしか思えなくて。
ダンテはこのやりきれない思いを沈めながら、誓うように、フェリチータの瞼に唇を落とした。










 陽も高いうちからバールで飲む駄目衆が三名ほど。
「バンビーナって案外攻めるよナァ」
「確かにあれは意外だよねぇ」
 誰よりも美味しそうに食べ、その姿を見ているだけでお腹一杯にさせるパーチェの口はもごもご動いたまま、デビトの相槌を打つ。
「ダンテが攻めねーからだと思うが。イイねぇ、パンビーナの攻め」
「可愛いよ、お嬢」
 たまんねぇよなぁ、と口元を緩め、デビトは酒を煽った。
「ふたりとも!脳内でお嬢様を穢さないでください!!」
「いや、事実だし」
「お嬢がダンテを引き離さないようにしてるのは有名な話だよ?」
 メイドトリアーデと策略しているフェリチータは、ファミリーで有名というか、話題の的だ。
ダンテがどう振り回されているか、という苦いオチで終わるのだが。
「――黙りなさい」
 ダン!とジョッキ――いつもワインの男が珍しいものを飲んでいる事態異様だ――を叩くような勢いでテーブルに置いたルカの視線は鋭く、危険な雰囲気を発している。
いつもの酔い方ではないことを察したパーチェとデビトが、視線をわざと逸らした。



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