All you do is complain






「「はーなちゃん!」」
 似たような高さを重ねて、大喬が前から、小喬が後ろから、花に抱きつく。
気配すら察していなかった花は目を丸くして前後見るも、姉妹にすればそれすらも愉快だ。
軽やかな声が続いた。


 それを遠く――花は勿論のこと、姉妹も気づいていないくらいの距離だが、豆粒ほど離れている訳でもない――から偶然見かけた伯符が唸る。
「女は3人いると姦しいっていうが……あれは別だな」
 顎を軽く撫でながら、ひとり頷いた。
髭をはやしている訳でもないのにこの仕種。
「寝言は寝てからお願いしますね、伯符」
 その隣で一緒に目撃していた公瑾は伯符に冷たい視線を投げかけ、仲謀はなんとも言いがたそうな表情を浮かべている。
花が住んでいた国風にいうなら、セクシャルハラスメントだ。
「女は愛でるものだろう」
「そこで同意を求めないでいただけますか」
 否定する気もないが、同意する気も湧かない。
 伯符と仲謀の父もそれなりに豪気な面を持ち合わせているが、こういう言い方もするのだろうか。
歳が離れているので公瑾はそういう面に触れたことはないが、これは伯符特有なのだと思えた。
「うん?公瑾、小喬を泣かせてるのか」
「勘弁してください、話を聞いてますか」
「仲謀、公瑾も悪い男だよなぁ」
 けらけらと伯符は笑い、仲謀の肩に腕をのせる。
お前も気をつけろよーと言いながら、髪をぐしゃぐしゃに撫でた。
仲謀も苦笑を滲ませながら、兄の言うことなので頷く。
「伯符、」
「おーこわ。小喬泣かしたら俺が許さんぞ」
「全く聞いてませんね、貴方は」
「お前が何も言わないから、俺が勝手に解釈してるんだろうが」
 とんとんと話が進んでいるようで全く噛み合っていない。
仮定の仮定で流れているだけだ。
「はぁ……そんなことしたら貴方以上に大喬が許しませんよ」
「なんだ、大喬はやらんぞ」
「いつそんな話をしましたか」
 伯符がぎりっと真面目な表情で公瑾を見た。
それに対し、公瑾も「お前本当に大丈夫か」と蔑んだ視線を返す。
「冗談だ、いや冗談じゃないな。ノリだ、ノリ。つい大喬の名がお前から出たから、牽制をだな」
 もうだめだ、こいつ。
そんな雰囲気で公瑾がついた溜息に被さるように――

「仲謀……!!」

 男3人、正確には仲謀に気づいた花が嬉しそうに名を呼んだ。
仲謀のところへ走り出すも、
「花ちゃん、まった」
「気をつけないと…!!」
がしり、と大喬と小喬が押さえ込んだ。
「え、……え?大喬さん、小喬さん?」
 戸惑いを隠せず、花が慌てる。
無礼なことでもしたのだろうか、とかそんな心配が過った。
「花ちゃん、伯符には注意して」
「………は、伯符さん?」
 仲謀の兄の名に、花は一瞬驚く。
もう一度仲謀の方を見て、伯符と公瑾がいることに気づいた。
仲謀しか見えていなかった自分に、苦笑交じりの羞恥を覚える。
「今この流れだと、伯符が花ちゃんを抱きしめかねない」
「………………えぇ?」
 懸念していたことと重ならなかった。
姉妹の真剣み帯びた表情に、花は首を傾げてしまう。
「伯符さんは優しいですよ?」
「いやいや花ちゃん」
「男としてあれはどうかと思う冗談をするから」

「なんでばれるんだ…?」
 姉妹の説得を耳にしながら、伯符が不思議そうな声をあげた。
仲謀の前に出かけた足を戻し、予想されるほど鈍い動きしていただろうか、とかそんな自己分析すら始めている。
「伯符、日頃の行いですよ」
 仲謀のところへかける花の前方を壁のように遮って抱きしめてやろうとか考えていたことを公瑾も読んでいた――ので、姉妹が止めるのにもう少し時間かかっていたら、伯符の首根っこを掴もうとしていたのは言うまでもない。
「俺、彼女にそんなことしたことないぞ」
「貴方のは本気で『可愛がり』だけだからタチが悪い…」
「可愛がりだろ?俺は大喬一筋だ」
 どーん、と勇ましく誇られても、公瑾と仲謀は困る。
 一途なのに、弟や親友の女を可愛がる認識で抱きつくとか。
伯符の感覚にケチをつけるのもおこがましい気がするが、一般論からすれば許容範囲が広すぎる。
仲謀も伯符でなければ苛立ちなど負の感情が沸くが、兄の気質を知っているので何とも言えない。
そうなると公瑾か姉妹が咎めるしかないのだ。
「仲謀様が大事なのでしたら、彼女にはしないことを推奨します」
「ふーむ、仲謀はとても大事だ。しょうがない、公瑾の助言を聞いてや――っいてぇ!お前!今、俺を叩いたな!?」
「えぇ、叩きましたよ?」
「おい、俺も殴るから、って避けるな、公瑾!」
「叩きを殴りで返されるのを許容するほど、私も心は広くありませんので」
「お前が広いとか言うな。むしろ狭いだろうが」
「貴方が広すぎるだけでしょう?」

「………花、」
 兄とその親友はじゃれているのか、揉めているのか。
微妙だ、と思いながら答え探しを止めた仲謀から花の傍に寄る。
「仲謀、」
「気にしなくて良い。伯符兄なりの可愛がりらしいから」
 仕出かしたんじゃないかという心配を取り除くと、花はほっとした表情を見せた。
「……ねぇ、小喬」
「なに、大喬」
「これ、誰に怒れば良いの?」
「うん、誰に妬けば良いの?」
 姉妹ふたりして、伯符と公瑾をじとっと重たさのある瞳で傍観しながら、首を傾げる。
そして「うーん」と少し長めに唸った後、顔を上げた。
「「ねぇ、仲謀」」
「俺にふるのか!」
 仲謀にふり――投げつける。
八つ当たりするように、姉妹が仲謀の両腕に絡み、ぎゃいぎゃい喚き始めた。
「伯符兄の別が理解出来ねぇ、姦しい以外何が」
「仲謀、しつれいなこと言ったでしょ!」
「仲謀なまいきー!」
「うわっ!?大小ひっついてくんな!」

「なぁ。大喬って仲謀と仲良すぎると思わねぇか」
「貴方もその話題のりますか」



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