There's an answer




※時間軸は『Questions that need answering』のすぐ後くらい




「つっかえない人ですね、相変わらず…」

 ゾンビを蹴散らすゲームで遊んでいたら、いきなり居間へ入ってきた人物にそんなことを言われた。
人を見下ろしたまま、すっごく呆れ面で、溜息までされる。
「……よぅ、高虎か。いきなりなんだ」
 素晴らしき夏休み真っ只中、薙羽哉は当然の如く伊那砂郷へ帰省していた。
なので学校ならまだしも、ここに呼んでもいない高虎が目の前にいるってことが、さっぱり理解不能。
「言葉通りですよ、薙羽哉さん」
 ゲームを一時停止させてから薙羽哉が向き直ると、高虎は見下ろしたまま嫌味の笑顔を見せた。
 最近薙羽哉はどうも人に恵まれていない、と思わされる。
きゃふぇ・まだらで馬鹿みたいな歓迎を受けてすぐ、人様の家に来て早々そんなことを言う輩と出逢えば、悩むのも当然なのかもしれない。
「あのなぁ……挨拶くらい初めにしろよ」

――少しはケンカしないよう、心掛けて

 脳裏で沙耶の言葉が木霊した。
 学校にて出逢うたび、高虎が気晴らしみたいな態度をとって薙羽哉はブチ切れ、ケンカとなる。
それあって沙耶が何度も咎め、薙羽哉も沙耶のために気をつけようと努めていた。
「お邪魔します、安綱さん」
 高虎はテーブルの手前で腰を下ろしながら、ちょうど麦茶を持って居間へ入ってきた安綱に向かって挨拶する。
その言葉は理解出来ないが「どうせご当主への嫌味だろう」と正しく推測した安綱はというと笑顔を返すだけ、すぐ居間から立ち去ってしまった。
「おい、コラ。高虎…!」
 安綱はともかく、高虎の態度はどう考えてもワザと、そしてあからさま。
性格的に言えばいつもどおりだが、薙羽哉からすると、させっぱなしだけは許せない。
「相変わらず学生って身分がなきゃ自宅警備員ですね、薙羽哉さんは」
 それで良いですか?という表情付きで、高虎が嫌味を続けた。
 そこで逆に薙羽哉の苛立ちが、ふっと消える。
「………何か、あったのか」
 高虎は薙羽哉や沙耶よりも前からそれなりに仕事をこなしている。
だから、夏休みなのに伊那砂郷へ来た理由はそこか、と薙羽哉は考えた。
「……いぃえ?何も」
 いきなり落ち着いた薙羽哉に、高虎は意外さから驚き、そして面白くないと思う。
 八重垣の当主としての自覚が出てきてから、薙羽哉の思考速度は上がった。
元々賢いので、努力さえすれば目まぐるしい成長が得られる。
それだけの技量は持ち合わせていた。
 それを知っているからこそ、高虎としては癪に障る。
「残念なことに東雲さんと出会いまして……先輩に渡して欲しいものがあると頼まれました。正直、めんどうくさかったのですが、先輩に逢いたいなと思い、こん辺鄙な所まではるばる…」
「あーあーあーあああーーーわかった。もう良い」
 沙耶の彼氏である薙羽哉、薙羽哉の彼女である沙耶、その関係を知っていて普通に零す度胸、ありえないを通り越して凄いと感心させる域にまで来ている。
 しかも、東雲の内容となると聞く気は更に半減し、良い気分一切無し。
「緊急なのか」
「えー…と、さぁ?補習の資料とか聞きましたけど。どうも祇王が電話で頼んだとか」
 沙耶は可哀相な脳しか持ち合わせていないため、夏休み登校補習を自宅用宿題で補って、薙羽哉と一緒に伊那砂郷へ来ていた。
 毎日宿題を進めてはいるけれど、進まないのが沙耶クオリティ。
自分で解いてこそ、という薙羽哉のお手伝いだけでは限界あり、それに見かねた祇王が別の手で助け舟を出してみた結果、東雲から補習の資料を高虎が持って来る流れになったのだろう。
「あー……なんか祇王が言ってたような。でも、宅配で来るのかと思ってたぞ」
「だからそれは俺が先輩に会いたいから」
「だーうるせぇ!!」
「うるさいのは薙羽哉さんでしょう?」
 涼しすぎるくらいクーラーの冷房がガンガンかかった居間で清々しい表情をさせられると、苛立ちが増す。
涼しさも苛立ちから来る熱さで分からなくなりそうだ。
「お前はどうした?!そっちこそ!補習は!どうした!!」
 沙耶とは別で、高虎も出欠席があぶない。
体調不良とかではなく、ただのサボリで、なので自業自得だが。
「あぁ、それはいつも遣えない幼馴染みを利用して、補習と宿題以外でカバーしましたから」
 それを聞くと、沙耶が死に物狂いでなんとか登校補習から宿題に変えた出来事など、可哀相な知識の努力でしかないんだろうなぁ…と思わされるのは何故だろうか。
「幼馴染み……あー道雪っていう高虎と同業の奴か?」
「………なんです、知ってるんですか?」
 高虎の眉間にシワが寄る。
妬いている程度なら可愛いが、この場合知ってしまったことが残念という、幼馴染みに対して大変失礼な言動だった。
「なんかいきなり絡まれた。お前と仲良いから興味わきましたーとか言われて」
「仲良くなんて無いのに。あいつ馬鹿過ぎる…」
 自分に対して失礼な発言より、その高虎の幼馴染みを哀れんでしまう。
これが高虎の友情だ、と断言出来無いからだ。
「あー…で?沙耶のことだったな」
 仲が悪いなら自分の意思で相手の家に上がりこまないだろ……と思いながら、仲良しというのを肯定するのも馬鹿らしくて、薙羽哉は適当に流した。
そして高虎としても流して欲しかったようで、文句言わずその流れに乗って話を進める。
「えぇ。着てみれば相変わらず自宅警備員の薙羽哉さんしかいなくて、先輩を引き止められないなんて、と溜息をついてしまいましたが」
 遣えない呼ばわりされるのもどうかと思うが、ゲームをしていたのは事実だし、自宅警備員という言葉を否定できるだけの要素が無い。
残念なくらい、日頃の行いからくる無力…だった。
「沙耶は祇王と出かけた。朱砂川で遊ぶとか言ってたな」
「なんでそこに薙羽哉さんは行かないんです」
 相変わらずな直球の発言で心を抉ってくる。
言わないから格好良いなんてこと認めないとか言われるような視線まで寄越してきた。
「あー…その、だな」
 言いたくなかったのだが、言わないでいるための手段も浮かばない。
高虎と腹をわって話せる相手、になってしまったからこそ折れてしまう。
しょうがない、と諦めてしまう。
「……祇王は沙耶とずっと一緒にいたんだ。それを俺が奪った。だから俺がふたりのこういう時間を引き裂いちゃいけない」
 高虎なら祇王に対してそういう遠慮はしないだろう。
価値観は合間見えない。
それに、この解釈や遠慮の仕方は大多数な発想ではない、と薙羽哉も自覚している。
「はぁ?なんです、それ」
 案の定、高虎が不快な表情を見せる。
 思考も態度も分かっていてあえて話したのは――本心を隠す気がないから。
賛同しないなら話さない、なんてことはしない。
「余裕ですか?奪われないという自信ですか?」
 俺が、かっさらいますよ。
 そう言われている。
そう、薙羽哉は捉えた。
高虎が薙羽哉の言葉を自分なりに解釈したように。
「自信なんてねぇよ。俺は沙耶を信じて、そして俺は俺なりに好きでいる」
「惚気ですか、それ」
「そういうつもりはねぇよ。でも、まぁ…離さない自信はあるがな」
 それだけしか出来無いな、という苦笑。
 でも、それだけでも十分眩しかった。
高虎には、それで、十分。
「……やっぱり惚気じゃないですか」
 あーあ、つまらないことを聞いた。
そんなことを零しながら、高虎は席を立つ。
「先輩と祇王を、迎えに行ってきます。早く逢いたいですから」
 高虎が何をしにいくか、なんて読めていた。
一緒に待つとか、その間にゲームをするとか、考えられないからもある。
「そうか、よろしくな。俺はここで待ってるから」
「……ほんと余裕ですね」
 廊下に出る間際、高虎が振り向かず居間の障子に手をかけ、零す。
少し苛立ちの雰囲気があった。
あからさま、隠すつもりなんて無い、気の乱れ。
 だからそんなんじゃねぇよ、と薙羽哉は心で思いながら、苦笑が滲み出る。
「俺は八重垣で『ただいま』を言う係りなんだよ」
「安綱さんがいるでしょう」
「……まぁな。あいつの仕事でもあるけど、当主のしたいことでもあるんだ」

「………やっぱり薙羽哉さんはズルイですね」

 言うだけ言い、高虎は居間から出て行く。
 その後姿と、消えていった隙間をしばし見つめる。
言葉を、やりとりを、噛み締めた。
 確かに「ただいま」なんて自宅警備員らしい行動だろう。
「でも、俺は尊いと思うぞ」
 薙羽哉には出迎えてくれる家族がいた。
今も健在で、伊那砂郷でも安綱が言ってくれる。
 だから、薙羽哉もその思いを伝えたかった。
ぐだぐだ邸にいるけれど、それでも出来ることはある。
 沙耶と高虎にはもう眩しいもので手が届かず、祇王と安綱は言う側で言われなれていないと思ったから。
それを、高虎は自覚している。
だから「ズルイ」なんて言葉を零した。
「知らないならまだしも…知っていて、欠けてしまったなら尚更必要だろ」
 あえて、触れないなんてこと、薙羽哉はしない。
 八重垣の当主として、ちゃんと自覚があるからこそ、視野は広がり、何をするべきか定まってきた。
ひとつではない、沢山の事を同時にしてかなければならない。
 誰かのために何かしたいと思い、それが苦では無いと思えるようになったから。
薙羽哉は前に進める。
「さて、クリアすっか」
 薙羽哉は軽く髪をかきあげ溜息をついてから、中断していたゲームを始めた。



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