Don't ever stop, right to the top



※当サークルの本「Claw me, Il l claw thee.」のペーパー小話。本のおまけ部分なので流れだけざっくり説明すると、仲花のドタバタに関与していなかった公瑾が最後の最後で巻き込まれた直後、です。



 蚊帳の外にいた筈が最後の最後で運悪く主に捕まった――ほけほけと笑う子敬が手伝っていた辺り、仲謀に何かあったのは容易く想像できる――公瑾が予定より多い仕事量を終え、帰る途中。
回廊の手摺にもたれかかって足をぶらぶらと揺らす小喬に気づいた。
「どうされました、小喬殿」
「………公瑾」
 待ち望んでいたと思わせる視線と重なる。
どうやら待ち伏せていたようだ。
 こういうことを、小喬は滅多としない。
何もないなど、気紛れでいるなど、思えなかった。
 公瑾は近寄り、少し背を屈めて顔色を窺えば、小喬が躊躇う態度を見せる。
それすらも不安を誘った。
「今日、時間ある?」
 影が落ちている。
この表情が、何を指しているのか、どういう意味か、公瑾は知っていた。
不安内容的中と確信する。
「えぇ、構いませんよ」
「琵琶、奏でて欲しいの」
「……大喬殿になにか、」
 公瑾の柔らかく懐かしそうに微笑む表情は、もう大喬と小喬にしか見せない。
その価値も優越感も理解している姉妹だが、今の小喬はそれすらも受け止められなかった。
微かに首が頷くだけ。
「いえ、検討はつきますが」
 向かいながら聞きますよ、と歩くよう促すと、小喬がとぼとぼと進み始めた。
それに合わせ、公瑾が隣を歩む。
「昔のこと思い出したのか、感傷してるんだ」
 小喬は特に問題ない。
だけれど、大喬が落ち込めば、小喬も一緒に下がる。
今もその流れで、小喬もしょんぼりしていた。
「………似ていますか、あのおふたり」
 今更、重ねられるのか。
公瑾や姉妹にとってかけがえのない伯符と。
 確かに仲謀と伯符は似ている。
同じ血が流れているゆえの見た目は尚香と早安にも言えること。
そうではなく、もっと深い、内面の感覚。
 奇才の伯符と、努力の仲謀。
仲謀は伯符を追いかけていたし、追いつけないことも知ってなお努力をやめなかった。
 そんな最中伯符が亡くなり、仲謀の真似ていた部分を、公瑾と姉妹は無理矢理重ねた。
それでしか心を維持できなかった。
誤魔化していなければ、立ち上がれなかった。
 それから時間が少し過ぎた頃。
花と出逢った仲謀が道を選び、公瑾と姉妹も、その流れにのまれた。
公瑾は仲謀を伯符の弟ではなく、偽りのない真の主として跪き。
小喬は仲謀のほかに花という友達をつくることによって。
新たな関係によって心に整理がつき、今がある。
 だから、今更、なのだ。
過去は重ねていても、今はもう重ねることの方が難しい。
「うぅん、もう似てないよ。今の仲謀は、伯符と類似した行動を選ばない」
 それでも、それでも。
伯符を唯一の男として見ていた大喬には引きずる要素がある。
伯符と似た感覚を花に見せる仲謀を見るたびに、過去が嫌に蘇るらしい。
「なら、」
「それはまやかし、仲謀と花ちゃんは、伯符と大喬じゃない。ふたりはこうじゃないよ、大喬たちはこうだったんだよって思い出してもらいたいから――琵琶なの」
「追い込みかけてませんか、それ」
 公瑾の琵琶を、姉妹は伯符と肩を並べて聴いていた。
感傷を抉るようなことではないか、と問いただすと小喬が偉そうな笑みを浮かべる。
 その表情は小喬がよく見せるものだが、今日初めて見たことに気づいた。
掛け合いが上手くいったらしい。
公瑾は、調子が戻ってきていることに内心安堵した。
「思い出せるうちは良いの。思い出させる要素があれば良いの。本当に怖いのは、思い出せなくなってからだと思うから」
 保身のため、嫌な先を予測しておく。
少しでも精神が頑丈な方が、唐突に物事が起きて崩れぬよう、守るために。
 伯符が開けた穴はあまりにも大きい。
そう思わされる一瞬。
まだ生前彼に振り回されていたように、死後も振り回されている。
「小喬殿、」
 話を逸らすつもりはなかった。
でも、頷くのは釈然としなかった。
結局、伯符の一人勝ちみたいで、腹立たしいだけ。
こんな時でも素直になれない男、というのが小喬の評価だということを、公瑾は知らない。
「姉を思う気持ちは貴方の眩いところですが、ご自愛なさい」
 どういう意味、と応答がくる前に、公瑾が小喬を外套で包まるように引き寄せた。
歩いているので、外套をかけている状態に近い。
「歩きにくいよ」
「風除けくらいなるでしょう。我慢なさい」
「それなら、遅くまで仕事しないでくださーい」
 身体が冷えていることに心配してくれる気持ちは悪くない。
だが、数秒の間で二度の命令口調は面白くない。
素直云々、人に言えた口じゃないな、と小喬は内心溜息をつく。
「それはわが君に仰ってください」
「公瑾、蚊帳の外だったのに巻き込まれたんだ…」
 納得と言わぬばかりの口調は、小喬が聡いから。
脈略ない所で欠片を全て合わせる速さは相変わらず驚愕の域だ。
 自身が思っていたことに加え哀れんだ視線を受け、公瑾は苦い笑みしか零せなかった。




<後日>

 失礼な話だが、小喬にじっと見つられても嬉しくない。
仲謀はあからさまな溜息をついてから、視線を向ける。
「何かあるなら言え」
「似てないなって」
「………なんだ、何に喧嘩売…いい、言わなくて良い。買ってやる」
 仲謀が髪をぐしゃぐしゃにしてやろうと――流石に物理的な痛みを選ばない。
女はこういうのが一番腹立つと知っている――頭をがしっと掴んだところで、小喬は喚く。
「花ちゃーん!仲謀がいじめるー!!」
「いじめられてるのは俺だろ!?」
 仲が良いなぁと微笑ましそうにしている花を見れば、どちらも援護は期待出来ないと察した。
 仲謀は溜め息をついてから背を屈め、小喬にしか聞こえない声で彼女の名を呼んだ。
何を秘めてくるのか、小喬も倣って声の音量を下げる。
「大喬のこと、ありがとな」
 大喬と公瑾が話し込んでいる方を一瞥しながら仲謀が零す。
 姉妹があの日、仲謀と逢ったのは執務室の前で、ほんの一瞬。
それで全てを把握できているとは思えない。
仲謀は完全主義でなく、こういうことには弱かった。
乙女心の理解を投げ出していた筈だ。
 でも、何かを把握して紡いでいる。
何処まで知っているのだろう。
何処まで気づいているのだろう。
 件は仲謀が詫びることではないのに、巻き込まれている側なのに、気にしている。
身内としてか、君主として全てを背負い込む気があるからか。
 小喬にも分からない。
子供の頃の仲謀はいつからこんなにも磨り減ったのだろうか。
「………なにいってるの?」
 釈然としない。
しかしそれを見せるこそ女の沽券に関わってくる。
小喬なりの意地。
「そうかよ」
 知らない振りを見せると、仲謀が憎たらしい笑みを見せた。
 伯符。
仲謀は大きくなったよ、むかつくくらい男の人になってきたよ。
やっぱり面白くない。
孫家ってどうしてこう――
「そうだよ。というわけで、花ちゃーん!」
 ぶつくさ言ってるのも負けの一部。
感情を切り捨てるように、小喬が花に抱きつきにいく。
半分以上嫌がらせ、憂さ晴らしだが。
 驚きながらも受け止める花と、引き離そうとする仲謀に、やはり未来で良かったのだと、小喬は思った。



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