Love is blind 「暑い」 花に宛がわれた部屋の窓辺で風に当たりながら、たった3文字を嫌味なくらいためながら実感をこめ、仲謀は目を細める。 「………何だよ」 呆れたような、困っているような、なんとも言い難い表情を浮かべる花に視線には気付いていた。 はっきり言って欲しいような、言わないでいて良いような。 結局聞きたいと思ってしまうのは、好きな女だから、何であろうと言葉は紡いで欲しい。 「なんで夏も厚着するのかなぁって…」 「俺様はお前の世界が不思議でならねえけどな」 「そう?」 素材の厚さや羽織る枚数は確かに減っている。 だけれど明らかにそこまで着込まなくても、と思うくらいには重ね着していた。 自宅ならタンクトップだけ、外出でも半袖が普通の花としてはエアコンも扇風機もない時代によくもあえて頑張るな、と思える。 快適かつ便利なものを知っているからこその発想だが。 「そうだろ」 そんなことを知らぬ仲謀は、安直に異国から来たからこそ、この美的感覚にしっくりこないのだろう、と考えていた。、 ずっと過ごしてきた場所の価値観を拭い去れという方が傲慢だ。 絶対仲謀の方がおかしい、という表情で首を傾げるので、仲謀は花の腰に手を回し、引き寄せた。 「……暑いんじゃなかったの?」 人肌はあたたかいが、気温が高くなるとわずらわしくもなる。 暑いと断固している仲謀がそんなことをするので、花は拒まなかったが、少し不満そうな声をあげた。 「お前は別」 確かに仲謀なら暑さとか関係ないとは思えるが、この流れで納得するなど釈然としない。 「暑さすら共有したい」 「………沸いたでしょ」 恥ずかしいことを冗談抜きで言われ、どう返して良いのか困る。 暑いのは嫌だ。 でも、この腕を離すことも嫌だ。 なんだろう、この末期というか、自分でも手に負えない感情は。 一緒に解けてしまいたいなんて、艶めいたこと思っても、お天道様が昇っている時に言えるほど、花の口は緩くなかった。 「それより。薄着なんかすんじゃねぇよ。お前の肌を周囲に見せてる俺様の身にもなれ」 花がどう返答しようか悩んでいる最中、Yシャツの首元――ボタンを外した鎖骨辺りをすっと撫でられた。 少しベタつくが、これも暑い時特有の感触。 「仲謀!いきなり変なところ触らないで…!」 花はびくりと身体を揺らす。 自分も沸いてしまいそうだ、と必死に花は喚いた。 「ま、前から!仲謀と初めて逢った時からこうだったっ!!」 幼いこと紡いでいる、という自覚はあった。 傲慢さを指摘すれば良いのに動転し、おかしなことしか紡げていない。 仲謀の傍にずっといると決め、残ることにしてから、制服を着ないことの方が増えた。 だけれど制服以外の装束で迎える初めての楊州の夏は堪えられるものではない。 足が出せるってこんなに素晴らしいことだったんだ…とか思ったくらいで、今日は制服を着込んでいる。 「それはそれ。今はダメだ。本当、なんで足なんて出すんだよ…」 スカート丈にも大変不満があるようで、するりと撫でられる。 「ちゅ、仲謀っ!!」 動転というのは仲謀がよくすることで、花は冷静でいられることの方が多い。 尻に引かれているとか言われるくらいだから、それが逆転すると、花はいつも以上に慌ててしまう。 「暑さにはかわないの、いいでしょ」 千年単位も昔とあってか気温――温度計はないから多分、でしかない――もだいぶ低い。 盆地やねっとりした湿度の高さもなく、過ごしやすいのだろう。 だけれど冷風というものを生み出す機械を知っていて、それを使っていた花からすれば、大変慣れないものがある。 「今すぐ慣れろ…とは言わねぇ。だけど、この装束でいる時は誰とも逢うなよ」 早く慣れろと思っているのにあえて否定するのは、還らないことを選んだ花に無茶を言うことがおかしいと分かっているからだ。 お願いそのものが無茶苦茶なのは、そこを妥協できるほど、仲謀の器はでかくないから。 結局強引なことには変わりない。 「だから前からこの格好だったし」 なんて今更。 本当、人を好きになると感覚や気にすることが変わってくる。 性格や感覚などそう変えられるものでもないのに、恋や愛の前には脆いなんて。 恋って魔法みたいだ、と子供染みた言葉を使った感想を花は抱いている。 自分のことは棚に上げまくっているが。 「もう俺のもんなんだから良いだろ」 「もぅ。だったら、仲謀は私のもの、とも言うよ?」 だから素直に頷けません。 そう零しながら、仲謀の唇に手をのせる。 命令のような願いを止めるように。 少し困った視線で見つめて。 「…………お前なぁ、だからそういう可愛いこと言うな」 今のでどう可愛かったのか。 花には仲謀のものさしがよく分からない。 「ね、仲謀…ん、」 仲謀が自分の唇に触れる花の手を掴んで、軽く指を舐める。 花としては話を遮られるような、意識がそっちに飛んで困るが、振り払えることも出来無い。 「ん?なんだよ」 仲謀が男の人と気付かされるたび、胸が高鳴るし、焦るし、凄く見惚れてしまう――と言えるほどの余裕はなく、恥ずかしさが勝るし、負けた気分になるから、言わない。 いつもならそれで通せるのに。 今日は、今は、それでも、それでも、吐露してしまいそうになる。 それくらい、仲謀の視線は甘く強い。 逃れられない、欲を隠さない、瞳。 「熱いの、」 はしたない。 花はそう思いながら、仲謀が掴んで離さない自身の手に、唇をつける。 自分の手を挟んで、仲謀と、キスするように。 「お前、なぁ……」 「仲謀、あのね」 もうダメだ。 暑くて暑くて、人肌すら嫌気がさすはずなのに。 言えるはずがないと思っていたのに。 煽られて、それどころじゃなくなった。 本当、恋や愛は魔法だ。 仲謀にこの気持ちを、どうやったら伝えられるだろう。 「お願いがあるの」 傍にいる仲謀にすら聞き取りにくいほど、小さく小さく声を紡ぐ。 「お願いって言わねぇよ、それ」 それでも聞き取ってくれた。 花は二度繰り返して言えるほど羞恥を捨てられなかったから、嬉しくて、柔らかく微笑もうとし――抱き上げられる。 いつもより高い視線、仲謀を見下げられて。 驚きの声はあげなかった。 歩き出す方向、場所は、花が願っていたところで、何も言葉も非難も、ない。 むしろ花は嬉しくて、自ら抱きついた。 急かすように、一番近くにあった仲謀の耳に唇をつける。 「花、これ以上煽るな」 勘弁してくれよ。 そう仲謀は言いながら、寝台に花を下ろす。 噛み付くような口付けを落としながら、そのまま押し倒し、花も受け入れるように仲謀の首に腕を伸ばした。 back |