I hate you!




※『A passing fancy』後日ネタ。読んでなくとも支障なしですが




「今日、早番で夜空いてるよな。飲みに行こうぜ、というか空けろ」

 マーシャルとコールドナードが従者控え室に揃っているのを見計らって、ロイヤーがやってきた。
しかも用意周到の発言、強制参加させる気満々である。
「あぁ?なんだよ、いきなり」
 元々丁寧では無いが、酷すぎた口調でもない男からの誘いに、コールドナードは眉を顰める。
付け加えると、マーシャルは視線を上げていた。
書類から外したので、だいぶマシな対応である。
 本日、2月も半ば過ぎた辺り。
パーティーも比較的少なく、主も外出しない時期であり、多忙という程ではない。
ロイヤーの条件ものめる、酒なら付き合っても良い。
それなのにコールドナードが即答しなかったのは、ロイヤーの態度に無抵抗で頷くことが出来無いだけ。
気に食わないだけ。
「俺は今むっしょーーーーにおまえに愚痴りたいんだ!」
 本音駄々漏れ、机に拳をたたきつけながら、ロイヤーはコールドナードを睨む。
「お嬢様がっあのお嬢様が天才ながらお裁縫とか料理とか何故か出来無いお嬢様が…お前なんかのためにだなっ…!! でもそれはお嬢様のためならば見てみぬふりをするべきで、俺は俺はっ…!!!」
「………わかった、うるせぇ。少し落ち着け、黙れ、このくそ野郎」
 怒りも薄れたというより、原因が分かると呆れてしまう。
 女神のいない貴族の国では娯楽が多く、そのひとつとして2月の半ばに「恋人に贈り物をする日」がある。
 男女どちらからでも。
定番ならばチョコレートを、それに拘ることなく、何を贈っても良い。
愛とか囁いて恋人に捧げるということが最重要なのだ。
 どういう経由でこういうイベントになったのか、分かっていない。
幾つも仮説はあるが、貴族からすれば内容さえ面白ければ根源などどうでも良く、根気詰めて研究されていないゆえである。
 ロイヤーが嘆いているのはそのイベントにリリーが参加していること、ではない。
上司であるシエラと添えつけ扱いの兄・ブライアンふたつ、これを毎年繰り返しているので、今年もこの流れだろうと読んでいたくらいだ。
 そこに今年、ひとつ――コールドナードの分が増えた。
 それを、ロイヤーは僻んでいる。
自分が欲しいのではなく、『男』に上げていることが憎たらしいのだ。
 ブライアンですら傍観していたことを、ロイヤーはあっさり踏み越えてきた。
なんという主大好き、カペラ家一番、従者として愛しすぎる馬鹿。
 従者は主に盲目であり、コールドナードがそこに否定出来無い。
だけれど、シエラの「あいつは声に出すから気色が悪い」と零す理由が分かってしまう。
残念ながら。
気がするわけじゃなくて、確信で。
 同属でも、一緒にされたくない。
第三者からすれば同じであろうと、微妙に違うと言い張りたい。
「なんで俺がおまえの愚痴に付きあう理由があんだよ」
 陰口叩かれるよりはマシだが、それくらいの差しかなかった。
うんざりすることに変わりない。
付き合う義理もなくて。
疲れるだけ。
面倒、面倒すぎる。
「奢る」
「しょうがねぇ、行くか」
 愚痴る側が落ちた。
情けないくらい早い。
もう、聞いてくれるなら原因の相手にすら奢る始末。
 そして、それについてくコールドナードも酷い有り様だ。
愚痴なんて遠い彼方へ追い払うが如く、高い酒飲もうの勢いしか残っていない。
「マーシャルも来いよ」
「……はい?私ですか?」
 自分に無関係と踏んで書類を片していたマーシャルが驚きの声をあげた。





 酒場に境界は無い。
シエラとマーシャルが席を並べて飲めるのも、そういう訳があるからだ。
酒の飲み交わしに身分もくそくらえ、無礼講万歳。
下種な感覚だが、それで十分な輩が飲みに来るので、上手く循環している。
「どーーーーして、おまえはさぁ……あーんな暴言吐いときながら落ちるんだよ。お嬢様は確かに綺麗で可愛くて素敵だけれども」
 コールドナードを真ん中に、ぐでぐでに酔ったロイヤーと静かに飲みたいあまり半分以上聞いてないマーシャルが、カウンターに並んで座っている。
 初めはロイヤーを中心に珍しい3人で飲んでいるからと絡んでくる輩がいたが、いつのまにか誰ひとり声をかけなくなった。
ぼろくそと冷静な飲みが交じり合っている空間が、近寄りがたさを生み出したからだ。
「おまえ視力悪いんだな。ここまで来ると哀れんじまうぜ」
「おい、てめーが惚れたくせにそんなこと言うか!」
 文句を吐きながらお酒をちゃんぽん――相性の悪そうな酒を混ぜた割に、何故か綺麗な色合いに仕上がっている――するロイヤーを止めるか止めないか、マーシャルは一瞬悩むも、すぐ見てみぬ振りを選ぶ。
言うのも面倒くさい。
 そして止めなかった結果、ちゃんぽんした酒はコールドナードに流れ、貰い手もそれを平然と飲む。
上手いとか不味いとか評価までつけて。
「……はあ」
 マーシャルの無駄な溜息が零れた。
 やっぱ行くなんて承諾しなければ良かったと後悔してしまう。
 が、自分のこととなるとイベンド意識のうっすーーーーいシエラと付き合っているので、よくすっぽかされ、マーシャルが凹み、コールドナードから励まされること――頻繁。
ロイヤーも忙しい合間を縫って上等な酒を持ってきたりもする。
蔑ろにしてはいけない展開を自分が起こしているので、帰りたくとも、帰れない。
「むしろカペラ家を疑うぞ、なんだの薬。男に薬盛る女がいるか、マジで。俺を慰めろっての」
「カペラ家を侮辱するな!」
「あー違うな、カペラ家の令嬢を疑う。盛ってるって言いながら寄越す奴がいるか、ありえねーだろ」
「それは、まぁ…確かに斬新ですね」
 彼女からそんな貰い方する男もそういないだろう。
マーシャルが納得すると、コールドナードはそういう言葉が欲しいわけじゃないと不満を零した。

「それ、私にも聞かせなさいよ」

 かたん、と椅子が音を立てる。
マーシャルの隣席に誰か――シエラが、いつのまにか、座っていた。
「――シエラ」
 酒場であり、しかも男ふたりに気をとられすぎていたマーシャルは、シエラを見て、目を見開く。
「何?いちゃダメだった?」
 マスターに酒を頼んでから、シエラが気持ち首を傾げた。
 空気を察せない従者などいるはずもなく、こういう介入はワザとでしかない。
態度なくともそれぐらい男3人、嫌でも理解出来る。
「いえ、嬉しいですよ」
 酒が入っているからか、何処となくだらしない笑顔。
恥ずかしい奴よね、とシエラは思いつつ、まんざらでもない微笑を返した。
「おい、そこ。この流れでいちゃつくな」
「そうそう、ロイヤー。奢りなんでしょ?ご馳走様」
 ロイヤーが文句を飛ばすも、シエラは無視し、マスターから頼んだ酒を手にする。
 てめー聞いてんのか、うるさいわね静かに乾杯させてよ、と不毛な会話が幾度か飛び交かった。
間にふたりも挟んだ端と端同士で口論されると、挟まれたマーシャルとコールドナードは迷惑極まりない。
「おい、マーシャル!こいつ誘ってたのかよ」
 ロイヤーはシエラに怒鳴っても意味がないと思ったようで、矛先をマーシャルにずらす。
 酔いがあろうと、誰よりも聡いロイヤーは健在である。
シエラが言葉にせずとも、一番早く察していただろう。
「えぇ。シエラが傍にいたら嬉しいと思いましたので」
 あっさり、マーシャルは当然の如く。
ふたりで飲めたら最高なんですけども、という本心がはっきり見て取れる。
「誘っておいてなんですが……シエラ、よく来ましたね」
「愚痴なんて面倒なだけだけど、聞きたいことあったし」
 マーシャル同様、静かに飲みたい女が珍しい。
 シエラも自覚しているようで、苦笑が滲み出ていた。
 シエラが聞きたいことは、今日このタイミングでなければ意味がない――ということくらい、男3人分かっている。
ただ、そこまでしてなにを――

「リリーに何を盛られたの?」

――しょうもない質問だった。
若干忘れかけてた内容に戻ってしまう。
下種な会話――続行。
「リリー、教えてくれなかったのよ」
 残念そうに零すシエラの口元は笑っている。
予想はついているのだろう、というよりイベント内容と現状からして察することが出来無いなど職的に愚か過ぎる。
「シエラ、そんなこと知ってどうするんです…」
「脅す…もとい、協力してもらうネタにするわ」
 声にしている時点で、この考えは無効だと言っているようなものだ。
要するにシエラは現状を楽しんでいるだけ。
いつも嫌な意味でいじられているので憂さ晴らししているだけだろう。
「はぁ。私は知りたくもありませんね」
「俺も言いたくねぇ。マーシャルには知られるのなんて恥ぃ。シエラの場合、斬りてぇが」
 女は恋話が好物だけれど、男は男同士で話すのも聞くのも嫌がる。
マーシャルとコールドナードもそれに外れていなかった。
「斬れるものならどうぞ」
 シエラが薄気味悪く笑う。
斬れらせるような腕じゃないと自信ありの表情に腹立つが、コールドナードは食いつかなかった。
どちらかというとここは流したい。
「俺は!斬るぞ!!」
 いきなりロイヤーが椅子から立ち上がり、叫んだ。
 会話など聞いていない。
単語のみ引っ掛かけ、愚痴を意味不明なものに変換。
気持ち向上、よく分からないことを言い出した酔いどれがひとり。
「絡みとネガティブって……器用すぎでしょ。ロイヤーうざい」
「いつでも酒の時はうぜぇ」
「ロイヤー、座りなさい。シエラとコールドナードも油をそそがない」
 マーシャルがロイヤーに視線だけ投げ、行動を押さえる。
酒場から出入り出来なくなることだけは避けたいので、面倒でも行う。
「なんつーか…俺って損ばかりしてね?」
 コールドナードもこういう酔いのロイヤーの隣は面倒で避けたいが、シエラの横に動くことは出来無い。
そんなことをすると今度はマーシャルの機嫌が悪くなる。
そういう訳の、損、だ。
「私は、ロイヤーの面倒が分割されてありがたいわね」
「おい、くそ女。本音零してんじゃねーよ。そこじゃねーか、ざけんな、俺はいらねぇ。それお前のだろ」
「私だっていらないわよ」
「俺を蚊帳の外にするなー!!」
「するわよ」
「するっつーの!!」
 酒を相手にかけるくらいの気配すら飛ぶコールドナードとシエラの声が重なった。
ロイヤーを邪険にしながらも、ふたりは酒を飲み始める。
 静かに飲みたがるシエラにしては珍しい態度だ。
シエラも場に飲まれましたね、とマーシャルは冷静な分析ひとつ。
これからもっと酷いぐだぐだな飲みになるな、と思うと溜息が漏れた。


この4人で、誰が一番、損、なのだろうか。



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