She was the love of my life




※『You know I enjoyed it』の派生になります。




「それで、アミツネ様に頼んだ、と?」
「なんだ。不満そうだな」
 案外感情的な男だ。
カヤナはセツマと向き合い、そんなことを苦笑つきで思う。
 セツマは審判の刻を待つだけのために生き続けた。
呆気にとられながらカヤナが二千年何をしてきたかと問いかけてみれば、色々時間を潰し――大会に出たり、剣を教えたり、鍛冶を教えたり、弟子まがいをとったり――周りに迷惑をかけていたようだ。
それによりトキやら学者を悩ませ、コトヒラを揺さぶっていたのだから、カヤナからすれば血管がぶちぎれそうに――…否、ヤスナ国でされたことがふつふつと蘇るばかりで薄れることはなく、憂さ晴らしに思いっきり殴った。
我慢するのをやめた――が、それで流しただけ寛大だと思ってもらいたい。
そう、カヤナはまとめている。
 結局のところ、根源はカヤナにあり、それを自覚すると頭痛がしてくる。
 どうして気付けなかったのだろう。
セツマは思っていた以上に真っ直ぐだった。
イズサミの方が分かりにくいとすら、今なら思える。
「カヤナ様?」
 相変わらずセツマは察するのが上手い。
カヤナのことだけ態度に見せるのだとカヤナが気付けるのはいつになろうか。
「私が嫌だったんだ」
 カヤナは怪訝そうに覗いてくるセツマを押しのける。
不安そうに拗ねた表情を、見られたくなかったからだ。
「嫌?」
「アキは生の意味を知っている。そういう奴は命を大事にする…」
 アキが命を無碍にする訳がなく、突飛なことがない限り長生きすると、カヤナは検討していた。
「………そうなると私が置いてきぼりみたいだろ」
 バルハラでは亡命時の年齢の姿で顕現する。
それを想像すると、自分だけ若いことに寂しい気持ちを覚えるのだ。
 アキと歩めなかった時間がとても嫌で、拗ねているだけ。
これはカヤナの我が儘で貫いて良いものではない。
それをアミツネにぼやいたら、とても愉快そうに叶えてくれた。

『その子が来たら、君と出逢った頃の姿にしておこう。今回はそうだな、私から君へのお祝いにさせてくれ』

 そう、カヤナを祝福して。
「貴方でもそう思われるのですね」
 二千年も生き、全てを見送ってきた男が言うと、とてつもなく重たく聞こえる。
「……で、なにが不満なんだ?隠し事はなしだぞ」
 幼き頃の約束をまじえて問いかけると、セツマはワザとらしく肩を竦めた。
「貴方が拗ねてしまうほどの気持ちも、そこまで貴方に思われているアキという人も、貴方がアミツネ様に頼ることも、アミツネ様が貴方のことなら叶えてくださることも」
「……………全部じゃないか」
 これがセツマのいう教育すべきところ、なのかもしれない。
 カヤナは盛大な溜息をひとつ。
大げさに息を吸ってから、セツマを睨むように見た。
「アミツネは友だ。アキはかけがえのない子だ。でも、かえってきた対価をお前に向けようとしている。その唯一は嫌か」
「いいえ…いいえ、」
 二度、二回目は深く深く否定。
唯一が嫌ではないと、強く訴える。
「受け入れろ。私の思う全てを」
「出来ることなら、私も早くと思っています。貴方の全てを愛していますから」
 馬鹿だと思う。
器用に成し遂げる男が、こんなにも子供染みた感情を残しているなど。
「……なら不満そうな顔をするな」
 手を伸ばし、触れるなど――アキが掴んでくれた手を握り返すような、優しい好意は出来無い。
それでも、瞳に映る男と向き合うと決めたのだ。
これから、この出来無い好意が出来るようになるか、出来ずに終わるか。
カヤナには自分のことながら、全く予想できなかった。










「カヤナーーーーー!!!!」

 バルハラに響く、という概念はない。
だけれど、カヤナにはそう思えた。
そう、耳に届いた。
 聞きたかった声。
出逢いたかった人。
願っていた。
ずっとずっと、願っていた。
 振り返ってみれば、思い描いていた人がこちらに向かって走ってくる。
「アキ……!!!」
 アキの顔色に暗さはない。
時間軸の薄いバルハラではどれくらい生きたのか分からないが、アキの今生に悔いは読み取れなかった。
 良かったと心から思う。
そして早く逢いたかったと、心に仕舞っていた気持ちが溢れ出る。

「カヤナ!カヤナ、カヤナ!!」

 飛びつくように抱きついてきたアキを、カヤナはしっかり抱きとめる。
感情表現が豊かでもここまで行動に出る性格ではなかったから、感極まっているのだろう。
それが触れ合っていることでひしひし伝わる。
「逢いたかった、本当に逢いたかった!」
「あぁ、私もだ」
「…………もぅ。なんか悔しい」
 ぎゅーーーっと抱きしめていたアキの力が緩んだ。
何処となく怒った表情で見つめられ、カヤナは不思議と首を傾げる。
「なにが?」
「カヤナ、すっごく余裕な態度だし……私だけ嬉しいんじゃないかって思ってるの!」
「何を言う。嬉しいに決まってる。逢いたかった」
 逆ギレまがいつきで面白いことを言われた。
カヤナは可笑しそうに口元を緩める。
「そう見えるよなぁ、セツマ?」
「えぇ。こんなカヤナ様、初めてみましたよ」
 カヤナは一番自分を知るセツマに振って、第三者からの説得を試みた。
後半の拗ねているような皮肉のような言葉は余計だが、セツマにしては悪く無い返答だ。
「………………え?」
 きょとん、とアキがセツマを見て目を丸し、数度の瞬き。
その態度にカヤナとセツマは「やはり気付いていなかったか…」と思ったなど言うまでもなく。
「はっ早く言ってよ、カヤナ!」
 女同士とはいえ感極まって抱きつくなど、アキにしては珍しいこと。
セツマなど見えていなかったからこその行動だが、責任転嫁も良いところ。
「そう無茶苦茶言うな」
 我が儘な発言を許容できる。
再会だからもあるが、こういう可愛い一直線の好意――逆に、可愛くない一直線の好意にはセツマが属している――に悪い気はしない。
文句を言いながらも、カヤナの表情はとても穏やかだ。
 触れたかった縁が今ここにある。
カヤナには言葉にしがたい、とてつもなく暖かい感情。
「初めまして、えっと」
「セツマだ」
「初めまして、セツマさん。私はアキ・ミヤズとい……え?カヤナ、セツマさんって、」
 バルハラで挨拶というのも珍妙な光景だ。
気持ちを読み取りながらカヤナが相槌を打つと、アキは名前で気付いたのか、挨拶どころではない間抜けな表情を見せた。
 アキも年を重ね、経験を積んだ大人になったのだろうけれど、性格はあまり変わらなかったようだ。
幼いというか、鈍さはカヤナが知っている頃のまま。
何を積んできたのやら、とカヤナは思いつつも、己の知っている部分が垣間見え、ほっとしてしまう。
「あぁ、あのセツマだ。まぁ色々あって、今は一緒にいる」
「………そっか。良かった」
「うん?」
「カヤナの手は、守る手だもの」
 審判の刻が来る少し前と同じように。
カヤナの利き手を掴んで。
アキは自分のことのように嬉しそうな笑顔を零し。
カヤナの結末に安堵の色をそえた。



 セツマとの挨拶を終え、アキはトウラの所に行ってしまった。
 バルハラの一番目は自分だったことが嬉しい。
カヤナはにやけているであろう口元を手で隠した。
「……だから、はっきり言え」
 視線に気付いていたし、セツマがアキと逢って感想がないなど思えない。
切り出される前に、カヤナから突きを入れる。
「あの方がカヤナ様のかけがいのない存在なのか、と……」
 セツマが珍しく躊躇った。
理由は分かっている。
カヤナが、アキを、とても大事にしているから。
「続けろ」
 だが、カヤナはアキを嘘で評価される方が苛立つ。
セツマに言葉を濁すなと鋭く命令した声色で、先を要求する。
「アミツネ様のような力はない」
 何処に惹かれたのか、考えていたようだ。
 生前のカヤナの周囲を前提にすれば、その発想も分からなくない。
カヤナの周りには自然と才あるものが集まっていたから。
「私の知る限り……そうだな、料理と裁縫と鍛冶の才能はあるぞ」
 先刻のアキの調子だと、どうして自分だけ死んだ頃ではなく若い頃の姿なのだろうと気付くことすら時間がかかる――周りが問いただして気付く、とカヤナは推測している――くらい、頭の回転もよくない。
「では、尚更不思議です」
 よくある事柄しか取り得がない、と聞こえているようだ。
実際、何処にでも埋まってしまいそうな凡庸さばかり目立つ。
「……アキは私を女の子としか見ていないんだ」
「私もそうですよ?」
「…お前のは、……今はその話じゃない」
 そこで張り合うな、と呆れ思うも、カヤナが注意したところで改善しないだろう。
 セツマはカヤナ同様、頑な過ぎる部分がある。
しかもセツマはカヤナだからこそ、カヤナはセツマだからこそ、譲れない。
似たり寄ったりなところであり、アキが知ったら「変な意地やめなよ」とばっさり言われそうなくらい、しょうもないものだったりするが。
「アキは私の軸にあるタカマハラを見ていないし、そんなことどうでも良いとすら言っていたな。私の生前では誰一人無理なことだろ?」
「えぇ…そうですね」
 代々仕えてきた家の者が肯定すると、とても深くなる。
 カヤナとタカマハラ家は切っても切れない、彼女の頭から足の爪まで根強く張り巡らされたものだった。
「あの頃はそれで良かった。気付こうともしていなかった……それをアキに出逢って知ったんだ。お前の復讐心も悪くなかったってことかな」
 億劫だった貴族とは無縁で、トウラの育てで備わった逞しい心。
コトヒラにすらケンカを売る幼さも持ち合わせていて。
無茶ばかりだから凄く心配で、不安で。
守らなきゃと思えた非力な子。
 カヤナには輝いてみえた。
自分が焦がれたものを持っているから。
妬ましいと思ったこともある。
それもいつからか、どういう境遇でも自分には得られない存在――武力を持たずして、その強い感情や意思を維持する頑固さに惚れた。
「嫌味ですか、それは」
「あのなぁ…私はな、お前にはアキと仲良くしてもらいたいんだ」
 本当はアミツネともそうして欲しいのだが、男同士だと引っ掛かるというか引っ掛けるものらしい。
カヤナにはさっぱり理解し難い所だが、そこは無理そうだと諦めている。
「分かっています。ただあれはいささか友情というよりは、」
「……なんだ、愛とでも言いたいのか?」
「それに近くものがあるでしょう。カヤナ様」
「友情も愛があっていいだろ?」
「貴方の初めてはいつでも切り捨てられない……」
 イズサミのことを言っているのだろう。
 本当にこいつは、何度言えば分かるのか。
 セツマはセツマで、イズサミはイズサミで、アキはアキだ。
そう思わせてくれたのはアキだが、それを言ったら更に不満そうにするだろう。
「セツマ、」
 だけれど、諦めない。
セツマと向き合うことが容易いとも、すぐ終わるとも思っていない。
「初めての結婚はお前だぞ?」
「最後も付け加えてください」
「何度もする気はないが、」
 初恋も最後だし、アミツネとは違った友情も初めてで最後な気がするが。
 それこそキリがないし、面倒な発展しかしない。
カヤナはあえてそこまで言わなかった。



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