Poison



※『The view where we had were not changed』の裏側、少し前のこと。




 少し前までの葛城は一定のお金を持ち合わせていないことを表面に、携帯電話を持たなかった。
その裏面は場所を特定させないため――ふたつの理由が上手く表裏一体していた。
ずっと逃げてきた道に足を踏み入れてからは、どういう理由であれ持つ破目になったが。
 そんな、あまり好かない携帯電話がけたたましく鳴り始める。
 この携帯電話の番号は、名刺に記載していない。
葛城の秘書が受付なので、そちらの番号が書かれている。
なのでこの携帯電話に直接くるということは、仕事でも側近か、プライベートの人のみ。
 葛城はディスプレイに表示された受信者の名に見て細く笑い、仕事を中断する。
 悪戯ですぐに取らない。
何度目かのコールを向こうに聞かせてから、取る。

「葛城です。ただいま電話に出ることが――」
『Hello?翼だ。銀児サン、新任の副担が佐伯ってどういうことだ!!?』
「――出来ません。発信音の後に――」
『エコー聞かせた留守電が何処にある。馬鹿だろ、おっさん』

 開口一番、怒鳴る勢いで問い詰めている割に、冷静な分析を返され、葛城としてはしょんぼりだ。
翼に馬鹿と言われるなど、何一つ面白くも、嬉しくもない。
「……お前さぁーもう少しのってくれよ。引っ掛かってる雰囲気だそうぜ?」
『それどころではないし、暇でもするか!!』
 ですよね。
ノリ突っ込みなんてされたらオレがお前は翼かと疑う。
 葛城はそう思いながら、空いた手で下唇を弄った。
『それで?!早く理由を言え!』
「んー?そりゃお前、北森先生が昨年新任ながらクラスZを卒業させたって聞いたとしても、だ。それじゃー今年もそれで、なんて言うかよ」
 色々な人が教育方針などの理由で飛ばされ、人手不足だった。
理解し難い理由を沢山かかえながら、昨年度は無理やり押し通しきっている。
 なんて酷い有り様だと、葛城は思った。
 北森が教師として頑張ってくれるのは嬉しい。
我武者羅に努力して、1年間が過ぎていっただろう。
だからこそ、今年は同じレールでなく、少し別の視野を見せたかった。
『新任は教師の中だとひよっこだ。そこが問題じゃない』
「だろ?お前も昨年はよくB6を集めたな。ひよっこお疲れ様。ありがとな」
 不足する教師席を穴埋めするように、世界中駆け回るB6が教卓の前に立った。
今年度のような特別授業などという数少ないものではなく、沢山のクラスで教鞭をとった。
 真奈美同様教師1年目、手探りながらも頑張ったことを、元教え子だからか少し贔屓目に褒めてしまう。
『………約束したからな』
 少しの沈黙、そして零した声は先ほどより小さかった。
 感情のこもった声を聞くなど、自分には不釣合い。
誰が聞くべきか分かっている葛城は、聞いていないふりをした。
『おっさん、話を先延ばしさせてることくらい分かっているぞ』
「最近のお前、可愛くないよぅ…」
 急かすからあえて遠回りさせていたのも事実。
引っ掛からない坊ちゃんほど可愛くないものはない。
 無意識なのか、態と聞かせているのか、流暢かつ早口な英語で暴言を吐いていた。
それもあえて無視、都合が悪いことは流す。
「翼」
『なんだ』
「一度失敗した奴に手を伸ばすのはダメか?」
 悠里がB6に手を伸ばしたように。
伸ばしてくれた手を掴んだB6が、A4やP2に頑張って手を伸ばす真奈美の背中を押したかったように。
『――っ!銀児、サン。それは……卑怯だぞ』
 職務と学生を同じにしてはいけない。
 それなのに翼は葛城に押し負けている。
 翼もだいぶ成長しているが、聖帝のことに関しては未だ感情論が勝っていた。
まだまだあまく、御しやすい。
 それは葛城が理事長としての感覚であり、元教え子として分析するなら、大事にして欲しい感情と――矛盾した思いが重なっていた。
「北森先生はな、あいつにも手を伸ばしていた。だから、復帰するなら彼女を支える副担が良いと思ったんだ」
 葛城は辺りを見渡しながら言葉を紡いだ。
 今、座っている席、使っている机、居る部屋は、昨年まで佐伯が利用していた。
物欲に乏しい葛城は佐伯らしい趣味趣向の内装をそのまま使用している。
 佐伯が復帰するならば、真奈美の下が良い。
 残像が消えない理事長室を目に焼きつかせながら、葛城は心で唱える。
「強引にねじ伏せた事実。オレは認めるぜ?」
 佐伯は大事を起こした。
全ての責任を持って辞職するのは当然の流れだ。
それをあえて復帰させるのは、困難である。
 それでも。
 葛城は沢山の詭弁を並べ、佐伯を教師として舞台に上がらせようとした。
聖帝学園はそれなりに歴史あり、根強く重たい志向持ちが多いから、周りを納得させるのに手こずったが。
『銀児サンは佐伯にあまい』
「ダチでもあるからな」
『…………もう良い』
 とやかく言えない所ばかり突かれた翼は、結局折れてしまう。
卑怯だと自覚している葛城は、つい口元を緩めてしまった。
『それと、あともうひとつ、』





 翼が葛城に電話を寄越してから数ヶ月後。
 久方ぶりの再会に感慨無量、周りなど気にせず翼が悠里を抱きしめる少し前――悠里と真奈美が楽しそうに歓談している雰囲気を誰もがあたたかく見守っていた頃まで戻してみる。
その職員室に居合わせていた教師たちのことを少し話そう。


 悠里同様T6(現在ひとり欠けている)も秋口、聖帝に戻ってきた。
 彼らは年度の途中から授業を受け持つので担当クラスはない。
生徒の個性を手探りながら見極めている最中だった。
 その一環として行った小テストの採点をしていた鳳も、悠里と真奈美の談笑につい視線が向いてしまう。
「トリさん、1年の…って、うぉ!?」
 そこに共同で個々生徒の分析をしていた九影が声をかけ――何かに驚く態度に、受け手の鳳までもが驚いた。
「どうしたんだい、九影先せ……」
 鳳は紙から九影の視線の先に目を向けてみれば、自分のすぐ脇で体育座りした大人がいて。
ビクッと身体が揺れるくらい動揺したが、腐っても大人、内面から溢れ出ることはなかった。
「葛城…理事長?」
 理事長になってから滅多と職員室へ立ち寄らなくなった葛城が、何故かすぐ傍にいた。
 葛城といえど今は聖帝の理事長、誰か気付けばそれなりの態度は見せる――要するに無視されるはずがない。
鳳のところまで、パーティションなどを上手く使い、隠密行動で到着したのだろう。
大の大人が何をしているのやら。
「鳳様、顔崩れてたよ」
「そこは言わなくて良いからね、葛城先生?」
 華やかさに緩んでいた自覚が鳳にはあり、口元上がれど目笑わずの表情で返答した。
鳳なりの逆ギレ。
ここにも駄目な大人ひとり。
「何やってんだ、お前…」
 『葛城先生』から『葛城理事長』と身分が変わった以上、対応も一緒に変わらなければならない。
だけれど鳳や他のT6達は個人的な時だけ、昔のような態度をとっている。
 葛城が声に出して頼んだわけではない。
ただ、葛城が公では理事長としての態度を、馴染みある人たちだけの前では先生の頃のような態度をとっており、それに倣ったまでのこと。
その汲み取りが葛城にとって有難かったことも、察している。
 だから今も、葛城から『鳳様』と呼んだ点が切り替えの合図のようなものだ。
「仔猫ちゃんに逢いに来たであろう野郎が警備室を通った連絡を受けまして、葛城馳せ参じました」
 へらりと笑いながら口元に人差し指をあて、葛城が静かにして欲しそうな態度をとった。
 悠里はT6より後に戻ってきている。
それからまだ数日。
悠里の帰国日がいつか具体的に決まっていなかったし、T6から伝えていない割に、情報早し。
「………あぁ、そういえば彼らを見てなかったね」
 悠里が戻ってくるのを誰よりも待っていたB6を思い出し、鳳は納得する。
「葛城……お前、そんなこと警備員に頼んでやがったのか」
「いやーだって太郎さん。一番が誰か、見たいじゃん?」
 世界中を駆け回るB6がすぐ都合をつけるなど、容易いことではない。
逢いたくても逢えないような彼らの中で、誰が一番に到着するか、この目で見たかった。
「それに、あいつらが成長しても…仔猫ちゃんのことは感情に素直で居続けると思ったから。素直になれる強さを見たいなーと」
 真奈美の副担任について翼から確認を受けた際、葛城はもうひとつ問いただされた。

『南先生達も戻ってくるというのは、本当か』

 どちらも大事な用件だが、多分こちらが本命だろう。
 慌てて電話してきた割に、聞くことを忘れなかった翼。
いつから「相手にのまれ巻き込まれる」という子供染みた失敗をしなくなったのだろう。
ずる賢くも冷静な大人になってきているが、それでも葛城より素直な行動を起こす。
 悠里のところへ一直線に。
ただひたすらどんな障害をも蹴飛ばして。
彼氏でもなく、愛を囁いた仲でもないのに。
本当の恋人のように――逢いに来るだろう。
 事情を知らない人でも分かるくらい、はっきりとした感情を見せた展開が、もうすぐ繰り広げられる。
 予想ではない。
しっくりきすぎて、それ以外思いつかない。
 そしてそれを見て、痛感する。
翼の素直さに、あいつはまだまだ大人になりきれていないと――自分は大人になりきってしまったのだと。
勇気と無謀を混ぜなくなってしまった賢い頭に、悲しむのだと。
 分かりきっている。
 それでも、その時が来るのを待っている。
傷を抉ってでも、見たいと思う。
だから先回りして、楽しみにしている。
傷つくことより、嬉しいことが勝るとも、分かっているから。
 素直な行動が出来無いと思い知り、それ以外の方法を見出そうと思考をめぐらせるために。
葛城は矛盾を抱えながら、ここにきた。
「素直になれる強さ、ね…」
「お前なぁ……」
 後手に回らぬよう、急いでやってきた。
職員室で気付かれたら自分(理事長)に話題が向き、今からやってくる人のインパクトが欠けるとまで考え、隠密行動までして。
 とてもとても馬鹿で、不器用な男。
 鳳と九影も、短い説明ながらそれなりに理解出来ていた。
彼らも彼らで、大人になりきれていない素直な元教え子たちが輝かしく見えていたから。
 だがこの発想が正しいか、など声に出して答え合わせなどしない。
予想だけで心抉る気など更々無いからだ。
 態とらしく溜息をつくだけにする。
「ぶーぶー。太郎さん、誰が一番だと思う?」
「お前は知ってんのか」
「いや?あえて聞かなかった。楽しみ減るし」
 無頓着な男がギャンブルにはまっただけのことはある。
ここにまで娯楽を見つけている辺り、救いようがない。
「……私はそうだね、草薙君にかけたいけど、」
「んーそうだな。俺も七瀬にかけてぇけど、」
 一番手塩にかけた元生徒を応援したいところだが、ふたりの意見は決まっていた。
 こういう時、誰よりも葛城がいう『素直』を見せるのは彼しかいない。
「俺の勝ち、かなー」
 そして葛城も同じ意見だった。
 肯定と確信と共に、彼らが想定した元生徒――翼が入ってくる。



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