Only in your dreams.
『たまには家に帰ってご両親に元気な顔、みせてきなさい』 久しぶりに聞いた教師口調に合わせ、口元は微笑んでいても目が本気の悠里に押し負けた――なんて自覚したくないが、実際追い出された。 じりじりと地面を焼くような陽射しの中、呆然と立っていては熱中症を起こす。 というよりやってられない。 適当に時間を潰すのもありだが、母と通じている以上、変な小細工は危険だ。 悠里は大半折れるが、こういう面に限ってしつこい。 否、年上であり社会人だから、真面目に、礼儀正しくありたいと考えている。 清春もそれを分かっているから、無視できない、投げやりに出来無い。 億劫そうにうなじをかきながら、溜息ひとつ。 清春はしぶしぶ家に帰ることにした。 帰宅を決めたとはいえ、何も考えずに玄関を開けたりしない。 まずは兄と姉のものであろう靴がないか、玄関先でチェックする。 靴を数え、誰がいるかも忘れない。 母と弟が好むであろう靴のみ、あとはいなさそうだ。 家に帰ったという証人になれそうな人物しかいない。 運を使い切ったような気分にすらなった。 「あら、清春」 リビングに顔を出してみれば、母から「何故かいるわ」という表情。 ソファでテレビを見ていた弟までもが珍妙な面をしている。 清春は内心――というより露骨に舌打ち。 自室から適当に服などを持って悠里のところへ行こう。 長居は無用だと思い、踵を返す。 「そうそう。来週末の夜は家に帰ってきなさいね。ちゃんと連れて来ること」 酷い態度だが、いつもの清春に気分を害したそぶりひとつ無い母から、背中越しに投げかけられる。 さらっとすごいことを言われ、無意識で足が止まった。 勿論、何を連れてくるかなんて分かっている。 昨日今日の流れで、悠里しかいない。 それは分かるのだが――いつのまに日時が決まっているのか。 清春が振り向くと、にやりと笑う不気味な母と視線が合う。 「双方の予定が合ったの。楽しみだわ〜」 理解するには説明が足りてないのだろうと察しているようで、つらつらと付け加えていく。 最後の感想はとても余計だが。 双方というのはまず、両親だけなのだろうか。 清春が聞いても母は答えないであろう。 息子の避ける理由を考えれば、いるいない関係なく言わない方が効果的だと分かっているからだ。 「いつのまにンーなこ……」 これ以上は説明を見込めないと思い、清春はがしがしと頭を無造作にかきながら思案する。 まず、自分に予定を聞かれた覚えはない。 それでいて自分の予定を把握しているとなると――悠里だけ。 誰かが悠里に聞いたことになる。 しらばっくれているのかと母を睨み見るも、可笑しそうにしているだけ。 約20年息子をしているので、この表情から探りをいえるのは困難だと分かる。 もうひとり、いた。 清春の家系を知っている連中に言わせれば仙道家の良心、清春の弟。 母から弟に視線を移動すると、露骨に背けられる。 「どういう了見だ、てめェ!兄の視線を背けるなんざ、教えた覚えネーっつーの!」 「あ、そろそろバイトだった。忘れてた忘れてた、急がないとね」 こちらも伊達に清春の弟をやっているだけのことはあり、さらりと無視。 そそくさとリビングから庭の窓を開け、いつのまに用意したのか分からない靴を履いている。 予想していたのか、悠里から連絡を受けていたのか。 イタズラに対し用意周到な清春が思うのもなんだが、弟も弟だ。 不意打ちに弟を呆然と見送ってしまった清春は、再度舌打ちひとつ。 そろそろ本気で長居無用。 母には適当な返事をし、弟の部屋にイタズラを仕組むのを忘れず。 思うところは沢山あるが、この時期やはり家にいたくない。 兄と姉がいない内に退散。 幼い頃のトラウマはあなどりがたし。 早く悠里に逢いたい。 色々な意味で。 とりあえずまずは、弟のメアドとメール削除から。 さて、悠里の所へ行き、いきなり自分に投げかける。 色々追求しなければならないことがあったのに、それどころではなくなってしまった理由。 「ありえ、ネー……」 得体の知れない料理に早変わりさせる悠里の手料理もありえないが、自分でフライパンを持つのも信じがたい。 誰かに作るという行為自体おかしいくらいだ。 清春はそんなことを思いながら、重たい溜息をつく。 結論からいうと、ただの自己防衛だ。 生命の危機を感じると人は変われる。 それは清春でも該当していた。 という訳で、来て早々、今日の物体Xな料理を避けるべく、清春がキッチンにたつ。 やるからには妥協は許さない。 初心者ながらに器用の本領を発揮し、手際を覚えながら進めていく。 最近どうも、ありえない展開が多い。 特に来週末、清春が逃げたくてしょうがない兄と姉を含め(るかもしれない)、悠里が家族と逢うなど。 誰が許した。 否、清春が許す許さない以前の段階で話が進んでいる。 置いていかれている。 「清春君、私が作るよ?」 溜息つくほど嫌なんでしょ? 料理が嫌だと解釈した悠里がひょっこりと顔を覗きながら、声をかけてきた。 清春はその声で我にかえる。 「オレの料理が食えないって言いたいのカ?」 おりゃ、と小さな掛け声ひとつつけながら、清春は片手で悠里の両頬を掴む。 「そんなこと言ってません」 されたまま、むぅっと尖らせた唇が可笑しくて、触れるだけのキスを落とす。 名残惜しくて、下唇を軽く舐めてから手を離すと、悠里は頬を赤らながら距離をとった。 料理の邪魔をしない、という理性のある彼女が何処か憎い。 たまには家に帰りなさい。 そう重たい笑顔で追い出した悠里だが、すぐに帰っても、優しい笑顔で迎えてくれた。 しかも可愛いことに「おかえり」と言いながら抱きついてくるとか――飴とムチの極み。 「この俺がこの有り様とか、どーなンだ。マジで」 悠里の性格や思考からくる行動など把握したつもりでいたが、それは悠里も同じと言うこと、だろうか。 相手が何をすれば嬉しいとか、驚くとか、許してしまうとか。 どちらが抱きこめるか、勝つか、そんな感覚がふたりの間にはある。 「ん?どうしたの?」 清春の零した声を聞き逃した悠里が振り返り、不思議そうな表情で首を傾げた。 本当、理屈じゃない。 悠里だからこそ、離せない。 願いも聞き入れたいと思ってしまう。 長年構築してきたものを崩してしまう。 自分には不利であろうと、折れてしまう。 その時に零す笑顔がたまんなく良いから。 愛おしいから。 自覚はするべきだ。 でも、それでいっか、で終われる訳がない。 「負けてらんネー」 「なにが?」 清春は自分らしくないことを、悠里に宣言した。 back |