Mind your own business






 君がやっと、生家に電話出来たのだと。
君の表情を見てすぐ、気付いた。
 僕からすれば一目瞭然。
ずっと傍で、君を見守ってきたのだから、分かるよ。
 だから、なんだろうな。
 僕は君の傍にいることを選んだ。
引きとめるのではなく、君の隣にいることを選んだ。
そこに後悔はない。
ないからこそ、僕は傍で見守るしか出来なかった。
 何度も何度も苦戦し、諦め、挑戦し、繰り返し続けていた君の背中を、押すことは出来なかった。
後ろを振り向かないように支えるだけで精一杯だった。
 じわじわと浮き上がる。
胸の痛みに苦い笑みが、滲み出る。
 そりゃ悔しいよ。
 僕は君の傍にいて、隣にいて、君の事一番理解している自信があっても。
出来無いことがあると気付かされるたび、自分に反吐が出る。
 そしてすぐに思いなおすんだ。
 僕には僕にしか出来無いことがあるように。
僕には京也のようなことが出来無いように。
ひとりひとり役回りが違うってことを。
 そこも理解してなお、やはり気に入らない。
 そういうものだろ?

 それでも、
それでも、
君が嬉しそうに安心していたから。
僕も安心するんだ。

 苛立ちをおさえることが出来るんだ。





 華が生家に電話出来たのだと分かって数日後。
僕は怪我が完治してから、追うように電話をかけた。
生家に状況報告で何度かかけたことはあるが頻繁でもないし、早急でもなかったのだけれど。
なんとなく、華の電話から間隔を離さない方が良いように思えた。
 大層な理由はない。
僕もまだまだ親離れ出来ていないような、幼い衝動。
華鬼はともかく、神無に声を聴いて欲しかった。
 生家の電話番号を押し、規則正しく刻むコール音を何度か聴く。
 その間、忠尚の花嫁が取るだろうと想定しながら、待った。
 神無が起きていれば良いな。
起きていなくても、又かければ言い話なんだけど。
 いつもの電話と違うように感じるのは――多分、自分なりの脚色だろう。
『もしもし、……あれ。神楽?』
 予想外にも、竜希が電話に出た。
 華の電話から間もなく僕からかかってくるなんて思いもしていなかったようで、竜希は驚いていたけれど、すぐに柔らかい声色が聴こえ、身体をくすぐった。
 そしてすぐ神無に交代。
兄ながら優先順位を見定めすぎているというか、もう少し長く話しても僕は良かったのに。
『神楽?怪我をしたって聞いたけど、大丈夫…?』
 竜希のすぐ後に神無の声を聞くと、竜希は本当に神無と雰囲気がそっくりだと思ってしまう。
僕や華や華鬼にはない、心地よい音色が神無にはある。
 神無が起きていて嬉しかった。
僕は華や華鬼ほどじゃないけれど、神無のこと大事だから。
いつも言わない言葉を、紡いでしまったりもした。
『竜希。神無は誰と……神楽?あぁ、なんだ。俺か?』
 少し遠くから華鬼の声が、神無の声に被さる。
竜希の相槌、そして神無も気付いたのか、相手が華鬼に移った。
 最後に電話してから今に至るまでの事柄を華鬼に伝えながら、ふと、ホテルの入り口――外から入ってくる光晴が見える。
ほんの一瞬、視線が合うも、光晴は微笑むだけ、すぐに外れた。
気を利かせて、触れない方向を選んだようだ。
 視線が公衆電話に落ちる。
耳元で聞こえる華鬼の声。
脳内で散らばった欠片と欠片が合わさっていく。
 考えながらも、神無との会話は途切れさせない。
というより、華鬼の声が何より今回の重要な素材になる。
 少しの間で納得、気にならなくなるまでには構築出来た。
「……華鬼、」
 僕は決行する。
『どうした?』
「ちょっと待ってて。光晴に代わるから」
 今回の電話で光晴のことも伝えようと思っていたけれど、僕がする必要があるだろうか。
 いや、そこを気にすること自体、余計なお世話だ。
光晴がするならすれば良いし、僕は僕で気にする必要はない。
ただ状況報告の一文として終わらせれば良い。
 それでも、それでも、僕がセッティングしてしまった。
どうでも良いことなのに、僕にしては珍しいお節介。
『――!』
 華鬼の小さな揺れ。
 電話越しながら注意深く聴覚に意識を持たせていたからか、微かに感じとれた。
「光晴」
 電話ボックスの扉を開け、少し先の廊下を折れようとする光晴に声をかける。
受話器を伸ばし、光晴の方に差し向け、代わるよう態度で示す。
「ん?…俺?」
 交代とは思っていなかったのか、光晴が不思議そうに首を傾げた。
更に手招いてやっと、光晴がやってくる。
「誰や?」
 電話ボックスの扉を手で押さえながら、僕を見下ろす。
「華鬼です」
「…………そか、分かった」
 こちらも華鬼と似たような、微かな揺れ。
光晴はそれに苦笑交じり。
華鬼から光晴のことは聞いたことがないし、僕は光晴のことをそんなに知らないけれど――ふたりとも同じ感覚の動揺なのだろうと思った。
 光晴は僕に呆れも怒りも、戸惑いも、何にも見せないし言わない。
全て受け止めようとするところが貧乏くじというか、なんというか。
舞台を作ったのは僕だけれど、そう思わずにはいられなかった。
 受話器を渡し、僕は電話ボックスから出て場所を交代、光晴を閉じ込める。
 この瞬間、僕が光晴の顔色を窺ったのは興味本位。
何か面白いものでも見つけられたら良かったのだけれど。
残念なことに、見つけられなかった。
微かな動揺が消え去った後の表情が何か、分からなかった。
 視線に気付いたのか、光晴が軽く手をあげ、いつものあどけない表情を見せる。
これ以上はいられないと思い、僕はその場から立ち去った。




 部屋に戻ってみれば、華が飛び出すように出迎えてくれた。
「神楽、遅い!」
 心配した、という表情がはっきり見て取れる。
追いかけるのもどうかと思うけど気になるし、とそわそわしていたのだろう。
「ごめん、好きな奴見つけられなくて他の階まで行ってたんだ」
 飲み物買ってくると伝え出て行ったので、華の好きな飲み物を渡すと、華がぐっと口を閉じた。
 実際、先ほどまでいたロビーにしかない飲み物だ。
華のではなく、京也のが、なのだけれど。
 生家に電話していたことを隠すつもりはないが、別の真実で被せてしまうのは何故だろう。
僕でもまだ、僕の事で不可解なことがある。
「……有難う」
「どういたしまして」
 にっこり笑うと、京也の態(わざ)とらしい笑い声が聞こえてくる。
 僕の用意周到さに向けたものなのだろうけれど、華は自分の慌てっぷりに笑われていると思ったらしい。
華が空を切り裂くような勢いで殴りかかるも、京也の掌にあっさり収まってしまう。
 京也も華の行動には予想済み。
驚きや動揺なく、更に可笑しく喉を鳴らした。
 最後に華の不快そうな睨みひとつ。
それ以上の騒ぎにはならなかった。
これも、いつものこと。

「そうだ、神楽。光晴知らない?」
 プルタブに手をやり、缶を見つめたまま、華がぽつりと投げかけてきた。
 光晴が僕たちのサポート役に勝手出て共に行動するようになって少し。
4人となると、ホテルの部屋割りはだいたい2・2で分けられるものを、光晴があえて3・1で取っていた。
ひとり部屋がいいというより、僕たちへの配慮なのだろう。
 すぐに侵略してこない光晴なりの付き合い方は、あからさまなのに不快感がない。
防壁の僕ですらこうなのだから、本当に驚きだ。
「戻ってきた気配ないから」
 壁の向こう、隣くらいなら気配を察するなど簡単だ。
そう、簡単なのだけれど。
僕としてはとても――
「あ!」
「あ、」
 華と京也の声が重なるも、対応はバラバラだった。
というより華が部屋を飛び出し、京也はそれを見送るだけ。
それで僕は光晴が戻ってきたのだと気付いた。
 案外早かったな、というのが本音。
華鬼との電話が長引くなんて思えないから、飲み物を買うのに時間を食っただけなのかもしれない。
「どどど、どないしたん!?」
 いきなり扉が開くとは思いもしていなかった光晴は、驚いた表情で部屋を覗き込んだ。
緊急事態なのか、男ふたりに何かあったのか、とかそんなものだろう。
 辺りを見渡しながら、光晴が僕を一瞥。
いつもの表情から変化なし。
あえて触れないと分かっていたから、僕も無闇に話題を振りまかない。
「えーっと…?華ちゃん、何かあったんか?」
 部屋の家具が破壊しているとかの惨状はなく、僕と京也もだらけた格好でぐだぐだしている。
何ひとつおかしなとこはなく、光晴が不思議がるのも致し方ない。
「……え、いや、別になんでもないわよ」
 自分の行動を冷静に分析した華が、いきなり態度を改める。
 内心苦笑。
華のそれはちょっと急ブレーキしすぎだ。
「ほんまに?」
「しつこいわよ!」
「わっ!華ちゃん、待った!開けた缶振り回さんといて…!!」
 追求しないあたり、光晴って勿体無いことしているような。
助言なんてしないし、華も何処まで気付いているのか見極められてないから傍観しかしないけど。
 空間を守りたいとかそういうことじゃない。
一見、華らしい心配のように見えるけど、いつもとは若干異なっている。
別のものを含んでいる。
こういう方向性の変化、面白くない。
 京也を一瞥すると、ニヤニヤしながらふたりを見ていた。
華の態度がおかしいのだろう。
 そして僕の視線に気付いたのか、京也がこちらを見て、同じ表情を嫌味っぽく見せた。
僕の態度もおかしいのだろう。
 状況を分かっていても、葛藤は拭いきれない。
八つ当たりで苛立ちの睨みを返すと、京也はそれも読み取っているようで、更に可笑しそうな表情を浮かべた。


おまけ



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