Your face flitted through my mind




※『Everything is useless』の派生になります。




 それなりに飲み、ぐだぐだとポーカーをし、ある程度時間が過ぎた頃。
夜が明ける前に帰らないとシャンタオに怒られる――そうクリムソンがぼやき、お開きとなった。
 生活面最悪の男がそんなことを思い出すくらいだ。
シャンタオという少年は躾が上手いな、なんてゼクスが思ったのはいうまでもない。

「そうだ。クリムソン」
 帰り際の男に一声、呼び止めた。
だるそうに振り返ったクリムソンを見ながら、ゼクスは投げかる。
「ノワールの好きな食べ物、知っているか」
「……何、そんなことも知らないの」
 苛立ちはしない。
 クリムソンより長く親みたいな位置にいながら、味の好みくらいしか知らないのだ。
ゼクスに情けないことを聞いている自覚はある。
「あまいもの」
 問いかけが可笑しいとは思わなかった。
親っぽい属性の男が義理のお返しに悩んでいる、とクリムソンは察している。
「お菓子全般大好きだけど、一番はドーナッツかな」
 バイバイと、クリムソンは片手をひらひらを動かしながら去っていった。
 ゼクスは見送りなんてする気もないので、クリムソンがどういう経路でバウンティアを出て行くのか知らない。
駆除にいった連中と鉢合せしないように動いているだろうけれど、気持ち酔っていたし、どうなることやら。
そう思うだけ、クリムソンのために動いたりもしないが。


「……ドーナツって言ったな、あいつ」

 不特定多数に用意したクッキーの山積み以外、それなりに親しい人には個人的な義理を用意しているのだと、ゼクスは思い込んでいた。
ノワールが距離をおく対象の自分にすら、執務室の机にメッセージカードの付いた箱が置いてあったから。
 ノワールの本命とかクリムソンの拘りなどゼクスには一切なく、話題すら上げなかった。
今となっては、思い込みが正しいかなど、確認しようがない。
 そういえば、あの中身はドーナツだった。
 自分の好きな物を共有したい。
そんな発想がノワールにあったのか。
他に微かな引っかかりがあるけれど、無頓着なゼクスが気づく訳もなく――ただただノワールの成長に感心していた。
「それより、」
 テーブルには幾つもの空瓶や、カードが散らばっている。
片付けてから帰れと言うつもりはないが、少しも整える気のないクリムソンに、相変わらずというかこの辺全く成長していないと思い、ゼクスは溜め息が漏れた。





 そしてバレンタインデーから1ヶ月後――お返しの日、ホワイトデー。
「ノワール」
 名を呼ぶだけで、ノワールが警戒を露にする。
突くのも可哀想なので、ゼクスは見てみぬ振りをしながら、ノワールの前に箱を差し出した。
「………何?」
「お返しだ」
「お返し?」
 オウム返しに、イベントごとの疎さが際立つ。
ゼクス(保護者)の所為か、ソード(育ての兄)の所為か、それともノワール(本人)の性格の所為か。
「ホワイトデーだろ、今日」
「……それとこれに何の関係が?」
 今日がホワイトデーなのは知っているようだが、ノワールにバレンタインデーを教えた奴は、ホワイトデーが何か教えなかったのだろうか。
見返りを求めているようには思えなかったし、そういう性格でもないと分かっていたが、ここまでとは。
 本日、ゼクスからノワールに駆除命令を出すつもりはない。
予定がない時にファームへ行くため、駆除をいれてしまうとクリムソンに何を言われるかわからないからだ。
本命が誰かなんてしょうもないことだけでバウンティアにやってきたのだから、それくらいするだろう。
 ここで教えて良いのか、ファームで聞くべきなのか、ゼクスには最善が分からない。
だが、悩んでいても仕方ないので、聞かれたからには答えることにする。
「貰った奴は今日、お返しをするんだ」
「………そうなの」
 ゼクスが変に手の込んだ冗談をするとはノワールも思っていないのだろう。
素直に納得し、ゼクスが差し出した箱を受け取った。
「重たい」
「美味いって聞いた店のもの、幾つか買ったからだろうな」
 こういうのは量ではなく、気持ちが大事だ。
そう分かっていても、ノワールに何か贈るなど、そうあることではない。
次はないかもしれないと、あげれる時にあげようと、ついつい増やしてしまった。
「ドーナツとクッキー、美味かったぞ。手作りなんだってな」
「知ってたんだ……クッキーも貰ったの?」
 珍しく会話が続いている。
というよりノワールが言葉を紡いでいる。
「訓練室においてあったのは、偶然だがな」
 ノワールのこんな姿が見れるとは。
ゼクスの中で凄いイベントへ格上げしそうになる程、貴重な出来事が目の前に広がっている。
 とてつもなくレベルの低い内容だが、距離を置かれている身としてはそう思ってしまうもの――ということにしておこう。
「……そう」
 ふいにノワールの視線が落ち、表情や感情など読み取れなくなる。
 いつものことか。
 貴重な展開が続いたが、ゼクスもそれなりにいい大人なので、変な浮かれなど起きない。
いつもの冷静な判断で状況はまとまる、落ち着く。
 長話などノワールが嫌がるだけとゼクスは立ち去ろうとするも、アシュラ――ノワールはゼクスのCAを見た事が無いので、上着としか思っていないだろう――の裾を掴まれた。
「……どうした、ノワール」
 引き止められた、のだろう。
ソードにそういうことをしているのは見た事はあるが、ゼクスがそれを体験するなど思いもしていなかった。
 ゼクスは少し戸惑いながら振り返ると、少し複雑そうな表情を浮かべるノワールが瞳に映る。
「有難う、ゼクス」
 お返しに、感謝を。
 それくらいしか分からない。
何がどう複雑なのか、ゼクスには分からない。
だから、ゼクスは軽く頷くことしか出来なかった。




 自分でも馬鹿だと思っている。
 シャンタオからバレンタインデーの話を聞き、料理が楽しいと知ったからこそ、挑戦した。
沢山沢山焼いて作ったクッキー、それだけで充分だった。
 それなのに、『本命』という存在が、片隅に残っていた。
離れなかった。
それを決める感情がいまいち分からないのに、拭い切れなかった。
 だから、だから。
ふと脳裏に浮かべた人物で一番長く残った人を『本命』にした。
そして、それを自分なりに分かりやすくするため、一番好きなお菓子――ドーナツを選んでみた。
 時の迷いというか、気紛れというか、遊びではないが真剣になれていない感覚のまま。
何も言わず、ただ『本命』を置いてきた。

「……なんでだろう」
 心の奥に拭い切れない警戒心があって、長い年月避けている男からのお返し。
 ゼクスも相当イベントごとに疎いということを、ノワールは知っている。
自分が何もしていなかったら、忘れていただろう。
そして訓練室に置いていたクッキーを見つけ、少し食べただけでも、義理堅くお返しを用意する男だとも分かっている。
 貰った箱を開けてみた。
ゼクスが言っていたとおり、何店舗か店の名前がついた袋や箱が入っている。
更に開けてみなければ分からないが、お菓子だということは想像に容易い。
あまく、好ましい匂いが鼻をくすぐる。
 お菓子が好きだなんて言っただろうか。
お返しにお菓子は定番なのだろうか。
無難に選んだだけだろうか。
それとも吟味してくれたのだろうか。
「だから嫌だ…」
 手が凝っているというか、手間がかかっているような雰囲気は察する。
それでも『ドーナツが自分だけ』には気づいていないだろう。
 その鈍さに腹がたつ。
 子供扱いからの思考かもしれないが、あの歳で無頓着ってどうなんだろう。
 一番に気づいて欲しいような、気づいて欲しくないような。
 やはり『本命』に拘るべきではなかった。
曖昧なまま強引に形ばかり拘るから、こんな気持ちになるのだ。
 中途半端な自分も苛立つが、それ以上に鈍いゼクスに怒りの矛先が向いた。
八つ当たりだとノワールは分かっていないし、ノワールに鈍さを指摘されたら終わりの域だ。
「お菓子に、罪はない……」
 ノワールなりの小さな感情任せに、貰った物を叩き落としたりしない。
適当に誤摩化したような納得ひとつ。
 何が入っているのか早く確かめよう。
そう決めて、ノワールはいそいそと自室に戻る事にした。



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