Everything is useless
足がつくかもしれない。 そんな当たり前の警戒を建前に、近寄らなかった。 過去に触れたくないからか。 過去を振り返りたくないからか。 過去など思い出せる奴がいること自体、嫌なのか。 遠くない。 だけれど、近すぎもしない。 昔から必要以上にベタベタとした仲などなかったが、同居出来るほどの慣れや頼りはある。 はっきり言えない程、湾曲した時間が流れていた。 そんなぐだぐだとした距離が続いていたから、執務室にやってきただけで、ゼクスは驚いてしまう。 ムーンの伝言からか。 風の噂で聞きつけたのか。 何であれ文句を付けに来たのだろうと予想してはいたが―― 「ゼクス、ノワールの本命は誰。ソードだったら殺しに行くけど、誰?」 年月というのは恐ろしい。 突如やってきた男――クリムソンが人に執着することすら珍しいのに、腐ったかつどうでも良いことを問いかけてくるとは。 人間らしくて、悪い気はしなかった。 失笑は零れるけれど、嘲笑ったりしない。 最下層の闇医者になったことが良かったのだろう。 皮肉のようだが、ゼクスは素直にそう思えた。 「…………とりあえず、落ち着け」 珍妙な客を迎え入れるべく、ゼクスはクリムソンを諌めながら書類を片す。 仕事をしながら来客と会話するほど、人として終わっていない。 「コーヒーと酒、どっちが良い?」 文句というか不満だけでここにやって来たのだろう。 出逢った頃に比べここ数年は、含んだ表現や嫌味など、分かりやすい態度を見せてくるから判断しやすかった。 今日は酒場で適当にあしらいながら付き合うような、それくらいが丁度良いようだ。 「アルコール!」 「わかった、わかった。そこ座っとけ」 大きな執務机すら小さくみえる程、無駄に広い部屋。 仕事と割り切ったゼクスらしく、ありきたりな飾り少しと必要最低限の仕事道具。 そんな定番かつ無機質な室内の片隅に、唯一無関係の酒が隠れるようにして置いてある。 ゼクスは酒を好んでいるので、執務室なのにも関わらず――裏を返せば自室にいる時間が少ない――無駄に揃えが良い。 しかも深夜ひとりで嗜む傾向が強く、誰も呼ばなくてすむよう簡易冷蔵庫まである。 それなりに駄目な男、それがゼクスだ。 相変わらず無駄に広い、とクリムソンは室内を一周見渡してからソファに腰掛ける。 複数掛けソファが向かい合って並び、その間にテーブル――形だけのもの、馬鹿らしい演出だ。 ゼクスが誰かと対面して話す機会などありもしない。 ほぼゼクスの手前で話はまとまる。 極稀にある大事な話などはゼクスが上層に赴くか、あえてここを選ばない。 ゼクスの表側と、どうでもいい性格部分しか見えない空間。 いつ見てもつまらないし、面白みがない。 過去に同居し、今も裏で繋がりのある腐って捩れた縁のクリムソンらしい反吐を心中零す。 「久しぶりにするか」 「何を」 クリムソンは座ったまま、投げだれた物を片手で受け取る。 手に収まった物に視線を落とせば、トランプひとつ。 「相変わらず好きだね、貴方は」 クリムソンはゼクスの性格をそれなりに把握している。 強制させたりしないが、断る理由も浮かばない。 それに周りの会話が雑音になって丁度良い空間を作り出す酒場ではなく、静寂の空間で男二人愚痴を零すのも痛々しかった。 ゼクスも分かって提案している、というくらい読めている。 久しぶりに付き合うとしよう。 応答するのも癪に障るので、クリムソンは黙ったままケースからカードを取り出し、切り始めた。 「で、何の話だ?」 テーブルにクリムソンが好みそうな種類や味の酒と、グラスや氷などが置かれる。 目敏いというかまだ覚えていたのかとか、一応持て成すきはあるのかとか、色々微妙な気分になったが、それもあえて声には出さないでおく。 ゼクスに負けた気がすると、クリムソンなりの抵抗だ。 「話聞いてなかった?」 クリムソンとは反対側のソファにゼクスが腰を下ろした。 身体がでかいのとアシュラが広がっている所為か、ソファがひとり掛けのようにみえる。 「聞いてたが、あえて流した」 「あのね、ゼクス」 酒を水で割りながら返答するゼクスに腹を立てながら、クリムソンはカードを配った。 割り方や遊技の趣向など、聞かずとも分かる。 嫌なくらい変わっていないことも、知っていることも、互いに内面で失笑してしまう。 「俺が聞いても答えないことが多い。そんな次元で俺が知っていると思うか?」 やはり聞いていたし、覚えていたようだ。 それと何の本命など、つい先日のイベント――バレンタインが思い浮かべれば、聞く必要もない。 問いただしたのはゼクスの無駄な足掻き、それが本題だと信じたくなかっただけ。 「一応、親っぽいのに何してるのかな、本当」 クリムソンの八つ当たりも甚だしいが、ゼクス自身情けない気分になる。 「本命はいない、って考えはないのか」 「女の子がさ、義理だけでイベントにのっからないでしょ」 クリムソンのものさしであり、全てがそうではない。 それにゼクスとしては、本命をかねて作ったという発想に違和感がある。 ファームという居場所から幾つもの興味が出来、その流れでイベントなどにも目が向くようになった。 義理でも用意しただけ進歩の域。 そう考えていた。 恋をするようになったのか、と疑問かつ子供扱いしてしまうのは、ゼクスの立ち位置上致し方ない。 「ファームでもあれか、あいつの面白い義理はあったのか?」 クリムソンがどういう経由で本命がいると思ったのかなど、聞く気もない。 ただバウンティアの不特定多数が集まる場所に、「ご自由にお持ち下さい」などと付けたクッキーの山を置いていったノワールが脳裏に浮かび、あの性格だと同じ事をファームでしたのではないかと、興味と面白みで問いかけてしまう。 「あれを面白いですませる貴方はおかしい。合理的すぎるよ、情緒がないよ、ときめきが不足してるよ…!まぁ、貰ったけどね!!」 やっぱり、とセクスは苦笑しながら酒を口に含んだ。 久しぶりの酒でもないが、飲む相手が珍しいだけあって、喉にくる熱さが違う。 冷静に錯覚だと分析出来ているが、拭い切れなかった。 柄じゃない、そうも理解している。 「俺の入れ知恵じゃないぞ。良いじゃないか、あいつがイベントに参加しようと知恵を絞ったんだから」 「………イベントごとに興味ないのは貴方や育ての親の所為な気もするけどね」 ソードの存在が浮かび上がるだけで舌打ちをするクリムソンもどうかと思う。 というか、ソードはそんなに駄目だったか。 総監督みたいなゼクスからすれば、苦笑というか、心配というか、失笑が滲み出た。 「俺は興味がない訳じゃないぞ。気づいたら終わっているだけだ」 「それを興味がない、って言うんだよ。ゼクス」 腐り切った世界だからこそ、娯楽や快楽は侮れない。 イベントごとは各層でかなりの盛り上がりをみせている。 「……まぁ私もそこまでイベントに固執しないけど、シャンタオがいるしね。しかも今年はノワールと楽しそうにしてたから」 「お前、生活面最悪だからな…」 「うるさいな。そこは良いんだよ、そこは」 元同居人が言うだけあって、信憑性が強く、納得の雰囲気が嫌なくらい重たい。 今の会話で、別視点から掘り明かさないで欲しい――というか、表面上だけ拾え。 そう思うと逆ギレしたくもなる、というかしてしまう。 「クリムソン、お前弱くなったか?」 「違う。今日は酷いだけだ。何これ、カスにも程があるでしょ」 ゼクスから別の話題がいきなり飛んできたが、クリムソンはあえて乗っかる。 互いに生活面で自慢出来る部分などなく、打ち切れるなら早い方が良い。 「俺に言うな。しかも切ったのはお前だ」 何とも聞かず始めたカードゲームの内容はポーカー。 そこにチープな話題は悪くないが、真剣には程遠い雰囲気、中途半端な感覚。 チップも適当で、それなりに軽く事が進んでいる。 クリムソンはその気だるさに便乗して不調を黙っていたのに、あえて突いてくるとは。 露骨に舌打ちをすると、ゼクスが口元を緩めた。 「まぁそんなに強くもなかったな」 「貴方が教えたから付き合っていた程度だ。弱くないだけマシと思ってもらいたいねってゼクス。ノワールにこんなの教えてないだろうね」 今も昔も、これに興味など全く無い。 ただ気紛れで相手したのがいけなかった。 ゼクスに負ける、ということが腹立たしく、つい真面目に感覚を取得してしまった。 それだけのこと、それだけのことで、今も付き合えてしまう。 「……またそこか」 「それしかないよ、あぁそうだった。ノワールの本命だよ、本命」 ゼクスは話題が不毛すぎると、良いタイミングで流したのに、結局戻って来た。 うやむやにさせてくれないらしい。 「最近のノワールは、ファームから興味を見つけてくる。お前達の方にいなかったのか?」 「雰囲気的に違うね。だからこっちだと思って来たんじゃないか」 この会話で、クリムソンではないことだけ確証されている。 逆鱗に触れるなど愚の骨頂、ゼクスは確認せず、心に留めた。 「ノワールの周りといったら、ソードかエルかクーロンか……クーロンはまずソードに厚いから恋愛感情はないだろ?ソードならそれなりに分かりやすいし、エルだと自慢してそうだしな……憶測にすぎないが、該当者なし」 「つかえないな、全く…!!」 色々なことに敏感なふたりでも、気づけなかったほど。 裏を返せば、この手のは疎いだけなのかもいしれない。 負けるつもりもないが、クソばかりでボロ勝ち出来そうにないポーカー。 そして酒は悪くないのに、酷くどうでもいい話題。 今日はぐだぐだとしそうだ、とゼクスはぼんやり想定してしまった。 ※これの派生として『Your face flitted through my mind』があります back |