Questions that need answering






「ちゃんと寝かせてやれよ、ボーイ」

 店内に入るなり早々、こんなこと言う店員には即殴りしても良いと思う。
誰かそんな条例つくればいいのに。
 どう解釈するかは人によるが、ニヤニヤとした表情からして暴言なのは確実だろう。
 当然の如くその笑みに薙羽哉は頭にキたが、妹のぶちが礼儀正しく出迎えてくれたので、様子見ということで穏便を選択――暴言を吐いたまだらにひと睨み。
「久しぶりの挨拶がそれかよ」
 沙耶の居る学校に編入してから1年――夏休みで帰省した薙羽哉は、まだら達と正月ぶりだ。
前は1週間に何度も逢っていただけあって、半年は久しぶりだから赦してやろうと思ったが、それも一瞬。
「おかえり、郷長!ひさしぶりぃ〜後半年でちゃんと卒業出きるかーい?」
 沙耶と同じ時期に卒業出きるか、と言いたいのだ。
 かっちょよく決めたと思い込んでいるポーズと表情。
 薙羽哉は穏便という空気を裂ってやった。
「た・だ・い・ま帰ったぞ!クソ猫!!つぅか、普通に卒業出来るに決まってんだろぅが!」
 反省の色すら見せないまだらに、薙羽哉はぶちの持っていたお盆で殴る。
 ばかん!と良い音を立てて直撃し、まだらが頭を押さえつつ「おぉう〜」と唸った。
久しぶりかすっかり弛んでいたようで、防御ひとつとれていない。
 痛いのも当然、かなり力を籠めました、ティーンエイジャーは手加減なんてしません。
 すっきりとした気分になってから、薙羽哉はぶちに「ただいま」と俺様でない言葉で言い直した。
ぶちもまだらなど気にせず、「お帰りなさい」とだけ返した。



「沙耶はいるか」
 話の切り替え、薙羽哉が本題に入る。
 勿論きゃふぇ・まだらに行く予定はあったが、それとは別に予定外のことが起きた為、順番の前後変わってしまったのだ。
「いますよ、そこでぐっすり」
 ぶちが視線を動かしたので、薙羽哉もそれに倣って視界を動かす。
 相変わらずがらんとした「きゃふぇ・まだら」のある一角、沙耶がソファーに座ったまま器用に眠っていた。
手前のテーブルに置かれたアイスコーヒーのグラスが汗をかいている。
もう随分前からといった感じで、水溜りすら出来ていた。
ついさっき寝始めたという訳ではなさそうだ。
 やっと、初っ端まだらの暴言が何を意味するか、薙羽哉は理解する。
 愛とか謳歌して寝かせないってのは魅力的だが、そんなこと、残念ハズレ。
沙耶がこんな所で寝てしまうほど睡眠不足なのは、別の理由、しかも沙耶本人の原因で、だ。
「逃げやがった先がここってのも、浅はかだよなぁ…」
 すぐバレるっつーの。
 薙羽哉が困りつつも口元を緩めて笑った。
こういう惚気は嫌いじゃない、とぶちはそこに対し何も触れない。
「逃げた、とは?」
 沙耶の向かい側に腰を下ろした薙羽哉の傍に立ったまま、ぶちが問いかける。
「ん?あぁ、卒業。むしろ沙耶の方があぶねぇ」
「そう、なんですか?それは意外…でもないですね」
 一瞬目を丸くしたぶちだが、思い直し、すぐいつもの表情に戻って肯定した。
 元々賢く成績優秀な薙羽哉なので、サボり魔高虎の出席日数や可哀相な頭をしている沙耶の方があやうい。
「ふんふん、それがどう、お嬢ちゃん爆睡☆になるにゃ?」
 すっかり忘れていた、というか消えていたまだらが、薙羽哉のアイスコーヒーを持ってやってきた。
客が少ないので少し離れていても会話は聞こえていたようだ。
 相変わらずまだらは立ち直りが早いというか、過去を忘却の彼方に飛ばすのが上手い。
「本当は夏休み登校して補習…だった沙耶が伊那砂郷にいきてーかえりてーって先生に泣きついて、宿題たーぁくさんを休み明け提出、で補った、と」
 声に出すとうんざり気分が増す。
 苦しそうに縋りついて「助けて」と言われたらどう断れようか。
いつもそんなことしないから破壊的威力で、薙羽哉には手伝う、しか沙耶に返す言葉が思いつかなかった。
惚れた弱み、薙羽哉も呆れつつ諦めている。
 これは沙耶の場合であって、高虎がどう逃げ切った、どう補ったかは知らない。
「あー……そゆこと」
 暑さの嫌いな郷長だけれど、人をほっとけない郷長だとも知っているまだらは頭――薙羽哉が叩いた場所――を擦りながら納得する。
 要するに八重垣邸でずっと宿題をしていたのだ。
薙羽哉的考えで夏休み全部使わず早めに終わらせようと睡眠時間までも削いで。
「逃げたって変わらないのに…」
 ぶちの冷静なツッコミはごもっともである。
 逃げてきた沙耶と迎えに来た薙羽哉。
すぐに帰らせようとしないのは薙羽哉の優しさだが、自業自得で種を蒔いたのだ、収穫も沙耶がしなければならない。

「で。」
「で?とはなんだぃ」
 少し前屈みで太ももに肘を乗せ、人を試すような薙羽哉の視線に、まだらもつられてニヤリと笑う。
 なんだかんだ、長らしくなってきたにゃーという気分だ。
色々な長を見てきたまだらだが、こんなに仲良く溶け込んだのも初めてだし、一番将来を期待しているのも、薙羽哉だった。
「俺がいない間、郷はどうだった?」
 沙耶は起きるまで、しばらく待つ。
 そう決まれば薙羽哉は世間話を含め、郷長として情報収集しなければならない。
あだ未成年の郷長ではあるが、責任や自覚は、身についてきている。
「そうだにゃぁ」
「二軒先の――」
「あーぶっちゃん、お姉ちゃんより先に言わないでっ!」
 やっぱりそれか、と格好良く言ってやろうと思ったのに、妹のぶちに先手を取られたまだらが泣くように叫んだ。
「次、ぶっちゃん言ったら絞め殺しますよ」
「妹がこわいにゃぁ――ふごふぅ!!」
 視界の右から左へ、一瞬にしてまだらがぶっ飛んだ。
 がしゃーんと、物音。
 閑散とした店内。
薙羽哉は俺達しか客いなくて良かった…と店のことを思い、溜息をついた。
いつもどおりの展開だが、この姉妹は店員だという事をもう少し忘れないで頂きたい。
 まだらが「うわーん」と叫びながら妹に対し抗議している。
薙羽哉はぶちを一瞥し、「手加減しろよ」とだけ忠告した。
 ぎゃあぎゃあと喚く姉妹。
 そして、うるさい声にも動じず、未だ沙耶はぐっすり寝ている。
 これが伊那砂郷に帰ってきたなぁって思わされるヒトツだってことが、一番間違えている…と薙羽哉は思いながら、ソファーに背をどかりと預け、まだらとぶちのひと悶着が終わるのを待った。



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