トレーニングとデスクワークで、帰宅がすっかり遅くなってしまった俺は下りて来るエレベーターを待っていた。
明日は久しぶりの休日である。
どこか眺めの良い場所に走りに行こうかと考えていた。
そうしているうちに、エレベーターの到着を知らせるチャイムと共に目の前のドアが開いた。
「あ、ピアーズ」
そこには、発泡スチロールの箱を抱えたナマエが乗っていた。
彼女もこのような遅くまで残業中なのだろうか。
「地下まで行くのか」
「うん、これ置いたら帰ろうと思って」
「おもしろそうだから着いていってもいいか」
突然そんなことを言った俺が可笑しかったのか、ナマエはえー?と言いながら笑った。
彼女と会えて嬉しかったのは事実だが、用のない地下には行ったことがなく本当に興味をそそられたのである。
何もないけど、と言うナマエはどうやら了承してくれたようで、そのままエントランスフロアを通過して俺たちは地下まで下りて行った。
エレベーターが開くと、人の動きを感知したのか目の前に続く廊下の照明が灯った。
地下のため窓がないからか、照明が点いてもどこか圧迫感がある。
「何があるんだ?」
「温度ごとに恒温室があるの。これから行くのは4度だけど、27度もあれば-80度なんかもあるんだよ」
「へえ、すごいな」
証拠品の管理も大変な物だと思いながら、前を行く彼女に着いて行った。
目的の部屋の前でカードキーを差し込み、指紋認証を終えた彼女が丈夫そうな扉を開ける。
その隙間から冷気が漏れ、思わず歓喜の声をあげてしまった。
「お、涼しい」
「冷蔵庫みたいなものだからね」
中の温度が上がらないよう頑丈な扉を閉め、ずらりと並んだ棚に沿って歩いて行くナマエ。
置き場所が見つかったのか、箱を棚の下の方にしまっている。
「なあ、ナマエ。このエラーってなんだ」
俺は先ほど彼女が閉めた扉の脇にあった認証機器の画面に表示されていERRORの文字を訝しげに見る。
扉がしっかり閉まっていないのだろうか。
一方、ナマエは至って普通だ。
「それね、よくあるから大丈夫。すぐ元に戻るよ」
なんだ、よかった。
まだ何か確認しているナマエを見ながら、BSAAは本当に様々な設備が整っていると感心した。
この部屋にどのような証拠品が保存されているのかわからなかったが、常温で変質してしまうような生体サンプルや化学物質か何かであろう。
俺たちは皆、それぞれ責任ある職務を担っているのだと感じる。
そして、作業を終えた彼女と帰ろうと、あの扉の前に戻って来た。
しかし、ナマエがかざしたカードキーに返ってくるのは電子音のみ。
扉が解錠する音は未だ聞こえない。
「うそ……」
「どうした、開かないのか」
「ずっとエラーのまま……」
「え、さっきよくあるって……」
ナマエの顔を見れば引きつっている。
認証機器に何度もカードをかざすも、ピーピー鳴るだけで他に何の応答もない。
「端末で誰かに連絡しよう」
「無理だよ、ここ電波入らないから」
ポケットから取り出した携帯端末を見ると、確かに圏外と表示されていた。
もう夜中である、誰かがここに来る可能性もほぼ無いと言っていいであろう。
この認証機器の気まぐれで、俺たちはこの寒い部屋に閉じ込められてしまった。
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