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HELLO
大切な人へ

その日、ナマエは室長と共に支部の医療機関に来ていた。
新しく分析機器が導入されるということでその様子の見学を終えたところである。
これからの研究に活用できそうだ、と室長とナマエはほくほくと明るい表情でロビーを抜けようとしていた。
その時、突如ロビーの自動ドアが開き、目の前に凄まじい光景が広がった。
向こうの方に部隊のヘリが着陸しており、二人の方に向かってかなりの勢いで担架が運ばれて来た。
その担架の横にはナマエの良く知っている人物が必死の形相で声を上げている。

「気をしっかり持つんだ!ピアーズ!!」

重装備に身を包んだクリスである。
予め連絡を受けていたのであろうか、気がつけばロビーには医療従事者が集まり、道を開けるようそこかしこの職員たちを促した。
目にも留まらぬ速さで担架とクリスがナマエ達の横を通り過ぎて行ったが、その担架に寝かせられていたピアーズの顔はすっかり血の気が無くなり青白くなっていた。
その様子が見えたのはほんの一瞬だったのであるが、ナマエはいつものやかましい彼を思い出し、その場に根が生えたように立ち尽くしてしまう。
負傷して応急処置のみを受けたアルファチームの隊員達が手当のためにぞろぞろとクリス達の後に続いていた。
その中にはフィンもいて、トレードマークとも言えるニット帽を血だらけにしていたが、足取りは確かでナマエの姿にも気がついた。

「ナマエちゃん」
「……!」

すっかり赤黒くなった帽子に、思わず息を飲んだナマエは言葉が出なかった。

「今、隊長がピアーズさんを手術室に連れて行ってるんだ」
「……フィンくんも怪我、してるの?」

恐る恐る尋ねるナマエに、彼はいつものように微笑んで答える。

「これはB.O.W.の返り血。隊長の指示で皆最低限の負傷で済んだんだ」

二人の会話に、そばにいた室長が混ざり現状をフィンに伺った。
どうやら、ある地域でウイルスが流出したらしく、自警団が現場の収集を図ったものの上手く行かず壊滅的な状況に追いやられたため、北米支部からアルファチームが送られたとのことだった。
早い段階でBSAAに連絡があればもう少し被害は抑えられた可能性があったらしいが、不幸なことに自警団にまでウイルスが感染してしまい鎮静化に時間がかかってしまったようだ。
加えて複数のB.O.W.まで暴れ回っていたというのだから酷い有様であったと考えられる。
ピアーズの怪我は、そのB.O.W.との戦いによるものであった。
フィン曰く、変異のせいで巨大化したB.O.W.に吹き飛ばされたピアーズは、吹き飛ばされた場所が悪く金属片が右肩に刺さってしまったらしい。
B.O.W.自体はクリスが仕留めそれ以上の大事にはならなかったが、彼の指揮がなければ現場の混乱と崩壊は避けられなかっただろうと言う。
そして隊員の犠牲はなかった一方で、ピアーズの容態は深刻であった。
そのような彼を手術室まで見届けたのか、駆け足でクリスがロビーへと戻って来た。
そして、ナマエの姿を見るなり助かったとばかりに一息ついた。

「ナマエ、ピアーズの付き添いを頼めるか。隊員は手当と感染の有無の検査でしばらく拘束されるし、俺はその後上に報告しないといかん」

この惨状に狼狽えていたナマエであったが、しっかりしないと、と拳を握りしめた。
この組織、そしてクリスの役に立つためにも自分が不安になっていてはいけない。
彼女が室長の方を見れば、彼はすぐに頷いた。
上司の了承を得たナマエは、そこでクリス達と別れ、教えてもらった手術室へと急いだ。
ナマエが廊下で待っている間に、手術は無事に終わったらしい。
今はピアーズも彼女も、ある病室の中にいた。
担当医曰く、彼は次期に目が覚めて話せるようになるとのことだったが、それがいつになるのかナマエにはわからなかった。
クリスは当然、フィンも未だ姿を現さない。
しかし、もしかしたら手術が終わってからあまり時間が経っていないのかもしれない。
ナマエは、呼吸のために上下するピアーズの胸を何度も目で確認し、彼はただ眠っているだけだと自分に言い聞かせた。
固定された右腕とは反対の左の手に、そっと触れてみる。
やがて規則正しい脈拍がナマエの指先を伝って、呼吸以外にも彼の生を実感した。
耐え切れず、ナマエは両手でピアーズの左手を包んで握りしめた。
日頃の訓練のせいか、利き手では無くとも彼の指や掌には無数のたこがあった。
かつて嫉妬するほど聞かされた、優秀な狙撃手の話をするクリスの姿が脳裏に浮かぶ。
そう、クリスの隣にピアーズは欠かせないのだ。
もしかしたら、今後クリスの後を継いでBSAAを担う立場になるかもしれない。
フィンや後輩を導く立場になるかもしれないのである。
フィン、と言えば彼からピアーズの様子を聞いたこともあった。
ナマエがクリスに頼ってもらいたかったように、ピアーズもナマエに頼ってほしいと思っている、と。

「ピアーズさん……いつまで寝てるの」

クリスにはあなたが必要で、私の永遠のライバルで、でもあなたは私の心配ばかりして、それがいつもの光景で……。
ついに溢れた涙と共に、ナマエは支離滅裂になりながらもまだ眠ったままのピアーズに訴えた。

「子ども扱いするな、兄貴面するなって言おうと思ってたのに……解析では私だってクリスから頼られてるって言おうと思ってたのに!でも、たまにはピアーズさんに甘えてもいいかな、って思って……」

ナマエがいくらピアーズの手を握っても、薬の作用であろうか、彼がその時に目を開けることはなかった。
しかし、ベッドで身動きひとつ取らないピアーズは、漂う意識の中、左手にナマエの温度を感じ、泣きじゃくる彼女の声を聞いていた。
ピアーズの口元が心無しかうっすらと弧を描いていたことを、ベッドに突っ伏していた彼女は知らないのであった。


翌年、クリスマスも過ぎ去った時のことである。
各地を転々としていたクレアは、久しぶりに自宅に戻っていた。
溜まっていた個人的な手紙を整理していると、見慣れた端正な文字で宛名が書かれた封筒を見つけた。
それを見た彼女は微笑むと、ソファに座ってさっそく封を切った。
中にはクリスマスカードと、1枚の写真が同封してある。
クレアは、写真を見て驚いたのか目を丸くしたが、すぐに目尻を下げ、さっそく写真立てにそれを飾ることにした。
昔、クリスとナマエで取ったいくつかの写真たちに、今日新しい1枚が加わった。
その写真には、クリスとナマエ、そしてピアーズやフィンといった隊員たちが肩を組んで笑う姿が収まっていた。


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