額の傷もすっかり治ったころ、射撃の練習を終えたピアーズは鼻歌混じりにオフィスに戻ろうとしていた。
任務は過酷なことが多いが、備えである訓練を彼が怠ることは決して無い。
そのため、額の傷が治ったところで、ピアーズの体には依然と至る所に小さな傷があった。
いちいち気にすることでもないため、今日も特に何か手当てすることもなく廊下を歩きオフィスに向かっていたが、まだ先の方にあるアルファチームのオフィスの前をうろつくナマエの姿を彼は見逃さなかった。
もしかしたら何か困ったことがあって自分に用があるのかもしれないと思い、以前の仕打ち等まったく意に介さず猛スピードで廊下を駆け抜けた。
「ナマエー!!」
脇目も振らず走るピアーズに追い抜かれたマルコは、あいつも懲りねえな、とやや呆れた表情で彼を見送ったのであった。
「よう」
全力疾走で目の前に現れ、且つ息一つ乱さないピアーズに若干引きつつも、今日ナマエはきちんと挨拶をした。
「こんにちは……」
「ちゃんと寝てるか?」
「あ……はい」
ナマエの体調を確認しようと両手を伸ばしたピアーズだったが、以前のことを思い出し咄嗟にその手を引っ込めた。
一応、ナマエに関することにも学習能力はあるらしい。
ドンと来いとでも言うように、ピアーズは鋭い眼差しで彼女を見つめた。
ナマエは、彼に悪気は無いのだ、決して偉そうにしている訳では無いのだと言い聞かせて、やや無愛想ながらも会話を続けた。
「この前は、すみませんでした……おでこ」
「ん?ああ、そんなんあんたが気にすることじゃないって」
今日もいろいろ擦りむいたしな、と笑うピアーズにナマエも安心したように表情を緩めた。
敵視していたと言えども、場所が額だっただけに大事に至っていないか実は気になっていたのである。
「怪我させた私が言うのもおかしいですけど、任務では怪我しないでください」
「ありがとな。ナマエも無理して体調崩すなよ」
何かあったら俺に相談してくれ、といつぞやと同じように言うとナマエは一瞬むっとしたような顔をしたが、何とか耐え、それではとだけ言い研究所に戻って行った。
「気をつけて戻れよー!」
その大声に周りは何事かとピアーズを見るが、当の本人はそのような視線はどうでも良いと言うようにナマエを見送っていた。
一方のナマエは周囲の目に晒され、結局ピアーズに対して腹を立てるのであった。
フィンは良い人でもピアーズは駄目だ、という具合に。
「あれ、ナマエちゃん、ピアーズさんに用事だったんですか」
「おい、気安く呼んでんじゃねえ!……用事?」
「……」
オフィスから出て来たフィンに訪ねられたピアーズはふと考える。
言われてみれば、自分に用があるのかと思ってここまで走ってきたのであった。
しかし、ピアーズは彼女から相談など受けては無く、一言二言言葉を交わして彼女は去って行った。
もしかして、自分は相談するに値しないというのか……。
当たらずとも遠からずと言ったところであろう。
新たな真実に気がついたピアーズはその場で身動きが取れなくなった。
顔は青ざめており、ショックを受けているのが丸わかりである。
「ピアーズさん、またですか……」
「俺はナマエが無理してないか心配でならないってのに……」
「おーい、聞いてます?」
「もっと俺を頼ってくれよ!!」
いつもの端正なスナイパーの顔はどこへやら、落ち込んだピアーズはとぼとぼとオフィスへと入って行った。
そういえば、ナマエもクリスに頼ってほしいと思っていたと言っていたな、とフィンは先日の彼女との会話を思い出した。
案外二人は似てるのかもしれない。
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