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HELLO
ようこそ・プランC

クリスがこのオフィスに来るのは、大抵日中の早い時間であった。
数日かかる任務から帰還して、現地から何かのサンプルを採集して持ってきたついでに私のところに寄ってくれるのである。
しかし、今日は夕方という少し遅い時間に彼は現れた。
特に約束をしていたわけでもないのだが、何かあったのだろうか。
私は持っていた煎れたての紅茶が入ったマグカップをデスクに置いて、急いでクリスに近づいた。

「どうしたの?夕方に来るなんて珍しいね、訓練は?」
「もう終わったよ。今日は部下を連れて来たんだ」

部下、と聞いて少し驚いた。
今までここに来る時に彼が誰かを連れてくることはなかったからである。
クリスは名実共に優れているため職場の皆に慕われていて私の誇りでもあった。
そして、彼がやってくるとここは私にとってちょっとした特別な空間となる。
昔から何かと気に掛けてくれるクリスとクレアは大切な人で、その二人に認めてもらえるよう、褒めてもらえるよう、ここで私なりに一生懸命やってきた。
その努力の甲斐あってか、彼に業績を讃えてもらうことも増えてきた。
私にとってクリスの訪問は、忙しい中、信頼している人に会って張りつめた気持ちが緩むかけがえのない瞬間なのである。
しかし、なんとなくその空間が変わってしまう気がして、クリスが部下を連れて来たと言った時、少しだけ邪心が芽生えてしまった。
彼がオフィスに来てくれて嬉しかったのに、たぶんもう私の顔はむくれてるに違いない。

「ナマエに会ってみたいって聞かなくてな」

眩しいくらいの笑顔で私を見下ろしていたクリスは、少しだけ申し訳なさそうにそう言った。
彼にそんな顔をさせる部下が憎たらしくなる。

「部下って、あの凄腕の狙撃手?」
「ああ、そいつだ。向こうで待たせてるんだけど、今ちょっといいか?」
「うん、大丈夫」

何でもないようにそう言うのが精一杯であった。
やっぱりあの狙撃手か……。
クリスはよくその人のことを話してくれるから、優秀な部下で信頼しているということは伝わってくる。
私もそのように思われるようにもっと努力しないと駄目だと思った。
黙ってクリスの後ろを着いて行き、廊下へのドアを開けた彼の脚の間から部下の靴が見え隠れした。
どんな人なのであろう。
天性の狙撃手と言われるほどである、出で立ちや雰囲気も普通ではないのだろうか。

「ほら、この子がナマエだ。こっちが部下のピアーズ」

クリスが互いを見えるように退いて、紹介してくれた。
足下を見ていたので顔を上げると、好青年とでも言えば良いのだろうか、私より少し年上くらいの男性がそこにいた。
この人が、クリスの部下……。
同年代くらいだからか、余計に負けたくないという気持ちが沸き上がってきた。
フィールドは異なっていても、同じ組織に所属している身。
彼のようにクリスが直属の上司というわけではないが、認められたいという気持ちは互角なはずである。

「はじめまして、ピアーズさん」
「あ、えっと、よろしく……」

それでも、私だってもう大人なのであるから相応の態度を……、と思ったのに、目の前の男は恐らく年上のはずなのに挙動がおかしい。
出会いの挨拶もろくに出来ないのか。
見兼ねたのか、クリスが訝しげに訪ねた。

「おい、何か言いたいことでもあるのか」

すると意を決したように彼はクリスに向き直った。

「隊長!今まで何やってたんですか!」

ああもう、何を言い出すのか。
なぜいきなりクリスに説教みたいなことを……。

「この子が寝る間も惜しんで実験してるってこの前言ってましたけど、ちゃんと睡眠とるように言わなきゃダメですよ!」
「え?いやナマエはもう……」

この子という表現は如何な物か。
私のことを子ども扱いしてるのだろうか、聞き捨てならない。
しかも睡眠がどうの等、それくらい自分で管理してるというのに。

「そりゃあ俺らは多少の無理くらいどうってことないですよ?だけど」

面倒な人だなと思っていたが、彼の言ったことに、急に私はただならぬ怒りを感じた。
なぜ知りもしない今会ったばかりの人間に、私が多少の無理もできないと言われなければならないのか。
貴方達にはどうってことないと言うのか。
この感情が幼い物だと言われればその通りであろうが、彼の言葉による疎外感からの、怒りだけではない悔しさだか悲しさだかが混ざった言い知れぬ感情に押し潰されそうになる。
勝手に会いにきて、勝手に失礼なことを言うピアーズ。
しかし、彼はクリスの部下で、優秀で、それ故にクリスとの仲は親しいのであろう。
それが悔しかった。
私はクリスと一緒に闘えない。
足手まといになるだけで、度胸もない。
その変わり得意な分野でサポートしたいと思ってここまでやってきたのである。

「クリス、私もう戻るね」

そう言うしかなかった。
これ以上、ピアーズとかいう奴に私の大切な空間を踏み荒らされるのは耐えられない。

「ナマエ、無理は良くない!何かあったら俺に相談してくれ!」

悔しくて、自分が不甲斐なくて必死に唇を噛み締めていたが、また鬱陶しい声が聞こえた。
クリスの部下だからって兄貴面するな。
この瞬間、私の悔しさはピアーズへの闘志に変わった。

>加速する
BSAA北米支部オフィス最寄りのバス停から、研究所までの平坦な道をナマエは歩いていた。
その道に沿って植えられている木々によってできる木陰を通り抜ける朝の風がなんとも心地よい。
彼女は職場に着くまでのこのルートがお気に入りであった。
木々のすぐ向こうには屋外グラウンドがあり、時間を問わず隊員達がランニング等を行って汗を流している。
たまに、クリスの姿を見かけることもあり、そうした日には今日もがんばろうと思えるのであった。
しかし、生憎今日は彼の走る姿は見えない。
足を進めながらも、ナマエの視線はグラウンドの隅から隅へと移動していた。
その途中、見覚えのある鳶色の髪の男性が彼女の視界に入り込む。
心臓が音を立てたかのようにナマエの胸は苦しくなり、咄嗟に顔を背けようとしたが、相手の男が彼女に気がつく方が先であった。

「あ、ナマエー!おはよう!」

壮快にこちらに手を振るピアーズである。
流石に顔を見られて挨拶しない訳にはいかなかったので、小さく会釈だけすると先ほどまでののんびりとした歩調を出来る限り早めてその場から遠ざかる。
せっかくの気持ちのよい朝が彼の登場で最悪となった。
ナマエは奥歯を噛み締めてそう思う。
しかし、みなぎった闘志は早々に収まる物でもなく、今日も仕事に打ち込むべくそのまま足早に職場へと向かった。
一方、ピアーズはさっさと行ってしまったナマエの後ろ姿を難しい顔をして見つめていた。
あのように急いで研究所に向かうなど、相当仕事に追われているのかと、見当違いのことを思っていたのである。

「あれ、ピアーズさん、誰に手振ってたんですか?」
「ん、迷える子羊だ」
「え……迷える……?」
「ほら、さっさと走るぞ」

含みを持って遠くを見つめていたピアーズに声を掛けた後輩であるフィンは、彼の言う意味が飲み込めず不思議そうな顔をしていたが、それ以上の質問をする前にランニングを促されたので走るのを再開した。
彼が声を掛けていた相手に見覚えがあったのだが、フィンはそれが誰なのか思い出せないまま額に浮かぶ汗を拭った。


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